第六十話 選手交代、台風第二ラウンド
また週一投稿できませんでした、申し訳ございません。
その代わりと言ってはなんですが、字数は二話分近いのでお許しを……
それとこの話で現実編は最後です。次からは『アナザー』に戻ります。頑張るぞー
「寝た気にならん……」
布団に入ってカフェインの恐ろしさを改めて認識した後、結局眠れたのは午前一時半くらい。
しかも、眠ったのは遅かったというのに、俺の身体に染み付いた生活リズムはきっちりいつも通りの六時半に起こしやがった。
いつもの三分の二くらいしか眠っていないためにどうにも目覚めは良くはないが、今更寝直す気にもならないのでそのまま起きることにした。
カフェインめ、まさかこんなことになるとは……
カーテンを開けてみれば外は快晴、スマホでネットニュースを見ても台風は過ぎ去ったと書いてあるのでもう大丈夫そうだ。
ついでにメールを確認……ん、姉貴からのメール。
内容は……
「あー……面倒なことになりそうだな」
内心でため息をつきながらベッドから下りて、軽く伸びをしてから一階ヘ降りる。
晃生と春香は現在も絶賛爆睡中のようで暫くは起きそうにない。
先に朝食を作っておくか、起きるまで待つか……
「くぁあ……あ、蓮也おはよう」
「あ、晃生」
そんなことを考えていると、もぞもぞと晃生が起き出した。
「悪いな、起こしたか?」
「んー、今何時……六時半過ぎか。このくらいならいつも起きてるよ。朝からゲームするし、春香を起こすこともあるし」
へえ、勝手なイメージで春香が晃生を起こしてるものとばかり思ってたな。
しかし、朝からゲームとは流石の廃人ぶり……ん?
コイツよく真夜中でもゲームしてるよな?
「なあ晃生、お前いつも何時に寝て何時に起きてる?」
「んあ? どうしたいきなり。えーといつもは……寝るのが午前二時過ぎくらいで大体五時くらいに起きるかな。今日は割と長く寝たなー」
総睡眠時間約三時間。
そんな生活でどうやってあの身体能力とテンションを維持してるのだろうか。
「お前いつか身体壊すぞ……」
「大丈夫だって。最近はしてないし」
ほう、ようやくまともな睡眠を取るようになったのだろうか。
それもそうだ、体力がある今のうちならば問題無いが、そんな生活がそう何年も続けられるはずがない。
普通のことではあるが、これも正しい道を歩む第一歩……
「最近は『アナザー』の中で寝てるからな! 睡眠は万全だぜ!」
……ただ廃人具合が増しただけじゃねえか!!
ちなみに『アナザー』の中で寝ることはできるが、加速された時間の中での睡眠であるために当然現実世界で寝るより睡眠時間は短い。
たとえ八時間寝ても一時間四十分しか寝てないことになる……って睡眠時間減ってんじゃねえか!!
これはそのうち春香と会議をする必要があるな。
まあ、これは後だな。
「朝飯作るけどお前らも食うよな?」
「いやっほーい、蓮也の飯だ! 食う食う!」
「よしじゃあ、春香起こせ。優希はそのうち起きてくるだろうから放置する」
何せ中学の修学旅行中に朝食の匂いがしたからと言って、朝五時過ぎに起きた女だ、飯を作ればそのうち起きる。
「あいよー。春香ー、起きろー。蓮也が朝飯作るってよー」
もう完全に意識が覚醒した晃生が眠っている春香の肩を掴んで優しく揺する。
最初こそ微動だにしなかったが、何度も繰り返し揺すったためか、ようやく小さく眉をひそめ、少しずつ目を開ける。
「お、ようやく起きたな。蓮也が朝飯作るってよ」
「んー……ごはん……?」
「そ。はよ起きて飯食うぞ。先に顔洗うか?」
「うん……顔洗う……連れてって……」
「へいへい。蓮也、洗面台って風呂場の横だよな?」
「ああ、あってるよ」
「りょーかい。ほら行くぞ」
「うん……ふぁあ……」
そう言ってから晃生は未だ寝ぼけている春香の手を引いて洗面台へ行った。
……春香って朝弱かったのか。
なんか見てはいけないものを見てしまったような申し訳無い気持ちになってくる。
「ナチュラルにいちゃついてんのはなんなんだろうなぁ……」
「わかる……なんであれで付き合ってないんだろ?」
「そればっかりはなんとも……って、どっから湧いた優希」
「ニ階からに決まってるじゃん」
違う、聞いてるのはそこじゃない。
「いや、眠りが浅くてあんまり寝られなかったんだよねー。原因はわかりきってるけど」
「原因? ちゃんと姉貴の部屋のベッドで寝たんだろ?」
「それが原因なんだよ!」
珍しく声を荒げた優希に思わずビクリと身を竦める。
「何あの部屋!? 漫画に小説、フィギュアやポスター、話題作から少しマイナーなやつまできっちり揃ってる! あんな部屋にいたのに何もしちゃいけないなんて生殺しだよ!」
「あー、そういうことか……」
姉貴は面白いと思った漫画は即座に全巻買い集める上になまじ金を持ってるもんだから、その数が本当にとんでもない数になる。
買った本を置く場所が無くなれば自重するかと思ったが、持ってる服を半分以上売り払って無理矢理場所を確保した時は思わず笑みが溢れたものだ。多分かなりドライな笑みが。
そんな部屋にガチオタを放置したんだ、そりゃかなり耐え難いものだっただろう。
別に読んだって文句は言わないとは思うが。
「気になるやつがあったなら貸してもらったらどうだ?」
「うーん……今度来た時にいたらそうしようかな〜」
「ああいや、今度とかじゃなくて━━」
俺が言いかけたその時……
「おーい、蓮也〜、愛しのお姉様が帰ってきたよ~」
話の中核となっていた女が帰ってきた。
「……遅かったか」
「ねえ、蓮也くん、今の声ってひょっとして……」
「ああ、人間暴風雨のご帰宅だ」
「あはは、暴風雨か、言い得て妙かな。なんてったってあの父さんの娘だからねぇ」
唐突にキッチンに響いた気の抜けたような笑い声。
我が家のぶっちぎりの問題児、姉貴のご帰宅である。
「早いな姉貴」
「まあね。アンタの友達ってのを見てみたくてさ。えーと、この子が……え、しっぽりヤッちゃった感じ?」
「違う。その手をやめろ」
姉貴は握り拳を作り、その人差し指と中指の間に親指を突っ込んだ。
やめんかバカ姉貴、優希の情操教育に悪い。
「いやー、友達って言ってたのにこんな女のコだったら邪推しちゃうでしょ」
「なんで真っ先にそんな発想が出るんだよ……つうか、そいつだけじゃなくてあと二人いるからな」
「ああ、なるほど、つまり4ピあだぁ!?」
またもや何かを口走ろうとしたバカ姉貴の頭を思い切り叩く。
そのまま放置していてはいかんな、やはり何かを仕出かす前に始末するしか……
「おーい、戻ったけどもう出来て……あれ、これ何が起きてる状況?」
俺の前には蹲ったバカ姉貴、俺は手を振り抜いた体勢、更には優希を後ろにして阻むように立っている。
……この状況だけ見たら俺のほうが悪人っぽくね?
とりあえず、あらかたの状況説明と姉貴の紹介を済ませてから朝食を取ることにした。
いつまでも説明に時間を費やしていたら朝食が昼食になってしまうくらいにはこの女の情報量は多い。
それに深くまで関わるとろくなことにならないし、ほどほどに関わるのが一番だ。
……しかし、そんな姉貴と意気投合してしまったやつもいる。
「美桜さん、『神のアルカナ』劇場版限定特典揃えたんですか!? 確率とんでもなく低いシークレット混ざってるって話でしたけど」
「そうだよー、うちの愚弟を引き連れて周回したんだー。あ、そうだ、そのシク私と蓮也が同時に引いたから一枚あげようか?」
「いいんですか!? 確かネットオークションで四万円くらいしましたよね!?」
「いいのいいの。私が独占するより貰ってくれる子にあげて布教したほうが楽しいしね。いやぁ、でも優希ちゃんは話がわかるねぇ」
昨日のクレーンゲームで話した漫画作品の劇場版の話で大盛り上がりしている。
若干人見知りがある優希からすれば、初対面でここまでテンション上げて話しているのは珍しい……というか見たことがない。
楽しそうなのは良いことだと思うが、うちの姉貴はかなりの問題児だし、割と複雑な気分だ
なお、ここまで晃生と春香は一切話がわからないため、終始無言で食事をしている。
朝メールを見た時点で足止めをしておくべきだったか……
「うーん、それにしても……」
「あれ、どしたの優希ちゃん」
「いや、美桜さんの声どこかで聞いたような気がするんですよね……なんだったかなぁ……」
「えー、どっかで会ったことあるっけ?」
優希と姉貴が揃って首を傾げる。
少なくとも俺が知る限り、姉貴と会わせたことも声を聞かせたこともない。
なんなら、写真なんかで姿を見せたことすらないはすだ。
姉貴も心当たりがないあたり、やっぱり優希の気のせいなのでは……いや、姉貴が不特定多数に声を出していることはあるのか。
「姉貴の活動絡みじゃねえかな」
「あー、それかぁ。今何人だっけ?」
「もうじき三五万ってとこだったか」
「もうそんなにいってたんだ。そろそろ記念配信の準備しとかないとかなぁ」
「?」
俺と姉貴は二人で頷くが、優希は首を傾げるのみ。
気になったのか、ずっと無言だった晃生と春香までこちらに視線を向けている。
それに対して姉貴は「大したことじゃないけどね」と前置きして話し始める。
「私同人作家兼配信者やってるんだよねー。『Ms.Cherry』って聞いたことないかな? 一応そこそこ知名度あると思ってるんだけど」
「「「はぁ!?」」」
その言葉に優希のみならず晃生と春香も驚愕の声を上げるが、それも無理はない。
『Ms.Cherry』とは絵描き配信を主に活動する有名配信者である。
顔出しこそしていないものの、声の良さに画力とトーク力など様々な点で話題を集め。一躍時の人となった。
少し前には『今話題の配信者トップ10』に名前が乗るなど、今ではこの女無しには今の配信者業界は語れないと言われるほどに名を馳せた。
まあ、その実態は生活力の全てを画力と声とツラの良さに回したアホである。
おまけに外面を良くするという立ち回りまで会得したため、親しい人間以外には猫を被っている。
ちなみに今は半分ちょい被ってるくらいだ。
「いやー、最初は仲間内でやってただけなんだけどさー。いつの間にか登録者が一〇万人超えてるわ、友達はさらに本気になるわで辞め時見失ったんだよね」
「いつの間にかでなってるものですか……?」
もちろん普通は違うだろうが、姉貴は基本的に演者兼企画立案に回っててその他は周りがしてるから自分のチャンネルのことはほぼ知らないのだ。
なんでこんなのが今話題の有名人になれるのだろうか。
世界ってまだまだ神秘に満ち溢れてるんだなぁ……
「まあ、楽しいからなんだっていいの。皆もちゃんと人生楽しみなよ? 後になってから後悔したって時間は戻ったりしないんだからね」
そう言って、姉貴はまたケラケラと笑った。
その後は普通に食事をして昨日着ていた服を渡し、解散となった。
「悪いな、最後は姉貴の暴走劇になっちまって……」
「いや、別にいいよ。割と面白かったし」
「流石は蓮也のお姉さんって感じだったわ」
「私は感謝しかないよ……ありがとう……本当にありがとう……」
春香の言葉の意味とか優希のテンションとか色々聞きたいことはあるが、文句がないならそれで良かったのだろう。
というか、これ以上ツッコミどころを与えるといよいよ止まらなくなるから良かったということにする。
収集がつかない状態になるのは避けたい。
「ねー、蓮也」
晃生たちを見送ったあと、朝食の皿を洗っていると、唐突に姉貴が話しかけてきた。
「どうした姉貴」
「今楽しい?」
「あ? なんのことだ?」
「んー、これじゃ伝わらないかぁ」
猫を被る必要もなくなった今、気の抜け方がさらに増した姉貴はなんとなく掴み所がない。
正確に言うなら、言葉が足りなかったり言い回しが変だったりするのでイマイチ理解しきれないのだ。
ひとしきり首を傾げた後、姉貴は浮かべていた笑みを深いものに変え━━
「今、前世と比べて、楽しい?」
そんなことを言った。
それに対する俺の反応は……
「ああ、楽しいよ」
「ふふっ、そっかぁ~」
姉貴は再び楽しそうに笑うと二階の自分の部屋への階段を上がっていった。
気まぐれに場を乱すだけ乱して、自分が納得するか満足したらその場を去っていく。
自由気ままで我が道を行く我が家の問題児ぶりは健在。
しかし……それでも呆れはするが怒りは湧いてこない。
「やっぱり敵わねえなぁ」
前世の記憶があろうが精神年齢が倍近く高かろうが……弟とは姉に敵わない生き物なのである。
少し前に名前と声だけ出した大崎姉正式参戦。
設定の中にある未登場キャラ含めても割と上位にくるキャラの濃さしてます。
○大崎家家族構成
父:有名写真家
母:一般人
姉:人気配信者
弟:『アナザー』では割と名前が売れた
なんなんでしょうねこの家族。
ちなみに母親はちゃんと一般人です。一般人()ではありません。
ただそこはかとなく世間とズレてる夫と自由奔放を絵に描いたような娘を一声で止められるので家庭内ヒエラルキーでは最上位です。
○久々の転生事情
大崎家は蓮也が前世の記憶があることは把握しており、そのうえで彼を息子や弟として可愛がっている人たちです。
まともではありませんが間違いなく善人ではありますからね。
蓮也が前世の記憶拗らせて闇堕ちしなかったのにこの人たちの影響は割と大きい。




