4.歯車(4)距離①
白金駅の改札を出ると、桜井くんはエスカレーター横のベンチに座っていた。
「……桜井くん、お待たせ」
「んあ。全然」
立ち上がってぐっと背伸びをした桜井くんはまた背が伸びたように見えた。でもさすがに一昨日の今日でそんなに身長は変わらないので気のせいだろう。
「ごめんね、今日付き合わせちゃって」
「ぜーんぜん。てか侑生の家行くのに付き合わせるもなにもないし。俺が行かなきゃ侑生がうちに来るだけじゃん?」
大した差はない、そんなニュアンスで話して歩き出した桜井くんの頬からは、もう一昨日の腫れは引いていた。でもさすがに切り傷はそうはいかないらしく、かさぶたになった傷痕がある。
「……桜井くんの怪我は? どう?」
「んー、そんな大したことない。俺は新庄にどっか折られそうになったわけでもないし。侑生も大したことないって言ってたけどね」
私の表情が変わってしまったのか、桜井くんは慌てたように付け加えた。そのままちょっとだけバツの悪そうな顔になる。
「……つかさあ、お見舞いとか律儀なことしなくていいよ。あれアイツが悪いんじゃん」
「……何も悪くなくない?」
「いや、悪い。新庄がさ、俺らがブラフを警戒してたって言ってたじゃん。あれその通りなんだよね」
深緋の人達がやって来た方向は参道側で、社はその反対側にあった。そして社の周囲は木が生い茂っていたので、そこから深緋の新手が来る可能性は低い。となると、基本的には、参道から社に至る道の途中に立ち塞がっておけば、深緋のメンバーが私に手を出すことはできない。桜井くんはそう説明した。
「先輩にも連絡してたんだし、俺達は最初の位置から動くべきじゃなくて、ただ向かってくる深緋の連中を殴っとけばよかったの。でも侑生、新庄の挑発に乗って、新庄のほう行っちゃったじゃん? あれで英凜がいたとこから離れたから、新庄のブラフに引っかかって、そんで隙つかれて形勢逆転して、腕やられそうになったんだよ。ね、侑生が悪いだろ」
言っていることはもっともだった。納得もできるし、あの日の建物や道、人の配置を考えれば非常に合理的というか、戦略的な意見だ。
「……桜井くんって、普段そんなこと考えながら喧嘩してるの?」
「うーん……普段はあんま気にしないけど、さすがに英凜が後ろにいたらそのくらいは考えるかなあ」
「……もし九十三先輩とかもこういうこと考えながら喧嘩してたら、もう何も信じられない」
「え、なにそれどういう意味。てかケータイあってよかったな」
カゴ巾着ごと落としてしまった携帯電話は、陽菜が拾ってくれていた。お陰で昨日にはうちに届けてくれたし「本当に無事でよかった」と散々に喚かれた。
「……そうだね。陽菜が、桜井くんと雲雀くんがいてくれてよかったねって頻りに言ってたよ」
「俺らのせいで拉致られてんだけどね?」
「まあでも、助けてくれたのも桜井くんと雲雀くんだし」
「……助けたのは侑生じゃん?」
桜井くんは頭の後ろで腕を組みながら、妙な笑みを零した。その笑みの理由は、私には分からなかった。
「……でも桜井くんがいなかったら。雲雀くんだけじゃ助からなかったよ」
「……てか、俺らのこと大丈夫なの? 男のこと怖くなってない?」
桜井くんはどこか無理矢理、主題を逸らした。ただ、実際、そこは桜井くんなら気にかけてくれるところだとは分かっていた。
「……桜井くんと雲雀くんは平気。でも群青の先輩達もきっと平気だと思う」
「そう?」
「うん、さすがに一対一とかになると桜井くんと雲雀くんくらいしか無理かもしれないけど。別に、暗がりじゃないし……突然、身近な誰かに襲われたわけでもないし。大丈夫だよ」
本当は、一昨日の光景は頭から離れなかったし、何度もフラッシュバックするし、昨晩も夢に見ていたけれど。桜井くんと雲雀くんのことが怖くないのは本当だし、きっとあの日に助けてくれた群青の先輩達のことも怖くはない。
「……あそ。そんならいいけど」
「安心と信頼の桜井と雲雀、でしょ」
美人局事件のときに、桜井くんが言った言葉だ。なんなら、桜井くんとは、偽の証拠作りのために再度ラブホテルへ入っている。それでも何も起こらなかったことの意味が、今ならちゃんと分かる。
桜井くんは頭の後ろで腕を組んだまま、さっきとは違う表情をした。
「……まーね」
でもやっぱり、その表情の内容は私には分からない。
雲雀くんの家は、桜井くんが「ボンボン」と言っていたとおり、高級住宅街にドンと構える戸建だった。うちとは地価から違うはずなのに、ガレージだけでもうちの居間と台所くらいの広さがある。しかも駅からほどよく離れた一区画をまるごと占領していた。城塞のように敷地を囲む白い塀は夏の太陽を反射していてチカチカと眩しい。
「……すごい」
「いつ見ても威圧感あるなあ、この家」
桜井くんはいつもどおりの呑気な声を出したけれど、私は手の中にある小ぢんまりとした土産を自信なく見下ろす羽目になった。でも桜井くんの手の中にあるのは今日もミセスドーナツなので勇気を貰える。
シーソー、と桜井くんがチャイムを鳴らすと、足音がして、鍵の開く音と同時に扉が開く。家にいる雲雀くんは、いつもより髪が大人しい──というか、全くセットしていなかった。なされるがままに流れている銀髪は新鮮だった。
「……本当に来たんだな」
「来るって言って来ないのはただの嘘じゃん」
「……そうだけど」
あがりな、と雲雀くんは中に入れてくれた。広々とした家に見合う、洋風の玄関だった。ただ、靴箱(と呼んでいいのかは分からないくらい立派な、でも靴箱)の上は、美的センスの欠片もない私でさえ、なにか置物でも飾ればいいのに、と思うほど妙にガランとしていた。
「あー涼し。今日マジ暑くない? 朝冷房付けるか悩んだ」
「つければいいだろ」
「もったいないじゃん。あの家、無駄に風通しいいんだもん」
通されたリビングには、優に5、6人は座れそうな広々としたソファと大きなテレビがあって、そのうえ螺旋階段まである。リビングからは見えにくいけれど、隣のダイニングもかなりの広さだ。
さすが、一区画をまるごと占領している見た目のとおり……。他人の部屋をじろじろと見るのはちょっと品がないような気もしたけれど、ついつい見てしまった。いままで訪れたことのある家で一番豪華かもしれない。といってもそんな家の数はたかが知れているけれど。
「麦茶でいいよな」
「いいよー」
「え、っていうかそういうのしなくて大丈夫。お見舞いに来たんだから……」
慌ててダイニングに行くと、雲雀くんは早速冷蔵庫を開けるわ棚からグラスを取り出すわで全く大人しくしている気配がない。でもやっぱり使っているのは右腕ばかりだ。でも利き腕だと言い訳されると何も言えない。
「……あ、あの、他人にあれこれ手を出されるのを気にしないなら、お茶くらい私が……」
「三国、客だろ」
「だからお見舞いだって……」
「なんともない」
強情に言い張るその左肩を掴みたい衝動に駆られた。でもさすがにそうはいかないので、そっと袖を引っ張る。雲雀くんは「なんだ」と言わんばかりに眉を吊り上げたけれど、別に呼んだわけではない。
「……湿布」
少しティシャツがずれて露わになった肩を見れば一目瞭然だ。雲雀くんはすぐに引っ張って直したけれどもう遅い。
「……左だろ」
「……だから?」
「利き腕じゃないから大丈夫だって言ってんだよ。すぐ治るし」
「っていうか、ちゃんと患部に貼れてるの? 肩って貼りにくいんじゃ……」
もう一度ティシャツを引っ張って見ようとしたけれど「大丈夫」と腕を引っ張られ、逃げられてしまった。強情だ。じとりと睨むように見ていると、じっとリビングのソファにうつ伏せに寝転んでこちらを見ている桜井くんに気が付いた。
「……どうしたの?」
「……俺も背中の湿布上手く貼れない」
「貼ろうか?」
「……やっぱいい」
桜井くんはポフンとソファに顔を埋めた。お陰で冷房の風に金髪が揺れる様子しか見えない。
そんな遣り取りをしている間に、雲雀くんは右手に麦茶、左手にグラスを3つ持ってしまった。重たくて左手では麦茶を持てなかったんじゃ……なんて勘繰るけれど、やっぱり雲雀くんは何も言わない。
「……雲雀くん、麦茶作ってくれてたの?」
「いや、家政婦が来て作ってる」
……斜め上の回答のせいで返事に困った。そうくるとは思わなかった。
「基本、父親が病院行ってていないから。洗濯物と、掃除と、夜の食事は家政婦が週2か週3で来てやってくれてる。別に要らないって言ってんだけど」
雲雀病院があるくらいだし、きっと雲雀くんの父方のおじいちゃんおばあちゃんは市内に住んでいるだろうけれど、おばあちゃんがご飯を作りに来るわけじゃないんだ……。そんなことを思ってしまった後で、雲雀くんが親族と微妙な関係にあることを思い出す。あまり突っ込んではいけないところだ。
「……雲雀くんも、ご飯作ったりするの?」
「まあ、適当に。土曜の昼飯とかは自分で作るし」
「土曜のお昼は家政婦さん来ないって決まってるの?」
「まあ。遊びに出てることもあるから家で食わなきゃいけないって決まってるとめんどいってことで」
「なるほど……」
そんな話をしながらソファに戻ったけれど、雲雀くんがお茶をテーブルに置く音がしても、桜井くんは起き上がろうとしなかった。うつ伏せに寝転んだまま、足をゆらゆらと揺らしている。
「……桜井くん、座れない」
「……んー」
大型犬が人間の代わりにソファに寝転んでしまっているかのようだ。実際、ふわふわと揺れる金髪を見ているとゴールデンレトリバーのように思えてくる。
ふわふわと、冷房の風に揺れている、その金髪を触ってみたい衝動に駆られてしまい、そろそろと手を伸ばした。
でも毛先に触れた瞬間に桜井くんは「ん?」と跳ね起きる。お陰でこっちも素早く手を引っ込める羽目になった。
「……いま何かした?」
「……なにも」
「……冷房かな」
ポンポン、と桜井くんは自分の頭を触る。もう触らせてくれる隙は見せてくれないだろう。こんなことなら思い切り撫でてみればよかった。
「……三国が持って来たのって水羊羹?」雲雀くんは一人掛けのソファに座り込んで私の紙袋を持っていて「冷やすほうがいい?」とまた働こうとする。桜井くんの頭撫でチャレンジなんてしている場合ではない、慌ててその手から紙袋を奪った。
「ほうが、いいと思う、けど、よければ冷蔵庫を開けて入れておきます」
「……じゃ頼んだ」
「英凜ィ、コイツ元気だから。別にそんな介護しなくていいんだよ」
「介護ってなんだよ」
冷蔵庫を開けると、整然と揃ったタッパーが目についた。その側面には付箋も貼ってあって「人参しりしり 5日」「煮込みハンバーグ 3日」など、おそらく内容と日持ちが書かれている。これが家政婦さんの作り置きだろう。
夜になると、これを温めて一人で食べるんだ……。下手にダイニングとリビングの図を知ってしまったせいで、四人掛けのダイニングテーブルの写真に、ぽつりと一人で座って食事をしている雲雀くんの姿を合成できてしまった。
その合成写真が頭に浮かんだ途端、この冷蔵庫の中身は見てはいけないものだったような気がして、パタリと扉を閉じた。リビングに戻ると、桜井くんはクッションを抱えて座り込んでいて「てか海行くのに怪我染みない?」「……海水で治んねえかな」と早速今週末の遊びの話をしている。
「つか三国、お前、海行くのか?」
「え? 行くよ、だから水着買ったし……」
急にどうしたの、と首を傾げながら桜井くんの隣に座り込むと、雲雀くんは腕を組んで少し視線を斜めに逸らした。言葉を選んでいる顔だ、これは。
「……そうじゃなくて水着」
「……怪我もしてないけど」
何の話? 首を傾げ続ける私の隣で、桜井くんは何かを察したように「あー……」と小さくぼやく。でも私が顔を向けても何も教えてくれない。
「……その程度ならいいけど」
「え、なにが」
「つか、どうせうち来てんなら能勢さんの話してくれ」
水着の話題は強制終了させられた。
ただ、その話もしておくべきなのは間違いない。桜井くんが「え、急になに」と私と雲雀くんを交互に見る。
「……えっと、何から話せばいいのか……」
「能勢さんとなんかあったの?」
「なにかあったっていうか……」
桜井くんには全く伝えていない話なので、スタート地点が悩ましい。自然と眉間に寄っていた皺を指でほぐした。
「……疑いの内容としては、能勢さんが新庄と組んでるんじゃないかって話なんだけど……」
「……能勢さんが新庄と?」桜井くんは目を丸くして「有り得なくね? 群青のNo.2で、わざわざ新庄と組む必要ある?」
「昴夜、黙って聞け。それはいわゆる動機の話だろ、そういう推論頼りの話は裏付けの後だ」
「……うん?」
桜井くんは首を捻ったけれど、雲雀くんの言うとおりだ。人の内心は推し量る以外に知る方法がないのだから、事実から固める必要がある。
「……怪しいと思ったのは、新庄しか知らないはずのことを能勢さんが知ってたから。正確には、限られた人しか知らなくて、群青の先輩達は知ってるはずがなくて、それなのに能勢さんが知ってる」
「……なにを?」
「……荒神くんが、私のことを『体が弱い』って勘違いしてるんだけど。この話、雲雀くんにはしたよね」
雲雀くんが「ああ、中学の担任が勘違いして体が弱いつったってやつな」と頷けば、桜井くんの視線が少し彷徨った。ただ、その理由は分からなかった。
「……勘違いって、どういうこと? てか勘違いってことは、体弱くないんだよな?」
「うん、全然。夏祭りの日、桜井くんにも話したでしょ、私のアンバランスな性質を両親が心配して田舎に住ませてるって。結局そのアンバランスな性質のことって──これも雲雀くんには夏休みの前に話したことだけど、精神科の医者にいわせれば“病気”の要素だったし、それを聞いた両親からすればもうそれは“病気”でしかなかったんだよね」
桜井くんの視線が緩やかに動いた。天真爛漫でなんでもありのままをそのまま受け入れるような桜井くんにとっても、ちょっとリアクションに困る話だったのだろう。
「結果、環境かストレスが問題かもって言っておばあちゃんの家に来ることになって……で、そんな両親だから中学校の先生にも“病気なので”くれぐれもよろしくみたいな言い方して、それで中学の先生が『三国さんは病気なので』みたいなアナウンスしたっていう」
「あー……」
桜井くんは納得したような、それでいて納得の声を出すのは不適切であるかのような気がして正面からそんな声を出すことはできないような、そんな微妙な声を出した。でも私の話の意図は伝わったらしく「まあ、そういうことなあ……」と頷く。
「……それで舜は英凜の体が弱いって思いこんでるってこと? ま、そうなるか、俺でもそう思うかも。でも英凜がそんな体弱いってイメージないよな。一緒に遊んでるうちに忘れそう」
「……そこなんだよね」
まったくもって、桜井くんのいうとおりだ。桜井くんの今の言葉はまさしく、「ごく自然に考えればそうなる」ということの裏付けなのだ。
「荒神くんも同じことを言ってた。それこそ荒神くんだって、いわく女子の情報に詳しいから覚えてるだけで、そうじゃなきゃ忘れてると思うって言ってたし」
「まあアイツはね、そういうこと覚えてそう。でもって舜は他人に言わねーよな、そういうこと」
そして、そこはやはり雲雀くんと桜井くんは同意見だった。つまり、荒神くんが誰かに私の『体が弱い』なんて言いふらす可能性はほぼない。
「で……この流れでそういうってことは、能勢さんは三国の『体が弱い』って勘違いしてんのか?」
「……そう。勉強会してる頃に、能勢さんに言われたの。蛍さんが私を可愛がるのはなんでだろうって話のときに『三国ちゃん、体弱いんでしょ』って」
「能勢さんと舜に接点ないしなあ、知ってるのは変っちゃ変だよな」
2人は話が早い。お陰で私の推論はどんどん2人の思考に組み込まれて行くのが分かる。
「で、他に誰が知ってんの、それ」
「……新庄」
2人の顔つきが変わった。一昨日の今日だ、もしかしたら今日その名前を出すことにはいつも以上の意味があったのかもしれない。
「……新庄はなんで知ってる」
ゆっくりと、まるで牙を剥くように、雲雀くんの低い声が訝しむ。美人局の一件のときに、私が新庄に何をされたか、黙っていたときの声音に似ていた。
「……春頃、私が新庄に拉致されたことがあったでしょ。あのとき、新庄にとっては私1人いればよかったんだけど、荒神くんが機転を利かせて一緒に来てくれたの。そのときの口実が、三国は体が弱いからついていきます、だった」
「それを舜が新庄の前で話してるってことか」
「まあ。正確には、荒神くんがそう言ったから連れてこざるを得なかったって話を新庄の仲間が新庄にしてた」
「フーン……」
桜井くんはクッションを抱えたまま、肘掛に頭を預けるようにして倒れた。
「……で、能勢さんがそれを知ってる。有り得ないよなー、新庄から聞く以外」
「……まあ東中のヤツから聞いてる可能性もなくはないが、三国に体が弱いなんてイメージねーし、具体的に心臓が弱いだのなんだの聞かされたわけでもねーのに中2の頃──2年前にチラッと聞いた、仲良くもない女子の話なんて今更誰も覚えてねーだろうし……。蛍さんとかはどうなんだ、知ってんのか」
「……少なくとも、今のところ蛍さんの口からそのワードを聞いたことはない。で、蛍さんとも中学で接点はないから知らないいはず。もし知ってるとしたら、やっぱり新庄から聞いたくらいしか有り得ないんじゃないかと……」
「ってことは永人さんと能勢さんと新庄、ここ全部グルの可能性あるのか。キッツ」
むくりと起き上がった桜井くんは、そのままズルズルとソファの上で滑り、頭を背もたれに当て、腰から下を床に投げ出す形になった。
「てか普通に考えたくないなー……永人さんが新庄と組んでるとか」
「考えにくくもあるよな。蛍さん、マジで外道と喫煙者嫌いだし。なんなら顔面至上主義者も嫌いだろ、新庄なんて役満じゃねーか」
新庄は顔面至上主義者なのだろうか……。今後も知る機会はないかもしれないけれど、一般にゲスと括られる男子が女子の顔面を気にしない可能性は低そうなので、きっとそうなのだろう。
「……じゃあ動機の話に戻るか。仮に蛍さんと新庄が組んでるとして、何の得がある」
「そこなんだよね……。最初、新庄が私を拉致したときは、桜井くんと雲雀くんを群青に入れるためっていう動機が成り立った。でも今はそれじゃ成り立たない」
「じゃあ逆に、新庄が深緋を裏切ってこっちに情報を流してる、とか。アイツが仲間になるなんてヤダけど」
……確かに、そちらの方向では考えていなかった。むしろ新庄のゲスさを考えれば、属している組織に素直に従わず、むしろコウモリのようにあっちを裏切りこっちを裏切りしているほうが納得がいく。
ただ、逆にいえば、新庄が深緋でなく群青に味方をする理由もない。それに……。
「……でも、そうだとしたら……、私を襲った理由は……?」
赤倉庫で、黙っておけば強姦なんて明るみにならないのだと、私を脅した新庄。一昨日の件だって新庄は噛んでいたはずだ。あれが両方ともハッタリだったとは思えない。
「英凜が永人さんのお気に入りってのを利用して、英凜を襲うことで群青全体を巻き込んで深緋を潰そうとしたとか。これは永人さんが新庄と組んでない前提だけど。てか、そもそも新庄の趣味って可能性もあるな。一昨日の件まで能勢さんが噛んでるかどうかって分かんないんだろ?」
桜井くんの指摘はある意味もっともだった。仮に能勢さんが新庄と組んでいるとしても、その力関係というか、能勢さんがどこまで新庄を制御できるかはまた別の話。手の組み方次第では、新庄の動きには能勢さんの指示によるものと新庄自身の判断によるものとが存在することになる。
実際、新庄がそう簡単に他人に御されるタイプには見えない。いくら能勢さんや……蛍さんがいるとしても、自分達に支障のない範囲なら好きにやっていい、程度でしか関係を持つことはできない可能性は高い。
「……新庄の独断の動きもあるのかもしれないけど、一応、一昨日の件については、能勢さんが怪しい点はある」
「というと?」
「……そもそも、一昨日の事件の発端って、深緋のメンバーが──違うか、能勢さんによれば白聖高校の人達だったわけだけど、その2人組が群青のOBを騙って、休憩所の外で陽菜に声をかけたこと、なんだよね」
私と陽菜が仲が良いことは、私の“体が弱い”話と違って、それを知ってること自体がなにかキーになるものではない。ただ、私と陽菜はセットで動いていることを前提に企むことができるのは、限られた人間だけだ。
「でも私が拉致された後、陽菜は襲われなかった。つまり最初から狙いは私だった。陽菜に声をかけたのは、もともとは私を拉致するためだった。ということは、休憩所の外にいる陽菜を見ただけで、私が傍にいるって判断できたってことになる」
「つまり、池田と三国が一緒に祭りに来てるってことをもともと知ってただろうってことか。三国の写真は出回ってんだろうし、祭りでたまたま三国を見かけて、俺らと離れる隙を狙ってたって可能性も考えられる。でも群青のOBを騙ったってことは、咄嗟にやったことじゃない、最初から群青のOBを騙って三国を騙して連れて行く予定だった」
打てば響く答えは気持ちがいい。雲雀くんの返事に「そう」と深く頷いた。
「しかも群青のOBを騙るときも、それなりに手が込んでた。当時の群青の姫の名前を出すとか、蛍さんの話をするとか、とにかく具体的な話をして信憑性を持たせようとしてた。その場で臨機応変に対応した範囲内とも考えられるけど、そこまで頭が回るようには見えなかった。準備してたって考えるほうが自然」
「で、その計画を立てることができたってことは、三国と池田がセットで夏祭りに行くことを前から知ってた……。しかも、結局未遂で終わってはいるけど、三国の拉致それ自体は目的じゃなかっただろうな。例によって狙いは俺達か群青だ」
「ちょうど同じ時間帯に駅前で永人さん達も足止めされてたって考えると、英凜の拉致とセットで考えたほうがいいよなー。俺達と永人さんが合流すると英凜が1人になる隙が少なくなるから足止めしてたんだよな、きっと」
桜井くんも、まるで別人のように頭の回転が速い。もしかしたら普段話しているときはスイッチを切っているのかもしれない。何様だという話だけれど、つい感心してしまった。
「となると、三国と池田と、ついでに俺達が4人で祭りに行くって知ってたヤツが怪しい、ってことか。俺ら4人で祭り行くって、教室で話したよな」
「そう。だから、群青の先輩達は知ってる。……それから、私は、休憩所に入る前に、九十三先輩に、メールで居場所を伝えてた」
2人は黙り込んだ。それは、群青の先輩達が私を狙いやすくなる、最も分かりやすい材料だから。




