20.小規模な軌跡と、その結末
「君、いつか僕のいいフォロー役になりそうだね」
シュプリンガーは昔、俺にそう言った。
あれはたしか俺とシュプリンガーが初めてコンビで任務に当たったとき――初対面で、しかも彼の発した二言目だったと思う。
今思えば、あれはとても彼らしい言葉だったのかもしれない。
もちろん、そのあとすぐに俺が反論したわけなんだが、彼の三言目はまた強烈だった。
「あと君、タバコ臭いね」
俺はちょっとキレた。
ほぼ初対面にして、俺にそんなことを言ってきた彼にはある意味感服する。
――このように、今思い返せば彼の言葉は俺の心でまだ生きているらしい。
そして、現在。
俺は次回作であるシュプリンガーについての小説の執筆にあたっていた。
というのも、長年この件に関して筆を取るのを渋っていた俺も、やっと書く気になれたのだ。
もう一度彼と会って、彼の辿る結末を変えることができた。
それだけでもう、俺は俺の願いを叶えることができたのだ。
窓際の書斎のデスクに万年筆を置き、おもむろに空へ視線を上げた。
「シュプリンガー⋯⋯」
俺はお前の望み通り、走り続ける。
その先でまた、お前に出逢えることを信じて。
だからお前は、空の上で気長に待っていてくれ。
「ロイファーさん」
感傷に耽っていた俺を呼ぶ声。
振り返るとそこには、白髪に赤目、それと目を引く黒い角を生やした少女がいた。おずおずといった様子で、少女は手にしたコーヒーカップを俺に差し出してくる。
「これ、コーヒー⋯⋯」
「ニアが淹れたのか? ありがとうな」
彼女からカップを受け取り、一口啜る。
魔族の少女である彼女の名は、ニア。
説明が遅れたが、彼女は訳あって俺が引き取ることになった。
俺とシュプリンガーに小規模な奇跡を起こしてくれたニアには、彼の遺言通り俺も感謝している。だから恩返しの意味も込めて、俺が一人ぼっちの彼女の居場所になることにしたのだ。
人生、不思議な巡り合わせというのもあるものだ。
ただ、彼女は魔族ということもあり、普通の生活には少し難儀することもある。そしてなにより世間の彼女に対する目は、きっと厳しい。
それでも、少しずつでもいい。
俺は彼女と前に進めればいい。
こうして今初めて彼女の淹れたコーヒーを飲んでいることだって、俺たちの小さな進歩なのだ。
……まあ、一つ言うなれば。
「ニア、」
「⋯⋯?」
「今度からは、もう少し砂糖は少なめで頼むよ」
「ごめんなさい……」
「いいさ。また今度から直せばいい」
まだ少し、時間はかかりそうだが⋯⋯
――そういえば、昨日ここを発った彼らも、今頃次の街にでも着いている頃だろうか。
***
「どうしたの、その剣?」
セルロ村を出た翌日。
その道中で立ち寄った喫茶店でハイル先輩が訊ねてきた。
そして俺は、ロイファーさんたちとの一件での報酬である、とある一本の剣を取り出して眺めていたのだった。柄の部分の装飾が流麗できらびやかな、細長い刀型の片手剣だ。
「ロイファーさんからもらいました。俺は遠慮したんですけどね」
「それって――シュプリンガーって人の遺品だよね?」
そう、この片手剣は、元々ロイファーさんが預かっていたシュプリンガーさんの遺品だったものだ。彼の亡き後でもロイファーさんの手入れが行き届いていたらしく、刃はほとんど劣化していなかった。
「村全体からの報酬が30万エルド、ロイファーさんからの報酬が10万エルドと秘蔵の魔導書三冊でしょ? おまけにその剣って⋯⋯私たちさすがにもらいすぎじゃない?」
まあ、確かに報酬はデカかった。
元々俺の修行のために受けた依頼だったが、ことが思わぬ方向へ向かってしまった。とはいえ、困っている人を助けることができたなら、この国に生きる冒険者として本懐だろう。
ちなみに、魔導書をコレクションするのは先輩の数少ない趣味の一つらしいが、当の本人は特にその魔法を覚えて使ったりはしないらしい。意味が分からない。
俺も魔力に関してはクソザコだから、貰っても困るのは言うまでもないが。
閑話休題。話をこの剣に戻そう。
「『剣は使われずに朽ちていくより、もっと多くの戦いに投じられて朽ちる方がいい』って、ロイファーさんは言ってました。でも、俺にはちょっと勿体ないくらいです。これ、多分騎士団でオーダーメイドされたものですよ? 俺なんが使っていいんですかね⋯⋯」
「いいんじゃない?」
先輩は即答して、注文したコーヒーを啜った。
「その剣が君に見合わないと思うなら、君がその剣に見合う使い手になればいい話だしね」
「⋯⋯」
「それにきっと、剣士なら自分の愛刀にはたくさん戦ってほしいと思うはずだよ。それがどんな形であれ、ね」
「⋯⋯先輩って、ごく稀に良いこと言いますよね」
「それほぼ悪口でしょ⋯⋯」
でも、先輩の言う通りだ。
この剣はもしかしたら、俺をこの先導いてくれる道標となるのかもしれない。彼の闘志を灯したこの刃ならきっと、俺は今度こそ変わることができるような、そんな気がした。
人生、不思議な巡り合わせもあるもんだ。
「⋯⋯あ、前使ってた剣はどうすれば」
「売れば? どうせ使わないでしょ」
「それだったら、先輩の魔導書も売ったらどうですか?」
「コレクションを売り飛ばすコレクターがどこにいるのさ!」
やれ、これだから俺たちはすぐ金欠になる。
鞘に刀身を収納して紐で縛り、剣はしまうことにした。
「先輩、次はどうするんですか?」
「『次』かぁ……君が乗り気なだけで私は充分嬉しいな」
「安上がりですね」
「ひどい!」
だから一応、俺は彼女の弟子ではないつもりなんだけど。
もう、そうも言い切れなくなっているのが、悲しい現状なんだよな。
「じゃあ次は、メイレスタに行こう!」
「げっ」
「どしたの?」
「いえ、なんでも⋯⋯」
「メイレスタなら、王都からも近いし依頼には困らないよ。私が保証する!」
まあそれはそうなのだが。
あの街に行くのは正直、俺は気が進まない。
「わかった? それでいい?」
「⋯⋯アンダースタン」
避けては通れない道もある、そういうことだろう。
旅は多少苦難があった方が楽しい。
「ていうか、昨日から喫茶店ばっか立ち寄ってるのは気のせいですよね?」
「あはは⋯⋯あの人の淹れたコーヒーが美味しくて、なんかハマっちゃった」
まあ、そんなことだろうとは思っていたが。
セルロ村編はこれで終わりです。次話より番外編始まります。




