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1.邂逅(5)選択②

 その昼休み、2人は珍しく外に出て行こうとしなかった。陽菜は少し警戒しながら私の席の前に座ったものの、2人が「でさー、なんか新しい小麦? かなんかを使うからクッキー生地がサクサクになってて。店長とめっちゃウマ!って言いながら食った」「太るぞ」「そう、あのクッキー生地ってめっちゃカロリー高いんだよな」とまるで女子のような話をする様子にその大きな目をぱちくりさせる。


「あの2人、いつもあんな話してんの? かわいいかよ」

「んー、うん、なんか最近、桜井くん、ドーナツ屋でバイト始めたらしくて」

「かわいいかよ。いやあたしは雲雀派だけど」


 そういえばクラスの女子には桜井派と雲雀派という好みの派閥があるらしい。陽菜から聞いて知った。


「でもなあ、雲雀ってなんかガード堅そうなんだよな」陽菜は声を潜めたまま「ほら、なんか昔から片想いしてる相手がいるとかさあ、そういう設定がありそうな見た目なんだよな」

「設定がありそうな見た目って、そんなのある」

「あるっしょ。いやまあ、いいんだけどね、ただの推しだし。てかそういう設定があってほしい、あの雲雀がめっちゃ気を許す幼馴染がいるみたいな」

「漫画のキャラなのかな」

「そういうとこある」


 その教室の扉がバンッと勢いよく開けられた。何事かと思って振り向くと――そこにはツインテールの美少女が立っていた。


 そう、美少女だ。ぱっちりした目にふさふさの睫毛に、白い肌。ダークブラウンのツインテールはサラサラで、まるでその子のために作られた髪型であるかのように似合っていた。一言でいうなら、将来への可能性しか秘めていなさそうな美少女だ。


 その美少女はキャラメル色のセーターからわずかに覗く短いスカートをひるがえしながらつかつかと教室の中に入ってきて――バンッと桜井くんと雲雀くんの机を叩いた。


「ねえっ、実力テストの1番、5組って聞いたんだけど!」


 例えば、小説の中では綺麗な声を「鈴のような声」というけれど、きっとこの子の声はそれだった。そういう、可愛らしい声だった。


「え、雲雀の幼馴染かな?」


 陽菜が興奮気味に言った。本当に雲雀くんをアイドルかなにかだと思っているらしい。


 でも雲雀くんは無視して菓子パンを頬張り続け、代わりに桜井くんが「ゆうじゃねーよ。そこの三国」と私を差し出した。美少女の大きな目が私に向けられ――「あーっ! また負けたんだ、じゃあ!」とその綺麗な眉を跳ね上げた。


「ね、三国さんだよね? 三国英凛さん」そのまま美少女は私の机に手をかけて座り込み「くやしい……。代表挨拶負けたから、実力テストで負けるもんかって思ってたのに……」とまるで小動物のような行動をする。


「あ、あたしね、牧落まきおち胡桃くるみ。ああ、理事長はね、うちのおじーちゃん。同じ牧落でしょ」


 理事長の名前なんて見た覚えはなかったから気にしたことはなかったのだけれど、言われて記憶を探れば、校舎内に貼ってある学校案内広告が浮かんだ。その案内の左下に写真と一緒に「理事長」と書いてある。もう少し頑張れば名前も思い出せる気がしたけれど、わざわざそんなことをする必要はなかった。この牧落さんが祖父だというのならそうなのだろう。


「……どうも」

「えー、てかめっちゃ可愛くない? これで頭が良いとかズルじゃない?」


 いや、あなたみたいな美少女に可愛いなんて言われましても。いうなればそれは、鶴が白鷺しらさぎを真っ白で綺麗だと言うようなものだ。


「胡桃、何しにきたんだ?」

「めっちゃ迷惑そうに言うじゃん、昴夜こうや


 雲雀くんの机を叩いたということは少なからず仲が良いのだろうと思っていたら、桜井くんとは名前を呼び合う仲らしい。牧落さんは小動物のように小さくなったまま器用に桜井くんを振り向いた。


「だって、絶対1番だと思ってたのに、3番だよ、3番。しかも1番も2番も5組にいるって噂だったから、来るじゃん」

「侑生と胡桃ってどっちが成績いいんだろって思ってたけど、侑生なんだな」

「あ、もしかして2番は侑生? もー、なんで侑生にまで負けるかなあ」


 牧落さんは机にしがみつくように手を載せたまま、今度は雲雀くんをじっと見つめた。普通の男子ならそれだけでコロッと好きになってしまいそうだったけれど、雲雀くんは「……どうも」と短い返事をしただけだった。


「ね、成績見せて」

「捨てた」


 嘘じゃん。ご丁寧にクリアファイルに挟んでカバンに入れてたじゃん! と思ったけれど、嘘を吐くなりの理由があるのだろう。桜井くんもだんまりだった。牧落さんは「ちぇっ。英語、92点なのに6番だったから、どんくらい取ればいいのか見たかったのに」とぼやいた。


「ていうか今年の普通科、おかしくない? 侑生、なんで特別科入らなかったの?」

「俺が普通科だからだよなー」

「本当にな、お前のせいだな」

「冗談で言ったのに!」

「あー、仕方ないよね、昴夜、昔っから全然勉強できないんだもん。ね、三国さんは? なんで普通科なの?」


 入試だって1番なんだから特別科でも余裕だったでしょ? そう言いながら、牧落さんの大きな目が探るように私をじっと見つめた。お陰で少しだじろぐ。


「……なんでって言われても」

「三国は普通だから、普通科なんだよ」


 桜井くんがそのセリフを繰り返せば「なにそれ、じゃあたしは普通より頭が悪いってこと?」と牧落さんは頬を膨らませる。そんな仕草すら可愛らしいリスのようで、なんだか顔が可愛い子って何をしても可愛いんだななんて思ってしまった。


「つか胡桃こそ灰桜高校ハイコーなんて来なくてよかったじゃん、なんで?」

「仕方ないじゃん、お父さんが灰桜高校ハイコーの進学実績に貢献しろって言うんだもん」

「あー、なるほどね。大変だな」

「お兄ちゃんが貢献したからいーじゃんって思ってるんだけどね。ま、校則緩いからそれはいーんだけど」


 牧落さんは、私と雲雀くんの机の間でかがみこみ、膝に両肘をつく。おばあちゃんは私に灰桜高校の制服が似合うなんて言ったけれど、本当に似合うのは、そして着こなしているのは、牧落さんのような子を言うのだろう。


「でも、そっかー。三国さんかあ。ていうか、三国さん、最近昴夜と侑生と仲良いって噂聞いたんだけど本当?」


 なんだか、今日はその噂を耳に入れられることが多い日だ。……ということは、もしかしたらゴールデンウィークのあの日をきっかけに噂は一層の信憑性しんぴょうせいをもって広まったのかもしれない……? いや、でも蛍さんは以前から知っていたし、陽菜が知っているのは同じクラスである以上何の不思議もないし、牧落さんは桜井くん達と仲が良いみたいだし、考え過ぎだろう。


「うん、仲良し仲良し。一緒にチャリ乗る仲」

「微妙過ぎて分かんないんだけど、それ」

「だって侑生がニケツすんだぜ」

「あー、そういえば侑生、頭悪い子嫌いなんだっけ? じゃ、三国さんは好みなんだ」


 ごふっ、と陽菜が飲んでいたオレンジジュースに咳き込んだ。私もほんの少し気まずかったし、何より雲雀くんがその鋭い目で牧落さんをにらんだのを見てしまった。


「え、そうなの。侑生って妹以外に興味あったんイッテェ!」


 桜井くんの手からぽとりと菓子パンが落ち、桜井くんはそのまま足を抱える。


「なあ侑生、すねは酷い! 痛い!」

「つか牧落、飯食ったのか」

「無視!」

「まだ。学食で友達に席頼んでるから、もう帰る。あーあっ、普通科と特別科だと順位も別々だから、勝つなら実力テストだって思ってたのに!」


 牧落さんはふくれっ面で、その割に私に笑顔を向けて「ね、昴夜たちと遊ぶなら、あたしとも遊んでね! またね!」と言って教室を出て行った。


 私が呆然としていると、陽菜が「え、マジあの子めっちゃ可愛くない? 多分学年で一番可愛いわ」と呟いた。陽菜の美少女基準は高いので、つまりそういうことだ。


「……桜井くんの友達?」

「あー、うん、俺の幼馴染なんだよね」


 桜井くんは足を抱えたまま、大きな目に涙を浮かべながら頷いた。そういえば、桜井くんが私に勉強を頼んだとき、雲雀くんが桜井くんには幼馴染がいるなんて話をしていた。


「……雲雀くんとも友達なんだよね?」

「いや、俺はあんま知らね」

「嘘吐くなよ。たまーに顔は合わせるんだよ。侑生、こんなんだから胡桃にも愛想悪いの」桜井くんは牧落さんが出て行ったほうを見ながらそう言って、不意にハッとしたような顔で雲雀くんを振り向き「お前マジで三国にだけは愛想いいけど三国のこと――」今度は椅子ごと蹴られ「待って! 死ぬ!」と頭からひっくり返りそうになったところを、すんでのところで両脇の机を掴んで耐えた。


「冗談じゃん? 本当に危ないからやめて? 俺じゃなかったら頭打ってるからね!?」

「打てばよかったのに」

「なんだと!」

「俺、数学できない女、嫌いなんだよな」


 それが牧落さんに対する評価なのだということに気付くまで暫くかかった。でもいわれてみれば、さっきの話ぶりからして、牧落さんは数学ができないのだろう。桜井くんは「でも胡桃、中学の頃から数学得意だつってたよ?」と首を傾げるけど雲雀くんは無視した。


「あと、馴れ馴れしい」

「あー、お前はそういうの嫌いだよね」


 それは、なんとも反応に困るというか、つい自分の言動をかえりみざるを得ない話だった。いかんせん、あの様子だと牧落さん側からは桜井くんも雲雀くんも仲が良いのに、雲雀くんにとってはそうではない、と。もしかすると、私が雲雀くんを好きなのも一方的なのかもしれないという不安がよぎる。


 海では大丈夫だっただろうか、変に馴れ馴れしい態度をとってしまっていないだろうか、今朝パーカーを渡したときも変な反応をされたけど何か気に食わないことがあったんじゃないか……と色々考えながらもくもくとお弁当のおかずを頬張っていると、桜井くんが私を見た。


「あ、大丈夫だよ三国。コイツ、三国のことはちゃんと好きだから」


 今度こそ、桜井くんの椅子は派手にひっくり返った。


 ガァンッ、と金属のぶつかり合う音が響き渡る中に「ぐお……痛い……」という桜井くんの小さな泣き声が混ざった。

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