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スワンの初恋  作者: えいぷりる
7/12

麻里子④

「怪我のことを聞いてもいいかな?」


マフタンご夫妻のお茶会の後、いつもの帰り道の車の中。あの公園の駐車場に車を停めた涼介さんが、聞いてきた。


「高校入学前の春休み、海外コンクールのアジア予選に参加するため、香港に行ったんです。予選通過して、パリの本選へ出場が決まって、帰国して…その空港からの帰り、リムジンバスで事故に合いました。右膝の膝蓋骨…膝のお皿と言えば分かりやすいでしょうか…を骨折しました。手術をして、リハビリをして、幸い大きな後遺症はありませんでした。順調に回復して、今回は無理だったけど、次こそは本選に出るぞ…ってレッスンに復帰して…。でも、一度粉々になった骨は弱いんです。趣味で踊るくらいなら問題ないけど、プロを目指してレッスンを続けるには耐えられないだろうって。本当に大きな事故だったんです。亡くなった人もいました。それを思えば私は恵まれている…生きているし…踊れる…。でも、ずっと夢見てたんです。バレリーナになるって。その為に頑張っていたんです」


「バレリーナになれないなら、もうしなくてもいいか…って順調だったリハビリも休んで、毎日ぼ~っとしてました。学校だけは親との約束だったので通いましたが、ただ行ってるだけでした」


「そんな時、マダム・マフタンが色々なところに連れていってくれたんです。美術館、植物園、レストラン、夜景が有名な公園やファッションショーもありました。世の中にはこんなにも綺麗なものがたくさんあるのよ!って。綺麗なものを着て、美味しいものを食べて、美しいものを見ましょうって、16歳の女の子に笑って話すんです。それまでの私はバレエばっかりだったから…フランス語も英語もバレエを学ぶためだったし、興味があるものもバレエに繋がりのあるものばっかりだったから…。それで、色々とやってみたんです。料理とかお菓子作りとか、絵を書いたり、刺繍もしてみたんですよ。俳句も作りました。お華の教室の体験にも行きました。日本の伝統文化ってそれまで触れる機会がなかったので、新鮮でした。知らないことを知るのって、とても楽しかったですね…。でも、やっぱり私はバレエが好きだなぁって思ったんです。だから、趣味でもいいから踊りたいと思って、リハビリも再開して、レッスンにも戻りました。さすがに回数は減らしましたけどね」


「エマ先生とはマダム・マフタンの紹介で知り合いました。スクールの見学に行って、もしよかったらアルバイトしないかって。最初は土曜日の午前中にお手伝いをしていたんです。子供たちと一緒に踊るのが楽しくて、でも、教えるのは難しくて。そんな時に『多言語教育』の存在を知ったんです。AO入試で今の大学に入って、言語の教え方を学んで、それを子供たちに伝えて…。段々と、それが新しい夢になっていきました。バレエと言語を教える…踊る楽しさを、他言語を覚えてコミュニケーションを交わす楽しさを、子供たちに伝える。それが今の私の夢です」


途中から涙が止まらなかったし、話も全然まとまってなくて、何を言っているのか分からなくなっちゃって…。でも、涼介さんはずっと私の手を握って、「うんうん…そう…そうだったんだ…」って言いながら聞いてくれた。「すごいね…頑張ったんだね…」って。それで、最後に謝られた。「本当は話してくれるまで待っていようと思ってたんだけど…我慢出来なくてゴメンね…無理に話をさせちゃってゴメンね…泣かせてゴメンね…」って。涼介さんも泣いていた。


その後が大変だった。大泣きした私の顔はぐっちゃぐっちゃだし、目は真っ赤。「泣かせてスミマセン!」と涼介さんは両親に土下座しそうな勢いで謝るし。「膝のことを話してたら泣いちゃった…」という私に、「私が強引に話をさせてしまいました。私のせいです!」って言うから、話が終わらず…。最後は陽菜ちゃんの「ご飯が冷める!!」の一言で収まったけど、泣いて謝る涼介さんに、みんな驚いていた。


涼介さんに膝のことを話したことで、気持ちがスッキリしたような気がしました。家族やマダム・マフタン、幼なじみの友人達は、みんな私がバレリーナになりたかったことも事故のことも知っているから、改めて話したことはなかった。大学の友人は、バレエをしていることは知っているけど、小さい頃の習い事…っていう感じで、真剣だったことは知らない。でも、子供たちに言語とバレエを教える…今の目標は知っている。エマ先生はマダム・マフタンから話を聞いているから、当然怪我のことは知っているし、今の私の夢を応援してくれている。そう思うと、自分の口から、事故のことや夢のことを全部話したのは涼介さんが初めてだった。


話したことで、怪我をしたことが自分の中で過去の出来事になっていて、今はもう次の夢に向かって進んでいることに気づいた。それと、もう一つ、新しい夢が自分の中で大きくなっていることにも気づいた。



夏休みに入ってすぐ、私達は新幹線に乗った。神戸で開催されるバレエのワークショップに参加するためだ。私が外国語を学ぶきっかけになったバレエ団の公開レッスン。この時に講師を務めていたバレリーナが、今回、小学生を対象としたこのワークショップで指導するというのだ。光希さんに協力をお願いして参加してもらい、私が保護者として同伴することになった。


神戸の歴史あるバレエ団のレッスン場。踊る生徒達と指導する講師達。自分が指導する立場になって始めて分かることも多い。学ぶことばかりだ。今回は小学生が対象のため、基本的な動作の繰り返しや体幹を鍛えることに重点がおかれている。正しい筋肉の使い方。美しいポジショニング。繰り返し繰り返し、身体が覚えるまで、ひたすら繰り返す。誰よりも美しい白鳥(スワン)になりたいと、ただひたすらに踊っていたあの頃が懐かしい。


バレエを踊ることよりも、バレエを通して自分を磨くことに重点をおいているエマ先生の指導とは異なる指導に、光希さんは「疲れたけど、たまにはこんな風にくたくたになるまで踊るのもいいわね!」と笑っていた。


夕食は光希さんのリクエスト、ホテルで夜景を見ながらのフレンチ。神戸牛に新鮮な海鮮が美味しい。光希さんは今日のワークショップのことを琴子お姉様や涼介さんに話し続けているし、琴子お姉様も、素敵なお店に偶然出会えたそうで、楽しい一日だったことを話している。


「涼介さん、お話したいことがあります」


食後のスイーツとコーヒーを楽しみ、もう部屋ヘ戻りましょうか…という頃、私は話し始めた。


「私達は先に戻っていましょうか?」

「いいえ、琴子お姉様にも光希さんにも、一緒に聞いていただきたいです」


コーヒーを一口飲んで、心を落ち着かせる。ドキドキが止まらない…。


「琴子お姉様、光希さん、涼介さん、今日は本当にありがとうございました。幼い頃からの夢、バレリーナに憧れていた気持ちを思い出し、とても幸せな時間を過ごすことが出来ました。そして、今の夢。子供たちに言葉やバレエを教えること。これは、光希さんやバレエスクールの生徒さんたちのおかげで叶えることが出来ました。今日のワークショップに参加して、まだまだ至らないことばかりだと思いました。これからも学び続けて、さらに大勢の生徒さんたちと一緒に成長していきたいと思いました」


「そして、もう一つ…新しい夢…。涼介さんのお嫁さんになる夢。涼介さん…この夢、叶えてくれますか…?」


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