1.拝啓、追放されました
結局、この世界はどこまでも理不尽で。
それでも、俺にだけ厳しいわけでもない。
俺が世界で一番可哀想な人間だなんて、思っちゃいない。
運が悪い人間は、そこら中にいる。
だから俺は、まだ挫けるわけにもいかない。
そうだ、まだ俺は……
◇◇◇
「あー、また負けた⋯⋯」
大袈裟に落胆した俺は、テーブルに突っ伏してうなだれる。
ギャンブルで負けたのは、今日だけで三回目だ。
さすがに俺、弱すぎかもしれない。
「んじゃ約束通り、その上着寄越しな」
「はい⋯⋯」
「へっ、まいどあり」
俺は渋々、脱いだボロボロの上着をガラの悪そうなおっさんに手渡す。上着も所持金もなくなった俺は今、文字通りの一文無しだ。
「すみません⋯⋯今日はこれで帰ります」
「おう、またな」
テーブルに背を向け、賭場から逃げるように俺は踵を返した。
もうここへ来ることもなくなるだろう。多分。
「寒……こりゃー死んだな俺」
街の賭場を出ると、殺気のこもったような肌寒さが途端に俺を襲った。
寒さで思わず苦笑いしつつ、家の壁に頭を打ち付ける。
上着まで失うとなると、この冬はさすがに凌げない。
どこかで冬眠とかできたら、まあ別だけど。
「……ん?」
壁にそのまま寄りかかって座っていると、いつもの野良猫が近づいてきた。ここ一週間、毎日ギャンブルに負けて帰ってきた俺のもとにやってくる子猫だった。
脚に顔を擦り付けてくる子猫を撫でていると、不思議と笑みがこぼれる。
無理した笑みだ。
「ごめんな……。今日は、お前に分ける飯もないよ」
もう、ほぼ全財産を失っている。
借金を作らないようにするので、今は手一杯なんだ。
この子猫もきっと、腹を空かせて俺に縋っているはずなのに。
俺はこいつにもう何もしてやれない。結局、この世界は金なんだ。
こんなときに子猫に懐かれるなんて、俺も運が悪い。
俺に懐いてしまったこいつも、ついでに運が悪い。
撫でられた子猫が丸くなって眠ったので、静かに手を離して視線を空に移した。
今日も今日とて、夜空の星の明るさは変わらない。
落ちぶれていく俺を、どこか嘲笑っているみたいだ。
「あいつらは今頃⋯⋯何してんだろ」
あいつら、というのは⋯⋯
いや、もうこの際面倒だから全部説明してしまおう。
俺が貧乏人に落ちぶれたわけを。
・・・
さかのぼること、三週間前。
それは唐突に訪れた。
「――アンタ、クビね」
中々に衝撃的なセリフを吐いたのは、俺が当時入っていたパーティの魔法使いの女の子だった。可愛い顔で笑顔を貼り付けたまま、表情を変えない。
彼女が突然言い渡してきたのは、パーティからの戦力外通告。
平たく言えば、追放だ。
「え……クビ、って……なんだよ」
「いらないってこと。今日でさよならね」
俺に向かって、手のひらをひらひら振る動作。
脳内で増え続ける疑問符。頬を流れる汗。
「いや、なんでだよ。俺だって⋯⋯」
「役に立ってないじゃない。前衛はナハトだけで十分だし、アンタみたいな役立たずにわざわざ報酬分ける義理もないでしょ? リストラよ、リストラ」
ナハト、というのは仲間だった剣士の名前だ。
言うまでもなく、俺よりも優秀な。
「あとそもそも、前から思ってただけど……」
その笑顔はよりサディスティックみを増して、彼女の本心が露出する。
「――パーティに剣士って、二人もいらなくない?」
ごもっともだぜ、ちくしょう。
てな訳で役立たずな俺は、見事にパーティを追放されてしまったのだ。
雑な説明で申し訳ない。
追放されたのがあまりに唐突すぎたために、俺は街へ出てすぐに金欠となった。ギルドに行っても、俺みたいな在り来りな剣士はもう必要とされない。
現実問題、剣士自体の全体数はかなり多いのだ。
冒険といえば剣と魔法、冒険者といえば剣を振るう勇者か魔法使い、というイメージがどこか定着しているからなのかもしれない。
前衛職である剣士は、パーティ結成にはほぼ必須だ。
だが大して強くもない俺は、競争の激しい剣士界隈ではゲゲゲの下。今さらどこかのパーティに再就職なんて、できるはずもなかった。
ソロに転身しようかとも考えたが、それも実力的に厳しい。
俺は、見捨てられたのだ。
そう考えた途端、この運命に甘んじてみるのも悪くはないと思ってしまった。これ以上傷付くくらいなら、プライドなんてどこに投げ捨てようと構わない。
ただ、疲れたのだ。
弱い自分に失望することに。
「っ……腹減ったぁ⋯⋯死ぬ⋯⋯」
そして最近、ついに俺はギャンブルに手を染め始めた。
案の定最弱な俺は、負け続けでいよいよ落ちぶれていってしまう。
今日はついに、衣服まで剥ぎ取られてしまった。
もう、賭けるものもなくなってきていたのだ。
よろよろーっと貧民街を抜け、いつの間にか辺りは木だらけの森。
夜の街の喧騒から逃れるようにあてもなく適当に歩いて、気づけばこんなところまで来てしまった。剣士なんてとっくに辞めたのに、体力だけは無駄に有り余っているらしい。
月明かりだけが頼りな暗い夜の森を、ぐーぐー鳴る腹を押さえつつ歩く。
とりあえず、今日の夕飯は木の実とかのスープにしよう。
自分の料理の腕には特段自信はないけど、まあ平気だろう。
味なんて気にしてられる状況じゃないし。
飢えを凌ぐために、その辺の木の実を拾って集める。
どれも特に、美味しそうには見えない。
「あとは鍋と火、か」
元三流剣士な俺には、火を出す魔法はギリギリ使えても鍋を出す魔法(聞いたことないけど)は使えない。鍋はどっかに落ちているとして、水の流れる音のする方へ移動する。
⋯⋯が。
「ん?」
森の奥から大きな振動。いや、足音。
『――――グォアアアアアアアアアアアアッ!!』
辺り一帯に響き渡る、地響きのような咆哮。
雄たけびを轟かせてやって来たのは、体長三メートルはあるオークだった。
「ま、まじか……?」
すぐ近くにいた俺に気付いたのか、ぎょろりとその真っ黒な目玉をこちらに向ける。
ぶっとい足で歩み寄られ、俺はいよいよこいつにロックオンされてしまう。
「…………よし、逃げるか」
ん? 元剣士なら戦えだって?
アホか。俺は今貧乏だから、剣も防具も全部売り払っているのだ。
こんな丸腰でオークと渡り合おうとするほど俺はバカじゃないし脳筋じゃない。
戦略的撤退!
逃げろ! 逃げないと死ぬぞ!
捕まったら肉片に変身ルートだぞ!
脳内で警報が鳴り響く。
死ぬ。本当に今日こそ死ぬ。
「くっそがぁあああああああああああっ!?」
真っ直ぐ森を進んで行った先で、オークの足音が少しずつ遠くなっていく気がした。
よし、うまく撒けている。俺は謎に逃げ足だけは速いほうだ。
あとはどこかの曲がり角で追跡を逃れれば――
「――へ!?」
急に足元が緩くなり、踏み込みが効かなくなった。
俺はそのまま、地面ごと真下へ落下していく。
「おいおいおい……うっそだろ、落とし穴かよ!?」
深さからして、他の冒険者たちが仕掛けた魔物用の落とし穴だ。
穴に魔物たちをおびき寄せて、運良く落ちたところを遠距離魔法で一網打尽。
ずる賢いヤツらが思いつきそうな「稼ぎ方」だ。
大きな足音が近づき、頭上からオークがよだれを垂らしながら覗いてくるのが見えた。
その筋肉質な太い腕が、罠に嵌った俺を手づかみしようと伸びてくる。
もう、抵抗してもムダかもしれない。
瞼を閉じて、死を覚悟する。
さよなら世界。くたばれ世界。
……本当なら、もっと強くなりたかった。
「――ふふっ、獲物はっけーん!」
思わず、目を見開いた。
誰かの声が聴こえたその直後、オークの太い腕が一瞬にして切り落とされた。
やたら重い腕が頭上から落ちてくるのを躱して、再び上を見上げる。
頭上のオークに向かって飛んできたのは、光の矢――
……ではなく、矢のような『飛び蹴り』だった。
「吹っ飛……べっ!!」
『グオァアアア――ッッ!?』
それから数秒遅れて、強い揺れが走った。
恐らく、あのオークが『吹っ飛んだ』んだろう。
何者かの『蹴り』で。
……蹴りで?
「……あれ? 少年、キミなんでそんなとこにいるの?」
俺が困惑していると、その声は今度は俺に投げかけられていた。
こちらを覗き込んでいるようだが、月明かりが丁度逆光で相手の顔は見えなかった。
ただ、声質から女の人だってことはわかる。
「ひょっとして、この落とし穴ハマっちゃった感じ?」
「あ、はい……そうです、けど」
正直、それくらい見ればわかる。
「そっかそっかぁ。じゃあほら、手、掴んで! 引っ張り上げるから!」
彼女(?)がこちらに身を乗り出し、片手を差し伸べる。
その瞬間、月明かりを背景に彼女の金の瞳が垣間見えた。
「せーのっ……よいしょー!!」
「おわっ!?」
瞳に見惚れるのも束の間、俺の身体はいとも簡単に穴からほっぽり出される。
到底、人間の出す力とは思えなかった。
「ふぃー……なんか疲れちゃったかも」
俺を引っ張り上げ、彼女は小さくため息をつく。
尻餅をついた俺は、そこで改めて彼女の姿を目にした。
そして。
「――君は平気? 少年」
その姿に、胸を打たれた。
月明かりに生える美しい銀色の長髪に、透き通る金色の瞳。
儚げで繊細そうな立ち姿には少し似合わない、大人びた不敵な笑み。
完璧を通り越すような無欠の容姿に、少し胸が苦しくなる。
加えてその耳は、人間のそれよりも細く、長かった。
(エルフ……だったのか?)
前に、本で読んだことがある。
耳が長く、人間よりも遥かに永くの時を生きる高貴な種族。
この目で見るのは初めてだった。
まさか、まだこの世に『実在』していたなんて――
『グッ……オォオオオオオオオオオオオオッ!!』
俺の思考と言葉を遮るように、咆哮が轟く。
遠くで横たわっていたオークが、再び立ち上がったようだ。
「……っ、あいつ、まだ――!」
「あはは……流石に、蹴りだけじゃ魔石はブチ抜けないか……」
エルフの彼女は苦笑し、今一度敵を見据えた。
大型のオークの肉厚な腹は、人間の蹴りでは到底貫けない。
「なら……しぶといキミには、サイコロステーキになってもらおうか」
俺から完全に目線を外し、彼女は一歩前に出た。
その流麗な銀髪が、夜風に攫われる。
すると彼女はすぐさま、宙にかざした右手に武器を召喚してみせた。
彼女の華奢な身体に見合わない、大振りのロングソードだ。
「ほら、おいで?」
彼女なりの挑発が、獰猛なオークの狩猟本能を刺激する。
一歩一歩、地面を丸ごと揺らすような足取りで、敵はその巨体で突進してきた。丸腰で跪く俺は、ただ彼女の行動に賭けるしかなかった。
しかし、俺の前に佇む彼女は、それでもなお静止したままだ。
剣先を地につけ、静かに敵の接近を待つ。
(ギリギリまで、接近してくるのを待つつもりか……?)
一歩、また一歩とオークの足音が近づく。
標的との距離は、気づけばもう一メートルもない。
(…………いやギリギリ過ぎないか!?)
予想外の事態に危機を察知し、俺が逃げ出そうとしたそのとき。
限界まで敵を引き付けた彼女は、そっと剣先を持ち上げた。
「――【ᛣᚪᚾᚵᛖᚴᛁ】」
それは、あまりに一瞬の出来事だった。
突進してきたオークが彼女に衝突せんとしたその瞬間、彼女の剣は一度だけ振るわれた。見た限りは、左斜め上に、一振り。
だが、その結果はどうだ。
宣言通り、オークはさいの目切りに――サイコロステーキになっているではないか。
「……???」
衝撃よりも、思ったより疑問が勝った。
飛び散ったオークの血が、微かに頬に付着する。
散らばった肉片を前にしながら、俺はただ、平然とする彼女の背中を見つめていた。いやむしろ、混乱でそうすることしかできなかった。
恐らくは、彼女の詠唱した『魔法』による効果なのだろうが……
こんな魔法、もちろん俺は知らない。
これが魔法ならもはや、彼女の力は人智を超えている。
「いやー、思ったよりなんとかなったね〜」
数秒遅れて、彼女の声が耳に入ってきた。
既に剣を仕舞った様子の彼女は、何事もなかったかのように俺に笑いかけたあと、灰になりかけていたオークの肉片の中にずかずか突き進んでいく。
(……まじで、何なんだこの人……?)
助けてもらってなんだが、今はこれしか感想が出ない。
おそらくは魔石を回収している様子の彼女の背に一抹の不安とただならぬ危機を感じた俺は、こっそりその場から逃走を図ろうとした。これ以上面倒事に巻き込まれるのは、正直ごめんだ。
しかし。
「しょーねーん! ほら、これー!」
「え? あ、えっ……!?」
振り返ると、俺に向かって何かが飛来してきた。
反射的にキャッチしてしまったそれは、どうやら魔石のようだ。
いらないからあげる、というニュアンスだろうか?
「私はエルフのハイライト。それじゃ、もう私行くねー!」
「……あ、ありがとうございます!」
俺の返事を聞いてか聞かずか、彼女――ハイライトさんは、そのまま身を翻して歩き始めた。
エルフにしてはやけに人当たりの良さそうな人だったが、やはりこういうところは淡白なのかもしれない。俺も本当ならきちんとお礼するべきなんだろうけど、彼女がああ言うなら仕方あるまい。
でもとりあえず、面倒事にならなくてよかった――と思った矢先。
今度は大きな『腹の音』が、森に響き渡った。
切実な空腹状態を訴える、腹の音。
それは意外なことに、俺のものではなかった。
となれば、やはりその主は……
「……あはは……なんか、私ったら格好つかないなぁ……」
ハイライトさんは薄く頬を染め、はにかんだ。
どうやら、置かれている状況は俺と同じようだ。
「街まで行くの面倒で、夕食まだなんだよね……」
「は、はぁ……まあ、それなりに遠いですしね……」
遠いと言っても、俺でも一晩で歩ける距離だが……
どうしたものか、と彼女はお腹を押さえて悩み始める。
怪しい雰囲気が漂う。
まずい、この感じは……
「君、料理とかできたり……する?」
そう来るだろうと、思った。
断れ。断るんだ、木の実スープしか作れない俺――!
「…………します」
俺の馬鹿!
アイテムボックス、というのは誰でも使える魔法みたいなものです。
この先もしれっと出できます たぶん
2023.11/9 後半部分を少し改稿しました。