◆シェフ・ラビットちゃん デビュー その2
※シェフ・ラビットちゃんは2巻に出てくるキャラクターとして作ったのですが、イラストを起こしてもらったりとこのまま書籍版だけにするのももったいないなと思って軽く番外を投稿することにしました。
※2巻宣伝を兼ねて不定期をゆるっとやってきます。
◆シェフ・ラビットちゃん デビュー その2
しばらく更新されていなかった「聖女アリスの生配信」に、彗星のごとく新人がデビューした。
くりっとした青い瞳。
爽やかな印象の短い金髪。
ホットパンツにTシャツとエプロンという部屋着のようでもあり、どこかの海の家の店員であるかのような親近感を感じさせる佇まい。
だがそれでもなお「彼女は異世界の存在である」と主張させるものがある。
ウサギの耳である。
「それじゃあ異世界クッキング、いっくよー♪ デビューして一週間、初めての配信になります。みんなと生で会えてうれしいなー! それで今日はねー、ドラゴンを何とかして食用可能な料理にしてみようと思いまーす!」
彼女の名は、シェフ・ラビット。
ウサ耳の獣人というコッテコテのキャラクターで、特技は料理だ。
その中でもイタリア料理や洋食メニューを得意としている。
「こないだはフライにしてけっこう美味しかったんだよね。でもフライにするとサメとか変な魚とかなんでもイケちゃうから、今度は圧力鍋でカンカンに煮ていこうと思います。骨の多い魚とかも圧力鍋でいけるし、ドラゴンもいけるんじゃないかなぁ?」
そして、妙に配信慣れしている。
すでに動画を3つほど投稿して、今は初めての生配信をしている。動画も配信も、ベテランを思わせる佇まいだった。一人でしゃべっているときの間の取り方や、一人で撮影するときのカメラワーク。音声にノイズが入らないようにする工夫など、素人では失敗しがちなところで失敗せず、ユーザー視点をよく理解した動画や配信を提供している。
アリスのダイヤの原石のような素の可愛らしさや、セリーヌの気品に溢れたノーブルな美しさとはまた違った、レディメイドのアイドルの魅力。
その魅力と異世界特有の食材を調理する面白さとが合体して、アリスともセリーヌともまた違ったファン層が生まれた。
だが視聴者たちは、薄々気付いた。
『ちょっとセンシティブなこと聞きますけど、あなた檀鱒さんですよね?』
『奥さんが地球に来たのになんで異世界でTS転生してるんですか』
「なっ、なんのことかなー? 女の子の秘密を探るのはメッ! だよ♪」
シェフ・ラビットは初回配信で、可愛い子ぶってしらばっくれた。
だが男が考える「美少女らしい振る舞い」を忠実に実行する姿に、視聴者はますますヒートアップしていく。
『誰がどう見ても檀鱒さんだよ! てか包丁とか食器とか料理中の手さばきとか完璧に一緒やんけ!』
★☆★天下一ゆみみ:やめろやめろやめろ、シェフ・ラビットちゃんはシェフ・ラビットちゃんだ! 事実を認識したら脳が破壊されるからやめろください! \30,000★☆★
『もう中身が男でもいいんじゃないかな……いやむしろ男だからよいのでは……?』
★☆★ステッピングマン4号:百合の間に挟まるのは禁忌だが、男女カップルの間に挟まるのはセーフ \50,000★☆★
『何もかもアウトだよ!』
★☆★TS大好きマン:俺も女の子にしてくれ 金なら払う \100,000★☆★
『女の子だって異世界ウサ耳美少女になりたいわ! なんだその百年に一度の美少女の肌と髪と声は!』
シェフ・ラビットがしらばっくれた瞬間に怒涛のごとくコメントが流れる。
しかもアリスが配信しているときと同じく、高額の虹スパが乱舞する。
「待って待って待って! わかった、わかったから落ち着いてー!」
『ちなみに、その姿で……アリスと、その……なかよしした?』
「あ、この体でえっちなことは禁止です!」
『やっぱり檀鱒やんけ!』
「しまった」
誰もが薄々わかっていたとはいえ、結局デビュー1週間で確定的にバレた。
◆
初配信を終えて、反省会が始まった。
「マコト。美少女ムーブの才能が凄くないですか?」
「え、そうかな?」
今、誠の魂はマンションの方に戻っており、姿も美少女から一般成人男性に戻っている。
魂を人形に入れた状態を解除すると、魂は自動的に本来の誠の肉体に戻るため、フランクな感覚で誠は異世界を行ったり来たりしていた。
「そうかな? じゃありませんよ! 嫌がっていたのになんですかあれは! 『みんなと生で会えてうれしいなー!』は、普通の男性の声からは出ません!」
「でも向こうの人形に憑依してるときは美少女だし……」
「そ、それはうですけど! そりゃ絶世の美少女でめちゃめちゃ可愛いし一生推せますよそれは!」
「評価高くない?」
「こっちの情緒だって狂ってるんですよ! 自分の可愛さを見くびらないでください!」
「あ、うん。ごめん」
アリスの真剣な目に、誠は思わず後ずさった。
「いや、なんで演技過剰かっていうと、カメラ回ってる状態だと変に恥ずかしがる方がみっともなくなっちゃうしさぁ。それならいっそ配信者らしく、アイドルっぽいムーブを決めた方がいいかなって」
「誠の割り切りの良さ、たまに怖いです」
「なんかよくわからないところでブレーキ踏まないよね」
アリスの言葉に、ミニ『鏡』の向こうのスプリガンがしみじみ頷く。
「いや、美少女になれって言ったのアリスじゃん!」
「そ、それはそうですけど! 一発ネタくらいの勢いで終わると思ってたんですよ! スパチャで100万稼ぐとは誰も思わないじゃないですかぁ!」
「うん……どうしてこうなったんだろうな……」
「なんかもう、『それじゃお詫びも終わったのでやめまーす』って言える雰囲気じゃなくなってきたねー……。これで引退したら炎上しちゃいそう」
スタッフ全員、「まさかここまで盛り上がるとは」と頭を抱えていた。
そこに、成り行きを見守っていたガーゴイルが口を挟んだ。
「何が問題かと言うと、目標地点が見えぬからじゃろう。誰がどう見ても『ここまでやれば罪の精算は済んだ』と思うところまでいってみてはどうじゃ?」
「うーん、それができれば最善だけど……誰がどう見ても納得するところって難しくない?」
「何を言っている。簡単じゃよ。誰がどう見てもはっきりとしたゴールがあるんじゃから」
ガーゴイルの言わんとすることに、誠は気付いた。
それが凄まじく困難なことにも。
「つまり……最下層の百階層まで行けってことね……」
誠が溜め息を付きながら答えると、その通りとばかりにガーゴイルが親指を立てた。
「アリスはもう、すでに十分強かったからヌルゲー感あったじゃろ? 一歩一歩、力をつけて、自分の足りないところを補って、守護精霊に立ち向かうという本来の流れがないんじゃよね」
「ボクとか玄武はまだいいけどさー、配信出たかったって守護精霊もいるし」
「そうじゃよ可哀想じゃろ」
「普通の冒険者ならティウンティウンするところを根性で耐えるし。物理攻撃を反射する敵も貫通してぶっ飛ばすし」
「こういうパワープレイは正統派の攻略をした上でやるものであって、最初からやるものではないと思うんじゃ」
「私をチートプレイしてる悪質プレイヤーみたいに言わないでください!」
アリスが怒るが、ガーゴイルもスプリガンもどこ吹く風といった様子だ。
「でもアリスも、見たいじゃろ? シェフ・ラビットちゃんが試行錯誤したり壁にぶつかって四苦八苦したり、あるいはたまに料理をして配信するような光景とか」
「見たいですけど!」
「見たいんだ」
「いやっ、その、誤解しないでくださいよ! 危険なことをしてほしいとかじゃないですからね! ていうか誠だけにやらせるなんてダメです!」
「じゃ、ここぞというときにアリスを召喚して助けてもらうとかはアリにしようか」
「……それならいいかも」
アリスの顔に変な笑みが浮かんだ。
自分が颯爽と助けることで夫に格好良い姿を見せつけられるという欲求に目覚めた顔だった。
「まあ実際に攻略できるできないはともかくとしてさ。スパチャ百万円もらったに値するコンテンツは必要だよねー」
スプリガンの言葉に、誠はぐうの音も出なかった。
自分がプロデュースする美少女配信者を娶った罪深き男が罪を贖うために自ら美少女となって異世界迷宮を大冒険する物語が、今、始まろうとしていた。





