21.とある街角で
めでたく本編再開です。さっそくハイル先輩がやらかします。
「ねぇ、お願いだから通してよ……」
えー、読者の皆様。毎度毎度のことで大変申し訳ないのですが……。
新章開幕早々、トラブル発生です。
もちろん原因は俺の師匠を名乗るエルフ、ハイライトさん。持ち前の適当さが仇となったのか、ちょっと困ったことになりました。まったく、ほんとに彼女といると胃が痛くなるというかなんというか。
「ちゃんと探したんですか?」
ハイル先輩が自分のアイテムボックスから取り出した大量の魔導書の山を、俺はただ呆然と眺めて言った。
普通の冒険者なら、アイテムボックスには替えの服とか日用品とかが常識的な数揃えられているものなのだが、どうしたって先輩は普通じゃない。彼女がポイポイ取り出して積まれていったのは魔導書の山だ。もちろん彼女は一度も使ってない。
本当に、捨てろよって思う。それか売れ。
「もちろん探したよ。ちゃんと探した上で、私はこうなってるんだから」
「なんでちょっと偉そうなんですか……」
「で、君は私にもう一度この山を探せっていうの?」
「それ以外に選択肢あります?」
その察しの良さを、もっと他のことに活かしてほしいものだ。
整理が下手くそすぎる先輩に呆れつつ、一番上に積まれていた魔導書に手を伸ばす。表紙には『鍋を出せるかもしれない魔法』と筆記体みたいな読みずらさMAXの文字で書かれていた。
……そんな魔法ほんとにあったのか。
「それで、何が無いんでしたっけ?」
「冒険者証。使う機会がなくてどっかいっちゃったかも」
「失くしただけはやめてくださいよ」
あれを失くすと、冒険者協会での再発行でクソみたいに時間を取られるのだ。
結構無駄なのでそれだけは回避したい。
「ねぇ、なんであれがないと街に入れないわけ? 私たちそんな危ない奴らに見える?」
城壁の通行所で受付をしていた兵士の男の人に、ハイル先輩は当然のように訊ねる。
なんか俺までアホみたいになるからほんとにやめてほしい。
「すみません……最近は何かとメイレスタも物騒なもので、領主様の取り締まり強化が行われているんです。なので、冒険者様は冒険者証をご提示いただくことが義務付けられてまして……」
ほら、男の人も対応に困っちゃってるじゃないか。
妙なクレーマーな真似はよしてほしい。
「えぇ……お願い、通行税ならいくらでも払うからさ!」
「それはちょっと……」
「先輩、もう俺先に行ってますね」
「へ? 私を置いてくの?」
「頑張って探してください」
「うう……世界は残酷だ……」
という訳で俺は一足先に冒険者証を通行所に提示し、通行税の1250エルドを払って何事もなく城壁を通過した。ここは相変わらず通行税だけはバカ高い。
「あとでぜったい追いつくからね――!」
後ろでハイル先輩が叫んでいるが、なんとなく無視した。
俺はただ前を向いて、高い城壁の下をくぐり抜けた。
短いトンネルを抜けたその先には、あのときと同じ景色が広がっていた。少し深呼吸をする。
さて、ここからは久々にちょっとした一人旅だ。
……舞台は俺にとって最悪に近いが。
この城壁都市メイレスタで、俺にはあまりいい思い出がない。
――なぜならここは、俺が前のパーティの奴らに捨てられた場所だからだ。
だから、例の「剣士は二人もいらない」騒動でリストラを食らったのはこの街の冒険者協会だったりする。それからの一週間ぐらいはここの賭場でひたすらギャンブルに打ち込んでいたが、すぐに勝てなくなって街を出た。
それくらいなのだ。俺のこの街に対する印象は。
まあでも――
「ここも、そんなに変わってないな」
道行く人々の顔ぶれや、立ち並ぶ店の面々、街中に鳴り響く鐘の音。
それらはほんの一ヶ月くらいでそんなに大きく変わったりしない。
相変わらず店先に立つ店員は皆気さくそうな感じだし、広場のよく知らない勇者の銅像は雨で錆びたままだ。俺がこの一ヶ月、どんなハチャメチャな暮らしをしていようと、この街だけは変わらない。
そんな街の現状に、少しばかり安心感を覚えてしまう。
店の立ち並ぶ道をゆっくり歩きながら、俺はそんな感傷に浸っていたのだった。背後から俺の広い視界を覆うように建てられた高い城壁が、遠くに見えた。鳥たちがその上を飛んでいく。この街は今日も平和だ。
「おい、そこの兄ちゃん、ちょっと見てかねぇか?」
のんびり歩いていると、近くにあった小さな店の前に立っていたおじさんに声を掛けられた。そこはいわゆる、雑貨屋みたいだった。
特に急ぎの用もないので、立ち寄ってみることにする。
「ここ、いい雰囲気ですね」
入店一番、俺はそう言った。商品の並べ方から窓の光の取り入れ方まで、何もかもが雑貨屋のお手本みたいな店だった。ガサツそうなおじさんがやってる店にしては、なかなか片付いていた。
「嬉しいこと言ってくれるじゃねぇか。まあ、とりあえずゆっくり見てってくれよ」
「はい、そうします」
たまには悠々自適に時間を潰してみるのも悪くない。ちょっとだけあの人のいう暇つぶしの意義がわかったような気がしたのは、たぶん気のせいだ。
適当に店内をぶらついていると、あるものが目に入り、俺は立ち止まった。
「ああ、砂時計か……」
ガラスに光が反射して輝いて見えたのだろう。
けれど俺は、なんとなくそれを手に取って見ていた。
よく見ると、白い砂がガラスの中で輝きを放っている。
なんか、アンティークって感じだ。
「ん、それは北の方から仕入れた限定品だな」
店内で立ち止まっていた俺に、店主が言った。
「少し値は張るが、デザインが俺は気に入ってる」
「そうですね。……でも、砂時計って何に使うんですか?」
「そうだな……料理で時間計るときぐらいじゃねぇか? 今どきは懐中時計持ってる奴が多いからな」
料理……俺はほぼしないな。
でもなんか、なんとなくこの砂時計に惹かれてしまう部分があったのかもしれない。それに俺は懐中時計とか高くて持ってないし、丁度いいタイミングだろう。
「これ、買います」
「おお、そうか? それはありがてえ。一個850エルドだけど、実はこれ砂が色違いのやつもあってな。ほら、青い砂だ」
「青い砂……?」
店主に手渡されたのは、確かに色違いの砂が入った同じ型の砂時計だった。中に入っていたのは、海とよく似た濃青の砂だった。そして一個850エルドだから、思ったより高くなかった。
二つの砂時計を見比べる。うん、なんかどっちもほしい。
「二つとも買います。なんか、気に入りました」
「お、大人買いか兄ちゃん。 いいぜ。んじゃ二つで1700エルドだな」
代金分のエルドコインを支払い、それと引き換えに砂時計を二つ受け取った。なんか満足。
「まいどあり!」
雑貨屋を出て、改めて砂時計を二つ手のひらに並べて眺める。
そして今更気づいた。
「衝動買いしちゃったな……」
まったく、これだから俺はいつまで経っても金欠ギャンブラーだったわけだ。でも今回は仕方ない。この砂時計が持っていた人を惹き付ける魔力は半端じゃなかった。負けた。俺の負けだ。
しかも二つもあっても片方使わないし。馬鹿か俺は。
「ま、今はお金に困ってないし……良しとするか」
そう勝手に独りごちて、砂時計はアイテムボックスに放り込んだ。
さて、次はどうするか。
久々に第二の故郷であるこの街を訪れたからには、一人で居れる間にできるだけやれることはやっておいた方が得策だ。またぶらぶら散歩してみるのもいいし、適当に討伐依頼とか受けてみるのもいい。はたまた昼から温泉入りに行くのもいいな。
歩きながら想像を拡げていた俺は、あることを思いついた。
いや、思い出した。
「せっかくだし、あいつにも会いに行ってあげるか」
思い直して、俺は道を逆戻りしてその方向へと向かった。この街は広いが、俺の行動範囲内の地図はだいたい頭に残っている。その脳内地図を頼りにいくつか角を曲がり、路地を抜けた。
かくして俺がたどり着いたのは、雑貨屋から少し歩いた所にある一軒のパン屋だった。




