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番外編2 そのエルフ、酒好きにつき

お酒に酔ったハイル先輩の、至って健全なお話です。

 俺は今、猛烈に後悔している。


 その理由は、ギャンブルに全額突っ込んで借金を背負ったからでもなく、前のパーティで活躍出来なかったからでもない。もっと軽くてくっっっっそくだらない理由だ。


 それは何なのか。

 それは……


「ぬぁあああああああああー」


 全ての俺の後悔は、この酔い潰れたエルフに起因する。


 こんな間の抜けた声を漏らしながら、ハイル先輩はテーブルに突っ伏して俺を見つめている。その頬の赤さは間違いなく、酒に酔っためんどくさい大人のそれだ。


 なぜそれで俺が後悔するのかといえば、話は数時間前まで遡る。

 


   ***



「今日は疲れたし、久々にお酒でも飲みたいなー」


 夕食どきにいつも通り立ち寄った食堂で、先輩は木の板に書かれたメニュー名を眺めながら言った。そういえば俺はそのときまで、彼女が酒を飲むところも見たことがなく、彼女が合法的に酒が飲める年齢であることすらも忘れていた。


 ともかく彼女が酒に酔うところは想像がつかなかったので、興味本位で俺も「いいんじゃないすか」と適当に二つ返事をしてしまったのだ。


 ……御察しの通り、それで彼女はこのザマだ。


「でひくん~」

「はい?」

「ぬぁんだその目はぁ!!」

「はぁ?」


 いや、急にキレないでほしい。ビビった。

 あとテーブルを叩くな。


「言っとくけどあれだぞ! わたひはあれじゃないんだからなぁ! えっと、あれ、なんだっけ……」

「飲んだくれ?」

「そーそれ! 私はのんだくれではないよだぁ!」

「あ、そうですか……」


 どう見ても、見た目は飲んだくれなんだが。


 でも、考えてみると不思議なものだ。容姿は俺と同い歳くらいの少女に見えるのに、普通に酒を飲んで顔を赤くして酔いまくっている。酒に酔った先輩も俺的にそれはそれでアリなんだが……


 面倒くささがいつもの比じゃない!


「あーもー、なーんでここのおさけはこんなにおいひーんだー」

「…………」


 戯言を吐きまくる先輩に呆れつつ、俺は頼んだぶどうジュースをちまちま飲んでいた。

 そのうち先輩が本当に吐くのではという不安を抱えながら。


「ねー、でーしーくーんー」

「……なんですか?」


 訊いてみたはいいものの、彼女からの返事は一向にない。ただニマニマと俺のことを見つめてくるだけだ。そのうち、またテーブルにぐでっと突っ伏して言った。


「なんでもなーいよー」

「ウザい……」ウザい。

「きみはのまないのー?」

「はぁ……俺まで酔いつぶれたら、誰があんたをおぶって行くんですか?」

「はは、それもそうかー」


 さっきまでの勢いを失い、先輩はジョッキを手に動かなくなった。


 あ、これは多分眠くなるフラグだな。

 だから俺は店員さんに注文した。


「すみません、水一杯くださーい」

「かしこまりました」


 そうして店員さんが持ってきてくれた水を先輩に三杯くらい飲ませると、彼女の酔いはだいたい醒めたようだった。アルコール特有の頬の赤みは取れ、先輩は今度はただ眠そうにグダっていた。


「ほら先輩、眠いなら早くずらかりますよ」

「むぅ⋯⋯」


 立ち上がって先輩の肩を揺らしてみても、先輩は寝起きのときのようにダルそうにしたまま動こうとしなかった。ほんとにめんどくさい。いっその事このまま置いて行くのはどうだろうか?


「……置いてきますよ?」

「わかったよ⋯⋯でも、その代わり」


 俺の服の袖を掴んで、彼女は甘えたような声で言った。




「おんぶしてって?」




「⋯⋯今なんて言いました?」

「お ん ぶ し て ?」


 くそ、こんな声出せるのかこの人。さすがにこんな甘々な声とうるうるした瞳で頼まれたら⋯⋯


「きみさっき言ったでしょ? 私のことおぶってくって。だからおんぶして。お姫様抱っこでもいいよ?」

「ぜ、前言撤回……」

「残念、時間切れでーす」


 本日二度目の後悔。

 人間、やはり軽率な言動は控えるべきか。


 しかももう彼女の酔いも醒めてるみたいだし、本当なら俺の助けなんていらないはずなのに。ただ俺をからかいたいだけなのか。


「⋯⋯わかりましたよ。でも先に会計してきますから」

「ふふ、そんな恥ずかしがらなくていいのに」

「うるさい」


 先輩の酒の代金を預かって、俺は食堂で会計を済ませた。入店からかれこれ三時間ほど経っていた。まさかあそこまで先輩が上戸だとは思ってなかったので、素直に驚いた。


 すっかり無気力になった先輩をリアルに店から引きずり出し、人目につかなそうな道まで移動する。


「もうおぶさっていい?」

「⋯⋯お好きにどうぞ」


 このまま後ろ手で引きずっていくのもありだけど。

 すると足に力を入れて身構えていた俺の背中に、先輩は俺に身を任せるように抱きついてきた。想像していたよりも先輩が軽かったのは、正直驚きだった。


「久しぶりだなー、誰かにおんぶしてもらうなんて」


 耳元で先輩は話しかけてくる。

 それはそうとして、いい歳して16歳の少年におんぶされて帰るエルフってどうなんだ?


「酒くさ」

「ふん、飲んだくれで悪かったね」


 若干拗ねたように、先輩は悪戯っぽく笑った。


 喋り方からしてもう元気なはずなのに、それでも終始彼女はしっかり俺に抱きついている。いつになく、彼女の体温が近くにある。


「ねぇ、今夜の宿探しに行こ?」

「この状態で行くんですか⋯⋯?」

「あったりまえでしょ。私の寝床を探しに行くようなもんだしね。きゃー! ベッドに連れこまれるー!」

「干し草のベッドで寝てろや」

「それ私に死ねって言ってる?」


 寝床ごときでぶつぶつ文句を言ってくる先輩を無視して、俺は近くにあった適当な宿屋に入った。受付の近くにあったソファに先輩を一旦放り投げて、冒険者証を提示してチェックインを済ませた。


 そして例のごとく、空き部屋は一部屋のみで先輩と相部屋となった。本当に勘弁してほしいのだが、俺もこれに慣れてきている部分があるのが怖いところだ。慣れって怖い。


 部屋に入ると、先輩は先陣を切ってベッドに飛びこんだ。


「ふーとーんーだー!」


 ベッドだけどな。まあ細かいことは気にせずに。

 ごろん、と横になって先輩は言う。


「ねぇねぇ」

「……なんですか」

「着替えさせてくれない? 寝間着は貸すからさ。自分で着るのめんどくさい」


 ほんとに何言ってんだこの人は。


「まだ酔ってんですか?」

「酔ってる酔ってる! だからほら、ね?」


 仕方ないなぁ⋯⋯とはさすがにならない。


 なんでこの人はこういうことに抵抗がないんだろうか。

 それとも、本当に酒の効き目でさらに頭が弱くなってるのだろうか。

 それはそれで自業自得だけど。


 腕をぷらぷらさせながら待機中の先輩を見て、また一つ大きな溜め息をついた。

 俺に脱がせろと? あんたは俺に脳死させたいのか?


 とりあえず一歩近づいて、先輩の前に立った。


「いいんですか?」


 じっと彼女の目を見て言った。

 できるだけ、威圧感のある声で。


「いいよ、別に」と先輩は言った。


 自分の服の袖から片方腕を外して、だらんと俺に差し出した。

 もうこうなったら、俺もヤケだ。


「本当にいいんですね?」

「うん」

「神に誓って絶対に?」

「う、うん……ほら、早くしてよ」


 俺は無言で、彼女の服の袖をつかんだ。

 しばらくその状態で見つめ合っているうちに、先輩の余裕そうだった目は怯んでいく。


「本当にいいんですね……俺にあられもない姿を見られても」

「えっ、ちょ、ちょっと」


 先輩に詰め寄り、もう片方の手で裾をつかむ。

 彼女の顔はみるみる赤くなっていく。


「まあ、神に誓うくらいですからね。もう後戻りは――」

「ス、ストーップ!」


 ばっ、といきなり俺から身を引いた先輩は、ベッドの布団に素早くくるまった。白い布団の中から半分顔を出して、彼女は慌てた口調で言う。


「冗談、冗談だから! お願いだからそんなマジにならないでよ! 今のナシ、ナシだから!」

「自分で言っておいて……馬鹿ですか?」

「だって……急に君が主導権握ってくるなんて思わなかったんだよ」


 珍しく赤面しながら、先輩は恥ずかしそうに布団から俺を見つめた。普段あれだけ歳上っぽい態度をとってくる癖に、意外とこういう押しには弱いのかもしれない。まあ、あれはあれで恋愛経験なさそうだし。


「馬鹿な真似はやめてもらえます? あなたの冗談の範疇は、俺にはわからないので」

「ごめんって……もう、君が積極的なのも悪いんだからね」

「はいはいすみません」


 俺がそう適当に返すと、先輩は今度は拗ねたような口調で言った。


「自分で着替えるから。君はあっち向いてて」

「……なんなら、俺外出てますよ」


 文言通り俺は部屋を出て、冬の寒空の下へ逆戻りした。


 ~少々お待ち下さい~


 先輩が寝間着に着替え終わったのを見計らって、俺は部屋に戻った。宿の外の空気は冬らしく冷たかったが、夜空の藍に浮かんだ月は相変わらず青白かった。今夜は満月らしい。


 寝転んだままの先輩の近く、ベッドの隅に俺は背を向けて座った。

 なんとなく、先輩が寝るまでは安心して眠れない気がした。


 先輩が寝返りを打ってこっちを向いた。


「本当に君といると飽きないね。なんか、ドキドキする感じ」

「俺はしませんけどね」

「うそだよ。顔に出てないだけ」

「してません。心音だってずっと一定です」

「君人間じゃないね、それ」


 俺は人間だ。心音が常に一定なのは嘘だけど、彼女といてドキドキなんかしてないのは多分本当だ。俺が元々冷静すぎるのもあるとは思うけど、今の今までそんな感覚は味わったことがない。


「じゃあ本当にドキドキしないんだね」

「もちろん」

「神に誓って?」

「え、はいまあ……」

「ふーん。あ、あそこでアンデッドが逆立ちしてる!」

「はぁ!? ……って、よくよく考えたらアンデッドのあの壊れかけの身体で逆立ちなんて負荷のかかる動きができるわけ……ない……」


 最後の方、言葉がうまく出てこなくなったのはたぶん、それなりに動揺していたからだと思う。


 俺は先輩に突然背後から抱きしめられ、言葉を失っていた。


「つかまえた♪」


 そこで済んだら良かったのだが、あろうことか俺は次の瞬間には彼女に引き寄せられてベッドに寝っ転がっていた。とうとう思考が停止する。


「?????????????????????」


 頭に浮かんだのは、無数の疑問符。

 ……えっと、俺は今、生きてますか?


「離さないからね?」


 耳元で先輩の声がする。やっぱりこの人は酔っている?


「言っとくけど、これは別に変な意味はないからね? でも十分、ドキドキするでしょ?」

「……し、してませんよ」

「ダウト。ほら、君の心臓こんなに脈速くなってるじゃん」


 俺の胸の心臓あたりに彼女の手がのびて、さすがにびっくりした。

 たしかに、俺の心臓は今ものすごくうるさい。


 心音を鎮めようにも、彼女の手を振りほどこうにも、頭は働かない。

 やがて、背中に感じる柔らかい感触に気がつく。


「当たってます、けど」

「ん? 胸が? これは当ててるの」


 失神するかと思った。何故か背筋が凍った。

 なんでだろう。急に耳も遠くなった感じがする。


「⋯⋯⋯⋯しよ?」


 先輩がボソッと呟いたその一言で、俺はついにパニクった。


「な、ななななななななにをする気ですか!?」

「え、お喋りしよって言ったんだけど」


 お喋りしよ、か。盛大に誤解した。


「もー、君は一旦落ち着きなって」

「とりあえず、手離してもらえません?」

「やだね」


 割としっかり俺のお腹をホールドした彼女の細い腕は、そう簡単には解けそうになかった。仕方なくこの体勢を保ったまま彼女の話に乗る。


「ねぇ、弟子くん」

「はい?」

「ありがとう。色々」


 急にかしこまって先輩が話しだしたので、俺は逆に冷静になった。

 背中越しに彼女の声が聴こえる。彼女の表情は窺えない。


「色々?」

「そ、色々。例えば、今日私をおんぶしてここまで運んできてくれたこととか。私お酒入るとああなっちゃうから、一人のときは飲めないんだよね。だから今夜は君がいて助かったよ」

「まずお酒を控えればいい話じゃないですか」

「あはは、それは無理」


 無理なのは困る。毎回こんな労力を使わねばならんのか。


「あと、私のくだらない暇つぶしに付き合ってくれてありがとう。君のおかげでだいぶ退屈は凌げたから、感謝してるよ」


 彼女の「感謝してる」は違うと思った。

 だってそれは、俺の方が感謝しないといけないことだから。


 死の淵、絶望の淵にいた俺を二度も助け出してくれたのは、紛れもなく彼女なのだから。


「それは⋯⋯俺の方こそです」

「ほんとに?」

「多分⋯⋯」

「そっか。よかった」


 安堵したように、先輩はそう言って言葉を区切った。

 沈黙が続いた。俺は先輩に抱きしめられながら、彼女の言葉を反芻していた。


 しばらくして先輩が寝息を立て始めたので、俺もそのまま眠ることにした。俺も疲れたし。


 微睡(まどろ)みの中で思う。


 俺はこの先、ハイル先輩に助けられることはきっとまだまだあるんだろう。

 またあの言葉で、真っ正面から俺を励ましてくれることがあるんだろう。


 でも、そのとき俺は。


 彼女に、何か一つでも返せているのだろうか。

 彼女のくれたこのぬるま湯のような日々に、浸かりきっていたりしないだろうか。


 そう思うと、不安だった。



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