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1.邂逅(1)挨拶②

 体育館内では、向かって左側に特別科、右側に普通科が着席させられていた。左側はしんと静まり返っているのに、右側は椅子の周辺に立って喋っている子が多い。でも大体想像どおりだ。


 自由と無秩序は大体同じ意味、というわけだ。保護者席に向かうおばあちゃんに手を振り、少し緊張しながら近づく。最後列の端のパイプ椅子の背に「新入生代表」と貼られているのが見えていた。自由席だとどこに座ればいいか分からないから、これだけはありがたい。


「でさー、俺は言ってやったわけよ、文句あんなら金持ってきてから言えよって」


 そう思ったのに、聞こえてきた話に戦慄した。


 私の席の隣に座っている男子は、椅子の背に腕をのせながら、武勇伝でも語るように偉そうな態度だった。それを囲む男子も、列からはみ出たパイプ椅子に座り、またその隣に立ち、楽しそうな笑みを浮かべている。


「カワイソーだな、ないから言ってんだろ」

「いやないとかじゃないじゃん、持ってくるんだって」

「哲学的ィ」


 ギャハハと明るい笑い声で、恐喝きょうかつの犯行告白をしている……。


 あれ、なにか、間違えたかな。背中がぐっしょり濡れるほど、冷や汗が浮かんでいた。もちろん分かっていた、普通科のほうが不真面目な生徒が多いと。でもそれはあくまで相対的な問題で……どちらかというと、特別科は課外授業だの研究授業だのがあって、普通科にはそれがないという、普通科は「誰でも受け入れる裾野が広いコース」くらいに思っていた。


 でも違った……犯罪集団がいた……。呆然と立ち尽くす。


「オイ、どけよ」

「ひっ」


 しかも後ろから脅された! 怯えて振り返り――その銀色の髪に、唖然とした。


 銀……、銀色って……ありなんだ、そういうものなんだ。続いて納得してしまったのは、その男子の顔がびっくりするほど綺麗だったからだ。まるで漫画の登場人物みたいに、左右対称に整った顔で、すごく美人だった。男子だけれど。ワックスかなにかでセットされたその髪には、まるでチャームポイントのように赤いヘアピンが止まっている。そして耳にはこれでもかというくらいピアスがくっついていた。


 呆然とする私の後ろでは、パイプ椅子が乱暴に揺れる音がした。


「なんだあ、コイツ……」

「しっ、雲雀ひばりだよ。目つけられたら厄介だ」


 小声と一緒に、恐喝集団が椅子を離れる。鳥の名前の狼は、私を素通りし、これまた乱暴にパイプ椅子に腰かけた。まるで下手くそな人がやるマインスイーパのように、彼の周りはぽっかりと席が空いた。


侑生ゆうき、おはよー」


 その空白が埋まったかと思えば――今度は金髪だ。金髪がやってきた衝撃に耐えられず、パイプ椅子はガタガタッと揺れる。2人は友達に見えたけれど、銀髪は金髪を見るなりしかめっ面をした。「侑生」と呼ばれた銀髪はその金髪を振り返って「昴夜こうや、お前なあ……」と呆れた声を出した。


「お前、12時半に校門つったろ。何してたんだ」

「え、来なかったのはお前じゃん、忘れてんじゃねーよ」

「何言ってんだバーカ。お前いなかったじゃねーかよ」

「いたじゃん! 侑生が来なかったせいで上級生に絡まれて大変だったんだぞ! 見てこの汚れ! 新品なのに!」

「……お前、裏門にいたんじゃねーの」

「裏門?」

「……裏門で騒ぎがあったって話してる連中がいた。お前じゃねーの」

「……待ち合わせしてたの、グラウンド側だよな?」

「バカ、校舎の前が正門に決まってんだろ」


 2人の話には決着がつき、金髪は椅子の上で胡坐あぐらをかきながら「なんだよー、待ち合わせ場所じゃないって分かってたら相手にしなかったよ。お前が来ると思ったから場所取りしてたのにさ」と、少し冗談めかしたような口調で言った。

 そんな2人の会話を盗み聞きしているうちに、5組の座席は着々と埋まりつつあった。でも私の席は端と決まっているので(多分壇上にあがるときに列を抜けやすいからだと思う)、他のみんなと違って選べるわけではなく、急いで着席する必要はない。


 それになにより、私の席は、あの金髪の隣だし。なんならあの銀髪がいま座ってる席だし。


 最悪だった。到着した順に自由着席の入学式で、なぜよりによって金髪の男子の隣に座り、しかも座るためには銀髪の男子を押しのけなければならないのか。急いで着席する必要はないどころか最大限遅れて着席したい気持ちでいっぱいになった。とんだ苦行と試練だ。今すぐ回れ右してこの場から逃げ出してしまいたい。

 が、当然、そういうわけにもいかない。ただの入学式ならそれで済むのに、代表挨拶なんて苦々しい役割のせいでこの有様だ。式に参加する先生達もこちらを見始めた。当然だ、パイプ椅子から少し離れたところで新入生が立ち止まっているとしたら理由はひとつ「あの子、どこに座ればいいか分からないんじゃないかしら?」……そうささやかれているのが聞こえるようだった。初日から先生にそんな変な子扱いされるなんて、まっぴらごめんだった。

 意を決して、ゆっくりと金髪と銀髪に近づいた。


「……あのう」


 今生こんじょうの勇気を振り絞ったと思う。セットになってぎゃあぎゃあ喋っている金髪と銀髪に、横から口を挟んだのだ。後にも先にも、こんなにも勇気を振り絞ったことはなかったと、その時には思った。後から、そんなのへでもないほどの恐ろしいイベントにことあるごとに巻き込まれていくことになるなんて知らなかったから。


 金髪も銀髪も、揃って振り向いた。第一印象のとおり、銀髪のほうはまるで狼みたいに鋭い目つきと高い鼻だったし、金髪のほうは女子顔負けのぱっちりした目と通った鼻筋で、どことなく子供っぽいのにどことなく精悍せいかんな顔つきをしていた。


 2人とも、有象無象うぞうむぞうの他の男子とは違って、きれいな顔立ちだった。しかも、思春期の悩みってそれ都市伝説でしょとでも聞こえてきそうなほど、白くてつるつるの綺麗な肌。色素の薄い髪色も、そんな綺麗な顔と肌なら許せてしまう気がした。


 なんてことを冷静に考えていたのは、ただの現実逃避だ。内心はこの不良2人組に「あァン!? 俺らが喋ってんのに口挟んでんじゃねえよ!」とどやされでもするのではないかと、よくて殴られて終わりなのではないかと、そんな妄想でいっぱいだった。首から背中までびっしゃりと冷や汗で濡れていた。新品の制服は早速クリーニングに出す必要があるかもしれない。


 先に口を開いたのは、銀髪のほうだった。その口が開かれた瞬間、ぎゅっと拳を握りしめる。


「席なら自由だぞ」


 ……怒られなかった。なんなら、まるで困っている私を助けるようなセリフに、少し面食らった。おそるおそる、彼の座席の裏に貼られた紙を指す。


「……そこだけ、指定なので……」

「あ?」


 怖い……。唸るような声に首を竦めたけれど……銀髪の男子は身を乗り出してその張り紙を見た。いろんな人に存在を無視されていたせいでしわくちゃだ。


「……じゃ、ここ、お前の席か?」


 銀髪は立ち上がり、すぐに私の席を空けて、なんなら金髪の男子を1つ隣に追いやった。


「なんの代表者?」

「……式の、挨拶」


 途端、銀髪のその人の目は、まんまるく、まさしく狼のごとく見開かれた。


「じゃ、1番で入ったのお前か」

「……たぶん」


 なぜ、不良がそんなことを気にするのだろう。現に、他の5組の人達は、声は聞こえているはずなのに何のリアクションもとらなかった。


 というか、この金髪と銀髪のコンビが現れて以来、まるで全員一斉に借りてきた猫のように大人しくなっている。もしかしたら、この2人は不良の中でもかなり悪い方向に有名なのかもしれない。


「えー、ださっ。侑生、試験終わった後は絶対自分が1番だって言ってたのに」

「うるせーな」


 ……インテリヤンキー? かなり悪い方向に有名なのかと思ったけど、もしかして頭脳派で有名なのだろうか。状況も立場も忘れて思わず首を傾げてしまった。


「でもコイツ、マジで頭いーんだぜ。多分コイツに勝ったの──えっと、誰だっけ」

「……三国みくにです」

「ほーん。なるほど、三国な、三国。座れば?」


 ……おそるおそる座り込んだ。銀髪が、まるで獲物を品定めするようにじろじろと見てくるのに対し、金髪はまるで犬が飼い主でも見るかのような人懐っこそうな顔で私を覗き込んだ。


「俺、桜井さくらい昴夜こうや。よろしくな、三国」

「……よろしく……」

「あ、こっちは雲雀ひばり侑生ゆうき。多分お前に負けたから拗ねてんだ」

「拗ねてねーよ。テメェはビリのくせによく言うよな」

「ビリって決まってねーよ! ……多分ビリだけど」

「ほらみろ」

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