1.邂逅(1)挨拶①
「英凜ちゃんは紺色がよう似合うね」
入学式の日、新品のセーラー服を見て、おばあちゃんがそんなことを言った。
灰桜高校のセーラー服は、紺色に臙脂のラインが入り、そのラインと同じ色のスカーフを結ぶ、ごくごくありふれたセーラー服だ。しいていうなら、胸に桜の模様が入っているけれど、校章が入っているという意味ではやはりありふれたセーラー服であることに変わりはない。そして、一応、ここ近辺では一番可愛い制服らしいけれど、私にはそれがよく分からない。いや、可愛くないというつもりはないのだけれど、近辺で一番というほどかといわれると、迷いなく首を縦に振るほどではない。
そうやって首を捻る私の後ろで、おばあちゃんはせっせと荷物を準備していた。私が代表挨拶をするからと張り切っているのだ。お陰で荷物の中にはオペラグラスがある。
「……おばあちゃん、別に代表挨拶っていっても、決まった文章読むだけなんだから。そんなじろじろ見ないでよ」
「なにを言っとるかね、立派なことなのに」
代表挨拶の内容はあらかじめ決められている。でも、生の原稿を代表者が提出するのが毎年の習わしらしい。だから「毛筆で書いて提出してください」というお知らせを見た瞬間、私はおばあちゃんにパスした。おばあちゃんは鉛筆よりも筆を握って生きてきた世代だから。最初は「自分で書きなさい」と言われたけれど、おばあちゃんとしても孫の入学式の挨拶文の代筆は嬉しかったらしく、最終的には意気揚々と書いてくれた。ちなみに草書で書かれてしまったので、原稿を覚える羽目になった。
「なんか、すごく張り切ってるみたい」
「おばあちゃんも張り切っとるよ。英凜ちゃんの、人生に一回だけの高校の入学式やからね」
そんなこと言ったら人生なんでもそうだよ、と言いたかったけれど、おばあちゃんと話がかみ合う気はしないので黙っておいた。
灰桜高校までは、バスと電車とバスを乗り継ぐ。私一人ならバスと電車、なんなら電車だけで済む距離だ。
校門に着くと、おばあちゃんは「ほら、英凜ちゃん」と私の反応も待たずに手を引っ張る。校門の柱前には、記念撮影の同級生が列をなしていた。
「みんな、大事な日やけんね。はよう来てよかったね」
「……そうだね」
私は写真が好きではない。気乗りしないまま、でもおばあちゃんを無下にすることはできずに、校門の向こう側に視線を向けて時間を潰す。見えるのは、制服に着られた新入生と、それを早速着崩した新入生の二種類だ。
私立灰桜高校、通称〝ハイコー〟。多分、灰高と廃校をかけているんだと思う。その通称のとおり、灰桜高校は廃校寸前といっても過言でないほど、荒れ狂った高校だったらしい。でもそれはもう数年前までの話らしくて、経営者が交代して色々改革を行い、勉強のできる生徒とそうでない生徒とを選り分け、いまは玉石混交の状態だ。
具体的には、いまの灰桜高校は特別科と普通科に分かれていて、特別科・普通科間ではクラス替えもないし、校舎も別々だ。同じ空間にいるのにお互いに交わることはない。頭にはねじれの位置にある直線が浮かんだ。
写真を何枚も撮られた後、おばあちゃんを引っ張って体育館へ向かう。受付の先輩は真面目そうだから、きっと特別科だ。
「……一年五組、三国英凜です」
「はい、三国さん、三国さん……」
愛想よく笑ってくれながら、知らない女の先輩が名簿内を探す。
「下のほうです」
「あ、はい」
上から動くペン先を見て補足すると、ちょっと変な反応をされた。また間違えた。でも反省する前に、ペン先が止まる。
「……三国、英凜さん?」
「そうです」
先輩が「ね、三国英凜さんなんだけど……」と隣の人に耳打ちした。二人で名簿を覗き込み「あ、あるじゃん」「いやあるんだけどさ……」と内緒話をする。
「でも間違ってないんじゃん? 言われなかったっけ?」
「えー聞いてない」
「聞けよお。てか聞こえるって、ほら」
小突かれて、ようやく先輩は新入生用のリボンを差し出してくれた。箱の中に山積みになっているリボンとは別の、私だけのためのリボンだ。
「代表挨拶、おめでとうございます」
「……ありがとうございます」
まさか、リボンに「新入生代表」と書かれているとは。目立つのは嫌いなのに。
「ほら英凜ちゃん、こっち向きなさい。おばあちゃんがつけてあげよう」
「いいよ、自分でつけられるよ」
歩きながら無造作に胸につける。ほらね、というつもりでおばあちゃんを見たのだけれど「斜めになっとろうね」と立ち止まって直された。自分では分からなかった。
ブクマ、いいねありがとうございました!
2023/06/21 文章の重複があることを発見し修正しました。ワードの履歴付きで直したものを掲載したせいだと思うので、ところどころあるんだろうな……。




