第八話 決着
今まで二作品同時に投稿してましたが、これからは書き上がったほうからガンガン投稿することにしました。
多分『転生暗殺者』のほうが投稿頻度が上がると思うのでよろしくお願いします。
あれからどれだけ経っただろうか。
一時間か、二時間か、それ以上か。もしかしたらもっと短いかもしれない。
ただ間違いないのは、時間を気にする間も無いような厳しい戦闘だったということだ。
俺と黒鬼は大広間の中央で睨み合いをしていた。
ゲームである以上傷がつくことはないが、両者ともにギリギリの状態であることは確かである。
何度も攻撃を仕掛ける内に、黒鬼のHPは残り二割まで減っている。
このゲーム特有の“ダメージを受けるほどに疲弊していく”という仕様により、肩で息をするような仕草をしている。
だが、それでも動きが鈍ることはなく、むしろ速くなっているのではないかというほどの動きを未だに維持していた。
一方の俺はダメージこそ受けていないが、余裕はまったく無かった。
こちらもゲームである以上傷で動けなくなることはないが、現実の俺の脳には着実に疲労が溜まる。
そのせいで反応は鈍るし、その後の行動全てがワンテンポ遅れ、敗北に直結する。
有利不利を言うならば間違いなく黒鬼の圧倒的有利だった。
もっとも、負けてやるつもりは毛頭ない。
俺は黒鬼にもう何度目かもわからない突撃を仕掛ける。
相手のHPはもう残り少ない。
俺が出せる最大火力である【一撃必殺】と【天賦の暗殺者】でとどめを刺す!
黒鬼は迎撃のために金棒を横に振るう。
それを読んでいた俺は、間合いに入る直前に急制動し、目の前を通過する金棒を見送った。
このまま懐に潜り込み、最大の攻撃を放てばいくらバケモンでも倒れるはずだ。
━━そう、いつも通りなら。
いつもならばもう止まっているはずの黒鬼が振るった金棒は止まらなかった。
その勢いに追随するように、黒鬼の身体も旋回を始める。
そして、旋回したことにより勢いが増した金棒が俺へと放たれた。
俺は前に踏み出そうとした足で無理矢理後方へ跳び退き、短剣を前に構えて衝撃に備える。
しかし、不意をつかれた代償は大きく、俺は弾かれ短剣を手放してしまった。
吹き飛ばされた先でなんとか受け身を取り、勢いとダメージを殺すことに成功。
体勢を整えるが、黒鬼は俺に追撃するために迫る。
避けることは可能だが、武器が無ければ反撃はできない。
短剣を拾いに行こうとしても、黒鬼が見逃すわけがない。
クソっ、ここまで来たってのに……武器さえあれば……いや、ある。
半ば博打だが、どうせ負けるんなら賭けてやる。
俺は黒鬼に背を向けて走り出した。
黒鬼は逃してなるものかという気概を見せ、逃げる俺を追いかける。
だが、反応が遅れたことは俺に大きなアドバンテージをもたらす。
気付けば俺と黒鬼の間には十メートル近い間合いが開いた。
黒鬼なら数歩で潰せる距離だが、これで十分。
俺は急ブレーキをかけその勢いを利用し反転。
そして━━インベントリに入れていた【初級者の剣】を黒鬼に投擲する。
今度は黒鬼が虚をつかれる形となり、その足を止める。
咄嗟に手を顔の前に出し防ごうとするが……
「ゴアァ!?」
その出した手を深々と切り裂かれることとなった。
投擲はアイテムを持ち替えるわけではないため、弾かれた短剣のステータス補正も健在。
更に【天賦の暗殺者】を乗せることで攻撃を強制クリティカルヒットにする。
大抵の攻撃を難なく受け止めていた黒鬼であっても、ダメージ無しは不可能である。
黒鬼は飛んできた剣を足元に捨て、眼前の敵を見据える。
だが、そこに俺の姿は無い。いや、無いように見えるだろう。
スキル【隠蔽】。能力は“見つかりにくくすること”。
一見地味なスキルに見えるかもしれないが、MP消費もクールタイムも少なく、確実に不意をつくための攻撃向きのスキルだ。
だが、これには発動条件がある。
それは“発動の瞬間を見られないこと”。
不発になったとしてもMPは消費されるため、一対一の勝負では使いづらい。
だから、陽動を使った。
確実に必殺の一撃を打ち込むために。
スキルまで使って生み出した隙を逃しはしない。
「【一撃必殺】ッ!」
裂帛の気合いとスキルを乗せた拳が黒鬼を穿つ。
それは筋肉の要塞のような黒鬼の身体を揺らし、HPを削り飛ばす。
当然【一撃必殺】だけではなく、【天賦の暗殺者】や【ハイドアタック】なども発動している。
間違いなく俺が使える最高の一撃だった。
しかし、それでも黒鬼は倒れなかった。
ほんの僅かなHPのみで踏みとどまり、未だ最初と遜色ない気迫と眼光を俺に向けている。
━━予想通りだ。
黒鬼がこの攻撃を耐えることは想定内。
そして、その後俺に金棒を振るうことも、そのためにわざわざ体勢を整えたりしないことも。
俺は黒鬼が投げ捨てた【初級者の剣】を拾う。
持ち替える以上、短剣一本分のステータス補正は無くなる。
【一撃必殺】も【隠蔽】も【ハイドアタック】も使えない。
それでも━━この攻撃は届く。
「【天賦の……暗殺者】ッ!」
俺は黒鬼に斬撃を放つ。
渾身の力を込めた左逆袈裟斬りは黒鬼の体表を深々と切り裂き、赤いダメージエフェクトを撒き散らす。
これで決まらなければ俺に勝ち目は無い。
倒れろ倒れろ倒れろ! 神とやらがいるならそれにも祈ってやる。だから━━
「━━クッソが……」
俺は悪態をつく。
黒鬼は健在だった。
俺の攻撃は間違いなく最善手を打ち続けた。
それでも届かなかった。足りなかった。
黒鬼は右手の金棒をゆっくりと動かす。
もう一撃は撃てない。
スキルも使い果たしたし、ここから攻撃を仕掛けたとしても黒鬼のほうが速い。
俺は最後の運命を受け入れようと目を閉じた。
しかし、いつまで経っても俺に金棒が振り下ろされることはなかった。
目を開くと、そこには金棒を下ろし、仁王立ちしている黒鬼がいた。
ふと、体力ゲージに目を向けると、真っ黒に染まりHPが尽きた様子が見えた。
「グアァ」
黒鬼が一つ声を上げる。
そこには満足そうな、幸せそうな感情が窺えた。
冷静に考えるなら、これは多分決められた演出なのだろう。
だが、それでも嬉しかった。
俺の刃は間違いなく黒鬼に届いていた。
俺は剣を構える。
どっちかが力尽きない限り終わらないなら、勝者には終わらせる義務がある。
「あばよ、黒鬼」
俺はそう言って笑いかけ、黒鬼の心臓を貫く。
黒鬼は光の粒子となり、消え去った。
勝った。
ゴブリン達と戦っていた時とは違う拮抗した相手とのギリギリの勝利。
俺は今世初めての勝利の味を静かに噛み締めた。