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七宝特選作品

ほんの一瞬の、恋のお話

作者: 七宝

※一部卑猥な表現があります。苦手な方は閲覧をお控えください。

 大学2年のある日のことだった。私は久しぶりの東京に心を躍らせていた。

 ひと足先に社会人になった従兄弟(いとこ)の家に泊まりに来たのだ。


 といっても主な目的は観光で、たまたま従兄弟が東京に住んでいたため、夜だけお世話になるという話になっていた。


 鈍行で東京まで行った私はまずスカイツリーに行くことにした。まず、とは言ったが、この日は電車旅で既に疲れていたため、スカイツリーが終わったらそのままお酒とおつまみを買って従兄弟の家に帰るつもりだった。


 押上駅で降りたら、まず巨大なエスカレーターを探す。私は散歩が好きなので、地図を一切見ずに歩いた。いろんなところを見て歩いた。


 しばらく歩くとモスキート音のうるさいエスカレーターがあった。これを昇ればスカイツリーに行けるらしい。何階か昇って外へ出る。


 見上げてみると、そこには視界には収まりきらないほど大きなスカイツリーがあった。思ったよりでかいな、なんて思いながら外を歩いた。


 喫煙所があったり、自販機があったり、カフェのテラス席があったりで、平日にも関わらずわりと混んでいた。


 そしてまさかのエスカレーター発見。東京は外でエスカレーターに出会うことがたまにあるが、スカイツリーもそうだったとは。


 またしばらく散歩していると、いきなり知らない人に声をかけられた。


「キミ可愛いね〜! 今ひま?」


 振り返るとそこには、同年代くらいの髪の長い女性が立っていた。後ろにも友達と思われる金髪の女性が1人立っている。


 他のエッセイでも書いたことがあるが、私は生まれた時からずっと美少年だった。この頃はマスクもしていなかったので、恐らく私の美貌に惹かれてナンパをしたのだろう。


「まぁ、暇ですけど」


 間違いなく暇なのだが、人に言われるとなぜか少し腹が立つ。それに、いきなりタメ口で話しかけられるのは怖い。


「なら、お姉さん達と遊ばなーい?」


 漫画やアニメでしか聞いたことのないセリフに、思わず笑ってしまった。なんだこいつ、とは思ったが、この1ヶ月前に彼女と別れていて寂しかったこともあり、一緒に旅をすることにした。


 ただ、ドラクエでいうと私は誘われた側だから絶対に勇者ポジションではないんだな、と思うと少し悲しかった。桃太郎でいうと犬か猿か雉だ。


 それから3人楽しくスカイツリーを満喫した。2人はソラマチでいろいろ買っていたが、私は特に欲しいものはなかったので何も買わなかった。人はこういうところで買うお土産より、じゃがりこやチョコパイの方が喜ぶと思ったからだ。


 話していくうちに、2人は大学3年生で、名古屋から来ているということが分かった。私も愛知だし、歳も1個しか変わらないねと言ったら喜んでいた。喜ぶようなことではないと思うのだが。東京まで来て名古屋人なんか見たくないじゃん。


 飲みに行こうよと誘われたので、従兄弟に電話で遅くなると伝えた。従兄弟はしょんぼりしていた。私が成人してから会うのは初めてだったので、2人でお酒を飲むのを楽しみにしていたのだろう。


 ちなみに、飲みに連れていかれるのも初めてだった。なにせ20歳になってからまだ1週間ちょいしか経っていなかったのだから。

 とは言っても、数ヶ月前から家では飲んでいたので、お酒自体は慣れていた。


 それにしても東京はすごい。なにを注文しても美味しい。お酒もグビグビ飲める。私はウイスキーとハイボールと焼酎とビールを飲みまくった。

 その頃は700mlの角瓶1本が限界だったのだが、恐らくそれ以上飲んでしまったため、べっろんべろんに酔っ払ってしまった。後にも先にもここまでの量のお酒を摂取したのはこの時だけだった。ほんとーにおかしくなるまで飲んでしまった。


 気がついたら私は見知らぬ大きなベッドの上にいた。隣には昨日話しかけてきた女性が裸で寝ている。私も裸だった。


 これってもしや、ドラマとかでよくあるやつ⋯⋯? こわいこわいこわいこわい!


 あ、そうだ! 従兄弟が心配しているのでは!?


 頭が真っ白になりながらも、スマホを確認する。夜中の12時に従兄弟に電話した履歴があった。それから従兄弟からの着信もなかったようなので、ちゃんと伝えていたんだなと一安心した。


 でもこっちは解決してないよ!


 私は寝ている女性のほっぺをぺちぺち叩いた。


「ばっひゅ!」


 顔に向かってクシャミをされた。起きた瞬間にクシャミするやつがあるか。


「あの、なんで裸なんですか⋯⋯ここってもしかして、ラブホテル⋯⋯ですか?」


 恐る恐る聞いてみた。


「そうだよ! 私たちエッチしたんだよ!」


 あまりにも明るい彼女にどこか闇を感じた。


「またしたいの? このIカップが欲しいのかな?」


 ああ、この人はどこかネジが外れているんだな、と思った。病気とか伝染(うつ)されてないかな。写真とか撮られてないかな。この人はあまり酔っていなかったのだろうか。


「どうしたの? 大丈夫?」


 本当に分からないのだろうか。人の気持ちが分からないのだろうか。自分が何をしたのか分かっていないのだろうか。


「あの、僕初めてだったんですけど」


「え、こんな美少年が!?」


 1ヶ月前に別れた彼女とは1年ほど付き合っていたが、そこまでは行っていなかったのだ。


「あなたも初めてですか」


「私は中学生の頃先輩と公園でしたのが初めて!」


 公園て⋯⋯


 愛知でも名古屋とそれ以外では全然違うんだな、と改めて思った。名古屋の子はませてるわ。ていうか名古屋にも公園ってあるんだ。ビルばっかのイメージだった。


「病気とか持ってませんよね」


「うん、毎月検査してるから大丈夫!」


 毎月するもんなの!? 私が田舎者だから知らないだけか? そういうのって1回も検査したことないんだけど⋯⋯


「そういえば、もう1人の金髪の(かた)は?」


「ああ、Rちゃんね! Rちゃんはあの後別れたよ! あの子彼氏いるし、それに私は⋯⋯」


 私は?


「私は⋯⋯」


 女性は泣き出してしまった。めんどくさくなってきた。なんで知らない女の人にホテルに連れ込まれて、泣かれなきゃならないんだ。めんどくさめんどくさ。


「もう帰りますね。警察に言ったりとかはしないので、安心してください」


 本当だったらぶっ殺してしまってもいいのだが、昨日仲良く遊んだ人だし、わりと可愛かったので私もそこまで怒らなかった。裸も見れたし。


「帰らないで⋯⋯」


「えっ」


 なにこいつ。


「100万円あげるから⋯⋯」


「ええっ!?」


 意図が分からないし、なんでいきなり100万円なのかも分からない。そもそも大学生が100万円なんて持ってるはずがないだろ。欲しいけどさ。


 本当に意味が分からなかったので話を聞くことにした。


「僕にどうしてほしいんですか」


「付き合ってほしい⋯⋯」


「えっ⋯⋯!?」


 本来なら彼女と別れて落ち込んでいるので、そんな時に可愛い子にこんなことを言われたらホイホイOKしてしまうのだが、この人は見た目が可愛いだけで、やっていることが全部怖いからダメだ。


「僕は正直、あなたが怖いです。昨日は楽しかったですけど、今はもう怖い以外の感情がありません。あ、昨日はごちそうさまでした。言い忘れてました」


「ごめんね。自分でもどうすればいいか分からなくて投げやりになってて、そしたら成り行きでこうなっちゃったの⋯⋯あと、居酒屋は君が支払ってたよ」


「えっ! 誘ったのあなた達じゃないですか! なんで僕が払ってるんですか!」


「いや、『僕が出します』って言ってたから⋯⋯」


 そうなんだ。でもさすがにここの代金は払わなくてもいいよね? お金なくなっちゃうよ。てか100万円あるんだったら全部お前が払えよ。出しますって言われても払えよ。


「一目惚れだったの。だから勇気出して話しかけたの⋯⋯」


 あ、話戻った。あれ、勇気出してたのか。完全に普段から遊んでるお姉さん達に見えてたけど。ちなみにこの人、さっき泣き始めてからずっと泣きっぱなし。


「なんでもするから! 毎月君のために100万円使えるから! だから付き合って!」


 だからなんで100万円なんだよ。しかも毎月なのかよ。金で買えると思われてるのか? 確かに100万円貰えるなら付き合うけど、毎月100万円なんてありえないだろ。もしかして親が社長とか?


「もしかして社長令嬢ですか?」


「ううん、違う」


 そう言うと彼女はさらに泣き出した。そして数秒後、号泣しながら絞り出すような声で言った。


「私⋯⋯風俗嬢なんだ」


 なるほど、だからお金があるのか。


「でも、そういう仕事をしてる人って(なに)か用のお金を貯めるためにやってるんじゃないんですか? 僕に毎月100万円ずつ払ってたら無くなっちゃうんじゃないですか?」


「学費のために貯めてる⋯⋯でも、どうしても、どうしても君が欲しいから⋯⋯」


 私はそんな立派な人間じゃないのに。求められるような人間じゃないのに。見た目だけで得してきた、ただのめんどくさがり屋なのに。この旅行だって学校サボって来てるし。


「やっぱり風俗嬢と付き合うなんて嫌だよね。いろんな人のちんこしゃぶってきた女と付き合うなんて嫌だよね⋯⋯」


 しゃぶるとかそんなはっきり言うんだ。


「でも、こうして一目惚れしてみて思ったの。私、普通の女の子に戻って恋がしたい! 付き合ってくれたら風俗やめるから! だからお願い!」


 それだと100万円の話なくなるよね、とは思ったがさすがに言える空気ではなかった。


 結局泣きじゃくる彼女に押されて断りきれず、付き合うことになった。


 服を着てホテルを出ると、全然知らない場所だった。まあ東京なんて元々そんなに知らないけども。


「スカイツリー行こうよ! 私たちが出会った思い出の場所!」


 それってもう少し先にやることだよね。一応浅草の予定なんだけどなぁ。


「浅草も行かない?」


 彼氏彼女になったので、タメ口解禁だ。誰に禁止されていたわけでもないが。


「浅草は昨日行ったの! スカイツリー行こ!」


 やっぱこいつハズレか? 浅草なんてスカイツリーと目と鼻の先だろうが。


「スカイツリーから15分くらいで行けるから、両方行こうよ」


「もー、しょうがないなぁ! そんなわがままを許すのは可愛い君だけだぞっ!」


 一応全部水に流して付き合うことになったわけだけど、それでもそういうことを言える立場ではないと思うんだが。それに、私はそんなにわがままでもないだろ。細かいか?


 ホテルに隠れていて気づかなかったが、スカイツリーが見えた。そんなに近くなさそう。近くなかったけど歩いて行った。歩いている道中で初めてお互いに自己紹介をした。彼女の名前はMさんというらしい。


 その日は結局ソラマチで1日遊んで、浅草寺に寄らずに帰路に着いた。Mさんが新幹線のチケットを買ってくれたので、2人並んで席に座った。座れない覚悟もしていたので、とても楽だった。結局この旅行で従兄弟に会うことはなかった。


 それから週1か週2で会うようになった。私が名古屋まで行って集合して、そこから出発というのが多かった。名古屋駅は10分くらいで着くので全く苦ではなかった。


 相変わらず彼女は変だった。めちゃくちゃ元気かと思えば急に泣き出すし、スーパーわがままだし、忘れ物も多いし、本当に振り回されっぱなしだった。


 でも、そんな破天荒な彼女に私もだんだんと惹かれていった。こんなに表裏がないひとがいるのか、こんなにも感情が豊かなひとがいるのか、と驚かされ、会う度に好きになっていった。


 彼女はいろんな服を持っているようで、毎回違う服を着ていたのだが、髪につけている大きな水色のリボンだけはいつも同じだった。私と初めて会った時につけていた髪飾りだから、これだけは変えたくないとのことだった。


 4ヶ月ほど経ったある日のことだった。いつものように名古屋駅の金時計の前で待っていた私は、彼女のチャームポイントであるリボンが見えたので大きく手を振って場所を知らせた。


 彼女は手を振り返してくれなかった。でも来た。その時は元気がないのかな、と思っただけであまり気にしなかったが、その日彼女はとうとう最後まで元気を出さなかった。


 何か悩みがあるのかと聞いても「大丈夫」と言うだけで、何も話してはくれなかった。


 家に帰ってからLINEで『どんなことでも話してよ。僕は味方だから、全部抱きしめてあげるからさ』と調子に乗ったイケメンのような文章を送ったが、1日経っても、2日経っても既読がつかなかった。


 見ていないのだろうか、それとも、ホーム画面に出てくるやつで見て、既読をつけていないだけなのだろうか。もしそうならなぜだろうか。もしや、私がなにかしてしまったのか?


 嫌われるようなことをしてしまったのだろうか。ここ数週間の彼女と会っていた時のことを思い出してみても、特に何もした記憶が無い。ちゃんと楽しく過ごせていたはずだ。


 そんな感じで不安な日々を過ごしていると、4日目にしてやっと返事が来た。


『ありがとう。でも、やっぱり○○○ちゃんは良い子だから、ちゃんとした女の子と付き合わなきゃダメだって思った。今まで無理やり付き合わせてごめんね』


 なんだ、これ。


 どういう意味なんだ。私と別れたいという意味なのか? 私はそんなことは望んでいない。これを読む限り、私がなにかしたということでもなさそうだし、いったい彼女に何があったのだろうか。


『何言ってるんだよ。無理やりじゃないよ、僕も好きなんだから。次いつ空いてる?』


 なんらかの理由で拗ねているだけの可能性もあるが、とりあえず会ってみないと話もできないと思い、デートに誘った。すると、すぐに返事がきた。


『本当にごめんね、○○○ちゃん。もう会えないんだ⋯⋯私、クソだから』


 クソ? Mさんたまにこういう言葉遣いするけど、なんなんだろう。天然なのかな?


『Mさんはクソじゃないよ! 会おうよ! ていうか、なんで自分でクソとか言うのさ!』


 それっきり既読にもならず、返事も来なかった。


 と思ったら3日後に電話がかかって来ましたよ! 彼女の番号ですわ!


『もしもし、○○○さんですか?』


 電話に出てみると、彼女とは違う声が聞こえた。


「はい」


『Mの母です』


 Mさんが電話番号を教えたのだろうか。それにしても、なぜMさんのスマホから?


 初めて話した彼女の母親の声はやけに暗かった。


『Mが亡くなりました。自殺でした』


 息が出来なくなった。






 それから、涙が出てきた。


 心臓が痛い。頭が回らない。めまいがする。どうしよう。どうしよう。どうしよう。


『なんちゃらかんちゃらほい』


 彼女の母親が電話の向こうで何か言っているが、さっきのひと言であたまがおかしくなっていた私はそれ以降の言葉を聞き取ることが出来なかった。


 どうして彼女が。なんで相談してくれなかったんだ。相談出来ないようなことだったのか。無理やりにでも聞けばよかった。最後に会った時に離さずに何時間でも話を聞いてあげればよかった。なんでそうしなかったんだ。そうすれば彼女は、彼女は⋯⋯


 彼女は、私のせいで死んだんだ。


 そう思った。


『メモの用意をしてください』


 彼女の母親にこんなようなことを言われて初めて我に返った。紙とペン⋯⋯あった。


 お通夜の時間と場所だった。彼女の母親は私に会いたがっているようだった。私を殺すつもりなのだろうか。私のせいで死んでしまったのだ。私なんて殺されて当然か。


 お通夜に行くと、私の名前を呼びながらこちらに歩いてくる女性がいた。恐らく彼女の母親だろう。会ったことはないはずなのに、私のことを知っているのだろうか。


「○○○さん、あなたの話は娘から電話で何度も聞かされていました」


 やはり彼女の母親だ。頬にうっすら涙の跡がある。もう落ち着いたのだろうか。


「娘はいつもあなたと会った時のことを楽しそうに話していました。娘はけっこう暗い性格だったんですけどね、あなたの話をする時だけはとても明るくなるんです」


 自然に涙が溢れた。やっぱり彼女も私のことを想ってくれていたんだ。


「そんなあなた宛ての手紙が娘の家に置いてありました」


 そう言って彼女は1枚の紙を私に差し出した。


「今、読んでもいいですか?」


「どうぞ」


 私はゆっくりと紙を開いた。


『○○○ちゃんへ。これを読んでいるということは、私はもうこの世にはいないはずです。悲しませちゃってると思うけど、ごめんね。私が私を許せなくて。もう生きてちゃいけないって思ったの。』


 なんでそんなことを言うんだ。なんで。なんで⋯⋯

 彼女がこの世にいない。そう思うとまた涙が溢れてきた。


『○○○ちゃんと約束したのに、私ずっと風俗続けてたんだ。ひどい女でしょ。やめたってずっと嘘ついてたんだ。なんだかやめにくくてね、バレる前にやめさえすれば良いと思ってたんだけど、何回も○○○ちゃんとデートしてるうちに、「こんな良い子に嘘ついてていいんだろうか」って思い始めたんだ。』


 嘘ついててもいいのに⋯⋯

 生きてさえいてくれれば、嘘なんてどれだけついてもよかったのに⋯⋯


『そう思ったらすぐにやめればいいんだけど、やめられなかった。だからもう、死ぬしかないなって思ったの。ごめんね、○○○ちゃん。大好きだったよ。短い間だったけど、人生で最高の日々でした。ありがとう。』





 涙が引っ込んで、怒りが沸いた。やめにくくても無理やりやめてしまえばよかったじゃないか。死ぬくらいなら嘘をつき通せばいいじゃないか。私との約束なんて守らなくてもいいじゃないか。なんでそんなことのために死んじゃったんだよ。なんで私を置いて死んじゃうんだよ。やっぱり無理やりにでも聞くべきだったんだ。


「私からも、ありがとうね、○○○さん」


 彼女の母親が私の肩を叩いて明るい声で言った。明るい時の彼女にそっくりだった。


 そういえば「私からも」ってことはもしかしてこの人これ読んだのか?


「それでは、また」


 そう言って頭を下げて彼女はMさんの父親らしき男性のもとへ歩いていき、その場に膝をついた。


「ああああぁぁぁあああぁぁああぁあええおえおえおあぁぁぁあげほげほっ、オエッ、オエッ、うあああああああああ!!!!」


 言葉にならない叫び声を上げながら泣いている。泣いているというより、もはや嘔吐(えず)いていた。そんな彼女の姿を見て、私も怒りよりも悲しみの方が大きくなってきて泣いてしまった。


 その泣き声につられたのか、全員がMさんの母親のように叫び狂い、泣きじゃくり、まさに阿鼻叫喚といった光景になった。床には涙以外にもいろんな液体が垂れていた。鼻水やヨダレ、血までもが垂れていた。


 私は何度かお通夜や葬式には出たことがあったが、それらの時の仏様はある程度歳も行っていたので、ここまでにはならなかった。


 だが、20歳のお通夜はこうなのだ。皆彼女の若すぎる死を悲しんでいる。こんなに人を悲しませて、本当にひどい子だ。説教してやりたいと思った。だが、当然それは叶わない。彼女はもういないのだから。


 お葬式は来ても来なくてもどちらでもいいと言われたので、行かなかった。耐えられないと思ったからだ。彼女の顔を見たら狂ってしまいそうだし、火葬なんてもっと耐えられない。お骨を拾ってくださいなんて言われても出来るはずがない。その場で暴れ回ってしまう可能性もある。自分を保てなくなるかもしれないのだ。


 葬式に行かないなんて酷いやつだと思うかもしれないが、すまない。本当に耐えられないと思って行けなかったんだ。許してくれとは言わない。弱い私が悪いのだ。何とでも言ってくれ。そのほうが心に良い。


 それからは最悪の日々だった。何をしても楽しくないし、バイトには行かないといけないし、試験期間もやってくる。彼女の死を乗り越えて、それをバネにして強くなって成功する、みたいな話があるけれど、私はそんなに強くなかった。ただ元気がなくなった。ただ不幸だった。なんの美談もない。救いもなかった。


 何年も前のことなので、完璧には書けていません。


 また、一部脚色や表現を変更した箇所があります。でも、私の知り合いには身バレしそうです。当時慰めてもらおうといろんな人に話してたので。知り合いにバレて他の作品読まれたらやだなぁ。


 私が直接の原因じゃないってのは分かってるんだけど、私と出会わなかったらもっと長く生きられたんだろうなって思っちゃうよね。仕方がないよって言われるかもしれないけど、実際そうだと思うんだ。悪いとか悪くないとかじゃなくてね。事実。

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― 新着の感想 ―
 ……………………。  すみません、なんてコメントをすれば良いのか言葉が見つかりません。  当事者じゃないだけに、何を言っても薄っぺらい言葉にしかなりませんしね……。
[良い点] 悲しいお話しですね。 自分も過去に、結婚サギで大好きだった知人女性を亡くした経緯があり、お作品、拝読させて頂くうちにいつしか自分も二十数年前のまだ自分が未成年だった頃の事なのに、涸れていた…
[一言] 家から川の方に行くとスカイツリーが見えます。しょっちゅう遠目では見てるけど、行ったことは無いのですが。 そんな場所でのリアルな本当の出来事なのですね‥‥ (読んだ限りでは)あなたに出会っ…
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