2.君、私の弟子になってよ!
「おいしい!」
木製のスプーンを咥えたまま、その少女は満足げに微笑む。
さっきの一見近寄り難そうな姿とは大違いだ。
「すみません、こんなものしか用意できなくて……」
「全然いいよ! 私この手の料理割と好きだし」
「それはまあ、よかったです」
即興で作った木の実のスープが意外と好評だったことに安堵しつつ、俺はスープの鍋を少しずつかき混ぜていく。
さっき偶然拾った鉄鍋の中で色んな木の実をぐつぐつ煮込んだだけのものなんだけど、これが意外と美味いらしい。
「あの……さっきは助けていただいて、ありがとうございました」
彼女がいなかったら多分、俺は今頃オークの口の中でミンチだっただろう。
「あれ、助けたっけ私?」
「助けられたっていうか……俺、あのオークに食われかけてたんで」
「そっか? じゃあ君は囮だったわけだね」
「囮?」
「私こそ君に感謝しないとね。ありがと、囮役」
なぜか俺まで感謝される羽目になったけど、まあそこはいいか。
囮扱いはちょっと納得いかないけど。
「君も食べなよ。私だけ悪いし」
「いや、俺はいいです。あんまり食欲ないので」
「そう? でも、ちゃんと食べないと。成長期でしょ?」
「俺にそこまでの金があれば、の話ですけどね」
そんなブラックジョークはさておき。
俺は伐採された木の切り株に座って考え込む。
にしても本当にあたりの木が綺麗サッパリぶった切られている。オークの肉片とドス黒い血がそこら中に散らばっているけど、後始末は大丈夫だろうか。
それにしても、この少女――ハイライトは多分とんでもない人だ。
あの大きさの大剣を振り回した上で、オークを細切れにできるくらいだから。
「あの、ハイライトさん」
「ん? 歳だけは絶対答えないよ?」
「……心が読めるんですか?」
「うそ、本当に訊こうとしてたの!? ひどい! エルフの女性に歳を訊ねるなんて君デリカシー無さすぎ!」
「まあウソですけど」
まあ喜怒哀楽の激しいことで。
ぷんすか怒っている彼女もなんだか見ていて面白い。
そのうちため息をついて機嫌を直した彼女は、俺にわざわざ近づいて訊いてきた。
「⋯⋯ところで! 君はその格好からして貧乏人?」
「え、はい……というかわかってるなら訊かないでくださいよ」
「ごめんごめん。そっか、図星か。どおりでゾウリムシみたいな格好してるわけだ」
「ゾウリムシて⋯⋯」
「でも、顔は悪くないね」
至近距離で見つめ合う。視線がくすぐったい。というか見つめられると恥ずかしいしウザい。
「な、なんですか?」
嫌な予感で思わず後ずさりする。
「ねぇ君、私の弟子になってくれない?」
涼しい顔でいきなり手を差し出してきた彼女に、思わず絶句した。
「……………………は?」
まずいな⋯⋯俺はこの歳でもう幻聴が始まっている可能性がある。
今度医者に診てもらわなければ。
要するに、聞き間違いだよな?
「弟子だよ。私と一緒に来てほしいんだ」
聞き間違いじゃなかった。とりあえず医者は回避。
空中でひらひらする彼女の手と、その細長くて綺麗な指。どうやら俺の同意待ちのようだ。
……だが断る。
「い、いやそんなの、全然他の誰かでもいいじゃないですか……」
「まぁね。でも私の勘はそう言ってるんだよ」
「勘かよ!」
「お金出すよ」
「ほぇ?」
「いくらでもー」
お金? 今お金って言ったか?
うーん、金を人質に取られては仕方あるまい。
この人は俺にお金を恵んでくれる神様らしいからな。
⋯⋯いやいやいや。
「人をお金で釣らないでください!」
「えー、ダメなの? お願い、私今ちょっと暇なんだよ。ほんと暇で暇で身も心も腐りそうなくらい!」
「どんだけ暇なんだよ! あと人を暇つぶしに利用するな!」
「おー、ナイスツッコミ。君といれば退屈しなさそうだ」
「え、なんだこいつ⋯⋯」
思わず本気でつっこんでしまった。
どうやら彼女は、俺のツッコミを引き出す性質の持ち主のようだ。
だからといって息が合うという訳ではなさそうだが。
いや息が合ってたまるか。
「大体俺がなんの弟子に⋯⋯」
「剣だよ。私が剣を一から教えてあげる」
「ええ……」
あれ以来、俺は剣を握っていない。
それどころか、俺は完全に剣士を辞める決心までしてしまっている。
前のパーティの奴らを見返そうなんて、一ミリも思わなかったのだ。仮に俺が強くなって帰ってきたとしても、あいつらはもう俺を見向きもしないだろうから。
「ま、弟子になるかは別としていいよ。とりあえず今夜だけでも私に付き合ってくれないかな?」
うっ、微笑むと可愛いなこの人。
その点を判断材料にするかはまた別として、俺は結構本腰を入れて考える。今夜だけなら、まあ最悪夕飯だけでもご馳走になれるだろうし⋯⋯最低だけど。
「⋯⋯別にいいですよ。今夜だけなら」
彼女の手がずっと空中でひらひらしていて目障りなので、とりあえず俺はその手の握った。
「ありがと。じゃ早速行こうか、ゾウリムシくん」
「誰がゾウリムシだ」
なんやかんやで今夜限りの指名契約をすることになった俺とエルフの彼女は、お互い退屈な夜を適当な街の食堂で過ごすことにした。
さっきスープ食ったにも関わらず、彼女は堂々とピザを一人前で頼んだ。
彼女曰く奢りだと言うので、俺も遠慮せずあてつけにステーキを注文する。
「あの、ハイライト⋯さん?」
「ハイルでいいよ」
「ハイルさん?」
「先輩でいいよ」
「⋯⋯先輩?」
「師匠でいいよ」
「ししょ⋯⋯って、おもくそ誘導だった」
ナチュラルに師匠呼びから定着させようという魂胆は見え見えだ。
最低最弱ギャンブラーの俺には通用しない。なので俺は無難に「先輩」呼びを選択する。
「ハイル先輩」
「ん、それでいくのね。それで、どうしたの?」
「言い忘れてたんですけど、俺もとは剣士だったんですよ」
「へえ⋯⋯とてもそうは見えないけど」
「ですよね。これにはちょっと事情があって⋯⋯」
「事情? 気になるなー、聞かせてよ」
「⋯⋯笑わないでくださいよ」
これは決して「笑え」というフラグじゃない。
俺は別にフラグで言ったつもりはないんだけど。
フラグ回収は、彼女の特技らしい。
「あっはははははは! なにそれ、君そんな理由で追放されたの? ちょーウケるww」
「真面目に聞けや」
「あー、ごめんごめ⋯⋯ぶはははw」
「こいつ⋯⋯」
笑いの発作が収まらない彼女の脛あたりを、テーブルの下で蹴る。
それでようやく発作は一時停止した。
それでもまだ彼女は下腹部を押さえて涙目でくすくす笑っている。
酒が回ってるからか、やたらテンション高い。
「いやー、ほんとにごめん⋯⋯君が可哀想すぎて笑けてくるんだもん」
「だもん、じゃないですよ……」
「はー⋯⋯⋯⋯⋯⋯ぬふふふふ」思い出し笑いだと。
「これでも俺は、結構苦労してきたんですよ。ギャンブルまでしないと生きていけない程度には金に困ってましたし」
「ギャンブル? あは、君ほんとバカだね」
笑い疲れたように頬を引きつらせながら、彼女は言った。
「あんなもの、君みたいなダメ人間を奈落の底に突き落とすための最終兵器みたいなものだからね。君は自分でそれにハマったんだから、仕方ないよ」
「はぁ⋯⋯」
「それで? ギャンブルで負けたからそんなになっちゃったってこと? だとしたら君はやっぱり相当面白い人だね。一緒にて退屈しなさそう」
「もうそれで結構ですよ」
「ゾウリムシくんからミジンコくんに昇格だ」
「なんで微生物限定なんだよ」
なんだろう、こんな言い方もあれだけど⋯⋯
彼女とはこの先もこんな日々を過ごすビジョンが見えてしまって仕方がない。