闇の中の光(2)
結局レオンがジェレミーを捕らえている事以外の情報は何一つ掴む事ができないまま、エドワード達はレオンの連絡を待ち続けた。
そうして待ち望んだ連絡が来たのは、レオンが訪れた日から3日後の夜だった。
『お待たせ』
1コールで出たエドワードの耳に、楽しそうなレオンの声が流れ込んでくる。
「忘れたわけじゃなかったようで良かったよ」
『まさか。ちょっと忙しくてね。早速だけど明日の夜、20時にランガム・ホテルのロビーでどう?』
指定された場所にエドワードの表情が厳しさを増す。だが電話の向こうの相手にそれを知られないよう、いつも口調で返す。
「わかった」
『良かった。じゃあ明日の夜に』
そう言って通話の切れた携帯を見つめていたエドワードだったが、次の瞬間には携帯を強く握りしめた。
「エドワード様?」
ウォルターが声を掛けるとエドワードが待ち合わせ場所を告げた。
「ランガム・ホテル…ですか」
場所を聞いたウォルターも眉を顰めた。
そう、実はランガム・ホテルも『場』の一つだった。
「こうなると向こうが全ての『場』を把握していると思って動いた方が良さそうですね」
ウォルターの言葉にエドワードも小さく頷く。
まさかここまで知られているとは思っていなかったが、相手はあのレオンだ。これまでの自分との付き合いから見当を付けられていたとしても不思議ではない。
『ベイカー家当主は随分と甘いんだな?』
先日言われた言葉が今更ながらに胸に突き刺さる。
エドワードは一度深呼吸をして気持ちを切り替えると、ウォルターに指示を出す。
「すぐにランガム・ホテルの宿泊者と従業員を待避させろ」
何があるかわからない以上、避けられる犠牲は避けたい。エドワードの指示を受けてすぐに動き出したウォルターを見ながらエドワードは明日の対応について考えを巡らす。
最悪の事態はジェレミーが既にレオンの手に落ちている事だ。そうなってしまっていた場合、自分たちに取れる選択肢は1つしかない。
レオンもジェレミーも共に消すこと。
だがそれが難しい事もわかっていた。ジェレミーの力はそれだけ強大なのだ。
もしジェレミーの力をレオンが自由に使える状態になっていた場合…世界が滅ぶ事を覚悟しなくてはいけない。
しかし…万が一、ジェレミーがレオンの手に落ちずに自分の身を護ることができていた場合。
…素直に懐中時計とジェレミーを引き換えるのか?
この懐中時計は、あのソフィア・ベイカーの物だ。時を操ると言い伝えられてはいるが、それ以外に秘めた力があってもおかしくはない。
そしてそれをレオンが知っている可能性もある。…いや、きっと知っているのだろう。
だからこの時計を狙った。
ジェレミー並みの力がなければ扱えない時計など普通は手に入れようとは思わないはずだ。
だがそれについて調べる時間は残されていない。
「ジェレミー…。覚えててくれよ」
ウォルターが伝えたという身を守る方法を実行していてくれ、と。
祈るような気持ちでエドワードはその夜を過ごした。
再び目覚めると、今度は闇の中ではなく普通の部屋のベッドの上だった。
いや、普通というのは語弊があるかもしれない。優に大人3人は寝られるような大きさのベッドに、白と青を基調とした室内は広く、どこかのホテルのスイートルームのようだった。
それだけ豪華な部屋にも関わらず、自分以外の気配がない上に窓の外は暗く、酷く陰鬱な雰囲気に感じる。
だがジェレミーにとって重要なのは、ここにレオンがいないということだった。
(これなら…)
ジェレミーはウォルターに言われた事を忘れてはいなかった。
『万が一敵の手に落ちた場合、自分自身を結界で覆ってください』
敵が手を出せぬよう、自分自身を結界で覆えと言われたのだ。ただし、できるだけ破られにくいように、自分の身体の表面に纏わせるように固く、柔軟な結界を張れと。
当然そんな結界の難易度は高く、そう簡単にできるものではなかったが、ウォルターの指示の元で毎日訓練だけはしてきた。
(正直まだ完璧にはできないけど、やるしかない)
ジェレミーは自分の魔力に集中すると、ゆっくりと自分の身体の表面に魔力を纏わせていく。
薄く、強固な結界を何重にも張っていく。
そうして集中してせいだろうか、レオンの気配に気づかなかった。
「へぇ…、そんな結界が張れるようになってたんだ?」
いつの間にか目の前に移動してきたレオンが結界で覆われたジェレミーの全身をじっくりと観察するように見る。
「うーん、ちょっと面倒だね」
全然困っていないような表情で「まぁ、いいか」と呟いたレオンがジェレミーの右手を取る。咄嗟に引こうとした右手をきつく掴まれてジェレミーの動きが止まる。
「エドワードが迎えに来てるよ、行こうか?」
次に告げられた言葉の内容に驚いていると、面白そうな表情になったレオンがジェレミーの右手を引いた。その力につられるように立ち上がると、そのまま部屋の扉へと一緒に歩いていく。
大理石の床を歩いていくと、エレベーターホールが現れる。そのままエレベーターで1階に降りると、窓際には落ち着いたベージュ色のソファとローテーブルがあるロビーに連れていかれた。
すると、聞きなれた声が自分を呼んだ。
「ジェレミー!」
エドワードの声だと認識した途端、反射的に走り出そうとした身体が強引に引き留められる。レオンが繋いだままだった手を引いたのだと気づいた時には、ジェレミーの身体はレオンに抱きしめられるように拘束されていた。
「エドワード、約束の物は?」
笑顔のレオンと彼の腕の中のジェレミーを見て、エドワードが唇を噛み締める。だが、ジェレミーが完全にレオンの手に落ちていないだけでも僥倖だろう。
エドワードはジャケットのポケットからアクリルケースに入っている懐中時計を取り出す。
「お前が探しているのはこれか?」
確認するように問いかければ、レオンは「確かに、間違いない」と嬉しそうに目元を緩ませた。
「そうか。だが一つ問題がある」
「何かな?」
不思議そうに首を傾げたレオンにエドワードも困ったように肩を竦めながら答えた。
「この懐中時計は預かっているだけでね。売却していいか持ち主の承諾を得ていない」
「なるほど。その持ち主は…ジェレミーかな?」
おそらくアクリルの箱を包む強固な結界がジェレミーによるものだと気づいたからだろう。そう言って自分の腕の中にいる彼に視線を落とせば、一気に緊張したのが分かる。
「ジェレミー、あの懐中時計、譲ってくれないかな?そうしたら君をこのままエドワードのところに返してあげるよ?」
優しい声でそんな事を言うレオンに背筋が寒くなった。例え今は無事エドワードの元に戻れたとしても、いつか絶対にレオンは自分を殺すために現れる気がした。
それにレオンがこの懐中時計を欲しがる理由がわからない。この時計が時を操る事ができると言っても、以前エドワードが言っていた事が確かなら、膨大な魔力を必要とするはずだ。
(いや…レオンなら使える…のか?)
それでもそう何回も使えるものではないはずだ。
ジェレミーは懐中時計を持ったエドワードを見る。その視線を受けたエドワードが小さく頷いた。
懐中時計を渡すかどうかは、所有者であるジェレミーに任されているようだった。
「さあ、どうする?」
レオンの声がロビーに響く。
そういえばホテルらしき場所なのに、自分たち以外、従業員の姿すらないのが異様だった。
(まさか…ここも『場』なのか)
そうだとすれば、どうあっても自分がレオンの側に残るわけにはいかない。ジェレミーは覚悟を決め、エドワードを見た。
その視線でエドワードも分かったのだろう。視線をレオンに戻すと、ジェレミーの声を待った。
「…わかった、懐中時計は手放して構わない」
床に視線を落としながら呟いたジェレミーにレオンが笑顔になる。そして後ろに控えていた部下らしき人物に目くばせすると、その男がアタッシュケースをエドワードの近くにあったローテーブルに置き、中身を見せるように開いた。
中にはぎっしりポンド紙幣が詰め込まれている。
「足りなかったらあとで請求して」
ジェレミーの手を引いてエドワードに近づきながらレオンがいつもの取引のような事を言う。
「さぁ、交換だ」
ジェレミーの右手を掴んでいた左手をエドワードに差し出しながら、懐中時計を渡せというように右手も差し出す。
一瞬だけジェレミーを見たエドワードが、ゆっくりと懐中時計をレオンの右手に乗せる。
同時にレオンの左手がジェレミーの拘束を解いた。
エドワードは解放されたジェレミーの右手を掴むと自分の方に引き寄せ、そのままウォルターに守らせる。
「随分と大切にされているようで羨ましいよ」
レオンは手の中の懐中時計を両手で包み込むようにすると、次の瞬間ガラスが割れるような音がして、懐中時計を覆っていたジェレミーの結界がいとも簡単に壊された。
レオンはむき出しになった懐中時計の蓋を空けると裏蓋の内側に刻まれた名前を見る。
「ソフィア・ベイカーの懐中時計。確かに僕が探していたものだ。エドワード感謝するよ」
そう言って笑ったレオンの美しすぎる凄絶な笑みに緊張が走った。




