懐中時計の秘密
室内に満ちる緊張など全く気にしていないのか、レオンは手にした懐中時計をじっくりと眺める。
「いくらお前でもその懐中時計の力を使いこなせるとは思えないけどな」
エドワードが探るように言ってみると、レオンが不思議そうな顔をしたが、何かに思い当たったのか笑顔になる。
「なるほど、君たちはこの懐中時計の全ての機能を知らないんだね」
楽しそうな声と裏腹に笑っていない瞳がゆっくりと3人を見る。
「本当の機能…?」
思わずジェレミーが疑問を口に出すとレオンが「そう、素晴らしい機能だよ」と答える。
「この懐中時計の素晴らしいところは時を操る事なんかじゃないんだよ」
レオンの言葉にエドワード達の警戒心が強くなる。
「この懐中時計にはもう一つ機能があってね。この時計でこの世界とあちらの世界の同期を取っているのさ」
「同期?」
聞き返したエドワードの表情に僅かな焦りが浮かぶ。それを楽しそうに見ながらレオンは言葉を続けた。
「そう、懐中時計の針が止まっているということは、二つの世界の時間が正しく同じ時を刻んでいるということ。二つの世界の時間がずれた時には、秒針が動き出すからすぐにわかる。そうなったら秒針が止まる位置まで時計の針を合わせてやればいい。持ち主の都合で時を操る場合は膨大な魔力が必要だけど、この懐中時計本来の機能である同期を取るための作業ならさほど魔力は必要ない」
だが、この懐中時計が無くなってしまえば、二つの世界の時は調整去れることはなく次第にずれていく。そしてそれは二つの世界を繋ぐ『場』もずれていくことにつながる。
「そうなれば…ずれに耐えきれなくなった全ての『場』は壊れる」
時間はかかるけど、保険としては有効だよね、と笑ったレオンの表情に狂気が見え隠れする。
膨大な魔力を必要とする時を操る機能などに用はない。必要なのはこの懐中時計『本来の機能』だと。
「僕が世界を壊すのが先か、世界が自ら崩れるのが先か…面白い見世物だろう?」
「…ふざけるな」
吐き捨てるようなエドワードのセリフには意地の悪い笑みだけを返すと、レオンは手の中にある懐中時計を破壊するために魔力を込めた。
「やめろっ…!」
反射的にエドワードが叫ぶと同時に懐中時計とジェレミーの身体が白い光を放つ。
「なにっ…!」
思わず目を閉じたレオンが目を開いた時には手の中の懐中時計が消えていた。
「どういうことだ!?」
室内を見回したレオンの視界に入ってきたのは懐中時計を持つジェレミーの姿だった。先ほどの光に乗じて自分から取り返したわけでない事は彼の表情を見れば明らかだ。
「え…どうして…」
自分の手に戻ってきた懐中時計にジェレミー自身も驚きを隠せなかったものの、すぐに我に返ったエドワードがジェレミーの手から懐中時計を取り上げると自分の魔力で包み、こことは別の空間に収納する。
「ジェレミー、無断ですまない」
「いや、助かったよ」
懐中時計とジェレミー。両方を取り返したエドワードとウォルターの表情に僅かだが余裕が戻ってきた。
「それで…レオン、どうする?」
このままここでやり合うか?と問いかけるエドワードにレオンが小さく肩を竦める。
「エドワード、ここでそんな挑発はするものじゃないよ?ここが壊れて困るのは君たちだろう?」
楽しそうな声と表情にエドワードが沈黙する。次にレオンはジェレミーを見ると冷たい笑みを浮かべたまま優しい声で次の再会を予告する。
「今回は残念だったけど、また迎えに行くから待ってて?」
「…二度と会いたくないな」
「また会えるよ、必ずね」
まるで予言のように告げるとレオンはホテルの出口へと向かって歩き出す。
「エドワード、ここはソフィア・ベイカーに敬意を表して引き下がる事にしよう。またね」
軽く右手を上げてそのまま去って行ったレオンをただ見送る事しかできない事に悔しさを覚えながらも、その姿が見えなくなったところでエドワードが小さく溜息を吐いた。
想定していた中でも最良の…いや、想定以上の結果に今は安堵していた。
「ひとまず店に戻ろうか。ウォルターこの場所の警備を強化するよう伝えておいて」
「かしこまりました」
そうして二人は後処理を進めるウォルターより一足先に店へと戻った。
店に戻るとエドワードはもう一度店内におかしなところがないか再確認し、全て問題ないことを確認できたところでジェレミーに声を掛ける。
「もう一度店に結界を張ってもらえるかな」
レオン相手には厳しいとしても、他の攻撃に対しては十分に効果を発揮する。それに今回は落ち着いて時間を掛けて結界を張れる分、前回急いで掛けた時より強固な結界が張れるはずだ。
やがて結界を張り終えた頃、ウォルターが店に戻ってきた。
3人は今までの情報を再確認するために、店の中にあるソファに腰かける。そしてウォルターの淹れた紅茶に口を付けながら、ジェレミーがレオンに捕らわれていた時の事を話し始める。
「レオンは全ての『場』の位置を知っていると言っていた」
予想していた事ではあったが、改めて告げられるとエドワードとウォルターの表情が厳しさを増す。
「…それが事実なら事態は急を要する。現状の戦力では全ての『場』を護り切る事はできない」
焦りと悔しさの混じった声でエドワードが現状について口にする。それを聞いたジェレミーが覚悟を決めたように声を上げた。
「俺が自分の力を最大限使えるようになれば、戦況は変わるか?」
それを聞いた2人の視線が同時に自分に向けられるが、その視線を正面から受け止める。その表情からジェレミーが真剣に問いかけているのだと分かった2人が一瞬だけ顔を見合わせ頷く。
「確実に変わる。それどころか、その時点でこちらが圧倒的に有利になる」
『君の力は僕たちにとって希望だ。そして君の力が敵に渡ればそれはすぐに絶望に変わる』
以前エドワードに言われたセリフがジェレミーの脳裏を過る。
「どうすればいい?」
自分にはその方法がわからない、ならば彼らが課す訓練でもなんでも受けるつもりだという決意を持って問う。
「短期間でそれをするには相当過酷な訓練になりますが…それでも?」
ウォルターが静かに問いかけると、ジェレミーは迷う事なく頷いた。
今回のように目の前で仲間がやられ、抵抗もできずに連れ去られるなど二度と御免だ。
ウォルターがエドワードを見ると、「頼む」という答えが返ってくる。
「わかりました。明日から本邸で訓練を再開しましょう」
それに頷くと、エドワードが「ジェレミー」と声を掛ける。そしていつの間にか手にしていた懐中時計をジェレミーに向かって差し出す。
ジェレミーがそれを受け取ると、時計の針は全て止まっていて、今現在も正しく2つの世界が同期していることを知る。
「ソフィア・ベイカーは確かに個人的理由で世界を渡り、犠牲を出した。でも、二つの世界を繋げる役割だけは…生涯放棄することはなかったんだ」
きっと懐中時計をいつも手元において、時がずれたら直す、という事を繰り返していたに違いない。だからジェレミーが懐中時計を譲り受けた時、動いていなかったのはある意味正しい動作だったのだ。
「…そうか」
自分の祖母が完全にこの世界を見捨てたわけではないと分かったからか、ジェレミーの表情がどこか安心したものに変わる。
暫く手の中の懐中時計を見つめていたジェレミーだったが、手にした懐中時計をエドワードに差し出す。
「いいの?」
「その方が安全だろ?時々、針が動き出してないか確認してくれるか?」
「わかった」
エドワードはジェレミーの手から懐中時計を受け取ると、再び別空間に収納したのだった。




