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決戦

本日2話分更新&完結です。

 きつく握りしめられたセルジュの右手が肩の高さまで上がる。その動きに次の攻撃を警戒したウォルターとフレデリックが構えると同時に開かれた手のひらから、無数の漆黒の矢が放たれる。

 二人は咄嗟に自分の周囲に結界を張ったものの全てを防ぐ事はできず、急所を外す事ができたのは奇跡と言って良かった。

「…ぐっ…」

 全身血に濡れたウォルターが地面に膝をつくと、右手で左の脇腹を押さえる。そこが一番傷が酷く、今は消えているものの、矢が貫通したのがわかる。

「…ウォルター!」

 一方でフレデリックも同じような状態ではあるものの、酷い傷は自分で治癒したのだろう、ウォルターよりも動けるのか駆け寄ってくる。

「おっと…折角の傷を治されては困ります」

 セルジュの声と同時にフレデリックの周囲に漆黒の壁が立ち塞がる。そのせいでウォルターに近づくどころか、彼の姿すら見えなくなってしまったフレデリックが大声で「ウォルター!」と叫ぶ。

 しかしそんな二人の様子を見ながらセルジュが冷たい声で言い放つ。

「光属性の者がいるなら、戦い方を変えなければなりませんね」

 自分で治癒が可能で、闇属性とは相性の悪いフレデリックよりも、弱いながらも闇属性を持つウォルターの方が御しやすいと思ったのだろう。

 セルジュは闇属性の結界の中に閉じ込めたフレデリックには構う事なく、満身創痍のウォルターの元にゆっくりと歩み寄る。

「あなたも闇の属性を持つなら、私達と共に来ませんか?」

 ウォルターが絶対に首を縦に振らないとわかっていての勧誘に、心底嫌そうな顔でウォルターが答える。

「無駄な勧誘だな…闇属性持ちが全員お前たちのような人間だと思うな…っ」

 真っすぐに自分を睨み返すウォルターに、セルジュの口元が怪しい笑みを浮かべる。

「なるほど。でも、あなたを強制的にこちら側に連れてくる事もできるんですよ?あなたなら…わかるでしょう?」

 闇属性同士だからこそ。

 そう言って黒い霧を纏わせた指先でウォルターの頬に触れる。

 そこから伝わってくる抗いがたい力に…だがウォルターは全力で抗った。

(自分が…取り込まれる事など…あってはならない…!)

 敵に取り込まれるくらいなら死んだ方がマシだ。

 そう思いながら、ウォルターは傷を押さえていた右手に力を込める。まるで痛みによって正気を保とうとするかのように。

「…いいですね。私に取り込まれるのが先か、あなたが死ぬのが先か…」

 どうやら自分を賭けた時間稼ぎにセルジュが乗ってくれそうだとウォルターが内心でほくそ笑んだ時だった。


「セルジュ、やめろ。もういい」


 聞こえた声にセルジュが弾かれたように顔を上げた。

「レオン…様…?」

 そこにいたのは間違いなくレオンだったが、自分が知るレオンとどこかが違う。


 魔力が、違う。


 確かに闇属性の力を感じるのに、レオンのものではないとセルジュの感覚が言っている。

「ま…さか…」

 しかし周囲にレオン以外の人影はなく、自分の感覚を確かめる術がない。セルジュはウォルターを放り出すと、レオンの元へと走り寄る。

「何があったのです!?」


 この世界の崩壊はレオンの願い。

 そして自分はそれを成就させると誓った。


 それなのに今、レオンはその願いを放棄するという。

「セルジュ」

 レオンが自分の名前を呼ぶ。その表情はどこか優しささえ感じさせる。

 戸惑うセルジュにレオンが1歩近づく。

 その時、セルジュは漸くレオンの腹部が赤く血に染まっている事に気づくと全てを理解した。

 レオンはジェレミーの魔力に負けたのだと。

「…許さない…」

 そう、呟いたセルジュの全身から黒い霧がまるで湯気のように立ち上る。そのままでは彼自身が暴走してこの『場』を結界を破壊してしまうだろう。

 焦ったウォルターが止めようと動こうとした時だった。


「動かないで」


 背後から聞こえた声と同時にそっと抱きしめるように自分を包み込む力を感じる。そして数秒後、自分の身体の傷が全て消えている事に気づいたウォルターが振り返ると、そこにはジェレミーの姿があった。

「フレデリックはあの結界の中か?」

 小さく頷くウォルターに「エドワードの攻撃が合図だ」とだけ伝えると、ジェレミーは自分の位置から少し後ろの位置にある漆黒の箱のような結界に近づく。

 そのまま結界に触れると、セルジュに気づかれないように自分の闇魔法を紛れ込ませながら結界を解くと、中にいたフレデリックに声を出さないよう合図する。

 フレデリックの方も怪我をしていたようだが、幸い自分で治癒できたようで動く事に問題はなさそうだった。

「…エドワードの攻撃が合図だ」

 ジェレミーはウォルターに伝えた事と同じことを伝えると、フレデリックもも心得たように頷く。

 目の前ではセルジュがレオンの中にあるジェレミーの魔力を払うかのように、自分の魔力の全てを彼に注ぎ込んでいるのがわかる。

 『場』の破壊も…世界の破壊も、レオンがいなければ意味がないのだとばかりに。

 そしてそんなセルジュの隙を逃すようなエドワードではなかった。


 空気を切り裂くような音と共に近づいてきた気配に気づいたセルジュが視線をそちらに向けた瞬間---エドワードの剣がレオンの背中に突き刺さり、そのままセルジュの身体も突き刺した。


「いまだ!」

 ジェレミーの声と同時に、エドワード以外の3人が動いた。

 ウォルターの水魔法が水の槍となってレオンの首元を切り裂き、フレデリックの操る炎がセルジュの身体を貫いた。

 そして最後にジェレミーが二人を閉じ込めるように光の結界を張る。

「…剣で…攻撃するとは…魔力が…尽きましたか…?」

 その腕の中にレオンを抱き込むような態勢のまま、セルジュはエドワードを睨みつける。

 自分の身体を貫いたエドワードの剣に僅かに残るジェレミーの魔力を感じ取ったのか、不快そうに眉を顰める。

「レオン…様を…洗脳する…とは。もっと早く…殺しておくべきでしたね…」

 口の端から溢れた血が流れ落ち、レオンの肩を汚す。そのレオンは無言のまま目の前のジェレミーを見つめている。


 ジェレミーの力がレオンを上回ったあの瞬間、ジェレミーはレオンの耳元でこう、囁いた。

『お前の仲間を止めろ』

 その声に従って、レオンは他の仲間に計画の中止を連絡すると、自分と共に場を破壊する役目だったセルジュを止めるためにここへ来た。

 あの時、レオンを殺さずに自分たちの仲間にできるのではないか、という思いが一瞬頭を過った。だが、それがありえないと伝えてきたのもレオンだった。

『どちらが勝っても…待つのは死、のみだ』

 絶対にお前たちの手駒にはならない、と告げたレオンの凄絶な笑みにジェレミーは何もかも遅かったのだと悟ったのだ。

 それに洗脳を維持するには、この先もレオンほどの人物を縛り続けるだけの魔力が必要だ。そして洗脳が解けてしまえば、再び今回と同じ戦いを繰り返す事になるのだろう。


 ここで、決着をつけるしかないのだ。


「…ジェレミー」

 エドワードに名を呼ばれ、ジェレミーが彼と視線を合わせる。

 彼の瞳に迷いはない。

 自分もまた、覚悟を決めたはずだ。

 ジェレミーはエドワードに向かって小さく頷くと、もう一度だけレオンを見る。その視線の先でレオンは初めて会った時のような、楽し気な笑みを浮かべていた。

「…気にするな…そう、悪い人生じゃなかった…」

 そう呟いてレオンが目を閉じた瞬間、エドワードの炎が二人を貫いている剣を伝って放たれる。

 やがて二人の姿が炎の中で崩れ落ちていく。

 二人が動かなくなったのを確認すると、漸くエドワードが剣を抜いた。

「ウォルター、フレデリック。確認を頼む」

 エドワードの声に二人がレオンとセルジュが確実に絶命していることを確認する。

「ジェレミーすまないが結界を頼む」

 レオンとの戦いでほぼジェレミーの魔力は尽きかけている。それでも彼にしか頼めない。それがわかっているからジェレミーも頷くと、ベイカー家とロンドン大学に結界を張り直す。

 だが流石にそれが限界だったのか、結界を張り終えると同時に倒れたジェレミーの身体を慌ててエドワードが受け止める。

「ウォルター、フレデリック」

 名前を呼ばれた二人がジェレミーを見て苦笑する。

「こちらはお任せください。ひとまずジェレミーを休ませる方が先ですね」

「あ、エドワードちょっと待った」

 フレデリックの声に立ち止まったエドワードとジェレミーにフレデリックが治癒魔法を掛ける。

「ジェレミーほどじゃないけど。少しはマシだろ」

 大きな傷などはないとはいえ、細かい傷だらけだった二人の傷が綺麗に治っているのに気づいたエドワードが「ありがとう」と礼を言うと、フレデリックが小さく笑う。

「詳しい話はジェレミーが起きてからだな。こいつのことは頼んだ」

「あぁ、後片付けが澄んだら本家の方に来てくれ」

「わかった」

 そうしてエドワードは胸に苦い思いを抱えながら、その場を後にしたのだった---。

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