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ぼくらは群青を探している  作者: 潮海璃月/神楽圭
第一部

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5.誤算(4)開示①

「ではー、赤組優勝を祝してー」

「俺青組なんですけど」

「ガタガタ抜かすな、負けたヤツは取り込んだ。赤組優勝を祝してー、カンパイ」


 貸切られた座敷の中で、カンパーイと太い声が響く。私はオレンジジュースの入ったジョッキ片手に、生まれて初めての乾杯にちょっとだけドキドキした。


「乾杯って……乾杯って、杯を乾かすって書きますよね。これって飲み干さなきゃいけないんですか……?」

「言われてみればそうだね……でも飲み干さなくていいよ。もとは杯を干すものだと思いますけど、なんで飲み干さなくてよくなったんですかね」

「知らねーよ、俺に聞くなよ」

「てか三国ちゃん乾杯したことないの? マジ普段なにやってんの? 家に引きこもってヒッデェイジメの本ばっか読んでんの?」

「読んでません」


 私、雲雀くん、桜井くんの前には、能勢さん、九十三先輩、蛍さんといういつもどおりのメンバーが座っている。見慣れた顔とはいえ、群青のNo.1からNo.3が揃い踏みなので、群青の序列を知った今となっては「よく考えれば普段生意気にしれっと喋ってる先輩達こそ灰桜高校で泣く子も黙る不良のトップなんだな」と身が引き締まらなくもない。


「三国ちゃんって焼肉とか食うの?」

「……まあ年に1回くらいは。親戚が来たときに揃ってって感じで……」

「マジかよ。んじゃ今年初か?」

「そうですね。だから注文の仕方とか何を注文するのかとか? あんまり分からないです」


 ファミレスならいつも同じものを注文すれば足りるのに、と首を捻っていると、メニューを開く能勢さんの隣で九十三先輩が「あー、大丈夫大丈夫。俺らが好きなだけ注文するし、なんなら三国ちゃんさっさと食わないとなくなるよ」妙なことを言うと思ったら、能勢さんを代表とした注文が運ばれてきた瞬間にその意味を目の当たりにした。


 とにかく焼かれた瞬間にお肉が消える。一応下座にいるのは私だし、名実ともに下っ端なのでお肉を焼くのを引き受けようとしたら「三国食えないからやめたら?」と雲雀くんに颯爽さっそうと奪い取られた。そしてそれは大正解で、網の上に載ったお肉はちょっと目を離した瞬間に消えるし「三国ちゃん食べてる?」と能勢さんが私に恵んでくれるも、私が一枚食べる間にお肉のお皿が空っぽになっている。焼いていたら食べれていない。というか、焼きながら食べてる雲雀くんと能勢さんの器用さがおかしく思えた。


 お肉争奪戦はお兄ちゃんと繰り広げていたとはいえ、それもお兄ちゃんが中学3年生になるときまで。それに、妹に対して傍若ぼうじゃく無人ぶじんなお兄ちゃんは従兄弟にはそうでないため、京くんと駿くんと揃って焼肉へ行けばそう瞬時にお肉が消えることはなかった。お兄ちゃんと同居していないこの4年間で唯一身に染みていることといえば、お兄ちゃんがいつまでも際限なくお肉を食べるだけの食欲を持っていることだけだった。


 その兄と同レベル、いやもしかしたらそれ以上の食欲を持つ人がこの場に5人。多分お店の人もいつになく速く多い注文に泣いているに違いない。いや、男子高校生の食べ放題の予約が入ったらそれくらいは覚悟しているのだろうか……。


「三国食ってんの?」

「……食べてる……」

「英凜噛みすぎなんじゃね?」

「お前は呑んでんだろ」

「焼肉は飲み物」

「死ぬぞ」

「お前チビのくせによく食うな」

「成長期止まった永人さんだって食ってんじゃん」

「お前が肉を詰まらせる呪いをかけたからな、心して食えよ」

「英凜、この皿空いたー」

「あ、うん」

「桜井くんのお世話してたら三国ちゃんが食べれないでしょ。カルビ食べた?」

「食べてます……」

「米減ってなくない? 三国ちゃんだけ小だしさ、もっと食べたら?」

「いやそんなどんぶりみたいに白米食べれないんで……」


 なんでこの人たち、そんなに喋りながら次々食べれるの……? 九十三先輩はともかく、私と大して体の太さが変わらない(ように見える)雲雀くんと桜井くんまで異常な速さで異常な量を食べている。でも急いで食べているようには見えないので、開けている口の大きさが違う……? 中学あたりから男女の体力差が明確になっていくように、食欲と容量にも明確に差がついてしまうものなのだろう……。


「てかさー、聞いて? 一昨日の夜さー、制服にラブレター入ってたんだよね」


 そして食べるのに必死なこの戦場に、九十三先輩がとんでもない話題をぶち込んできた。これが雲雀くんの話に派生しませんように……と必死に心の中で祈りを捧げる間、聞こえたらしい他のテーブルの先輩達が「マジ!?」「リレーのせいか!?」と騒ぎ立て、蛍さんが「マジかよ、悪趣味だな」と悪態を吐く。


「いやそれがさー、気付いたの夜だった、てか風呂入る前だったわけ、この意味分かる? そのラブレター『今日の放課後体育館横で待ってます』だったからさあ、普通にぶっちしたことになった」


 ああ……。でもそれはこっそり制服に仕込んだ人にも問題があるような気がした。気付かれない可能性なんていくらでも考えられただろうに……。


「……とはいえ、先輩も千載せんざい一遇いちぐうのチャンスを逃したんですね」

「センザイイチグウって何?」

「三国ちゃん、失礼なことを言った自覚ある?」

「……あ、ごめんなさい」

「俺に分からないように俺の悪口言うのやめて」

「で、でも、リレーのときの九十三先輩は恰好良いなと思いました、黙ってれば恰好いい人なんだなって!」

「だから悪口だろ」


 眉間に皺を寄せながら九十三先輩は口にお肉を放り込む。その様子を見ていて、私が3口にわけて食べるものを先輩達は1口で食べるのだと思い知った。単純計算で3倍速だ。どおりで私にはお肉が消えるように見えるはず。


「俺は? 俺もリレー走ってたじゃん?」


 もぐもぐとお肉を食べる桜井くんが雲雀くんの横からひょいと顔を出した。日に焼けてその鼻の頭は少し赤くなっている。


 そんな間抜けな顔を見ると、脳裏に刻み込んだリレーの雄姿なんて、夢幻のように掻き消えてしまいそうになる。


「……ほら、犬って走るの速いし」

「犬!」

「お前金髪だしな。ワンコだワンコ」

「金髪なんていくらでもいるじゃーん。てかリレー走ったらラブレター貰えんの? 俺貰ってないんだけど」

「帰ったら制服のポケット見てみな。マジ危ねえ、気付かないで洗濯機突っ込んだら悲劇だぜ」


 それはなんとも迷惑な話だ。というか、九十三先輩が意外と小忠実こまめなことを知った。ちゃんと洗濯機に入れる前にポケットを確認するらしい。


「んー、俺も見てるんだけどなー。なかったなー」

「雲雀とか入ってんじゃねーの? お前モテんだろ、知らねーけど」


 ……心配していた会話の流れがやってきた。警戒していたとはいえ、つい一瞬、箸を止めてしまった。気付かれないように慌てて動かし、なんなら口をお肉でふさいで、口を挟まない口実を作る。


「俺は見つけたら即捨ててるんで」


 捨てるんだ……。


「捨てんの!? なんで!?」

「急に誰もいないところに呼び出されるとか、リンチされたらどうすんですか?」


 そうか……雲雀くん達にはそういう可能性もあるのか……。ラブレターに見せかけた果たし状という……。


「まあなくはないか……」

「そういえばありましたよね、俺がラブレターにつられてほいほい行ったらリンチだった話」

「あったんですか……!?」


 お肉は飲み込んでしまったし、結構本気で恐怖体験に聞こえたせいでつい口を出してしまった。でも能勢さんはしれっと「あったよ。俺、ラブレター貰うこといくらでもあるし、まぎれ込まされたら全然気付かないって」「自慢挟んでんじゃねーよテメェのタンを焼くぞ」……やっぱり恐怖体験だ。


「それどうなったんですか……?」

「野次馬してた九十三先輩達が出てきてデッドエンド」


 ……能勢さんをリンチしようとしていた人達にとって本当に文字通りDEAD ENDだった。可哀想に。人を呪わば穴二つ……とは違う、策をろうしているときほど策にはまりやすい……というのも違う、塞翁さいおうが馬、これだ。


「んじゃ俺らが野次馬やってやるから、お前も行けよ」

「イヤですよ。告白だったらただのさらし者じゃないですか」

「いいじゃん、俺ら楽しいんだから」

「一体何のボランティア精神でそんなことを」

「でも告白だったらどうすんの? 女の子待ちぼうけで可哀想じゃない?」

「どうせ断るんだから行っても行かないでも同じ」

「えー、分かんないじゃん、めっちゃ可愛い子かもしれないじゃん。てか雲雀ってどんな子が好みなんだっけ?」


 ……無言でお肉を口に運ぶ羽目になった。雲雀くんも回答にきゅうしたらしく無言だった。その隣の桜井くんもフォローに困ったらしく無言だ。それを見た先輩達も無言になった。結果、焼肉開始1時間にして初の沈黙が生じた。


 その沈黙の意味を、私なら読み取ることはできなかっただろう。でも先輩達は私ではない。なんなら、気のせいでなければ、焼肉の煙越しに先輩達の目が怪しく光った。


「……分かった、当てる」九十三先輩がまた厄介なことを言い始めて「髪は黒」


 雲雀くんはやはり無言だった。今までになく丁寧にお肉を咀嚼そしゃくしている。


「頭が良い」能勢さんが怪しい笑みを浮かべた。


「常にすっぴん」蛍さんが悪口なのかなんなのか分からない指摘をした。


「最近はポニーテール」

「目が二重で真っ黒」

「いちいち謎知識出してきて何話してんのか分からん」

「身長160センチないくらい」

「鼻が高い」

「いつもぼーっとしてる」

「体重がー、あー、46キロくらいかな」


 順々に要素を挙げていく中、九十三先輩の目算がピンポイント過ぎて震えた。


「あとなんだろう……青組?」


 能勢さんのそれは一時的な学校行事での所属を指していて、好みも何もない。


「理屈っぽい」


 蛍さんの指摘はさっきから半分くらい悪口だ。本当にこの人は私のことを大事にしてくれているのか疑問が湧く。


「雲雀、先輩達に何か報告することはないのかなあ?」九十三先輩はやからのように恐ろしく鋭い眼光を放ち「早く言えよ、スリーサイズ当てんぞ」


 当て……られるのだろうか……私自身知らないのに……? オレンジジュースのグラスを手に呆然としている横で、やはり雲雀くんは無言だ。桜井くんも無言を貫いていたけれど、ややあってはっと我に返る。


「そういえば昨日テレビで肉の正しい焼き方をやってたんですけど――」

「親友をかばおうっていう心意気こころいきは買ってやる、だが今は黙れ」

「キャウン……」


 蛍さんにしつけられ、桜井くんは簡単に撃沈した。それでもなお雲雀くんは無言だ。


「おい雲雀、早くしろよ。上からいくぞ」

「……別に俺も知らないんで」


 雲雀くんそこじゃない! 反論すべきはそこじゃない! ぶんぶん首を横に振る私の斜め前で、九十三先輩が頬杖をつきながら「85」……まるで競売きょうばいのように数字を躊躇なく口にした。瞬間、頭の中には下着のラベルが浮かぶ。ラベルに書いてある数字は――……。


「ほーら隣で困ってる子いるよ? いいのかなぁー?」


 脅しでなく本気で当てにくるつもりだ。しかもそのあおりが最早答えだ。九十三先輩の血も涙もない一面を知った。


 じわじわと耳が熱くなってきた横で、カタリと雲雀くんが遂にはしを置く。腕を組んだ手が白くなっていて、いかに力強く握りしめられているかが分かる。


「……報告が要るとは思ってないんですけど」

「んじゃその礼儀知らずの常識改めろ。報告が要るんだよ早く吐け」

「…………付き合いました」

「え、なに? 買い物にでも付き合ったの? ちゃんと言ってくれないと分からないんだけどなあ、誰と誰が何をどうしたの?」


 能勢さんの煽りのせいか、はたまた単純にここで白状させられることによる緊張のせいか、掘りごたつの中で雲雀くんの足が小刻みに揺れている。組んだ腕の上に載った指も震えていた。


「……三国が俺の彼女だって言ってんですよ」

「死ね。間違えた、謝れ」


 九十三先輩の目はいつになく冷ややかで、射殺さんばかりだった。


「誰に何を」

「彼女がいない全人類に謝れ」

「マジかよ三国ちゃん雲雀と付き合ったの!?」


 私の後ろに座っていた山本先輩が叫んだせいで、最早私にとっては地獄となった。焼肉そっちのけで先輩達が「詳しく!」「まずは雲雀を殺せ」と喚き始めた。


「んで、三国ちゃん。詳しく話せ」


 今まで聞いたことのない命令口調だった。


「いや……詳しく話すもなにも……ない気がするんですけど……」

「あるでしょ? なんて言って告白されたのかとか」

「てかいつだよ! お前ら公開告白断固否定しただろ!」

「おい桜井逃げようとすんな、お前も関係あるだろ」

「関係なくない? 侑生と英凜の問題じゃん!」


 こっそりテーブルを離れようとしていた桜井くんは蛍さんの躾により再び捕まった。でも確かに私達の問題なので、これは桜井くんが正しい。


「てかお前知ってんだよな? お前でもいいや、三国はいつどこでなんて言って告られたんだ」

「知らない」

「知らないじゃねーだろ知ってんだろ」

「嘘吐きは舌抜いて焼いちゃうよ?」

「怖い! やだ! でも俺がバラしたら俺が侑生に殺されるじゃん!」

「、じゃ三国ちゃんが言えばいいじゃん。三国ちゃんは雲雀くんに殺されないからさ」


 非常に合理的な発想だ。こんな時は合理的な発想もお手の物な能勢さんが憎い。


「……いえ、そういう話は……雲雀くんが言うと決めたので……」

「ほお。雲雀、洗いざらい吐きな」


 まるで取調べのように、蛍さんがトントンと指でテーブルを叩いた。真っ赤になっている私と雲雀くんの前で、先輩達は怒るフリしてその顔つきはニヤニヤと楽しそうだ。こんなに楽しそうな先輩達を見たことがない。いや、しいて比較対象があるとすれば、この間体育館で私と雲雀くんの関係をいじったときだ。その時と同じくらい楽しそうにしている。


「なんて告ったんだよ、言ってみな」

「……別に普通だと思いますけど」

「雲雀くん顔真っ赤にしちゃってさあ、意外とピュアだね。ピュアついでに手は出した? 出してない?」

「出していたらお前の手を焼く」

「なんでもかんでも焼こうとするのやめてください」

「てかいーや、先に『群青の健全なる異性交遊に関する三箇条』決めようぜ。門限は夕方5時、常に15センチ以上離れろ、二人きりになるな、手を出していいのはAAAまで」

「四箇条になってますけど」

「AAAって何ですか……?」

「頭を撫でるまで」


 横柄おうへいな態度で言い放つ九十三先輩を能勢さんが「九十三先輩にもそんな可愛らしい発想できるんですね」と笑った。でも頭を撫でるのは……そもそも付き合ってるとか付き合ってないとか関係なく……。


「それは雲雀くん誰にでもやるんじゃ……」

「やんねーよ!」


 怒鳴られてしまってびっくり首をすくませると、ははーん、とでも言いたげに能勢さんが口角を吊り上げたし、蛍さんも頬杖をついたまま器用に頬をひきつらせた。


「……今のなんだよ。遠回しな惚気のろけか?」

「まあ付き合う男女なんて付き合う前からそんなもんでしょ。さっさと付き合えよって周りは思ってるもんなんですよねえ」

「つまんねー、さっさと別れろよ。三国ちゃんコイツマジで全然つまんない男だから。グラビアに欠ッ片も反応しねーから」

「それは良いところになりません?」

「つまんねーだろ!」

「俺らにとってはな」

「てかグラビアに反応しない男なんていないんだから、反応しないイコールただのムッツリ。あーやらしーやらしー。どうせ三国ちゃんにあんなことやこんなことするに決まってる」

「AAAまでだからな。頭以外を撫でたら群青が総力を挙げて潰す」

「……無理強いはしません」

「無理とかじゃねーよ手を出すんじゃねーよ。今ここで血判状けっぱんじょう作れ」


 いつの間にか桜井くんが一人でお肉を焼いて食べていることに気が付き、私もそっとお箸を持ち直した。もう最大の危難が顕在化けんざいかした後だと考えれば、この先怖いものはない。今からは何を聞かれても大丈夫だ。


「なー、なんて言ったの? なんて言ってこのカタブツ三国ちゃん口説いたの?」

「さあ……」

「おい桜井、お前知ってんだろ、早く吐け」

「俺は知らない、何も知らない。侑生が告ったってこと以外何も知らなイッテ! それはいいじゃん!」

「まあ告白は男からするべきだよね」

「えー、俺告白されてみたい」

「乙女かよ、キモチワル」

「されてみたくない? 好きな子がさあ、顔真っ赤にしてんの可愛いじゃん」

「それは別の場面でも見れるから告白じゃなくてもいいでしょ」

「はーい三国ちゃんの前でやらしー話ししないでくださーい。てかお前に好きな子とかいんの?」

「さあ?」

「てか、三国ちゃんは芳喜が好きなんだと思ってたけどなー。いいの、雲雀みたいな女顔のヤツで」

「……男女の美形っていずれも中性的な顔立ちをしているものらしいですよ」

「なに? どういう意味?」

「雲雀くんの顔をイケメンだと思ってるって話ですよ」

「……三国ちゃんキライ。ひそかに好きだったのに」


 さめざめと泣くフリをされても、九十三先輩のガタイにあまりにも似合わない副詞だった。


「ていうか、桜井くんは三国ちゃんと雲雀くんが付き合った件についてどう思ってるの?」


 …………そして、能勢さんは間違いなく確信的にその爆弾を投下した。ニコニコなんて聞こえてきそうな柔和な笑みが悪魔の笑みに見えた。やっぱりこの人には裏がある。そう確信できる発言だった。


 体育祭の日の放課後、挙動不審な私と雲雀くんが“それにまつわるなにか”を話したなんて、教室に戻った桜井くんには一目瞭然だった。元から隠す気はなかったとはいえ、私の口から桜井くんに一体何をどう説明すればいいのかと頭を悩ませていたのも束の間、雲雀くんが「明日全部説明するから」と言い放ってくれたお陰で事なきを得た。その結果、今日、お店に着く前に会った桜井くんは「色々全部把握した」と私に向かって親指を立ててみせた。


 で? という話だ。ドックドックと、私の心臓は口から飛び出そうな勢いで鼓動し始めた。雲雀くんが桜井くんにどうやって説明したのか、私は何も聞いていない。だから桜井くんがどう思っているのかも考えようがない。


「……どうって。侑生が束縛強かったら英凜可哀想だなーって思ってる」


 もぐもぐとお肉を食べながら、桜井くんはいつもどおり表情を変えず、例えばその表情の温度感は「明日雨降ったらやだなーって思ってる」なんてものと大差ない。


 一体、雲雀くんからどう説明を受けたんだ……。悶々とする私の前では「そんだけぇ? お前雲雀と三国ちゃんが付き合う意味分かってんの? 精神年齢小学生か?」当然九十三先輩がしかめっ面をした。でもちょっとだけ意地悪そうに口角は上がっている。


「雲雀と三国ちゃんがあんなことやこんなことしてもいいのかな?」

「侑生は意外とピュアだから手出さないに一票いっぴょー

「絶ッ対ない。お前本当に高校1年生か? いいか三国ちゃん、絶対に雲雀の部屋に入るな。特にベッドに近付くな」

「つか家に行くな。親がいないって言われたら帰れ」

「『群青の健全なる異性交遊に関する三箇条』にデート禁止加えよ」

「最早五箇条だし、俺と三国は何を許されるんですか、それ」

「付き合ってるっていう状態は許可する。つかあぶねーな、三国、6月までラブホの意味知らなかったからな。知らないまま雲雀と付き合ってたらマジで連れ込まれて終わってたな」

「え、三国ちゃんマジ。俺が手取り足取り腰取り教えてあげよっか」

「人の彼女にちょっかい出さないでください」

「カノジョ! 雲雀が三国ちゃんのことをカノジョ呼ばわり!」

「呼ばわりつったって事実だし」

「ほーら雲雀、口開けな。先輩が炭をあーんしてあげよう」

「……この話やめませんか」


 桜井くんの話もとんでもなかったけれど、派生した話もそれはそれでとんでもない。今の私は頭から湯気が出ていてもおかしくない。膝の上で両手を握りしめ、嵐が過ぎるのを耐えるがごとくじっと話が終わるのを待っていると「三国が真っ赤だ、やめよう」パンパンと群青の良心の蛍さんが手を叩いてくれた。


「話題を変える。この間、芳喜が1年特別科の女子を泣かせた件について」

「俺をやり玉にあげるのやめてくださいよ。あ、泣かせてないんだよ。勝手に泣いただけ」


 口先では嫌がりつつ、私の代わりに犠牲になるつもりはあってくれるのか、能勢さんは私のリアクションを確認しながら勝手に続きを口にしてくれた。でもその続く内容がクズすぎて感謝そっちのけで唖然としてしまった。というか、能勢さんが投下した爆弾を能勢さんが責任を持って撤去しただけなのでマッチポンプのようなものだ。だまされかけてしまった。


「今度は何して泣かせた? いや何したかは分かってんだよな、なんで泣くヤツと泣かないヤツがいんの?」

「そこは完全に個人の問題なんですよ。俺はちゃんと最初に話してるんですよ、あくまで俺達の関係は何でもないからって。でも理解しない子がいるんですよね」

「三国、お前は聞かなくていい。肉食え」


 頭の上に疑問符を浮かべていると一番席の遠い蛍さんからお皿にお肉を入れられた。そのくらい聞かないほうがいい話らしい。


「理解しない子がいるんですよねったって、お前が悪いだろ」

「悪くないですよ。俺は最初から説明してるし、それでいいって相手も言ってるわけで。後になって喚かれて話が違うと言いたいのはこっち」

「ねー、三国ちゃんどう思う? こういうのどう思う?」

「な……なにが……?」

「聞かなくていいつってんだろ三国、お前は黙って肉食ってろ」

「だからさあ、お互い遊びって割り切ろうねつったってこの顔だったら大体本気になるわけじゃん? そんで飽きたらポイして1回や2回ヤッたくらいで彼女面すんなって言って泣かせてるわけよ」

「……?」

「聞かせんなつってんだろ」

「イッテ! 聞かせんなとは言ってねーだろ!」

「オイ雲雀」


 九十三先輩をトングの柄で殴った後、蛍さんはカチカチとそのままトングを鳴らす。


「三国のこの有様、俺らは知ってんだからな。三国が何かを覚えたそれすなわちお前が教え込んだものであることは明らかだ。その場合『群青の健全なる異性交遊に関する三箇条』を破ったものとしてお前の小指を切って焼く」

「……絶対九十三先輩とか能勢さんが吹き込んで俺をめるやつじゃないですか」

「九十三か芳喜が教え込んだと証明できた場合はお前を許す」

「できるわけないでしょそんなこと。てか三箇条じゃなくなってますよね」

「んじゃ十箇条にしてやるからテメェの部屋の扉にでも貼っときな」

「また増えたしそんな修行僧じゃないんだから……」


 ぼやく雲雀くんに「手を出すって宣言かそれは?」蛍さんはギラリと目を光らせ「そんなことは言ってません」雲雀くんはまたぼやく。私はそっと桜井くんの様子をうかがう。でも桜井くんはなんでもないように、ともすればどこか無関心そうに、終始お肉を食べているだけだった。


 かくして予想どおり、いや予想以上に、先輩達は打ち上げの2時間を通じて雲雀くんイジメに躍起やっきになっていた。能勢さんが「大丈夫、非モテのただのひがみだから」と微笑んでいたけれど、なにがどう大丈夫なのか分からなかった。なお、まるで(というか実際)非モテなんてワードに縁がないかのような発言だったせいでその後頭部には伝票を入れるためのプラスチックのつつが飛来していた。


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