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番外編3 ふたりの小規模な生活(前編)

この話は一話にしたら6000字くらいあって長すぎたので、前後編に分割しました。

番外編なのになんでこんな長編になってんだ…

 ニアという魔族の少女を引き取って、早一週間。


 俺なりに、彼女についていろいろわかったことがあった。

 とはいえ、俺は人間で、ニアは魔族だ。


 種族はおろか、年齢や、本当なら生活の仕方だって違う。


 ニアは魔族だからなのか、時折不思議な行動をとることがある。

 というわけでこれは、俺とニアのとある一日についての話だ。



    ***



 まず、ニアの朝は早い。とにかく早い。


 毎朝俺は六時頃に起床して、リビングで朝のコーヒーを淹れるのが習慣だったのだが、ニアはもう既にその時間には目覚めている。


「ニア、ずいぶん早起きだな……眠れなかったのか?」


 その朝、さすがに早起きが連続していたので彼女に訊ねた。

 平然とテーブルの椅子に座って律儀に俺の作る朝食を待っていたニアは、少し考え込んでこう答えた。


「充分眠ったと思う。⋯⋯そんなに長く眠れない」

「まあ、お前が充分ならそれでいいが⋯⋯」


 子供の睡眠時間にしては短すぎる。


 ひょっとしたら、魔族の睡眠は意外とそんなものなのかもしれない。昼夜問わず人間に仇なすような種族だ。身体の構造は似ているとはいえ、睡眠はさほど必要ないのではないか。


 待ちぼうけていたニアの腹が鳴り、俺ははっとした。


 恥ずかしそうに腹を押さえるニアのために、俺は慌てて朝食作りを開始する。


「すまない、すぐに朝ごはんを作ろう」

「⋯⋯うん」


 厚めのトーストを二人分焼いて、無難にハムエッグをのせる。それに冬らしくカボチャのスープと、デザートに細切れにしたフルーツを加えた。ニアのコーヒーには砂糖を多めに入れ、それらを食卓に並べた。


「「いただきます」」


 とりあえず、食材に感謝。

 この習慣は当然魔族にはなかったらしい。

 彼らがいちいち食材に感謝するような慈悲深い奴らだとは、俺も思わない。


 隣で少しずつトーストを食べ進めるニアに、俺は一つ訊ねた。


「なあ、ニア?」

「?」

「どうして、わざわざ俺の隣に座るんだ? 普通は向かい合わせで座るものだと思うんだが⋯⋯」

「⋯⋯スプーンの使い方、わからないから教えてもらおうと思って」

「そういうことか⋯⋯」


 この一週間ちょっとで二三度、彼女には食器の使い方は教えたつもりだったのだが⋯⋯まだ慣れないせいかその様子はぎこちなかった。俺に似て不器用なところがあるのかもしれないな、と勝手に思ったりした。


「持ち方は、こうだ。握るんじゃなくて、指を添える感じで」

「こう?」

「そうだ。それでスープを(すく)ってみろ」


 ゆっくり、彼女の持つスプーンが黄色のスープを少量掬って、彼女の口へ運ばれていった。ようやく一口、ニアはスープを口にした。


「……むずかしい」

「そうか?」

「わざわざこれで掬う理由がわからない。面倒」

「あはは⋯⋯」


 忌々しそうにスプーンを見つめるニアを見て、思わず笑みがこぼれる。

 そういう根本的なところに疑問を抱く姿に、彼女の幼さを思い出させられるようだ。


「⋯⋯でも、使わないと熱い」


 皿のまま飲もうとしたニアが言った。


「やけどするなよ」


 そう言って俺はコーヒーを啜った。


 何はともあれ、綺麗に朝食を完食したニアだった。魔族は人肉をも喰らう種族ということから、彼女の口に人の食事が合うかどうか心配だったが、俺の杞憂だった。むしろ彼女はよく食べる方だった。


「今日もおしごと?」


 食器を片付けに来たとき、ニアが俺に訊ねた。


「ああ。今日も新作の続きを⋯⋯」


 ふと思った。それは俺の単なる思いつきだった。


「ニア、暇なら俺の部屋に来るか?」

 



 普段、執筆中はニアの入ることはない書斎で、俺は一冊の本をページを開いて彼女に手渡した。


「ニアは文字が読めないんだろう?」

「読めない」

「だから今日は文字のお勉強だ」

「おべんきょう?」

「そう。人の文字が読めるようになれば、ニアもたくさん本が読めるようになるからな」

「ほんとに?」


 珍しくニアが目を輝かせたので、俺も念を押していった。


「ああ。するか? 勉強」

「したい!」


 力強くそう答えて、ニアはその本に目を通し始めた。


 学校で使う語学の入門書のような本だったが、文字の読みだけ覚える分には十分だろう。よく出てくる単語から順に読み方と用法を教えて、あとは彼女の学習意欲と本の説明文に任せることにした。


 そのあと、俺が途中から執筆を始めてからもニアは熱心にその本の文章を読み込んでいた。以前、彼女が暇を持て余したとき、「本が読みたい」と言っていたのを思い出したことによる提案だったが、思ったより彼女の意欲があったのは驚いた。


 そうして午前中は二人で書斎で過ごし、俺が気づいたときには懐中時計は十二時近くを示していた。そろそろ腹が減ってきた。


 振り返って、本棚に寄りかかるニアの様子をうかがった。

 するとまだ、あの本を読み進めていた。


 かれこれ三時間ちょっとだから、ものすごい集中力だ。


「ニア、勉強は楽しいか?」


 目が合ったので訊いてみた。


「楽しい。本を読むのは、新鮮だから」

「それはよかった。文字が読めるようになったら、俺の本も読んでくれよ?」

「気が向いたらね」

「おい」


 まあ彼女にはいくらでも読む機会はあるのだから、俺が焦ることはないか。色んな作品に触れた上で、俺の小説にたどり着いてくれればそれでいい。


 ……たどり着かなかったらどうしよう。


 それはさておき、俺の腹の虫もうるさくなっていた。


「もう昼だな。今日は出かけるか」

「お出かけ?」

「ああ。ニアも着替えてくるといい」

「わかった」


 短く返して、ニアは本を閉じて本棚へ戻した。

 しばらくして、外出用の服に着替えたニアが駆け寄ってきた。


 魔族の一番の特徴である頭の角を隠すために、俺は彼女にフードつきの大きめの上着を買った。人目のある所に行く以上、彼女が魔族であることを知られるのは当然好ましくない。


 けれどいつかニアにはそんな制約から脱して、彼女らしく生きてほしいと俺は思う。


「行くか」

「うん」

 


    ***



 山道を三十分ほど歩いて山を越え、隣町の市場へと俺たちは訪れていた。


 俺の住むセルロ村には店などはほとんどなく、行商人が時々やってくる程度なので、買い出しには少し労力がいる。


 だがこれも、老化防止のいい運動だと思えばいい。


 街に着いてまず、湖の近くにあった食べ物屋でサンドイッチを二セット買って、(ほとり)のテラス席に座った。水鳥が数羽泳ぐ小さな湖(池?)を眺めながら、俺たちはサンドイッチを食べた。具の鶏肉が少し固く感じたが、悪くない味だった。


 隣の席で、王国騎士団の騎士と思われる男たちが何やら上司に対する文句を言っていた。それで若干複雑な気分になる俺とは対称的に、ニアは両手でサンドイッチを大事そうに持って食べ進めていた。


 意外に美味しそうに食べるんだな、と思った。

 俺が食べ終えた頃、俺はニアになんとなく訊ねた。


「ニア、美味いか?」

「おいしい」

「よかったな」

「うん。すぐ食べ終わるから」

「ゆっくりでいいさ。急がなくていい」


 ニアが食べ終えるのをゆっくり待っていた俺だったが、テーブルの近くに来たさっきの騎士団の男たちに声をかけられた。


「あの、突然すみません、僕の勘違いかもしれないんですが……」

「なんだ?」

「貴方、王国親衛隊のロイファーさんですよね?」

「……ああ、そうだが」

「やはりそうでしたか!」


 男の一人が「おお!」と歓声を上げた。

 茶髪の男に握手を求められたので、俺も握手で返した。


「何年も前に引退したんだがな……」

「いえいえ、今でも貴方の噂……いえ、伝説は常々うかがっておりますよ! 遊撃隊の英雄、シュプリンガーさんを支えた狙撃の名手として! 僕も一度お会いしたいと思っていたほどで……」

「はは……」


 男の熱量に気圧されつつ、男の口からシュプリンガーのことが話題に上がったことに感慨を覚える。俺が書き記すことなどしなくても、彼のことを記憶している人は山ほどいるのだろう。


 三人それぞれと握手したあと、彼らは任務のためにその場を後にした。ニアがいつの間にかサンドイッチを食べ終えていたので、俺たちも商店街へと向かうことにした。


 その道中、彼女はこんなことを言った。


「ロイファーさんって、すごい人なの……?」


 さっきのことだろうか。


「そんなことはないさ。今はただの物書きだ」

「物書きなのに、伝説があるんだね」

「どうせ勝手な作り話だろう」


 俺はそう言って誤魔化したつもりだったが、ニアは純粋な目でこう訊ねた。




「ねぇ、昔のロイファーさんだったら、私と初めて会ったときにすぐ殺してた?」




 胸を貫かれるような感覚が、その言葉にはあった。彼女がそれを表情一つ変えずに言ったことも、深く印象に残った。言い淀む俺を見つめる目は、どこか俺を試しているようにも感じられた。


 即答は、できない。

 だが俺は、あえて微笑んで答えた。


「それはしなかっただろうな。俺もルフトのように、躊躇すると思う」

「そう?」

「もちろんだ。ニアのような女の子は、俺にはきっと殺せない」


 口先ではそう言ったものの、実際の昔の俺ならどうだろうか。

 もし彼女と出会うのが数年早かったら、こんな形で彼女を救うことができていただろうか。


 だがそれは、今考えても仕方がない。

 逡巡する俺と同じく何やら考え事を始めたニアに、俺はすっと手を差し伸べた。


「人が多い。はぐれないようにしよう」

「……うん」


 その小さな手で、ニアは俺の手を握った。



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