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闇の中の光(1)

 ゆっくりと意識が浮上する。

 まだぼんやりとしていたものの、次第にこれまでの事を思い出す。

 周囲の様子を確認しようと目を開けたものの、何も見えなかった。

(…暗闇…?)

 目が見えなくなった、というよりも一切の光が見えない闇の中にいる感覚だった。

 同時に自分の両手両足が縛り上げられている事に気づく。

(…これは…脱出は難しいか…?)

 魔法の訓練と同時に剣術などの訓練も受けたが、そちらは付け焼刃でどうなるものでもなかった。現時点では護身術さえ危うい。

(どうすればいい…)

 焦ったところで自分にできることなどないのは分かっていた。そんなジェレミーの前の空気が動いた。

「目が覚めたかい?」

 それがレオンの声だと気づいたジェレミーの身体に緊張で強張る。

「そんなに緊張しなくてもいいのに。君に危害を加えるつもりはないよ?」

 まるで昔からの親しい友人のように話しかけてくる相手にジェレミーの頭の中に警鐘が鳴り響く。

「…あの店の結界を破ったのもお前か?」

「そうだよ。魔法を習いたての割には上手だったよ?もう少し上達してたら破れなかったかもね。そういう点ではギリギリ間に合った感じかな」

 くすり、と笑う気配にジェレミーは唇を噛んだ。本能的に自分に勝てる相手ではないと分かってしまったからだ。

「俺をどうするつもりだ」

 せめて目的だけでも聞き出さなければ、と思うものの効果的な質問などできない。

「なに、簡単な事だよ。君に協力して欲しい事があるんだ」

「協力…?」

 嫌な予感しかしなくて、ジェレミーの声に警戒の色が混じる。レオンはそれを楽しむようにジェレミーの頬を指先でそっと撫でた。

 暗闇の中から突然齎された感触に過剰に反応した身体に内心で舌打ちした。

「君の持つ膨大な魔力、それを僕の為に使って欲しい。簡単だろう?」

「…それで何をするつもりだ」

 何も見えない中で交わされる会話は予想以上に精神を消耗させる。それが自分よりも圧倒的強者である存在との会話ならなおさら。

 そんなジェレミーの様子を楽しむように、レオンは彼の質問に答える。

「そうだな…あえていうならこの世界の「場」を壊したい、ってところかな」

 その言葉にジェレミーが息を飲む。

「あぁ、心配しなくても『場』の大体の場所は分かってるんだ。そう時間は取らせないよ」

 安心させるような声で言われても欠片も安心できる要素などない。

「『場』を壊したらお前もただではすまないぞ」

「うん、そこはどうでもいいかな」

「なんだと…?」

 ジェレミーの言葉にルイがどこか狂気を孕んだ笑みを見せる。


「僕はね、この世界が崩壊する様を見たいだけだから」


「馬鹿な…」

「でもどうせなら派手にいきたいじゃないか。だから、ね…」

 不意に身体が浮き上がった感覚に息を呑むと耳元でレオンが囁いた。

「君の力を借りて全ての『場』を一度に壊すってどうかな?って」

「…狂ってるな…」

 吐き捨てるように言ってやれば、レオンの纏う空気が冷たく凍り付く。

「違うよ、ジェレミー。狂ってるのは世界の方だ」

 それがどういう意味か尋ねるより先に二人を中心に魔法陣が浮かび上がる。

 青い光に包まれながら、漸く見えたレオンの顔には感情の欠片もない、硬質な笑みだけが浮かんでいた。




 その頃エドワードとウォルターはレオンの居場所になりそうな場所を片っ端から洗いだしていた。

 しかしベイカー家の者を総動員しても全く二人の足取りが掴めず苛立っていた。

「待てよ…」

 一旦捜索を中断してアンティークショップに戻っていたエドワードが自分の携帯を取り出す。

「どうかしましたか?」

 ウォルターが紅茶を入れる手を止めて問いかければ、「まさかな…」と呟きながらエドワードがある番号をコールする。

『やあ、エドワード。待ってたよ』

 電話の相手は今までとまるで変わらない口調で電話に出たレオンだった。

 エドワードは怒鳴りつけたいのを必死にこらえると、どうにか怒りを抑えた声で会話を続けた。

「待たせて悪かったね。依頼の懐中時計、見つけたから取りにきてくれない?」

 この電話が繋がったということは、レオンは懐中時計とジェレミーの両方を手に入れようとしているのは間違いない。

 もしくは想定外の事態が起きているか。

 エドワードはその可能性に賭けた。

「それは助かるよ。…そうだな、今日これから店に行ってもいいかい?」

「もちろん。待ってるよ」

 これまでと変わらぬ口調と会話。それが逆に非現実さを感じさせる。

 通話の切れた携帯を数秒の間見つめていたエドワードだったが、ウォルターを見ると既に各所に連絡を取り、レオンを迎え撃つ準備に入っている。

 ベイカー家の手の者が周囲を警戒する中、レオンは予想外の方法で店にやってきた。

「お待たせ。ちょっと急ぎの用事があってね、こんな方法で申し訳ない」

 結界が張ってあるはずの店内に直接転移魔法で現れたレオンに、エドワードの背中に嫌な汗が流れる。

「次からは店の扉から入ってきてもらえるかな」

「善処しよう。早速ですまないけど、懐中時計を確認させてもらえる?」

 何の警戒もしていない様子で店の中にあるソファに座ったレオンの前にウォルターが紅茶を出す。

「ありがとう」

 笑顔でお礼を言うとゆったりと紅茶を口にする。もちろん毒などを入れていたわけではないが、あまりにも警戒していない様子を見ると、本当にレオンがジェレミーを攫った相手なのか疑うレベルだった。

 だがそんな事を思っていたのも次のレオンの言葉までだった。

「ベイカー家当主は随分と甘いんだな?」

「…何?」

 レオンは空になったティーカップの持ち手を指先に掛けたまま、嫣然と微笑んだ。

「僕ならここに致死量の毒を入れるよ?」

 一気に室内に緊迫した空気が流れる。

「…ジェレミーを攫ったのはお前か?」

「そう、彼の膨大な魔力は魅力的だからねぇ」

 楽しそうな口調と裏腹に、レオンの周囲に黒い霧が纏わりつくのが見える。それがあの襲撃の日に現れた黒い霧と同じ、闇魔法によるものだと気づいたレオンとウォルターが咄嗟に自分の周囲に結界を張る。

「流石だね。でも、そろそろ懐中時計を渡して欲しいかな。あぁ、もちろん代金は払うから心配しないで」

 ソファから立ち上がり、ゆっくりとエドワードに近づくと催促するように右手を差し出した。

「代金は金じゃないもので貰おうかな」

「何?」

「ジェレミーと引き換えだ」

 それを聞いたレオンが「それは困ったねぇ」なんて呑気に呟く。

「まぁ、いいか。だったら今すぐは無理だね。後日場所を指定してもいいかな?」

 レオンの言葉を信じられるかと言えば疑問だが、今は提案に乗るしかない。

「あぁ、懐中時計もその時に持っていく」

 エドワードの様子から懐中時計を持っている事は疑っていないのか、レオンは楽し気に笑うと来た時と同様に転移魔法陣を展開した。

「じゃあ、またね」

 次の瞬間、部屋からレオンの気配が消えると、エドワードは右手を強く握り込んだ。

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