番外編 ある者達の邂逅
言い訳をさせてください(「私は二周年記念番外編を一ヶ月遅刻しました」というパネルを首に下げている)
いや、実は一回書き上げたんですよ。全部書き終わって「よっしゃ、あと推敲して投稿するだけや!」とか思って読み返したら「これ今の状況で出せる情報じゃねーじゃーん! はっはー(泣)」ってなって一からプロット書き出して書き上げました。
おまけに受験勉強に加えて定期考査まで入ってきたのでその勉強のせいで時間がなかったのがめっちゃ遅刻した理由です。
本当に申し訳ありませんでした。
その代わりといってはなんですが、今回の番外編は文字数二万字オーバー!
半分くらいは私がまとめきれていないせいで膨らんでいると思いますが、頑張って書き上げましたのでぜひご覧下さい!
◇Side:立花姫乃◇
「まったく……こんなのどうしろって言うんだ、あの会長は……」
とある休日の昼下がり、公園のベンチに腰掛けた私は、手に持ったA4用紙を団扇代わりにパタパタを振って溜め息をつく。
それを通行人にチラチラと見られているが、それは特に気にすることでもない。
そもそも歩くどころか空気を吸うだけで周りから注目される生活を送っているんだ、人の目なんて三歳の頃から気にすることをやめた。
しかし、私が人の目を気にしていない━━気にする気にもならないのは別の理由だ。
それが今私が持っているA4用紙……私が依頼された猫探しのチラシである。
なぜ私がこんなものを依頼されているのかと言えば、彼女の所属する落葉第三中学校生徒会……もといその生徒会長が原因である。
真堂空也、それが落葉第三中学校生徒会長であり、私の頭痛の種となっている男の名だ。
勉学や運動での目立った成績も、何かしらの活動での目覚ましい活躍も、人目を引く容姿も無いというのに、なぜか不思議と人を引き付けるカリスマを持つ男。
彼が参加した去年の会長選挙では対抗馬の生徒すら彼に投票したという伝説は記憶に新しい。
そんな彼が当選した翌日に打ち立てた制度……『なんでも生徒会』。
落葉第三中学校に所属する生徒ならば法や倫理に触れぬ限りどんなことでも生徒会に依頼することができ、生徒会はできるだけそれに応えねばならないという頭のおかしな制度である。
幸いと言うべきか不幸なことにと言うべきか、依頼は一人当たり二、三日に一件といった数だが、こうして得意ではない分野の依頼が回ってくることもあるのだ。
それ自体は私も受け入れているのだが、ここまで大変だと文句の一つも言いたくなるものである。
「珍しい品種でもなく、首輪も付けていない。おまけにいなくなったのも数日前でどこに行ったのかの見当もついていない……どうやって探せというんだ?」
私は再び溜め息をつくと、空いている左手で眉間のシワを揉みほぐす。
眉間のシワは恐らくなくなっていないだろうが、それでも気分は多少マシになった……気がする。
そこを気にすると精神衛生上良くないのでそういうことにする。
さてどうしたものか、と考えを巡らせていると、不意に小さな子供の声が聞こえた。
休日昼下がりの公園である以上当然ではあるのだが、なんとなく気になって声のした方へ視線を向ける。
そこには二人の幼稚園くらいの子供とそれに囲まれる猫を抱いた中学生ほどの少年の姿があった。
外にいる飼い猫が珍しいのだろうか。
しかし、あちらでも猫の話題か。こっちはこれのせいで猫が嫌いになりそうだと言うのに……ん?
私は少年の手の中の猫をジッと見つめ、次いで手元の迷い猫のチラシに目を落とし……それらの姿が瓜二つであることに気が付いた。
「あーーー!! いたーーー!!!」
唐突に出した大声に少年と子供達がビクリと肩を震わせる。
子供達は少年の影に隠れてしまった。
怖がらせてしまって申し訳ないが今の最優先事項はそれではない、一旦後回しだ。
「そこの少年! その猫、一体どこで!?」
「へ? ああ、コイツ? そこの木の上で降りられなくなってるのを子供が見つけて騒いでたから登って降ろしただけだけど……お前らの飼い猫?」
少年は私の剣幕に僅かに怯んだ様子を見せたが、それ以上の反応はなく、足元に群がる子供達に問い掛ける。
子供達はふるふると首を横に振る。
迷い猫ならば間違いなくこのチラシの猫と同個体だろう。
「てか、アンタはなんでいきなり……」
「その質問は予想済みだよ。これを見てくれればわかる」
私は彼に持っていた迷い猫のチラシを見せる。
……そういえば私が昨日作ったこれはただの紙屑になるのか。
まあ、これからコピーして辺りに貼り付けるところだったんだ、紙屑を増やす前に見つかって良かったと思うことにしよう。
少年も納得したように頷いているし、どうやら理解はしてもらえたようだ。
「つまりコイツをアンタに渡せばそれでいいと?」
「まあ、そうだね。後のことは私のほうでしておくからその子を渡してもら」
「ニャー!」
私が少年から猫を受け取るために手を伸ばすと、明らかに苛立った様子の猫に手を叩かれた。
私と少年の間に気まずい沈黙が流れる。
「……見ての通り、私はなぜか動物に嫌われる体質でね……本当に済まない、その子を抱いたまま私について来てくれないか? 協力してくれた分の謝礼はするよ」
「……コイツこのままだともう一回逃げ出しそうだしいいよ。ていうか、なんでそこまで……」
「そこは私が一番知りたいよ。解決できるものならば今すぐにでも取り掛かるさ」
私としては一部の例外を除けば動物は好きなほうだが、なぜこうなるのか……一応調べたりして嫌われない行動は取っているはずなんだが。
「まあ、そういうわけだ。私が行くからついて来てくれ」
「了解。……えーと……」
おや、何を悩んでいるのか……ああ、そういえば名乗ってなかったか。
私としたことが迷い猫を見つけたことで思ったよりテンションが振り切れていたようだ。
「姫乃。落葉第三中学校二年の立花姫乃だよ。好きなように呼ぶといい」
「あ、先輩だったんだ……落葉一中一年大崎蓮也です。改めてよろしくお願いします」
「……ふふっ、よろしく大崎君」
私が歳上だということを知っていきなり敬語になった少年━━大崎くんが可笑しくて少し笑ってしまった。
これが、私と大崎蓮也との最初の出会いだった。
◇ ◇ ◇
その後、無事に依頼人に迷い猫を受け渡し、私の頼まれた依頼は達成。
大崎くんに報酬の希望を聞いたのだが、特に無いし別に必要ないと言われてしまった。
私としては何もなく帰すのは申し訳なかったので、今後何かあれば依頼を引き受けよう、とだけ伝えて連絡先を交換した。
そこに面白そうな人物と関わりを持っておきたいという下心は無かった、と言えば嘘になってしまうが。
しかし、そこまで興味を抱いたのはなぜだろうか。
それはさておき、時間が移って翌日、場所は落葉第三中学校の生徒会室。
私はこんな面倒なことを私に割り振った元凶である真堂空也生徒会長を締め上げていた。
普通ならば教師に言われてそこそこの問題になるのだろうが、これをするのは初めてではないので特に周りからの反応はない。
仮に初めてであってもここには会長によって苦労させられている者しかいないから、止められることはあっても大事になることはないだろう。
「それで会長、私に何か言うことはありませんか?」
「いやー、お疲れ立花。労ったからこの俺の首を引っ掴んでる手をどけてほしいんだけども」
「あなたがもう少しまともに仕事を取捨選択するようになると誓うなら離しますが?」
「あらら、それじゃあ無理そうだわ。どうしよっか」
この男、頭の中に反省という言葉が存在していないのだろうか。
まあ、そうでもなければ私に胸ぐらを掴まれながらこんな世迷い言をほざけるとは思えないが。
しかし、このままでは万が一生徒会役員以外が来た時に私のイメージが悪くなってしまうので渋々手を離す。
大袈裟に苦しそうな演技をする会長の姿に思わず殴りたい衝動に駆られたがどうにか堪える。
流石に先輩であり生徒会長である男に顔面パンチを喰らわせるわけにはいかない。
「あ、そうだ、まだ依頼残ってっからお前と虎徹で受けてくれよ」
「それで素直に頷くと思いますか?」
「いやいや、それがそういうわけにもいかなくてな。俺は俺でやることがあるし、書紀の新橋は外部活動のポスターの代筆、会計の澤永は部費関連の陳情の処理とみーんな仕事に追われてるわけよ。そんで手が空いてるのがお前と虎徹しかいねーの」
「むう……」
反射的に断ってしまったが、思いの外まともな事情で言葉に詰まってしまう。
本格的に頭のネジが吹き飛んだのかと思ったのだが、やっぱり会長ということで自分がやるべきことはキッチリやっているからたちが悪いのだ。
「あ、ちなみに虎徹にはもう話はついてるからな」
ついでに言うと、こういうところもたちが悪い。
そもそもそういうことは最初に言っておくべきなのにここで言うことで断りづらい状況を作っている。
しかも、それを計算ではなく素でやっているあたりが一番悪質なのだ。
「わかりました。私と大河で対応します」
「おー、やっぱ立花は話がわかるね。それじゃ頼んだぜ。俺もやるべきことはやらにゃならん」
「そういえば、会長のすべきこととは?」
今の時期は行事などもない束の間の休息期、特段急ぎの仕事などは入っていなかったはずだ。
何か緊急の依頼でも入ったのだろうか。
「あー、それな。これだよ」
そう言いながら、会長は机の中の引き出しから一台のタブレットパソコンを取り出した。
見たところこの学校の備品と同じ規格のようだが……これは……?
「前にこれで依頼のウイルス解除やってたらぶっ壊しちゃってさ。これから謝りに行かにゃならんのだ。依頼人は応接室にいるからな、そんじゃ!」
「……はあ……」
まるで逃げ去るかのように生徒会室から飛び出す会長。
その後ろ姿を見て、私は再び頭痛に襲われた。
やっぱりあの男はアホなのだろうか。
いや、これ以上文句を言ったとて何も変わらない。
仕事を終わらせてから家でゆっくり過ごして疲れをとるとしよう。
「そういうことらしい。早速取り掛かるぞ、大河」
「うっす」
今まで沈黙を保っていた大河が立ち上がる。
どうやら話が通っているというのは本当らしい。
そうして、私と大河は依頼の相談のための応接室へと向かう。
かつては吹奏楽部が自主練習で使っていた部屋だったそうだが、現在は別の教室が必要になるほど吹奏楽部の部員が多くないこともあって生徒会に貸し出されているのだ。
そういった経緯もあって防音設備も充実しているから、プライベートや個人情報絡みのことを相談しに来る生徒はそこを使うことになっている。
そこで相談される内容は割と手間や時間の掛かる案件が多い。
手早く終わらせられるようなものならいいが……恐らくそうはいかないだろうな。
「失礼します」
軽く二回ノックをしてから応接室に入る。
そこには依頼人用に置かれたソファに並んで腰掛ける二人の男女の姿があった。
一人は僅かに茶色がかった髪をツインテールにした少女……二年一組の佐伯美結。
もう一人は黒髪を短く切り揃えた少年……二年四組の古閑健人。
確かこの二人は付き合っているとかいう噂が流れていたがそれ絡みの件だろうか。
「遅れて申し訳ない、こちらでも仕事が立て込んでいてね。早速で済まないが、依頼について話してくれ」
依頼を持ち込みに来た人は不安を抱えている人も多いため、出来るだけ優しい声色と笑顔を作って言葉を促す。
特に佐伯さんのほうが妙に落ち着きのない様子だったから、そのあたりは細心の注意を払っておく。
すると、そこから話された内容は予想だにしないことであった。
「ストーカー被害、か」
「は、はい……」
どことなく不安げな表情で話す佐伯さんの肩を古閑くんが擦る。
てっきり相談と称した惚気でも聞かされるのかと思ったが、そんなふうにふざけている場合ではなさそうだ。
「詳しく話を聞かせてもらっても?」
「……最初は大したことじゃなかったんです」
佐伯さんは躊躇いながらもコクリ、と小さく頷いてからゆっくりと語り出す。
「初めは帰り道に視線を感じたくらいで……気の所為だと思ってたんですけど、それの頻度が少しずつ多くなって……それからは健人や友達と一緒に帰るようになったんです。そしたら、帰り道の視線は無くなったけど、今度は無言電話が掛かってきたり……最近ではポストに手紙が……」
「手紙?」
「これです」
佐伯さんが私に見せたのはどこにでもありそうな便箋に入った手紙。
取り出して見てみると、中には新聞の見出しを切り抜いて貼り付けた文字の列があった。
『いつも見ている。逃げられると思うな』
「随分と迂遠な手紙だな」
私の後ろから手紙を覗き込んでいた大河が思わずといった様子で言葉を漏らす。
それに反応したのは佐伯さんではなく、今まで黙り込んでいた古閑くんだった。
「迂遠、ってどういうことだよ」
「そのまんまの意味ですよ。意図がわかりにくいって話です」
大河の言う通り、これは何を示しているのかがわかりにくい。
見かけは明らかな脅迫状だが、基本的に脅迫状とは『○○しろ、でないと○○するぞ』というものだ。
それに引き換えこれはそれがない。
脅迫というより宣言に近いものだ。
迂遠、とは少し違うかもしれないが、まるで意図が見えてこない。
「じゃあ、どうしてこれが出されたんだ?」
「それはまだわからないよ。調べてみないとなんとも言えない」
私がそう言うと、古閑くんは苦虫を噛み潰したように顔を歪める。
彼女がこうして苦しんでいるというのに何もできずにいる無力感は私には想像できない。
「相談されている身として言うのはなんだが、警察や学校には相談していないのか?」
「相談はしたんですが……何もわかってない今じゃできることは限られていると言われてしまって……」
まあ、それは仕方ない。
なにせ未だ容疑者すら上がっていない状況だから動きようがないというのが正確な理由だろう。
「とりあえず今できることとしては、今までと同じように誰かの一緒に帰ることくらいだ。友達か古閑くん、ご家族などと一緒に帰るようにしてくれ」
佐伯さんは私ほどではないが相当に裕福な家庭だったはずだ、家に連絡すれば迎えくらいはしてくれるだろう。
「最善は尽くすことを約束する。しかし、長期的なものになる可能性もあることは覚悟してほしい」
佐伯さんにそう断りを入れると、不安に耐えるように自らの身体を抱きしめる。
古閑くんもその様子を見て、背中を擦ったりとどうにかして不安を和らげようとしている。
やがて、不安も収まったのか、小さな声で「よろしくお願いします」と言って、応接室から出ていった。
「思ったより事態は深刻そうだね」
「実害らしい実害が出てないのが救いですかね。これからは?」
「まずは彼女と彼氏さんの身辺調査をして怪しい人物を徹底的に洗い出す。私は学校内でするから君は外の人間から洗ってくれ」
「了解」
簡単に言葉を交わしただけでやることを理解した大河は、そのまま応接室から出ていく。
恐らくは今すぐにでも仕事に取り掛かる気だろう。
大河は正義感の強い男だ、苦しんでいる人間がいたら放っておける性格ではない。
そのせいで貧乏くじを引くことも多いわけだが、彼がそれを良しとしているのだから私も止める理由はない。
「しかし、想像より数倍面倒な案件だな」
別に解決まで持っていく必要はない。
ある程度まで容疑者を絞ればあとは学校なり警察なりに任せればいい。
しかし、そう簡単に解決することではないだろう。
そう思えるほどに奇妙な点がいくつかある。
「まあ、依頼されたからには仕事は熟すか」
私は軽く伸びをしてから応接室をあとにした。
◇ ◇ ◇
それから数日が経過した。
私と大河は自身の情報網を用いて片端から佐伯さんの人間関係を探っていた。
私は校内、大河は校外にそれぞれのネットワークを築いているためさほど時間は掛からないだろうと思っていたし、実際洗い出すだけならば大した時間は掛からなかった。
しかし、その中でストーカーの容疑者らしき人物はゼロ。
それどころか、彼女に悪い印象を持っている人物すらほとんど発見できなかった。
元より佐伯さんは矢面に立つような性格でもない上に真面目な優等生。
やっかみを受けるような立場にはいないからか、恨まれているという情報は全く出てこなかった。
ならば古閑くんの方の関係から何かあるのだろうかとも思ったが、こちらもその手の話題はゼロ。
彼は一年からバスケットボール部でレギュラーを務めるなど、一歩間違えばかなりの恨みを買う立場にいるが、彼の性格のおかげで人望は厚い。
これまた恨みを抱いているような人物は見つけられなかった。
大河が手に入れた情報を見ても容疑者と思しき人物の情報はなく、不審者の目撃情報も無い。
彼女の家は人気のあまり多くない高級住宅街といえど、全く目撃情報が無いなんてことがあり得るのだろうか。
「どれもこれも外れ……ここからどうするかな」
情報を纏めたパソコンの画面を見ながら、右手の人差し指と中指でこめかみを押さえる。
空振りばかりの調査結果に辟易する。
しかし、ここまで外れていると、根本的に何かを間違えているような気がしてならない。
「……ストーカーというくらいだし、佐伯さんに好意的な人物も調査対象になるか?」
いや、そこまで調査対象を広げると、今度は逆に候補者の数が大幅に増える。
容疑者を絞るためにやっている調査なのに増やしてしまっては本末転倒だ。
だが、これ以上に出来ることがほとんど無いのも間違いないわけで……
「……もう容疑者全部まとめて張り倒して突き出せば解決したりしないかな?」
私が末期も末期な思想に辿り着いた時、不意に鞄の中の携帯が鳴った。
はて、今私にメールしてくるような人なんていただろうか。
会長に形だけの断りを入れてから生徒会室を出る。
メールアプリを開いて確認すると、そこに表示されたのは以下の通り。
『差出人:大崎蓮也
件名:なし
本文:突然すみません、お願いしたいことがあるのですがよろしいでしょうか? 無理ならば無視して構いません』
思ったより堅苦しい文面……メール送り慣れていないのかな?
とはいえ、こちらも割と立て込んでいるんだが……まあ、相談くらいならばどうにかなるだろう。
『生徒会の仕事の途中だから内容次第になる。ひとまず内容を伝えてほしい』という意図の文面を柔らかくして送る。
すると、ものの数分で返信がきた。
「ふむふむ……これくらいなら大丈夫かな」
大して手間がかかるわけでもないし、明日一日で終わらせられるだろう。
彼には悪いが息抜きがてらやらせてもらうとしよう。
「あ、立花ー、明日出来るならしてほしいことがあんだけど……」
私が部屋に戻るなり、会長が話し掛けてきた。
休日だというのに仕事をしていることはままあるが、それを甘んじて受け入れているかと言われれば否である。
今までは何もすることがなかったから引き受けていたが……今回はそうはいかない。
「申し訳ありません、明日は急遽予定が入りました」
「ありゃ、そりゃ間が悪い。ちなみに何の予定?」
プライベートなことなので黙秘してもいいが……普段は引き受けていた人間にいきなり断られたら気になるのも無理はないか。
とはいえ大崎くんはこの学校には関係ない部外者、包み隠さず話すわけにもいかないし……それとなく話すか。
「数日前に知り合った少年と買い物に出掛けます」
「……ほ?」
「ああ、仕事は終わったので机の上に置いておきますね。お疲れ様でした」
「あ、おい、ちょ待」
私は手早く手荷物を整理して退室した。
はて、会長が何か言っていたような気がしたが……まあ、大した用ではないだろう。
さて、明日に備えて準備をするとしよう。
◇ ◇ ◇
大崎くんから連絡を受けた翌日、私は駅前の待ち合わせ場所へ向かっていた。
彼の依頼は簡単に言えば、彼のお姉さんの誕生日プレゼントを選ぶのを手伝ってほしい、というもの。
彼の友人は同い年ばかりで年上の女性に何を贈るべきかはわからなかったそうだ。
お姉さんの友人とも面識はあるらしいが、今はとある事情で立て込んでいるようで、話し掛けるのが躊躇われるとのこと。
とある事情については伏せられたが、まあそこは深掘りすることではないだろう。
さて、そうこう考えているうちに駅前に着いたが彼は……おお、もうちゃんといる。
一応まだ集合時間の二〇分前なんだが、しっかりしてるね。
これ以上待たせるのも悪いし、もう合流しよう。
「おはよう大崎くん。待たせてしまったかな?」
「おはようございます。まだ来たばっかりですよ」
「そうかい? それならよかった。それじゃあ早速行こうか」
そう言って私と大崎くんは近場のショッピングセンターへ向かう。
彼の話を聞いてみると、お姉さんは漫画やらフィギュアやらのサブカルチャーを好むようで、いつもとは違ったものを渡したかったそうだ。
そんなわけで手頃な価格の雑貨屋を見て回ることにした。
「うーん……これは姉貴には派手すぎるか? じゃあこっち……いや、でも……」
大崎くんは雑貨屋に並べられたアクセサリー類を手に持って頭を抱える。
そこには年相応の幼さを残した雰囲気があった。
こうして見るとどこにでもいそうな普通の少年にしか見えない。
私が彼に興味を持った原因は未だ見当もついていない。
特段おかしな言動をしているわけでも、特別に容姿が優れているというわけでもない。
そもそも美しい顔が見たいなら鏡を見ればそれで事足りる。
結局どれだけ考えても『よくわからない』という結論に至ってしまう。
自身の感情を言語化するのは得意なほうだが、いまいち明確化できない。
そんなことを考えているうちに大崎くんは誕生日プレゼントを選び終えていた。
購入したのは簡素ながら可愛らしいデザインの栞。
気兼ねなく普段使いできるようにとのことらしい。
本を読むならよく使うだろうし、悪くないチョイスだと思う。
「ありがとうございます。助かりました」
「どういたしまして」
まあ、私が提案したこともないし、あまり役に立ったとは思えないけれども。
しかし、このまま解散というのも味気無い。
私の息抜きも兼ねているし、彼にももう少し付き合ってもらおうかな。
「なあ、大崎くん、これから━━」
「あれ? ひょっとして立花?」
不意に私の名前が聞こえて振り返る。
そこには茶髪のツインテールの少女と短い黒髪の少年……佐伯さんと古閑くんがいた。
「おや、ご両人。デートかい?」
「ああ、怖がって家に籠もってばっかでも気が滅入るからな。いざとなりゃ俺が守るさ」
そう言う古閑くんの顔には雰囲気にそぐわぬ覚悟があった。
依頼に来た当初は不甲斐なさを滲ませていたが、ここ数日で自分のできることを見つけたようだ。
男子三日会わざれば刮目して見よ、とはよく言ったものだ。
「それで立花もデートか?」
「……ん?」
私がデート? なぜそうなるんだ?
ただ単に依頼されたから買い物を手伝っているだけ……ああこれ、傍目から見たらデートに見えるのか。
思春期の少年少女はすぐ色恋沙汰に繋げようとするから困るね。
「いや、私たちはそういうのでは……」
私は咄嗟に否定しようとして……とあることに気付いて止めた。
「いやぁ、実はそうなんだよ」
「え、いやちがむぐ」
余計なことを言おうとした大崎くんの口を手で無理矢理塞ぐ。
ついでに目線で「とりあえず合わせろ」と言っておく。
彼にそれが伝わっているかはわからないが、気を利かせて黙ってくれるだけでも有り難い。
「お前も恋人とかいたんだな」
「学校で言うと色々面倒なことになるから伏せているんだよ。君も他には言わないでくれよ」
「わかったよ。邪魔するのも悪いからもう行くぜ。行こうぜ、美結」
「う、うん」
それだけを言って佐伯さんを引き連れて古閑くんは去っていった。
私はそれとは逆の方向に大崎くんを連れてその場から離れた。
「よし、彼らを追うよ大崎くん」
「いや、それより先に説明してくれません?」
おっと、そうだった。
流石に話さずに着いてきてもらうのは無理があるか。
「というか、彼らについては聞かないのか?」
「まあ、あの女のほうはあからさまに動揺してましたし」
唐突に言われたその言葉に私は目を丸くした。
「気づいていたのかい?」
「立花先輩見て異様に驚いてたし、目も泳いでましたから。腕をやたらと擦ってたのも不安軽減の動作ですし、明らかに不安や恐怖を感じてる人間の動きですよね」
さらに言われた言葉で目を見張る。
見る人が見れば不安を感じてるくらいはわかるかもしれないが、そこまで細かく見ていたとは思わなかった。
すごいというよりは恐ろしいという感想を抱いてしまう。
「でも、それでどうしてあの二人を追うってことになるんですか?」
「ああ、それは……」
私は大崎くんに先日の依頼について話す。
本来ならば褒められたことでないが、協力してもらう以上説明しなければ不義理というもの。
ちゃんと口止めをすれば周りに言いふらすような性格でもなさそうだし、問題はないと思う。
「なるほど……でも、なんで俺と恋人のふりを?」
「下手な尾行をしてバレるとマズいからね。彼らがデートなら恋人って言っておけば、何度も遭遇しても同じデートスポットを巡っているっていう言い訳ができるのさ」
まあ、今考えてみればもう少しマシな言い訳が思いつかないわけではないが、あの時に咄嗟に思いついたのがそれだったのだから仕方ない。
大崎くんも納得してくれたみたいだし大丈夫だろう。
「まあ、そういうわけだ。一応偽装のために私は君を“蓮くん”と呼ぶことにするからな」
「それ意味あります? 見つからないことが前提ですよね?」
「一応念のためってやつだよ。私は形から入るタイプなんだ。君も私のことは名前で呼んでくれ」
「ええ……じゃあ、ヒメさんで」
「ほう?」
おや、私が思っていたよりも素直に変えてくれたな。
それにいきなりあだ名とは予想外だった。
「ちなみになんでその名前なんだい?」
「だって立花先輩……ああいやヒメさんだけあだ名で呼ぶと不自然じゃないですか? ……いや、そうでもないか。まあいいか。そんな感じです」
「ふふっ」
なんとなく面白くてまた吹き出してしまう。
彼と関わると笑わされてばかりだな。
しかし、今はそれよりも佐伯さんのほうだ。
私は僅かに緩んだ空気を引き締めるように気持ちを切り替え、あの二人の後を追った。
◇ ◇ ◇
そうして時間は過ぎて夕暮れ時。
結論から言えば……何も無かった。
何か騒動が起きるわけでも二人で何かを話すでもなく、普通の少年少女のようにデートスポットを巡っていた。
そして今は帰路に着いており、佐伯さんの家のある高級住宅街だ。
佐伯さんの様子もすっかり収まり、今は楽しげに笑みを浮かべている。
「何もなかったですね」
私の隣で彼ら二人の後ろ姿を眺めていた蓮くんがそう呟いた。
「そうだね。私の杞憂に付き合わせてしまって申し訳ない」
「別にいいですよ。何も起きないのが一番です」
蓮くんの言った言葉で少し気が楽になる。
しかし、何もないのが予想外というのもまた事実。
そろそろ痺れを切らす頃だと思っていたのだが……
「ていうか、こうやってたらそのストーカー被害の女の人は不安になるんじゃないですか?」
「……あ、言われてみれば」
見たところ私達に気づいているようには見えないが、万が一勘づいていて恐怖を与えているかもしれない。
そうなってしまっては本末転倒、それを明かしたほうがいいかもしれないな。
「仕方ない、話しておくとしよう。ほら、蓮くんも一緒に……」
私がそう言って彼と共に話しに行こうとした時、とあるものが私の視界に映った。
それは、一台の車。
大きめのワゴン車でスモークガラスで車内が見えず、妙に遅い。
それだけなら変わった車で終わるが、今この状況が組み合わさることで……一つの予想が私の脳裏によぎる。
「蓮くん走れ!」
「へ? あ、はい!」
まさかとは思うが……いや、あり得なくはない!
痺れを切らすとは思っていたが、想像より派手な手を打ってきたな!
そして、ゆっくり走っていた車が佐伯さんと古閑くんの二人に並び━━
「ん!?」
━━いきなり開いた車の扉から飛び出した複数の手が佐伯さんを車内へ引き込んだ。
「……は? おい美結!!」
古閑くんは突然の出来事に一瞬呆然とするが、すぐさま反応して手を伸ばす。
しかし、それも引き込まれた佐伯さんには届かず、車の扉が閉ざされる。
どうにかして追い縋ろうとするも加速した車に追いつけるはずもなく、車はそのまま走り去って行った。
「くそったれ! 逃がすか!」
「いや、悪いが止まってもらうよ」
私はどうにか追いついた彼の横に立ち、肩に手を置いて動きを制する。
動揺している彼はそれを荒っぽく払い除けてこちらへ振り返る。
「……立花? なんでここに?」
後ろにいたのが私だとわかった古閑くんはようやく落ち着きを取り戻し始めた。
というより、困惑が一周回って落ち着いてきたって感じだろうか。
「色々あってね。今の一部始終は見ていたよ」
「っ、そうだ! 早いとこ追わないと!」
「わかっている。だからこそ落ち着け。悪いが説明をしている暇はない。彼と一緒に私の指示通りに動いてくれ」
私が蓮くんを指差したことで古閑くんはようやく彼の存在に気付いたらしい。
ここまで視野が狭まっているとは想像より焦っているようだ。
逸る気持ちもわかるがここは一旦落ち着いてもらいたい。
「コイツは? それに、指示? いったいどうする気だ?」
古閑くんが心配や焦りに加え私の言葉による困惑によって少しずつ沈静化していく。
ふむ、どうする気か、ね。
あえて言葉にするなら━━
「━━この騒動に終止符を打つ」
私はそう言って古閑くんに笑みを見せた。
◇NoSide◇
佐伯美結が攫われたおよそ三〇分後。
誘拐現場から少し離れた廃ビルの一室に複数の人影があった。
静かな部屋の中で男と思われる体格の人影が一際小柄な人影を囲むように立っていた。
その複数の人影からは小柄な人影に対する敵意は見出せず、むしろ心配しているような仕草が見て取れる。
その小柄な人影はそれを意に介することもなく、手に持っていた携帯電話を鳴らした。
『はい、もしもし』
数回のコール音の後、涼やかな女性の声で返答があった。
「騒ぐな。これから言うことは全て事実である。こちらが許可するまで声を出すことを禁ずる」
変声機を通したと思われる硬質な声が電話口で話される。
電話先から僅かに息を呑む声が聞こえた。
それを聞いて、了解したのだと思った小柄な人影は再び口を開いた。
「佐伯美結の身柄は私達が確保した。彼女の身の安全を保証してほしいならばこちらの指示に従ってもらおう。まずは……」
『ぷっふふ……あはは! あっはっはっは!!』
しかし、硬質な声が話している中、電話の向こうから思わずといった様子の吹き出すような笑い声が聞こえた。
携帯を持つ小柄な人影はそれに呆気に取られたように一瞬押し黙る。
しかし、すぐに正気に戻り、僅かに苛立ったように声を上げる。
「……何がおかしい?」
『いや、すまない。つい面白くて笑ってしまった。本当に申し訳ない』
「だから、何がおかしい、と聞いている」
『ああそうか、そこは話さないといけないね。一言で答えるなら、今この状況が、かな』
「……質問に答えろ!」
要領を得ない回答に小柄な人影は苛立つ。
しかし、何度か言葉を交わしているうちに小柄な人影は気づく。
その人物が電話を掛けている場所にはこんな声の人物はいないことに。
そして、今電話から聞こえる声の人物を……自分が知っていることに。
『そろそろはぐらかすのも止めにしよう。私としてもこの騒動は早いところケリをつけたい。今話しているか……少なくとも聞いてはいるだろう?』
電話口の人物はかすかに笑い━━
『この騒動の全ての原因である……佐伯美結さん』
━━自身の結論を真正面から小柄な人影……佐伯美結本人に叩きつけた。
◇Side:立花姫乃◇
「今のところは順調かな」
私は聞こえないように電話を口元から離して呟く。
今私がいるのは以前調査した時に調べていた佐伯さんの自宅だ。
なぜそんなところにいるのかと言えば、佐伯さんがどこに電話を掛けてくるかがわからなかったからだ。
恐らく彼女の自宅か古閑くんの携帯のどちらかだと思っていたが、どちらか確証が持てなかったから彼の携帯を預かって彼女の自宅へ来たのだ。
佐伯さんの自宅には彼女のご両親がいたため事情を話せばあげてくれたし、古閑くんは多少訝しんではいたが彼女のためならば、とすんなりと渡してくれた。
ちなみに彼と蓮くんは別行動だ。
私と彼らでは役割が違う、今は私が時間を稼ぐ番だ。
「さて、君を疑った理由は主に三つだ」
私は電話を口元に戻して話を戻す。
「まず一つ目は君が依頼の時に持ってきた手紙。あれはあまりにもストーカーらしくない」
『……どういうことだ』
「おや、ちゃんと会話はするんだね。てっきり黙り込むものだと思っていたよ」
『……はぐらかすのは止めにすると言っていたはすだが?』
「ああ、そうだね。それは失礼した。話を戻すとしよう」
今の応答、恐らく話している相手が変わったな。
声は変声機を使って同じにしているのだろうが、声の抑揚が明らかに変化した。
さらに応答の内容も苛立った様子の直情的な返答から私の発言を踏まえた理性的な言葉に変わっている。
佐伯さん本人が話していたが、私の言葉で思考停止したか何かで協力者に相手が変わったのかな。
「往々にしてストーカーという人間は自分の存在を相手に誇示するものだ。だというのにあの手紙は新聞紙の切り抜きで自身の筆跡を隠し、切り抜きの並べ方でさえ個性を潰す。一応調べてみたがあの手紙には指紋すらついてなかった。ここまで徹底した痕跡の消し方はストーカーらしくない、ってことさ」
『…………』
電話先の人物からの返答はない。
しかし、よく耳を澄ませば遠くからざわざわと騒ぐような声が聞こえる。
佐伯さんだけでなく他も混乱中か。
いずれにせよ好都合、このまま畳み掛ける。
「二つ目は君の様子。普段の佐伯さんを観察させてもらったが、そこから不安さなどは見受けられなかった。一度一人で帰っている時に後ろから尾行してみたのだが、そこですら不安さの滲み出たような仕草はなく、私の視線に気付いた素振りも見せなかった。依頼の時はあそこまで恐怖を感じていた少女が、だ。明らかに不自然だと思わないか?」
『…………』
「そして三つ目は犯人の行動。ショッピングモールでの行動中に君が一人になることは何度かあった。薬でも使って眠らせて従業員に扮して医務室に連れて行くふりでもすればいい。なのに、犯行現場は夕方の住宅街。果たしてそれは何故だろうか。三〇秒もあれば答えられるかな?」
『……いい加減にしろ。はぐらかすのは止めると言ったのはそちらだろう』
「ああ、申し訳ない。こうして話す機会なんてなかなかないからね。正直私もワクワクしているんだ。これからもやるかもしれない。先に謝っておくよ、すまないね」
やはり、相手は佐伯さんよりは理性的だが、それでもわりと苛立ってきているな。
そろそろ無理に引き伸ばすのも無理があるか。
「そうだね、簡単に言うなら“あまり波風を立てたくなかったから”かな」
私は改めて話を再開する。
彼らももうすぐ目的を達成するはず、なんとか間に合わせるんだ。
「正確に言うなら目撃者を古閑くんだけにしたかったのだろう。ショッピングモール内ならそれを目撃する者は必然的に増える。だから彼以外に人がいない状態で行動したんだ。それに彼の性格から考えれば警察に連絡するより先に追いかけてくることはわかっていただろう。それも私達がいたことで全て覆されてしまったわけだがね」
そう、結局のところ、彼女の最大の誤算というのは私達の存在だ。
私達の存在が彼女の想定を全て破壊してしまったのである。
『それで、彼女自身がこの全てを仕組んだと?』
「飛躍し過ぎだというのはわかっているよ。無理のある結論だということもね」
だが、それでも私はこの結論に絶対の自信を持っている。
そうして、私が再び話そうとした時、
━━電話の向こうからドンッ!! という何かを殴りつけるような音が聞こえた。
『!? なんだ!?』
「よし、間に合ったか」
電話の相手の困惑の声と私の安堵の声がほぼ同時に漏れる。
これまでの私の話はあくまで時間稼ぎ。
前座は終了、これからが本番。
さあバトンタッチ、主役の出番だ。
◇NoSide◇
姫乃と複数の人影……佐伯美結とその協力者達が話している最中、廃ビルのドアノブが回される。
当然廃ビルといえど鍵自体は問題なく作動しているため、ガチャガチャと音を立てるだけで開くことはない。
また、複数の人影は佐伯美結を含めた全員が携帯の会話に集中していたために、その音に気付くことはなかった。
「おいダメだ、開かねえぞこの扉」
「そりゃ鍵くらいは掛かってるだろうよ。おら、どいてろ」
「はいよ」
その扉の向こうで何者かの小声での会話が交わされる。
それをかすかに聞き取った者もいたが、気の所為だろうと思って特に言及することもなかった。
しかし、次の瞬間に扉が殴りつけられたような打撃音が響き、それが間違いだったのだと気付かされることとなる。
「!? なんだ!?」
『よし、間に合ったか』
姫乃の安堵の声も彼らには聞こえず、ただ扉を破壊する音のみが響く。
ゴガン、ボゴン、と鈍い破壊音と共に木製の扉が砕け、軋み、歪む。
「おっ、らぁ!!!」
裂帛の気合を込めた掛け声と共に扉の蝶番が限界を迎えて弾け飛び、扉が部屋の内側へ倒れる。
吹き飛んだ蝶番にも倒れた扉にも当たる者がいなかったのは幸いだった。
「よし、開いたぞ」
「いや、開いたっていうかこじ開けたっていうか……」
破壊された扉から最初に現れたのはガッシリした体格の色黒の少年……虎徹大河。
次に入ってきたのは呆れたような表情をした黒髪の少年……大崎蓮也。
そして、最後に入ってきたのは━━
「美結!」
「……健人」
━━佐伯美結の恋人である古閑健人だった。
「なんで……どうして……」
美結は頭を抱えて困惑する。
彼女は頭は良い方ではあるが、姫乃のように飛び抜けた知力があるわけではない。
電話を掛けた時に姫乃が出た時点で思考は停滞。
それに加えて、考慮に入れていなかった潜伏先への突撃。
想定外に想定外が重なり、彼女の思考はとうとうパンクしたのだった。
「さっきの話は全部アイツの携帯伝いに聞いてた」
「!」
健人は傍らにいた蓮也を指差した。
ここを突き止める際に姫乃と通話を繋げており、それを通して今までの話を聞いていたのだ。
「なんで……なんでこんなことをしたんだよ! お前がこんなことを! 何がお前をそうさせたんだ!?」
「……健人にはわかんないよ」
健人が美結の肩を掴んで揺するが、美結はそれを払い除ける。
「私はね、ずっと寂しかったんだ」
そうして、彼女は語り出した。
「家に帰ってもお父さんとお母さんも仕事、いるのは雇われのメイドとボディガードだけ。それも私と関わるのも最低限。健人や友達は部活だし、私と関わることも少なくなった。それで私はいつの間にか誰にも見てもらえてないんじゃないかって、誰にも必要ないんじゃないかって思うようになったの」
それは独白。
彼女がこの騒動に至った要因にして、彼女の長年に渡る積年の思い。
「だから、ストーカー被害をでっちあげた。そうしたらみんな私を見てくれるって思ったから。まあ、立花さんに相談に行くって言われて少し焦ったけど」
美結は力なく笑う。
「それでも足りなかった私はこうやって誘拐事件を起こしたんだ。協力してもらったボディガードの人達には悪いけどね」
「美結……」
「私は寂しかっただけなの。皆に見てほしかっただけなの。皆にいらない人間じゃない、って言ってほしかっただけなの」
「…………」
健人は何も言えなかった。
彼も美結がそんなふうに考えているとは思っていなかったからだ。
そんな重苦しい沈黙が流れる中、それを打ち破ったのは予想外の人物だった。
『すまないが口を挟ませてもらうよ』
そう言ったのは電話の向こう側の姫乃だった。
『私が君を疑った理由、もう一つあったのを忘れていたんだ。それは……』
姫乃はそこで言葉を溜め、
『私も同じだったからさ』
再びはぐらかすような曖昧な言葉を放った。
「……同じ?」
『ああ、私も両親は仕事、兄さんや姉さんは諸事情により多忙、学校のクラスメイトは私の家柄もあって腫れ物扱い。私と関わりのある人間なんて家にいるメイドか家庭教師くらいだった。色々と面倒はかけたが、それで学んだこともあるのさ』
「……それは?」
姫乃は電話の向こう側で小さく笑う。
『不変な愛なんてものは存在しない。血が繋がっていることは本当に愛している証明にはなり得ない。だけど、それと同様に━━たとえ何もしてもらえなかったとしても、それは愛されていない証明にはなり得ない』
「……あ」
美結はハッとしたように目を見開く。
電話越しでもそれを感じ取った姫乃はさらに言葉を続ける。
『ちゃんと話し合ったことは? 自分の気持ちを明かしたことは? 他人の気持ちを確かめたことはあるかい?』
「……ない」
『そうだろうね。他人に気持ちを確かめるのは怖いからね。私もそうだった。でも、それでも勇気を出して踏み出さないといけないこともあるんだ。大丈夫、ちゃんと君が勇気を出せば……応えてくれる者もちゃんといるよ』
「応えてくれる者……」
美結は呆然と言葉を反芻し……やがて思い当たったように健人のほうを向く。
「美結……」
健人も美結の視線を正面から受け止め、美結は健人の目の前に立って笑いかける。
「ねえ、健人……私を愛してくれる?」
絞り出すような声で健人に問い掛けた美結を、健人は何も言うことなく抱きしめた。
「当たり前だろうが、バカ野郎……!!」
その言葉を聞いた瞬間、美結の両の瞳から大粒の涙が零れた。
「ごめんなさい……ごめんなさい……!」
そして、大声で嗚咽を漏らしながら心の底からの謝罪を溢れる。
それを見た蓮也と大河は目を合わせて頷くと、美結の協力者達を連れて部屋から出ていった。
こうして、佐伯美結のストーカー騒動は終わりを迎えたのだった。
◇Side:立花姫乃◇
私は佐伯さんの泣き声が聞こえたあたりで電話を切った。
これで依頼は完了……ということでいいのかな?
最初に受けた依頼とは大分違う方向に進んだが、丸く収まったなら解決でいいだろう。
私は机に置いていた携帯を懐に入れて通された応接間のソファから立ち上がる。
その時そばにいた中年のご夫婦……佐伯さんのご両親に笑いかけておくことを忘れない。
この騒動で古閑くんに次いで心配していた人物だ、その心労も私が推し量れるものではないだろう。
「さて、これで私の仕事は終わりました。そろそろお暇させていただきますね」
「あ、ああ……ありがとう。……すまない」
佐伯さんのお父さんが私に謝ってきた。
「私に謝る必要はありませんよ。依頼された依頼を遂行したまでです。それと、美結さんにも謝らないほうが良いかと」
「そう、なのか?」
「ええ。彼女が求めているのは謝罪ではありませんから」
「そうか……では何をすれば……」
「簡単ですよ」
私は再び佐伯さんのご両親へ笑い掛ける。
今度は、安心させるためではなく、私の愉快な気持ちも少しだけ込めて。
「彼女が帰ってきたら“おかえり”と、“愛している”と、言ってあげてください。それだけで大丈夫ですよ」
私はそれだけ言ってその場を後にした。
その時に佐伯さんのご両親が頭を下げているのが見えたが……見なかったことにしておこう。
……真っ当に評価されて感謝されるのがむず痒いことがあるなんて思いもしなかったな。
◇ ◇ ◇
週明けに今回の全ての経緯をまとめた報告書を生徒会の取りまとめである会長に提出する。
しかし……
「おいおい立花ー。流石にこれは無理だろ」
「は?」
何を言っているんだこの会長。
ちゃんと全ての経緯をきっちり書き記したし、私の主観ではあるが彼らの心情まで書き連ねた私の自信作だ。
まあ、部外者を巻き込んだことがバレると面倒だから蓮くんのことは伏せたが。
もちろん蓮くんを始めとして、大河や古閑くんや佐伯さんなどの関係者には口止め済みだ。
「いやだってこれおかしいだろよ」
「おかしい?」
「ほら、ここだよここ」
そう言いながら、会長は報告書の一行目……『佐伯美結のストーカー被害について』の一文を指差した。
「今回の依頼はストーカー被害の解決。家庭環境の改善は含まれてない。流石にここまで違うと受け取れねーよ」
「む」
言われてみればその通りだ。
ここまで内容が違うと最早別の依頼扱いだろう。
「それに……これ多分残さないほうがいいだろ」
「ああ……それは確かに」
この報告書はどんなものであろうと一定期間保管される。
それがたとえどれだけプライベートに関わるものであろうと、である。
それも仕方ないとは思うが、今回はまた別だ。
流石の私もこれを残して周りに見せてしまうのは気が引ける。
「まあ、そういうことだ。悪いが処分してくれや。その代わり今日はもう帰っていいぜ。大河ももう帰したよ」
「わかりました。それでは失礼します」
そう言われて、私は生徒会室を出る。
まあ、私も今日は用事があるから休む予定だったしちょうど良かった。
そうして、私は学校を出てとある場所へ向かった。
その途中にこの時間に帰っている私が珍しいのか、何人かの生徒が群がってきた。
普段ならある程度は対応するが今は流石に相手している暇はない。
面倒なので急いでいるという旨を伝えて口元に人差し指を添えてウインクして黙らせておく。
こういう時は顔が良いことって得だって心の底から思えるよ。
◇ ◇ ◇
周囲の生徒をどうにか撒いて私は蓮くんと初めて会った公園に着いた。
さて、彼は呼び出しているから着いていると思うが……ああ、いたね。
「やあ、蓮くん。待たせたね」
「どうも立花先輩。ていうか、その呼び方……」
「ああ、意外と呼びやすかったからね。これからそう呼ばせてもらうよ。君も私のことはヒメさんって呼んでくれよ」
「わかりました立花先輩」
「うん、わかってなさそうだね」
まあ、そこまで無理強いすることでもないしいいか。
「それでなんで俺は呼ばれたんですか?」
「ああ、大したことではないよ。頼まれごとでね。はいこれ」
「あ、どうも」
私は持っていた菓子折りを手渡す。
これは佐伯さん……というより、そのご両親から渡されたものだ。
佐伯さんが大河と蓮くんを見ていたから御礼として渡すように頼まれたのだ。
御礼なんて必要ないとは言ったのだが『私が救われたのは事実だから』と、半ば強引に渡されたのだ。
「俺ほとんど何もしてないですけど……」
「御礼なんだから有り難くもらっておくといい。それに私や大河もそれぞれもらっているんだから君だけ無いほうがおかしいだろう」
「まあ、そういうことなら大人しく受け取ります」
「それがいいよ」
菓子折りを受け取った蓮くんはそれをしげしげと眺めている。
ついでに言うと、彼は知らないかもしれないが渡されたお菓子は結構な高級銘菓で、私の記憶が正しければ一箱五桁近かったはずだ。
彼女もかなり裕福なご家庭だからな。
ちなみに私のお気に入りのお菓子でよく買って食べる品でもある。
「それで仕事はいいんですか? 一応多忙なんでしょ?」
「それがうちの会長が珍しく仕事をオフにしてくれてね。今日の午後はまるごとオフだよ」
「そりゃ良かったですね」
「本当だよ。この前の依頼なんて━━」
私は蓮くんに今までの苦労を愚痴る。
結局、私が蓮くんに興味を持った理由はイマイチよくわからないままだ。
だが、それは最早気にならなくなっていた。
こうして話している時間は心地よい、その事実があれば今は十分。
私の気持ちはそのうち時間が解決するだろう。
そのためには彼のことと私の感情を精査しないといけないわけだけど……まあ、どうにかなるかな。
「なあ、蓮くん」
「はい?」
私は蓮くんのほうへ向き直り、
「今後とも宜しく」
ニッコリと笑い掛けた。
「ええと……よろしくお願いします?」
よくわかっていないようで疑問形で返す蓮くん。
どうやら君とは長い付き合いになりそうだ。
これ後書きで書きたいこと色々とあるんですけど、ここで書くには長すぎるので活動報告で書こうかなって思ってます。
受験勉強の合間に書くのでいつになるかはわかりませんが、暇で暇で天井の木目を数えるくらいしかやることがない人は読んでください。それやるよりは楽しい時間潰しになるように頑張りますので。




