麻里子③
翌日の日曜日、朝から手土産用のクッキーを焼く。一番評判の良かったアーモンドパウダーのほろほろクッキー。お菓子作りを試していた時期に色々作ってみた結果、焼くだけのクッキーとかパウンドケーキとかは人並みの仕上がりになるけれども、生クリームでデコレーションするとかクレープを綺麗に巻くとかの才能がないことが分かった。昨日、タクシーの中で打ち合わせをした際に、いつもマダム・マフタンのお茶会には手作りお菓子を持参している話をしたところ、涼介さんからも食べてみたいとリクエストがあったので、いつもより多めに作ることにする。美味しい…って言ってくれるかな…。
「すっかり恋する女の子の顔になっちゃったね!涼介さんのこと好き?」
好き?えっ…誰が誰を…?
「麻里ちゃんが涼介さんのことに決まってるじゃない!もぉ~『大好き』って顔に書いてあるわよ」
えっ…大好き??
兄嫁の陽菜ちゃんとは、私が小学5年生の時からの付き合いだ。当時中学1年生だった陽菜ちゃんが3年生の兄に告白して、色々あってお付き合いして、それから11年。今、陽菜ちゃんのお腹の中には赤ちゃんがいる。
「もぉ~、『美味しい』って言ってもらえるかな~とか、『自分が作ったものを食べてもらえるの嬉しい!』とか、『手作りなんて恥ずかしい!』とか、さっきからコロコロ表情が変わって、可愛い!」
なっなんで、全部分かるの??
「全部顔に書いてあるわよ。『涼介さん大好き!』ってね」
昨日「また明日」とお別れした時の笑顔を思い出して、ぼぉ~っと顔が熱くなる。えっ…ヤダッ…どうしよう…。涼介さんの顔が見れない…。
焼き上がったクッキーを冷ましてラッピングして…マダム・マフタンの好きなローズピンクのリボンと…涼介さんは何色が好き?…彼のことを思い出して、また顔が熱くなって…。明らかに挙動不審な私に、兄と陽菜ちゃんと母はニヤニヤしてるし、父は「今日も美味しいよ」って褒めてくれたけど、何か言いたげにしているし…。ああぁ…もう頭がパンクしそう…。
約束の時間ぴったりに涼介さんが迎えに来た。今日も両親に挨拶をして、夕食までに送り届ける約束をしている。本当に真面目な方…って思ったら、顔が熱くなってきた。そんな私を楽しそうに見守る兄と陽菜ちゃん…もぉ~!!
今日は涼介さんの運転する車。当然、真野自動車の車。種類とか良く分からないけど、ぴっかぴかで、乗り心地も抜群。当たり前の様に助手席にエスコートされて乗ってしまった。横目に見上げると、真剣な顔をして運転しているところとか、ハンドルを握る手が見える。格好いい………って思ったら、ボンって音がしそうな勢いで顔が熱くなった。慌てて顔を伏せる。えっ…やっぱり、私、涼介さんのこと好きになっちゃった??
マダムの家まで歩いても30~40分なので、いつもは徒歩か自転車。今日は車なので、話をしていたらあっという間に着いてしまった。昨日の服は涼介さんから琴子お姉様に渡してもらい、お店に返却することになっているので、忘れずに後部座席に置かせてもらう。閑静な住宅街にある洋風邸宅。ムッシューとマダムの二人暮らしにぴったりな平屋の建物と広いお庭。北風が吹いているので、今日はお庭の見えるお部屋にテーブルが用意されていた。
昨日の続きのように涼介さんを質問責めにするマダムと、それを嗜めながら私に話題をふるムッシュー。話題が変わる度に話す言葉も英語になったりフランス語になったり。仲の良いお二人の姿に、私もこんな風に歳を重ねられたらいいなぁ~と憧れを抱く。その時に隣に涼介さんがいてくれたら…なんて考えてしまったので、またしても顔が熱くなる。今日の私の顔は大忙しね…。
やはりパートナーの件はお断りしよう。隣にいるだけで顔が赤くなるようなお子様がパートナーでは、涼介さんに相応しくないもの。それに、これ以上好きになるのも良くないと思うし…。一緒にいたら絶対好きになっちゃう!こんな素敵な人。
「プティ・麻里子。ちょっと手伝ってくれないか?」
そう言われてムッシューの書斎で探し物。先ほど話題に出たスイス時代の写真を涼介さんにお見せしたいそうだ。古いアルバムを二人でおしゃべりしながら探すのだから、時間がかかってしまった。部屋に戻ると、マダムと涼介さんも和やかにお話しをしていた。興味深いお話に美味しいお茶とお菓子。いつ来てもマダムのお茶会は楽しいわ。
帰り道、パートナーの件について話をしなくては…と乗ってすぐ口にすると、涼介さんは車を近くの公園の駐車場に停めた。
「私としては、このまま継続してお願いしたいと考えています。麻里子さんはどのように思われていますか?」
「私は、私よりも涼介さんのパートナーに相応しい方は沢山いらっしゃると思いますので、出来ましたら今日で終わりにしたいと思っています」
「どのようなところが相応しくないと思われたのでしょうか?」
「私のようなお子様よりも、もっと大人の落ち着いた方の方がよろしいかと…」
「大人…というのは年齢的に、ということでしょうか?確かに私は貴女より8歳年上です。相応しくないと言うのなら、私の方が貴女に相応しくないと言えると思います」
「いえ…年齢は関係ないです。社会的に…といいますか、立場とか…色々です。貴方のような素敵な方のパートナーを私のような者が務めたら、貴方が笑われます!」
「私のような…と言われますが、私は誰よりも貴女を素敵な女性だと思っています。語学に堪能で、話題も豊富。笑顔が可愛くて、ご家族やマフタンご夫妻、生徒達にも愛されている。こんなにも素晴らしい女性と知り合えたことに感謝しているというのに」
「でも、ダメなんです!だって…だって……このままでは、このまま貴方の隣にいたら、貴方のことを好きになってしまいそうで、怖いんです!」
「好き……?」
「ええ。困るでしょ?こんなお子様に好きになられても?」
「えっと…何が困るのでしょうか…?むしろ、私としては好きになってもらいたいのですが…」
ダメだ…分かってもらえていない…。
「好きって、恋愛感情の好きですよ!お友達とかじゃなくて、恋人同士の好きですよ!」
「ええ。もちろんです。私は恋愛感情で麻里子さんが好きです」
えっっ……。
「あっ違いましたね。抱きたいと思っていますので、肉欲込みの感情です」
にっにっ肉欲??
「貴女が好きです。本当はもっとロマンチックな、思い出に残るような場所でお伝えしたいと思っていたのですが、仕方ありません。気持ちを伝えずにいたために、お会い出来なくなるなんて本末転倒ですからね」
私の両手を握って爽やかに笑う涼介さんの笑顔は、今までで一番素敵な笑顔でした。
「安心して私のことを好きになってくださいね。楽しみに待っています」
涼介さんは今日も両親と陽菜ちゃんに玄関で挨拶をしてから帰られた。しっかりと爆弾を落として…。
「麻里子さんと話し合いまして、パートナーの件は継続することになりました。ビジネスではなく、永続的な関係を前提にお付き合いを深めていきたいと、お互いの想いを確認し合いましたので、温かく見守っていただけたらと思います。正式な挨拶はまた後日に改めて伺いたいと思いますが、今後ともよろしくお願いします」
涼介さんが帰られた後、母と陽菜ちゃんからは質問攻めにされ、父は「まだ早い…」と呟いていた。お父さん…私も進展の早さについていけていません。さっき「好き」って気づいたばかりなのに、「永続的な関係」って何…?もしかして「結婚」??