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嵐の前の静けさ

 翌日からジェレミーに対する訓練が再開された。

 ウォルターはそれまでのコントロール重視の訓練ではなく、魔法の基礎からジェレミーに叩き込む事にしたようだった。

「時間がないため断念していましたが、完全に魔力を使いこなすなら基礎から叩き込む必要があります。普通は幼い頃から徐々に身に付けていくものですが、それを可能な限り早く習得していただきます」

 厳しい表情のウォルターの視線を真っすぐに受け止めたジェレミーが無言で頷く。

 それぞれが持つ属性に関係なく、必要なスキルだというなら何としても習得しなければならない。


 それからの訓練は過酷を極めた。

 膨大な魔力を持っているはずのジェレミーが日に何度も魔力切れ寸前までいくほどの訓練は想像以上にジェレミーの身体を痛めつけた。

 だが、一言たりとも文句を言う事なくついてくるジェレミーにウォルターも容赦なく次から次へと課題を与えていく。

 そして限界まで魔力を使う事によって自分の限界を覚え、自分の魔力量を自覚する。

 同時にそれだけの魔力を使い続ければ、嫌でも実戦によるコントロールも身に付いた。


「どう?」

 今日も限界まで身体を酷使したジェレミーが倒れ込むようにベッドに横になったのを見たエドワードがウォルターに確認するように問いかけた。

「…予想より早いかもしれません。正直、ここまでついてこられるとは思っていませんでした」

 ジェレミーの存在の重要さを知っているからこそ、彼が完全に魔力を制御できるようになるより前に、レオンから何らかの接触があると思っていたのだが、予想に反して全く接触はなかった。

「本邸の周囲の警戒を強化しているけど、今のところ何の動きもないのが返って不気味だな」

「店の周囲や他の『場』にも異常はないのですか?」

「ない」

 エドワードが警備の指揮を取っている以上、彼がそう言うのならば異常は無いのだろう。

 訓練中はジェレミーとウォルターは本邸に滞在しているが、エドワードは昼間だけ本邸に滞在し、夜は店に戻っている。

「ウォルター。ジェレミーの魔力が完全に解放されたら、全ての『場』に結界を施す」


 現在確認されている『場』は4個所。

 本来なら1個所だけでも複数の術者が必要だ。

 それをジェレミー1人で4個所全てに結界を張るとエドワードは言った。


 ---それができるからこそジェレミーの存在はこの世界の守護と破壊、どちらに対しても切り札となりうるのだ。


「魔力量的には可能でしょう。問題はそれを持続する方です」

 たった一人で変わる戦況は、とても脆い。

「わかってる…それでも、今は他に方法がない」

 自分がもっと早くレオンの本来の目的に気づいていれば…。悔やむように視線を下げたエドワードの耳にウォルターの溜息が聞こえる。

「もしもの話をしていても仕方がありません。現状戦力が足りないのは事実。結界を張れるのがジェレミーだけならば、それを持続できる環境を整えるのが我々の役目です」

 ジェレミーにしかできない事があるならば、自分達はそれ以外のできる事をするべきだと言うウォルターにエドワードが苦笑する。

「…そうだな。弱音を吐いている場合じゃないな」

「えぇ、それにお忘れかもしれませんが、エドワード様の魔力量も決して少なくないのですから、できる事はいくらでもあります」

「お前に言われてもな…」

 実際こちらの陣営でジェレミーを除けば、次に魔力量が多いのはウォルターだろう。エドワードは3番手だ。

 エドワードが部屋のベッドで死んだように眠るジェレミーを見ると、ウォルターもそちらに視線を向ける。

 こうして二人で普通に会話をしていても全く起きる様子がない。余程疲れているのだろう。

「少し話をしたかったが、流石に無理そうだな。今日はこのまま店に戻るよ。後は頼んだ」

「かしこまりました」

 ジェレミーの護衛も兼ねているウォルターは部屋を出ていくエドワードを見送ると、もう一度ベッドのジェレミーを見る。

 訓練を始めて5日目だが、魔力のコントロールについてはほぼ問題ないといっていい。『場』に結界を張るような繊細な作業はまだ少し不安が残るが、あと数日あればそれも問題なくなるだろう。

 また、これまでは躊躇していた攻撃魔法についても迷いを吹っ切れたのか、相手を攻撃する事に躊躇うことが減ってきた。

(それが良いことだとは言わないが…)

 本来なら戦う事など知らないでいい人生だったに違いない。

 だが彼はこちらの世界に来てしまった。

 そして選んだのだ。

 この世界で生き、この世界の守護者となることを。

「せめて、彼が生き残れるように力を尽くしましょう」

 エドワードと共に、と小さく呟いた声はジェレミーに耳に届く事はなかった。




 ジェレミー達のいる本邸から数キロの場所にある屋敷にレオンともう一人の人物の姿があった。

「もう少しかな?」

 豪奢な部屋の中で見るからに高級だとわかるソファに座ったレオンがワイングラスを手にしながら、楽しそうに目の前の人物に問いかける。

「そうですね、数日中には完全に魔法を習得するでしょう」

 シンプルだが質のいいスーツを着た男が笑顔でレオンに答える。

「セルジュの目から見て彼はどうかな?」

 セルジュと呼ばれた金髪碧眼の男が少し考え込むように沈黙した後、ゆっくりと口を開く。

「非常に強力ですが…経験不足を補えるかどうかは疑問ですね」

 魔力は訓練で強くなるだろう、だがそれを行使するジェレミーはこれまで戦いなど知らなかった一般人だ。

「恐怖を克服できるかが鍵でしょうか」

「なるほど。それなら最高のタイミングで彼につけ込む事にしよう。楽しみだね」

 レオンが心底楽しそうに告げると、セルジュもまた笑顔で頷いた。


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