13. 幽霊屋敷と怖いもの
――シュプリンガー。
聞き覚えのある名前が彼の口から語られ、俺は意識が途端に遠ざかったような感覚を覚えた。だってその名前は⋯⋯
「驚くのも無理はないか。そう、お前らが退治の依頼を受けたあいつこそ、俺の相棒だったものだ。そして、結果的に俺が騎士団を辞めるきっかけにもなった」
淋しげに床に目を落として彼は言った。
俺はまだ記憶の中にある情報を整理するので精一杯だったので、ろくに言葉が紡げなかった。言葉を失った俺の代わりに、ハイル先輩は言う。
「それじゃあ、『あれ』が現れるようになったのは、あなたにも関係があるってこと?」
「それはわからない。ただ、俺が思うにあいつは俺に何かを伝えたいんだと思う。わざわざ幽霊みたく化けて出てまで、伝えたい何かを」
何か腑に落ちないとでも言いたげに、彼女は首を傾げる。
今度は俺が彼女に代わって、疑問を代弁した。
「じゃあ、それを聞くことさえできれば⋯⋯」
「無理だ」
「え?」
「あいつはきっと、誰かに自分の意思とは関係なく操られてる。俺が対話を試みたところで、不可能なんだ⋯⋯」
苦虫を噛み潰したように、彼は奥歯でぎっと何かを堪えている。
それは幽霊の彼を操る何かに向けての憎悪か、それとも不甲斐ない自分に向けての叱責か――
だがその感情を推察する以前に、俺にはやるべきことがある。
義務を果たして俺たちにそれを語ってくれた彼への、せめてもの恩返しとして。
そしてそれを知った俺の義務として。
「救いましょう、彼を」
「――?」
「俺たちも手伝います。だから、彼の伝えたかったことを受け止めて、彼を解き放ちましょう。彼を呪いから救い出すためにも」
「お前――」
せめてここだけは主人公らしく、啖呵を切ろうじゃないか。
そうメタ的に自分を奮い立たせてはじめて、俺は言い放つことができた。
隣で見守っていた彼女は、やれやれといった様子で微笑む。
「これはまた、いい『暇つぶし』になりそうだね」
彼の相棒を救うため、そして元を辿れば商人の彼から受けた依頼を達成するため、俺たちはまず幽霊の彼を操っているのが何者なのかを突き止めることにした。
そして俺たちは村で聞き込みを行ったわけだが、有力な手がかりはかなり少なかった。
そもそもあの『幽霊』のことを知ってる村人自体、その全体数が少なすぎた。
困った挙句頼ったのは、最初に村にもてなしてくれたあのおばあさんだった。
「そうかい。じゃああれはアンデッドじゃなかったんだねぇ」
ステラさんは俺たちをまた例のごとく俺たちにお茶を出してくれたあと、俺の話を聞いてそう言った。
今日も彼女の出すハーブティーは美味しかった。お茶が美味しい村は多分いい村なんだろう。俺の生まれ故郷とは大違いだ。
思い返せば、俺の家のお茶はぬるい泥水みたいな味だった。
「そうなんです。だからその幽霊を呼び出している人を突き止めたくて」
「そうだねぇ⋯⋯」
ステラおばさん(敬称)は難しい顔で考え込んでいるご様子なので、俺はやや暴走気味にお茶菓子のクッキーを食べていたハイル先輩の手を握って止めた。
「どしたの?」
「食べ過ぎです。太りますよ」
「ぬぐぐ」
確かに彼女の焼いたクッキーはぶっ倒れるほど美味しいのだが。
バターの香りがほんのりとしてサクサクで後味はまろやかで美味しいのだが。今はそこじゃない。
「ああ、そういえば」
ステラおばさんが、何かを思い出したように口走った。
「なんでしょうか?」
「その幽霊が現れ始めたのと同じ頃、空き家でボヤ騒ぎがあってねぇ」
それから少し後。
ステラおばさんの話を聞いた俺と先輩は、例の空き家に足を運んでいた。
ただ、空き家と言っても相当前から放置されていた屋敷のようで、一面伸び切った草に囲まれている。貴族まではいかないにしろ、相応の金持ちが住んでいたような屋敷だ。
周囲の集落からも孤立しているためか、どことなく不気味なオーラを放っている。
「なーんか不気味だね……」
隣に立つハイル先輩が、そのまんまの感想を口にする。
生い茂る草むらの一歩手前で、俺と先輩は屋敷を眺めていた。
「アンデッドがでるならさあ、普通こういうとこだよね」
「まあ、なんか他のものも出そうな雰囲気ありますよね」
「……で、出そうって、何が?」
急に覇気をなくした先輩が、恐る恐る訊ねてくる。
ボロ屋敷に出るといったら、そりゃあ……
「幽霊ですよ」
「わあああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!」
なんの前触れもない先輩の絶叫に、俺の鼓膜は死にかけた。
普通にうるさい。
「え、うるさ……。な、なんですかいきなり……」
「聞いてない! 私は何も聞いてないから!!」
「はあ?」
「迷信だよ! ご、ゴーストなんかいないんだよっ!」
「……先輩」
両耳を押さえて縮こまる先輩の弱々しい姿に、俺は何かを察してしまう。
「もしかして、怖いんですか? ゴーストなんて怖がるのは子供くらいなんじゃ――」
「うるさいうるさいうるさいっ!! もう君はしゃべるなあああ!」
先輩は俺の首根っこを両手で掴み、前後にぶんぶん揺さぶり回す。
思ったより本気で苦しいぞ、これ……!?
「いい!? 私にだって怖いものくらいあるの! あって当然なの!」
「やっぱり怖いんじゃないですか」
「うぅ……それは、だって……」
俺の首根っこから手を放した先輩はなぜか上着のフードを被り、小さくまとまって座り込む。
「怖いんだよぉ……あいつら実体ないから斬れないでしょ?」
「いや判断基準そこなんですか」
意外にも、彼女にはそんな子供っぽい弱点が存在していたらしい。
猛者故の欠陥というか、なんというか。
それでも、珍しく萎縮した様子で地面に縮こまる先輩の背中は、どこか愛らしくも見えた。
「可愛いとこあるんですね」
「からかわないでよ、もう……いつもそんなこと言ってくれないくせに。いじわる」
「まあ嘘ですけど」
「ぬああああああっ!! もう! これ以上イジるの禁止! 帰るよゾウリムシ君!!」
さすがにいじくり倒しすぎたのか、先輩はふくれっ面で森の中へ戻っていく。
ついでに、なぜか俺のあだ名もランクダウンした。
「はいはい……」
いつもよりも数倍威厳のない先輩の背に、思わず笑みがこぼれる。
俺は先輩の後を追おうとその場から動き出して――その直後に、ある『声』が聞こえた。
『たすけて』
***
「君ってさ、お人好しだよね……」
手がかりを求めて森を散策した帰り道、隣を歩いていた先輩が唐突に切り出した。
「なんかさ⋯⋯断り方を知らない、みたいな。人からの頼みごとは断らないタイプでしょ?」
「え⋯⋯それ悪口ですか?」
「ちがうちがう! 私はただ君の優しさを褒めようとしただけだから。誤解しないで?」
やや窮屈そうに、彼女は俺の頭をよしよしと撫でる。
身長もあまり変わらないし歩いてる最中だから撫でづらいだろうに。
「やめてください⋯⋯背が縮むんで」
「えへへ、縮め縮め」
ムカッときた俺はハイル先輩の撫でる手を掴んで止め、代わりに今度は俺が彼女の頭を強めに撫でる。
「わっ⋯⋯」
「⋯⋯あんたが縮め」
「えへへ、誰かに頭を撫でられるのは久しぶりだ」
「はい?」
「ありがと」
あまりにくすぐったそうに先輩が笑うので、俺は撫でる手が止まってしまうくらいには内心ドキッとした。彼女がときたま見せる少女みたいな表情は、なんというかすごく威力が高い。
でも、これじゃあ彼女の思うつぼじゃないか。
「どうしたの?」
「⋯⋯なんでもないです」
緩みかけた表情を悟られないように口元を手で覆って、彼女の先を歩き出した。
作者の勝手な想像かつあくまでイメージですが、二人の身長は
ルフト(主人公)→165〜169cm ハイル先輩→160〜165cmくらいです。
ルフトはまだ成長期真っ只中なので、これからもっと身長差は大きくなると思われ。




