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1つ目の場(3)

 ガラスが割れると同時に、フレデリックが自分の方にジェレミーの身体を思い切り引き寄せる。そのせいで自分の手が空を切った事に気づいたレオンが「あれ?」と不思議そうな声を出す。

「まだ、動けるんだ?…あぁ、そうか。君の属性は光なんだ?」

 レオンの言う通り、闇に対抗できる光属性のフレデリックはなんとか正気を保てているが、運転手の男は既に意識がない。

「…ジェレミー…こいつは敵だ。車の周囲の闇を払えるか?」

 苦しそうな声に何とかしたいと思うものの、咄嗟に対応できるほどの訓練はしていない。躊躇うジェレミーに、レオンがいっそ優しいとさえ言える声で語りかける。

「やめた方がいいよ?君、光と闇、両方の属性持ちでしょう?力加減を間違えたら…この闇がより深くなって…そいつ、死ぬよ?そんな事をしなくても、君が一緒に来てくれるなら彼らの命は助けよう」

 その言葉にジェレミーの身体が強張ったのを感じたフレデリックが叫んだ。

「迷うな!忘れたのか、お前は『そちら側』へ行くな!」

 声と同時に掴まれた腕の力が強くなったのを感じたジェレミーが覚悟を決めたようにレオンを見る。

「…一緒には…行きません」

「ふーん…だったら力づくで連れて行こうかな」

 余裕の笑みで自分を見据えた相手を前にして、頭の中に響く声。


『君の力は僕たちにとって希望だ。そして君の力が敵に渡ればそれはすぐに絶望に変わる』


 自分がこの世界に呼ばれた理由はどうあれ、自分はここで彼らと戦うと決めたのだ。


『例え君がどこにいようと、僕たちは必ず君の味方でいると。どんな時も君を信じるから、君も僕たちを信じて欲しい』


 あの言葉を、信じる。

 自分は、絶対にこちら側でいる。

 そう、心を決めると自然と落ち着いてくる。同時にジェレミーは自分の中の魔力を解放する。周囲の闇の力を同じだけの光の力をもって打ち消すように。

(…焦るな…)

 徐々に薄くなる闇を見ていたレオンが「へぇ…やるじゃん」と感心したように呟く。

「でも、まだ未熟だね」

 にやり、と笑ったレオンのやけに赤い唇に気を取られた一瞬のことだった。

 いつの間にかレオンの手に握られていた闇を閉じ込めたような黒色の剣。それが車内に向かってなんの躊躇いもなく投げられた。

「伏せろっ…!」

 咄嗟にジェレミーをシートに引きずり倒したフレデリックの身体を剣が貫く。

「…逃…げろ…」

 倒れながら告げられた言葉にジェレミーが「置いていけるかよ」と返す。本当はわかってる。自分だけは逃げなければいけない、と。

 だがレオン相手にすんなり逃げ切れる気もしなかった。ジェレミーはせめても、とフレデリックの傷に光魔法を掛ける。

「へぇ、この状況で治癒魔法を掛けるなんて余裕だね」

 同時に車の扉のロックが外され、扉が開かれる。狭い車内だ。入り込まれれば逃げ場はない。この状態のフレデリックを連れて反対側の扉から逃げられるとも思えない。

「…何が目的だ?」

 自分の結界を破り、この車を襲撃した。そしてエドワードの店で会った時にはこんな闇魔法の使い手だとは欠片も匂わせず、旧来の友人のような素振りをして…。

「エドワードをだましていたのか?」

「人聞きの悪い。エドワードの事は今でも友人だと思っているよ?これは個人的な興味で動いているだけだから」

 個人的な興味で『場』を襲撃したとでも言うのだろうか。

 ジェレミーは怒りを込めた視線でレオンを見ると、それを受け止めていたレオンがふっと笑うような表情で意味深な言葉を投げてくる。

「ねぇ…君は世界は『在り続けなければならない』、と。本当にそう思うかい?」

 ぞくり、と背筋が粟立つ。

 目の前ではまるで舌なめずりをするように、レオンの舌先が唇を舐める。その様はまるで蛇のようだと思った。

「…少なくとも…消滅するべきだとは思わないね」

 言い返した自分にレオンはほんの少し驚いたようだった。

「やっぱり君の力が欲しいな」

 面白い事になりそうだ、と続いた言葉の意味を問うより先にレオンの右手がジェレミーの左腕を掴んだ。

「離せっ…!」

 振り払おうとした腕はより強い力で掴まれただけでなく、ジェレミーを車外へ引きずり出した。

「…ジェレミー…っ!」

 ジェレミーの光魔法でかろうじて傷が塞がっただけのフレデリックが無理に動こうとするのをレオンの攻撃が止める。

「やめろっ!」

 咄嗟にジェレミーが自分を捕まえている腕とは反対の手を掴みその動きを止める。そんな彼と目の前で荒い息を吐きながら自分を睨みつけるフレデリックにレオンが楽し気な笑みを浮かべる。

「まぁ、いいよ。どうせなら彼に君が僕の元にいることをエドワードに知らせてもらおうかな。彼の絶望に染まる表情を見られないのは残念だけど。それはまた別の機会にとっておこう」

 そう言った彼の姿と共に車の周囲の黒い霧が晴れると、ジェレミーの姿も消えていたのだった。




 レオンとジェレミーが姿を消した直後、車を見つけたエドワードとウォルターが駆け寄ってくる。そして車内で倒れてる運転手とフレデリックを見つけると救急車を手配する。

「何があった!?」

 フレデリックがここまでやられるなどただ事ではない。加えてアンティークショップの結界の破られ方を見れば、相手の力量も相当であることが見て取れる。

「…申し訳…ありません…。レオンと名乗る人物が…ジェレミーを…連れ去りました…」

「レオンが…?」

 思いもよらぬ人物の名前にエドワードが困惑する。レオンは古くからの知人であり、たまに仕事の依頼も受ける間柄ではあるが、これまでに彼が闇魔法の使い手であることを匂わせるような事は一切なかった。

 だが本当にこの状況を彼が引き起こしたというなら、自分たちから力を隠し通す事など容易かっただろう。

 エドワードはフレデリック達が病院に運ばれていくのを確認すると、ウォルターと共にアンティーク・ショップの中に入る。

 意外な事に、入口の扉部分の結界が破られている以外、店内は全く荒らされてもおらず、無くなった物もなさそうだった。

 それでも慎重に建物内を見回っていると、エドワードがある違和感に気づく。

「ウォルター、屋敷内で闇魔法の気配が残っている個所は?」

 同じ闇魔法が使える彼ならわかるのではないか、と尋ねるとウォルターが神経を集中するのがわかる。

 暫く続いた無言の時間はウォルターの溜息で破られた。

「エドワード様、懐中時計はまだ元の場所にございますか?」

「どういうこと?」

「目に見えない隠し場所を探った気配が残っています」

 つまり、相手は店内に置かれている価値のあるアンティークには目もくれず、目に見えない場所に隠されている物を狙っていたということだ。そんなもの、懐中時計以外にありえない。そしてそれが狙われたというなら、相手がレオンであるのも納得がいく。

「なるほど。レオンは懐中時計の正体を知っていて、あの日探りを入れにきた、と…」

「おそらく」

 ウォルターの同意にエドワードが苦々し気な表情を見せる。

「あの時ジェレミーを退席させておくべきだったね…」

 ジェレミーが持っていると言ったわけではないが、これだけの魔法を使えるレオンならば、あの場に懐中時計があった事に気づいていたとしてもおかしくはない。

「両方奪われなかった事が吉とでればいいんだけど」

 懐中時計も手に入れようと接触してくれればまだいい。ジェレミーの力を手に入れた事で相手の目的が達成できるような状況であれば打つ手はない。

「彼が私の言う事を覚えていれば、最悪の事態だけは避けられるはずですが…」

 ウォルターは万が一彼が手の内に落ちた時のために、ジェレミーに最後の手段として自分の身を護る術を教えてあった。

 ただ、初めての戦いで彼が敵の目を盗んで実行できるかは賭けだった。

「…そうだね。今は祈るしかないな。とりあえずこの『場』の結界を強化した後、レオンの居所を探し出す」

 そうして二人はそれぞれがやるべきことをするために動き出した。

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