第六話 怪物、顕現
洞窟の中は薄暗く空気がヒンヤリと少し湿っているように感じた。
それなのに肌寒いということはなく、少し見えづらいが暗闇で前が見えないということもない。
これがゲーム補正というやつだろうか。
こういうダンジョンにはトラップがつきものだ。
俺はHPもVITも初期値から一切上げてないから、一撃死すらありえる。
そのため、細心の注意を払いながらゆっくりと進んでいく。
しばらく進んでいると、目の前に数体のモンスターが現れた。
そのうち五体は今までもいたゴブリンだが、他のやつは明らかに違う。
肌の色はゴブリンと同じ緑色だが、体躯はゴブリンは俺の腰くらいまでしかないが、そいつらは俺とほとんど変わらない。
ここにあることから、ゴブリンの系列であることは間違いない。
つーことは……ホブゴブリンか?
前世の世界にいたゴブリンの進化種。
ゴブリンたちとは違い、高い知能と技術を持っていることもある。
どこまで一緒かはわからないが、舐めてかかれる相手ではない。
まずは周りの取り巻きゴブリンからどうにかするか。
「〈ウィンドニードル〉」
俺が魔法を発動させると、辺りの風が逆巻き、数本の鋭い風の棘が現れる。
俺が手を振るうと同時にそれらは放たれ、ゴブリンとホブゴブリンに直撃する。
〈ウィンドニードル〉は【風魔法】がレベル5になったときに手に入れたアーツだ。
能力はシンプルに風の棘による攻撃。
手数も威力も速度も〈ウィンドバレット〉より遥かに優れている実に優秀なアーツである。
しかし、ゴブリンは一掃できたが、ホブゴブリンは未だに健在だ。
前にいたゴブリン達を壁代わりにしたのか、あまりダメージを負っているようには見えない。
攻撃によって俺に気付いたのか、ホブゴブリンは一斉に俺に向かってくる。
俺は腰のホルスターに入れた短剣を引き抜こうとしたが、直前で止めた。
いつも武器や魔法に頼っているわけにはいかない。
たまには格闘で戦うのも良さそうだ。
俺は突っ込んできたホブゴブリンの一体の拳をよけ、その手首を掴み背負い投げの要領で地面に叩きつける。
格闘系のスキルを取っていないからか、威力は低いが戦えないことはない。
まだ死んでいないホブゴブリンに、肋骨をぶち折る気で胸に飛び乗ってやる。
このゲームがグロいエフェクトが飛び散るようなやつじゃなくて良かった。
しかし、どうやらまだ息があったようで、ホブゴブリンは俺の足首を掴んでいた。
やっぱスキルもない、ステータスも高くないじゃ与えられるダメージなんて知れたもんか。
動けない俺目掛けて、残りの二匹のホブゴブリンが拳を振るう。
まあ、動けない相手を見逃してやる理由は無いし、 戦略としては間違ってない。
だが、俺は前世の経験がある。
ろくに連携も取れていない奴らの攻撃など避けられないわけがない。
俺は脚の力を抜いて拳を避け、俺の足を掴んでいるホブゴブリンの顔面に肘鉄を打ち込む。もちろん【一撃必殺】を発動させて。
そのまま【一撃必殺】を常時発動に切り換える。
さらに、地面に両手をつき、攻撃を避けられて硬直しているホブゴブリンの顔に、自由になった両足で卍蹴りを放つ。
そして、その勢いで地面に伏せ、もう一体のホブゴブリンの顎にジャンピングアッパーカットをぶちかます。
顔と顎はクリティカルヒット扱いになったのか、三体のホブゴブリンは一斉に光へと変化した。
[経験値が一定に達しました。アレンはLv10からLv11にレベルアップしました]
[熟練度が一定に達しました。【風魔法Ⅵ】が【風魔法Ⅶ】にレベルアップしました]
[【風魔法Ⅶ】に到達したことにより、アーツ〈ウィンドウォール〉が開放されました]
[条件を達成しました。スキル【体術Ⅰ】を獲得しました]
レベルアップにアーツ追加にスキル獲得……こうやって通知してくれるのはいいけど、うるさいのはどうにかならんもんかな?
まあ、そのうち改善されるのを待とう。
そんなことを考えながら、俺は洞窟のさらに奥へと進んで行く。
◇ ◇ ◇
洞窟内を彷徨い歩くこと約二時間。
かなり洞窟の奥のほうだとは思うが、まだまだ最奥には辿り着けそうにない。
ちなみに二時間というのはゲーム内の時間である。
『アナザー』では昼を三時間、夜を二時間の五時間周期で一日が回っている。
しかし、最新の謎技術により時間の感覚は普通の感覚と変わらないらしい。
つまり、ゲーム内では二時間と感じていても、現実世界では二五分しか経っていないということである。
この辺は考えても理解できないため、理屈をつけて納得するのは諦めている。
あと、このダンジョンについてわかったことがいくつかある。
まずは出てくる魔物はゴブリン系統しかいないこと。
というか、ゴブリンとホブゴブリンしか出てこないため、今のところレベル上げに使っている。
おかげさまで俺のレベルは一四に、【体術】はレベル七、【剣技】はレベル八になった。
そして、このダンジョンにトラップは存在しないこと。
あまりにも無さすぎて、そこらへんの壁や床を触りまくったり、落ちていた石を手当たり次第拾って投げまくったりしたから、多分これは間違いない。
正直なところ少々拍子抜けだったが、難易度が低い分には損は無いので割り切ることにする。
それにしても、一向に終点が見えない。
さらに奥へ進もうとしたその時、突如として洞窟全体が大きく軋んだ。
「うおっ!? なんだ!?」
それによって生じた揺れは地鳴りや地震などの規模を遥かに上回り、まともに立っていられなくなる。
俺はその場に蹲って揺れに耐え、ただ時が過ぎるのを待つしかなかった。
やがて、揺れが収まる。体感では大体三十秒くらい経ったと思う。
「何だったんだ……?」
俺が頭を抑えながら立ち上がると、今までとは全く違う光景が広がっていた。
目の前にあったはずの道と通ってきたはずの道は消え、足元に下への階段が出現している。
その奥は微かに光っているようにも見え、明らかに誘っている。
なんで現れたのかとか、何があるのかとか色々と思うところはあるが……ここまで来たら行くしかねえよな。もう戻れねえし。
階段を降りていくとバカでかい扉があった。
縦幅五メートル、横幅三メートルくらいだろうか。
数字を見るとわかりづらいが、目の前にあるとかなり圧迫感がある。
そして━━その奥から感じる異質な存在感。
「さて、鬼が出るか蛇が出るか……」
そう言いながら俺は覚悟を決め、扉を開いた。
中は直径ニ十メートルほどの半球の大広場のようになっていた。
辺りには中心にある何かを除いて何もない。
それは玉座だった。
薄汚れているものの、このような場には似つかわしくないのは間違いない。
そして、それにはまるで自分が王だと言わんばかりの存在感を放つ怪物が鎮座していた。
その怪物は俺に気付いたのか、ユラリと立ち上がり玉座に立て掛けてあった金棒を手に取った。
「鬼のほうだったか……」
俺は無意識にそう漏らした。
三メートル近いだろう身長にまるで鎧のような筋肉と黒い皮膚。
そして妖しく輝く一対の角と紅い目。
これが━━このダンジョンのボスか。
「グルァァァァァァァァ!!」
怪物━━仮称として黒鬼と呼ぶ━━は苛立ったように首を鳴らし、咆哮する。
俺は身体をブルリと震わせた。
これが恐怖心ではないことは直感でわかっていた。
ああ、やっとだ。やっと戦える。
俺も気付いていなかった……いや、気付かないようにしていた本能が叫ぶ。
━━早く戦え。狂気を見ろ。苦悶を聞け。衝動を感じろ。
あの時に感じた予感は本当だった。
コイツなら……俺を楽しませてくれる。
「さあ━━殺し合おう」
俺は黒鬼との戦いを前に、本能に身を委ねた。
その時に感じた心情は一つ。
━━期待外れにはなってくれるなよ。