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18.救済と面影

 ドアの先にいた少女は、炎の中で膝を抱えてうずくまっていた。

 もちろん苦しそうにする様子もなく、ただ泣いていただけだ。


「先輩、これって⋯⋯」

「うん、あの子の魔術だろうね。でも、自分の力を使いこなせてない。魔力が暴走してる」


 そういって先輩は、まったく臆することなく部屋へ突き進んでいく。

 俺はただ、唖然としたまま立ち尽くすことしか出来なかった。


 炎の中で、彼女は振り向く。


「人間限定で幻影を見せる魔術だよ。最近生まれてくる魔族たちが時たま持ってる、割と新しい魔術だね。たぶんだけど、まだ騎士団とかには知れ渡ってないと思うよ」

「じゃあこの炎は、偽物……?」

「そう。ほら、熱くないでしょ?」


 確かに、ここまで近づいても熱も感じなかった。

 それどころか、火特有の焦げくさい臭いすらしなかった。


 その炎は恐らく、限りなく本物に近い幻影なのだろう。

 或いは自分の身を守るために、あの少女が生み出したもの――


 俺も彼女に続いて部屋に入り、その少女の前に立った。


 少女は俺たちに気づいたのか、涙で滲んだ瞳をこちらに向けていた。

 白い髪に赤い瞳をした、幼気(いたいけ)な少女だった。


「その(つの)、君はやっぱり魔族なんだね」


 至って淡々とした声で、先輩は少女を見て言った。


 まだ幼い少女にも見える彼女の頭には、上方に伸びる黒い角が二対生えていた。成長期なのかその長さは成体の魔族ほどではなかったけど、確かに彼女は俺の知る魔族の特徴を押さえている。


「その魔術、誰に習ったの?」


 先輩は少女に訊ねた。

 少女は先輩を見て、怯えたような表情で答える。


「わ、わからない⋯⋯ただ、私は苦しいの。お母さんが殺されて、ずっと一人で⋯⋯」


 それで俺は確信した。

 夢の中で俺に訴えかけていたのは、確かに彼女だったのだ。

 両親との死別を経て一人悲しみ、この場所で泣いていたのだろう。


 そして、俺は彼女の境遇に過去の自分をまた重ねてしまったようだ。両親に見捨てられ、それでも何かに縋ろうとして、すべてを失った過去の自分に。


「そう」


 先輩は少し目線を落として短く返すと、一瞬天を仰いだかのように焼け焦げた天井の一点を見つめていた。そして、目を閉じて深い溜め息をつく。


「⋯⋯先輩?」


 不穏な雰囲気を察知した俺は言った。


「ほんとに、嫌な世の中だよね。⋯⋯だから君は、(うら)むならこの世界を怨んで」


 すると先輩は、背中に召喚した大剣に手を掛けた。

 他意のまったく感じられない無感情な目で、その少女を見つめたまま。


「私は、若い芽でも摘まないといけないから」

「――っ、先輩!!」


 ものすごいスピードと瞬発力で繰り出された彼女の一撃を、俺はかろうじて自分の剣の刃で防いでいた。困惑の表情を浮かべる少女を背に、俺は先輩と正面から対峙する。彼女はいつになく暗い表情だった。


退()いて」

「嫌です」

「こんなことしてる場合じゃない。彼女は魔族なんだよ?」


 ガリ、と俺の剣の刃が小さく砕ける音がする。


 先輩に力で競り負けているのが嫌でもわかった。

 経験でも実績でも、圧倒的に先輩の方が上なのだ。


 俺の後ろにいた少女は、怯えたまま事の成り行きを見守っていた。

 柄を握る手に力を込め、先輩の説得を試みる。


「まだ彼女は子供です⋯⋯それにまだ人だって殺してません!」

「これから嫌でも殺すと思うよ。両親を人間に殺されてるなら尚更ね。だから早く退いて」


 より一層、彼女の剣に力がこもる。


「俺は⋯⋯彼女に死んでほしくない。先輩、あなたにも彼女を殺してほしくないんですよ⋯⋯俺を救ってくれたあなたが、『救済』の意味を知らないはずがない!」

「⋯⋯はぁ、君は少しお人好しがすぎるよ」


 鋭い目付きで彼女は俺を射抜いていた。

 彼女のそんな目が俺に向けられたのは、初めてだった。


「それにこの子のこの魔術のお陰で、ロイファーさんはシュプリンガーさんにもう一度会うことができたんです。彼女の起こした奇跡は、少なくともロイファーさんにとっては救いだったんですよ!」

「そんな理由で、君はその子を助けるの? もしその子が人を殺したら、君の責任なんだよ?」


 彼女の言うことはごもっともだ。


 それでも俺は、過去の自分と重なる部分のあるこの少女に死んでほしくなかったのかもしれない。本来自分にも、そうなる未来があったという事実を認めたくなくて。


「責任とか世の中とかそういうこと以前に、まだ何も()()()()をしてない彼女が殺されるのはおかしいですよ……」


 俺は剣で先輩を押さえたまま、彼女に懇願するように顔を伏せた。

 先輩はそのあと言葉を発することなく、静かに俺との鍔迫り合いを続けていた。


 背後にいた少女が、不安げに俺の服の裾を摘まむ。少女の放つ炎もいつの間にか消えたその空間で、三人の息遣いだけがこだましていた。


「はあ……まったく、君がここまでのお人好しだとはね……」


 静寂を切り裂いたのは、先輩の浅いため息だった。

 いつもの気の抜けた表情に戻った彼女は手にしていた大剣を下ろし、パッとそれを瞬時に消してみせた。


「君がそこまで言うなら、もう私はその子には関わらないよ。その代わり、その子は君が責任持って預かってよねー。それじゃ、私は先に帰って寝るから⋯⋯」


 不機嫌そうに俺をびっと指さして先輩は言い放ち、眠そうに部屋の出口の方へ歩いて行った。

 置き去りにされた俺は、少女に服の裾をちょいちょいと摘まれた。上目遣いに彼女は、小声でこう呟いた。


「⋯⋯ありがとう」


 礼を言われる筋合いなんて、ないのかもしれない。

 いや、きっとない。


「礼なんかいいよ、別に……」

「⋯⋯あの、」

「なに?」


 何か言いたげな彼女の前にしゃがみこんで、目線を合わせる。

 ⋯⋯まあ俺もそんなに背高くないんだけど。一応だ一応。


「なんで、助けてくれたの?」


 思わず俺は言い淀む。

 お前が俺に似ていたから、なんて言ったところで彼女には伝わらない。


 考え込む俺を見て、魔族の少女は小首を傾げる。


「⋯⋯なんとなく、とかじゃないよね?」

「当たり前だろ?」


 なんとなく、俺は少女の頭を撫でてみた。これはちょっとした俺の癖なのだが、俺は俺の妹ぐらいの身長の女の子を見ると無意識に頭を撫でたくなってしまうらしい。でも自覚はしてるから、治さないといつか通報される。


 少女は嫌がる様子もないので、俺はそのまま言葉を頭の中で紡いでいく。

 しかしその答えは一向に出てこない。


 でも、もしかしたらそれが答えなのかもしれない。


「理由なんてない。泣いてる女の子を助けるのに、誰かの許可を求めるための理由なんて、いらないと思うんだ」

「⋯⋯⋯⋯ふーん」

「いや、『ふーん』てなんだよ!」


 せっかく俺がカッコ良さげなセリフでキメたと思ったのに。


「まあでも、あの人の言い分も正しいよな⋯⋯」

「?」

「なあ、一つだけ俺と約束してくれ。――これから絶対、お前は人を殺さないこと」


 俺は小指を差し出した。

 そのあとすぐ、少女は迷わず俺と指きりをした。


「約束できるか?」

「あなたの言うことなら、私⋯⋯守る」

「そうか。えっと⋯⋯お前、名前は?」


 このやり取りはなんだか、デジャブだな。

 あのときと俺の立場は逆だけども。


「ニア。この名前だけは、お母さんが私にくれた」

「ニア、か。じゃあニア、これはお前と俺の約束だ。俺のためにも、お前はこの約束だけは守れ」

「うん、わかった」


 そう言って彼女は深く頷いた。

 固く指きりをしたあと、俺とニアは屋敷をあとにしてある場所に向かうことにした。


 道中、俺の後ろについて歩いていたニアはまた、俺の服の裾を引っ張って言った。


「どこに行くの?」

「ある人に、ニアを会わせたいんだ」

「ある人って?」


 その人は言い換えれば、彼女の魔術によって救われるであろう人物。

 きっと彼なら、彼女を受け入れてくれる。


「その人は多分、ニアに感謝してくれる人だよ」




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