1.邂逅(1)挨拶③
どうやら2人は仲良しらしく、式が始まるまで、そして式が始まった後もずっと何かを話していた。式の間中お喋りをしているのはその2人だけではなく、彼らを筆頭とする不良達のせいで、入学式は式どころの騒ぎではなかった。開始してものの数分で飽きてしまった彼らは、まるで運動会と勘違いしているかのように騒ぎ出し、でも教師陣はそんな有様になにも言わず……。とんだ悲惨な式だ。
「《続きまして、新入生代表挨拶。新入生代表、三国英凛》」
ただ、諦めるのは勝手だけれど、この不良達の前に立たされる私の身にもなってほしい。
「……はい」
ゆっくりと返事をすれば、少し騒ぎの種類が変わった気がした。どよめきの中に「普通科じゃない?」「間違いじゃないの」「でも三国さんでしょ」と少しの噂話も聞こえた。お陰で、ほんの少し緊張した。
きっと、挨拶は棒読みになってしまったと思う。みんなが何を感じているかなんて分かるはずもないのに、壇上から席に戻るときには、まるで好奇の目にでも晒されているような気がした。
「おう三国、お疲れ」
……それなのに、席に戻った途端、雲雀くんから労わりの言葉をかけられた。当然面食らったのに、桜井くんまで重ねて「すげーな、代表なんてかっこいいな!」と妙に緊張感のない感想をくれるものだから、もうなにがなんだか分からない。
「……ありがとう」
ただ、お陰で壇上から降りたときの冷や汗は引いていた。
入学式は、終始そんな調子だった。もう後半になると新入生の私でさえ「ああ、こんなもんなんだな」と慣れてきてしまった。これはいわば、今後この金髪銀髪と共生する高校生活の登竜門だったのだ。そう考えると、少し気持ちも楽になった。
「なあ、三国」
式が終わった後、一組から順番に教室へと誘導されるのを待っている間、雲雀くんがこちらを向いて話しかけてきた。
「そんな怯えんなよ、とって食いやしねーよ」
ギョッと硬直したのがバレたらしい。雲雀くんは横柄な態度で座ったまま、軽く肩を竦めた。
「……な、なに?」
「いや、正直、俺が一番で入れるって自信があったから。すげーなあと思って。どこ中?」
不良って本当に「お前どこ中だよ」って聞くんだ……。
「……一色東中……」
「んじゃ、舜と同じじゃね?」
桜井くんはミーアキャットのように首を伸ばして周囲を見回す。
「アイツは? どこ?」
「舜は6組だ」
「シュン」という名前を含む氏名の候補はいくつか浮かんだけれど、下手に関わり合いになりたくないので聞き返すことはしなかった。
「一色東中でもずっと1番か?」
「まあ……」
「ふーん。ま、東中だけちょっと離れてんもんな。知らねーか、そりゃ」
「侑生……。お前マジで悔しいんだな、マジでかっこ悪いからやめたほうがいいぞ」
「別にそんなんじゃねーよ」
5組の誘導が始まると、2人はお行儀よく誘導に従った。2人の隣の席だったせいで、2人の後ろにぴたりとついていったのだけれど……、私の後ろには1メートルくらいの間隔が空いていた。しかも「噂、マジだったんだな、2人とも灰桜高校に来るとか」「しかもよりによって揃って5組かよ……」「マジ最悪だ、殺されるより先に死にたい」と念仏のごとくボソボソと嘆きの声が聞こえる。
「英凛! 英凛!」
そんな中、後ろから腕を引っ張られ、2人の背中から離された。驚いて振り返ると、そこには、中学の間にすっかり見慣れた顔がある。
「……陽菜、5組だったの?」
「そーだよ! てか英凛が5組のほうがびっくりした!」
陽菜はボブを揺らしながら「てか連絡しろよお、普通科とか思わないし!」と私の背中を勢いよく叩いた。
「……ごめん、陽菜も普通科と思わなかったし」
「あたしの成績で特別科に入れるわけねーだろ! 余裕で普通科だわ、多分入試の数学2点とかだし」
はっきりした顔立ちのとおり、陽菜はサバけた性格で、半分男みたいな喋り方をする。
「てか……やばくね? うちのクラス、桜井と雲雀がいるんでしょ?」
「あー……あの2人」
「……え、マジ?」
どうやら陽菜は2人と私を結び付けてはいなかったようだ。それどころか、桜井くんと雲雀くんのことは知っていても顔は知らなかったらしく「超イケメンじゃん!」と後ろから見える限りの横顔に小さな声で歓喜した。
「ヤバ! 金髪が桜井だよね? ってことは銀髪が雲雀か。可愛い系の桜井かカッコいい系の雲雀か……。雲雀かなあ!」
キャーッとでも聞こえてきそうな声音だった。陽菜は自他ともに認めるメンクイだ。
「……桜井くんと雲雀くんって有名なんだね」
「はーっ? お前マジそういうとこだよ、桜井と雲雀知らないとか有り得ないから!」
みんなが知っていることは陽菜に聞けば事足りる。中学のときから変わらずそんなことを思いながら「あの2人はさあ」と陽菜が教えてくれる情報を頭に入れる準備をした。
2人とも一色西中学の出身。桜井くんは入学したその日に3年生を蹴っ飛ばして舎弟にし、雲雀くんはその次の日にカツアゲしてきた3年生を返り討ちにしてこれまた舎弟にした。当時から2人でつるんでいて、2人が通った後は死屍累々どころかぺんぺん草も生えないほどの焼け野原になる、そんなことからついたあだ名が“西の死神”。お陰で当時から高校生にさえ恐れられていて、逆に高校生の不良達はこぞって2人を手に入れようと躍起になっていた――敵に回すと厄介だから。
「高校生の不良……って?」
「お前マジで何も知らねーよな。本当に生活してんの?」
校舎に入りながら、陽菜は呆れ声で階段を指さす。一階には三年生、二階には二年生の教室がそれぞれある。
「灰桜高校ってさ、ブルー・フロックがいるじゃん?」
「カエルでも飼ってるの?」
「いやそうじゃねーよ、『群青』って書いてブルー・フロックって読む、不良がいんだよ」
頭上にはたくさんの「?」が浮かんだ。不良って、コンビニの前にたむろして煙草を吸ってる人とか、高架下で座り込んでジュースを飲んでる人を指すんじゃないのか。陽菜の口ぶりだと集団のように聞こえる。理解したのはフロッグではなく群れだということだけだ。
「ま、英凜は縁がないから知らないか」
まるで自分は縁があるような口ぶりで、陽菜は説明を続ける。
「ほら、中学のときもさ、相沢がリーダーぽいなってグループとかあったじゃん?」
「サッカー部の集まりなんだと思ってた」
「ま、みんなサッカー部だったけど。で、後輩もみんな相沢の名前は知ってたじゃん。相沢に目つけられたらヤバイとかさ。あれのもっと強いバージョンがあるんだよ、それがブルー・フロック」
説明が下手だった。お陰で頭の中で必死に想像を膨らませる羽目になる。サッカー部キャプテンの相沢くん、クラスでいじめがあるとしたら大体主犯格だった相沢くん……。ただ「いつもつるんでる集団」ではなく、たとえるならヤクザのように「相沢組」と名乗り、なおかつそれが自称でなく周囲にも認識されている。相沢くん自身が組長で後輩は部下……なるほど、これか。
「ま、あたしら女子だからあんま関係ないんだけどさ、灰桜高校はブルー・フロックって不良が仕切ってるんだよ」
「仕切ってるとどうなるの?」
「逆らっちゃだめなんだよ。噂だとさ、カツアゲとかしてたらぶん殴られるんだって」
自警団かな? 首を傾げたけれど、「組」だと考えると少し分かる。小説で読んだことがある、ヤクザにも決まりがあって、例えば覚醒剤の取扱いは禁止されているとか。それに違反して売買に手を出す若輩者は容赦ない制裁を与えられるのだ。同じように、そのブルー・フロックはカツアゲを禁止してるのだろう。
フィクションかな? さらに首を傾げる横で、陽菜は「そんでえ、他校の連中と喧嘩したりするんだよ」と説明してくれた。どうやら不良集団というものは、学校で偉そうにふんぞり返り、ついでに他校の不良集団と何かにつけて衝突し、喧嘩になると、まずは拳を出すものらしい。そして拳を出す以上、腕に覚えのある後輩を仲間にしたがる。その論理は繋がるとして、「喧嘩が強い」という謎概念を知った。
「だから、マジであの2人はイケメンだけどマジで見るだけにしたほうがいい。これマジ」
もう何回か話した……というのは黙っておいた。
陽菜は「でもなー、マジで顔がダントツなんだよなー」と後ろを振り向き、これから1年クラスメイトとなる男子達を見ながら残念そうに嘆いた。確かに、あの2人の顔の整い方はクラスで群を抜いている。
「つか、英凛、マジでなんで普通科? お前の成績なら普通に余裕に特別科でいいじゃん」
そういえば、桜井くんと雲雀くんは、なんで私が普通科なのか聞かなかったな。
そんなことを考えてぼんやりしていると、陽菜は「やっぱ、あれが原因?」と声を潜めた。
「その、病気のせいで、特別科の課外授業とかキツイ感じ?」
療養のために3年前に一色市に引っ越してきたのだと、陽菜は知っている。というか、中学生のときに担任の先生がみんなに伝えたので、陽菜に限らず、中学の同級生は知っていてもおかしくない。ちなみに陽菜は「掃除当番キツイときとか言えよ!」と、必要な療養の内容もなにも聞かずに、男前にそれだけを申し出てくれた。ちなみに体が弱いとかではないので「そういうのじゃないから大丈夫」と返事をした。
「……そんな感じ」
「そっかー。ま、逆にいんじゃない、普通科と特別科ってテストも違うらしいし。英凛なら余裕でぶっちぎりの1番じゃん」
「……どうだろ」
「そうじゃない? だって代表挨拶してんだから」
つい、雲雀くんを見た。銀髪、ピアスに丈の短い学ラン。人を見た目で判断してはいけないとは言うけれど、あの見た目で頭が良いなんて信じられない。ただ、頭が良いというのは桜井くんが言ってるだけだし、成績表を見せられたわけでもないし、桜井くんによる相対的・主観的な評価の問題かもしれない。とりあえずはそう納得した。