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ぼくらは群青を探している  作者: 潮海璃月/神楽圭
第一部

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2.群青(1)平穏②

 自分の上に馬乗りになる、新庄の顔が再生される。


『続きはまた今度ねえ』


 悲鳴を上げようとしても、声帯を失ってしまったかのように、声がでない。叫ぼうとしても叫べない。声が出ないと助けを呼べないのに、大きな声を上げないと、桜井くんが気付いてくれないのに――。


 ……ハッ、と目を開けた。

 視界には見慣れた畳と縁側が広がっている。外は暗く、何時なのか分からなかった。

 手を伸ばして目覚まし時計を掴むと、時刻は9時半……。

 学校に行かなきゃいけなかった気がする。今日は何曜日だっけ。……土曜日だ。……学校は休みだ。

 はあー、と布団の中で溜息が広がる。途端に温かさを感じたので、今日は気温が低いのだと分かった。


 新庄に拉致されたのは、2日前。2日前の夜は、頭の中でずっと新庄の顔とセリフがぐるぐると回っていて寝れなかった。逆に、そのお陰で昨日は寝ることができた。……といっても一時間くらいは寝付けずにいた気がするけれど。


 続きはまた今度……。あんな予告をされなければ、夢にまで見ずに済んだかもしれないのに。わざわざ大掛かりな儀式なんてなくても、言葉だけでも人を呪うなんて簡単なことなんだ。布団の中に埋もれたまま、そんなことを考えた。


 それにしても、家の中の音がしない。起きて居間へ行ったけれど、おばあちゃんの気配はなかった。台所、トイレ、仏間と順々に顔を覗かせたけれどいない。勝手口から顔を出すと、自転車がなかったから、買い物にでも行ったのだろう。


「いい加減、自転車乗るのやめなよって言ってるのに……」


 ブツブツと呟きながら寝間着を着替える。朝ごはんを食べようか悩んだけど、そろそろ10時になるのでお昼を待つことにした。


 そのままごろりとこたつで寝転んでいると、ガラガラと玄関の引き戸の音がした。顔を向ければ障子しょうじにはおばあちゃんのシルエットが映ったので「おばあちゃん……」とつい呆れ声になる。。


「また自転車で行ったでしょ。危ないからやめてって言ってるのに──」


 そして、開いた障子しょうじの向こう側にいたおばあちゃんの、その後ろから現れた桜井くんを見て口をつぐんだ。


「……え」

「…………」

「桜井くん、ほら入り」


 おばあちゃんはなんの説明もせずに居間にあがる。桜井くんは買い物袋を両手に持って立ち尽くしていた。私だって、いつものように掘りごたつから上半身だけもぐらのように出たまま固まっていた。


「桜井くん、お茶を入れんとね。座っとき」

「え、あ、ううん、大丈夫、です、つか手伝います」


 呆然とした私の前を、ガサガサと買い物袋の音をさせながら、桜井くんの足が通過する。台所からは「ほら、おいしそうなおまんじゅうでしょう」「……そうですね!」なんて聞こえてくる。


 状況が読めずに呆然とし続けていると「三国」と台所から桜井くんが顔だけ覗かせて、ちょっとだけ気まずそうに視線を泳がせた。


「上、なんか着て」


 そこで自分がキャミソール姿だったと思い出し、慌ててこたつから飛び出た。お陰で読んでいた本を蹴っ飛ばした。


 部屋に戻ってティシャツを被り、鏡の前で目を白黒させる。髪がくしゃくしゃであることにも気付いて慌ててぐしで整えた。


「……なに?」


 一体何が起こっているのか、さっぱり分からなかった。


 居間に戻ると、いつも私とおばあちゃんしかいない掘りごたつの前に桜井くんが座っていた。机の上にはご丁寧に急須きゅうすと湯呑とおまんじゅうが人数分並んでいる。夢でもなければ幻でもないらしい。


 本当に一体何事だ……と呆然としながら座ると「桜井くんがねえ、助けてくれたのよ」とおばあちゃんだけがいつもの調子で話し始めた。


「いや助けたとかそこまでじゃ……」


 桜井くんは湯呑のお茶をすすりながら歯切れ悪く返事をする。ほんのりとその頬は赤い。


「修学旅行で来とる子がねえ、電話したいからお金を貸してくれってねえ、そりゃ貸してあげんとって思ってお財布出そうとしてねえ」

「……修学旅行中に家に電話したい子なんている?」

「俺もそう思ったんだよ……」


 桜井くんは神妙しんみょうな面持ちで頷いた。お陰で状況が把握できた、自称修学旅行生がおばあちゃんにお財布を出させようとしていたところを桜井くんが助けてくれたのだろう。おばあちゃんは「そうかねえ……」と首を傾げているので、きっとカツアゲ被害に遭っていた自覚がなかったのだろう。


「……ありがと、桜井くん。助かった」

「いやだからえっと……」

「それにしても、桜井くんちゃ、本当に可愛い顔をしとるねえ」

「あ、よく言われます」


 おばあちゃんを助けたことについて妙に恥ずかしがるかと思えば、この有様だ。桜井くんの辞書に謙遜けんそんの文字はない。それどころか緊張も解けたらしく、もぐもぐとおまんじゅうを頬張って「これおいしい!」と多分素で口にした。


「あ、でも本当はカッコイイ顔って言われたかったなって」

「そうじゃね、男の子に可愛いって言っちゃいけんね。カッコイイって言わんとね」

「まあ侑生が女顔なんでいいんですけどね!」

「雲雀くんだよ。ほら、雲雀病院の」

「ああ、若先生の息子さんかね。そりゃあ、若先生がハンサムやからねえ、息子さんもハンサムじゃろ」

「いやー、ばあちゃん、あれは美人だよ」

「桜井くん、雲雀くんにバレたら殴られるよ」


 つい1ヶ月と少し前に雲雀くんの女顔をからかった3年生が鼻血を出していたことを思い出してしまった。というか、桜井くんはこの間も雲雀くんをからかってひっくり返ったばかりでは。


「でも、桜井くんは顔がねえ、はきっとしとるからねえ。きっと大人になったらハンサムになるよ」

「あー、そうなのかな。だったら、そこは母さんに感謝かな」

「お母さん似なの?」


 もともとおじいさんと2人暮らしで今は1人暮らしと聞いていたし、桜井くんの口から父親の存在をにおわせる話は聞いても母親の話は聞いたことがない。そんなことを思い出しながらごく自然に口にしただけだったのだけれど。


「母さん似つーかイギリス人の遺伝子?」

「は?」


 あまりにも唐突過ぎる情報に素っ頓狂とんきょうな声が出た。なんなら危うくお茶を吹くところだった。


「え……なに?」

「あれ、言ったことないんだっけ? 俺、母さんイギリス人だよ。ハーフ」

「はあ!?」


 再び素っ頓狂な声が、しかも最大限のボリュームで出てしまった。桜井くんは「おお、三国がおっきい声だした……」なんて、まるで大した情報ではないかのような態度だ。


「え、いや、待って。え、じゃあなに、この髪地毛!? 本物のブロンド!?」きらきらの金髪を指差す。


「え、いやこれは染めてるんだけど」桜井くんはすっとぼけたまま「もともとはもっと暗い。ライトブラウンって感じ。ほら根っことかそうじゃん」


 ほらほら、と髪を引っ張ってみせるのでつい覗き込むと、確かに根元は金ではなかった。ただ黒くはないし、なんならライトブラウンというより栗色に近い気がした。


 ただ、だから「へえー、そうなんだ」なんて納得できる話ではない。桜井くんがハーフなんて、寝耳に水だ。雲雀くんも荒神くんも、そんなことは一言も言ってなかったのに。


「……え、なに? ハーフとかなに? 急にそんなこと言われてもついていけないんですけど……」

「なにって言われても。あー、顔はね、父さん側の遺伝子がちょっと強かったよね。お陰でハーフとかなんとかって言われることないもん。だから全然気づかれない」

「……いやいやいや」


 あまりにも衝撃的な事実のせいでどう相槌を打てばいいのか分からなかった。別に、ハーフだということ自体はそれほど珍しくないし、それを聞いたからといって態度が変わるわけでもないのだけれど……、ただこの2ヶ月弱の間に知らなかった話なので頭がついていかない。


 とはいえ、聞いた途端に桜井くんのパーツに西欧の遺伝子の気配を感じ始めた。女子顔負けのぱっちり目くらいは認識していたけれど、よく見れば長いまつげはくりんと持ち上がっている。瞳の色だって明るい茶色だ。眉間の彫の深さも、ただ顔が濃いのではなく、正真正銘白人のもの……。


「……雲雀くんもハーフとかなんて言わないよね?」

「いやアイツは全然、圧倒的な日本人。でもアイツのほうが背高いんだよな、もうすぐ俺が追い抜くはずなんだけど」


 むむっと桜井くんは唇をへの字に曲げてみせた。確かに鼻も高い……。


「……言われてみれば身長……」

「だからね、これは伸びるの! いま父親側の遺伝子使い切ったところ! もうすぐ母親の遺伝子が元気になる!」


 まったく意味が分からなかったけれど、桜井くんがそう言うのならそれでいい気がした。おばあちゃんは「男の子はあとから伸びるからねえ、隣のノボルちゃんだって中学生までこんなに小さくて、あら女の子かしらって思いよったけどねえ、高校生になってから背が伸びて」なんて与太話よたばなしのような慰め話をしている。


「……ていうかおばあちゃん、今日は斉藤さんとご飯食べるんじゃなかったの」

「……あらっこりゃいけん。はよう準備せんと」


 ゆっくりと、ただ気持ち急いでおばあちゃんは立ち上がる。桜井くんはもぐもぐとおまんじゅうを食べる口を動かし続け、やがて一気に流し込むように湯呑ゆのみを傾けた。


「……じゃあ俺も――」

「桜井くん、おばあちゃんはもうすぐ出るからね、ゆっくりしていきなさいね」


 まるで逃がすまいとするかのように、おばあちゃんが先手を打った。桜井くんはおまんじゅうを呑んだ後の顔のまま、ぱちぱちと何度かまばたきし、助けを求めるように私を見る。そりゃそうだ、急に知らないおばあちゃんに連れて行かれたかと思えばおまんじゅうを食べさせられるし、家にはクラスメイトがいるし、挙句の果てに連れてきた本人はいなくなろうとするし。


「……桜井くん、別に気にしないで。おばあちゃん、あと1時間くらいで出るから」

「……三国のばーちゃん、三国に似てんな」

「今までの流れでどこが?」

「え、なんかこう、人の話聞かないで自分の世界で話進んでるところ?」

「私そんなんじゃないじゃん!」


 今までそういう風に見られていたなんて、ショックだ。というか、能天気な桜井くんがこれなのだ、雲雀くんにも同じようなことを思われているかもしれない。


「えー、そんなんだよ。侑生も言ってたし」

「言ってたの!?」

「なんか頭の回転早いのにボケーッとしてんなって」


 まさしくその頭を金づちでガンガン叩かれている気がした。クラスの仲が良い男子にそんな風に見られてたなんて知りたくなかった。


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