第四十七話 ようこそ審問官の森
元々二五〇〇字くらいで一話の予定なのにキリのいいとこまで書いたら倍近く膨れ上がるのなんで?
事の発端は放課後となり、俺が先輩との一方通行的な約束を果たそうとしていた頃の話だ。
「ねえ大崎君、ちょっといいかな?」
振り返った先にいたのは御下げ髪が特徴的な少女……うちの学級委員長をしている藤野麗美だ。
「藤野か。なんか用か?」
「うん、ちょっとね」
何か忘れてたことがあったか……課題は出したし、特に問題や騒動を起こした記憶はない。
強いて言うなら、今日の昼休みのヒメさん襲撃事件が騒動と言えなくもないが……まさかそれで何か言われることはないだろう。
「心当たりが無いんだがなんかしたか?」
「まあ、無いのも無理はないよ。大崎君にとっては当然のことっぽいし」
当然のこと? なんだ、いよいよわからなくなってきた。
藤野は俺の肩にポンと手を置く……いや、なんかものっそい力籠もってんだけど?
「立花姫乃親衛隊隊長としての呼び出しだよ。とりあえず事情聴取から始めようか?」
ああなるほど、そういう感じね、良く理解した。
となれば俺が取るべき方針はただ一つ。
「戦略的撤退!」
「な! 逃がすか!」
ふはは、バカめ!
身体能力的には中の上くらいだが、一般的女子高生を振り切るくらいはできるわぁ!
このまま逃げ切ってやるよ!
なおその数十秒後に同じクラスの原田に捕獲された、陸上部派遣は流石に勝てんて。
◇ ◇ ◇
回想終了。
そして俺は、現在使われていない空き教室に設置された裁判所(机を並べただけの簡易仕様)の中心に着席させられ、両肩を柔道部の杉本と野球部の西口のダブルゴリラに抑えられている。
向かい側の議長席には委員長であり、立花姫乃親衛隊の隊長(自称)であり、この裁判を取り仕切る裁判長である藤野が座る。
両脇の検察役と弁護士役が座るであろう席もあるのだが、俺から見て右側には誰も座っていない。おかしいな、あそこは確か弁護側の席のはずだが。
ちなみに、俺の後ろにある傍聴席(野次を飛ばしている奴らの集合体)には三〇人ほどいる。暇なの?
野次を飛ばしているアホどもを藤野が手で制し、空き教室がシンと静まり返る。
そして、その静寂を破るように声を発したのもまた藤野だった。
「これより軍事裁判を開廷する。まずは被告人大崎蓮也の事情聴取を執り行う。大崎君、何か弁論は?」
「俺の認識が間違ってなければこれは事情聴取じゃなくて尋問って言うと思う」
「弁論終了。これより処刑を執行する」
「おう待てや、裁判が短すぎんぞ」
古代中国のほうがまだまともに事情聴取するわ。
そして後ろの傍聴席、お前らはいい加減野次を飛ばすのをやめろ、さっき処刑が決まった時歓声上げた奴いたの聞き逃してねえからな。
特にお前だよ、そこの七三野郎、今時見ないコッテコテの真面目キャラみたいな見た目しやがって、パンチパーマにしてやろうか。
「えー、だって早いとこ処刑したいし……」
「お前さては処刑する口実のために裁判開いたな?」
「当たり前じゃん。私刑は犯罪だけど、法の裁きという建前があるなら何をしても許されるんだよ。私のバックには司法がついてる」
頼むからバックの司法に六法全書で殴られてくんねえかなぁ。
「まあ、そこまで言うなら仕方ないなぁ。一応罪状だけ読み上げとこうか。金沢さんお願いします」
「はっ!」
検察席に座っていた中の一人、金沢と呼ばれた男子生徒がえらく畏まった態度で立ち上がる。
「被告人大崎蓮也は今日の昼休みに我らが生徒会長立花姫乃氏と親しげな会話を行っていたことが確認された。『ヒメさん』『蓮くん』とあだ名で呼び合う……くっ、羨ましい……などの姿が目撃されている。これに対して何か弁論は?」
金沢の言葉が終わると教室中の視線が俺に集中した。
あー、視線が痛えなあ!
さて、どう答えたもんか。
少々本音混じりではあったものの述べられたことは全て事実だ。
しかし、そのまま答えたら温度が上がり続けている奴らの追及という火に油を注ぐどころか、今なお燃えている火災現場にニトログリセリンをぶち込んだみたいな騒ぎになりかねん。
つまり俺がすべきことは奴らの神経を逆撫でせずにこの場から離れる、または追及から逃れること……いや、難易度鬼すぎるだろ。
だが、それを成し遂げねば俺の平穏は帰ってこない……覚悟を決めろ俺!
「大したことじゃねえよ。昔ある出来事からそう呼び合うようになっただけだ」
「そのある出来事ってのは?」
「悪いがそれについては黙秘させてもらう。当事者が俺だけじゃないんでな」
「うーん、それなら追及はやめようか」
よし、第一段階はクリア。
このまま引いてくれたら楽なんだが、流石にそうはいかんだろうな。
「というか私はなんでそこまで気に入られてるのかが知りたいんだけど?」
「それに関しては俺も知らん。その件以来なぜか気に入られただけだし」
「━━は?」
その瞬間全身から放たれる濃密な殺気。
前世では日常の一部であったが、しばらく感じていなかったせいか、一瞬身体が強張った。
……いや、なんで一般的女子高生がこんな殺気を出せる。
「なぜか……? 気に入られた理由をそれで切り捨て、しかもあだ名で呼び合う……?」
怒りと憎悪、そして怨嗟が入り混じったドロドロとした感情を多分にぶち込んだ声を上げながら、裁判長席から降り、俺に歩み寄る。
その際に俺を拘束していたゴリラコンビは離れていったが、それも無理はない。
俺だって全力での逃走を敢行したいが、それをするといよいよ死にかねんのでなんとか身体をその場に固定する。
「お前は……お前は……!」
藤野はゆっくりと手を動かし、俺の胸ぐらを掴むと━━
「お前はそれがどれだけの幸運かわからんのかぁ!!!」
━━滂沱の涙を流した。
「立花姫乃先輩だけじゃない! 裏では学校でもかなり高い人気を誇る月城春香さんと中条優希さんもお前は関わりを持ってる! なんでお前はその幸運を噛み締めない! なんで私には関わりがないんだぁあああ!!!」
あまりの剣幕で詰め寄る藤野に俺は思わず気圧されて後退ろうとするが、胸ぐらを掴んだ藤野の手がそれを許さない。
つまるところ藤野の主張としては『美少女三人に囲まれておきながらその幸運を理解していないお前が気に食わない』というもの。
なるほど、コイツガチでレがズな人間であったか。
綺麗に晃生をスルーしてるあたりガチ度が伝わってくる。
「えーと……なんかゴメン?」
「謝るな! 謝るくらいなら出会いをくれ!!」
「ええ……」
それで怒りが収まるならそうしたいところだが、生憎紹介できるような人間がいない。
姉貴は彼氏持ちだし、数少ない友人は片方はリアルラブコメしてるし、もう片方はそれを観察するのに手一杯だからなあ。
それはさておき、今は抜け出す方法を考えねば。
もう拘束されてはないが、ここで走り出すと間違いなく捕獲された上で即刻処刑されるのが目に見えてる。
クソッ、ゲーム内ならヘイトを別の奴に向けるとかいくらでもやりようはあるんだが、残念ながらここはリアルだ。
いや、なんでリアルでこんな意味不明な状況になってんだ、現実は小説よりも奇なりってか?
現実逃避しても仕方ない、どうにかして逃れる隙を作るんだ━━
「ああ、ここにいたのか」
不意にそんな声が響いた。
それはこの場にいるはずのない人間の声で。
その姿はないながらもこの騒動の中心にいる人物の一人。
「なんでここにいるんですか━━ヒメさん」
俺が糾弾されている原因……立花姫乃先輩その人だった。
「なぁに、約束したのにいつまで経っても蓮くんが来ないからちょっと探してたんだ。そしたらこの現場に辿り着いたのさ」
「また大河に怒られますよ」
「だから早く戻りたいんだよ。…………トイレってウソついて抜け出してきたし」
最後は聞かなかったことにしておこう。
「まあ、そういうわけなんだけど……どういう状況か聞いていいのかなこれ」
「軍事裁判?」
「いつからうちの学校は軍隊学校になったんだい? それとも私が知らないうちに一九四〇年代にタイムスリップしたのかな」
「もしかしたらそうかもしれませんね」
コイツらどうにかして処刑したいみたいだし、太古の蛮族の血が混ざってるのかもしれない。
いや、そうだとしたら戦時中とかよりも前になるのでは?
というか、なんか藤野含めて親衛隊がえらく静かなんだが……
「おお……なんということだ……」
「女神が降臨なさった……」
「くっ、個体識別されると死ねる……」
「バカ、なんとか生きるんだ、少しでも目に焼き付けてから死ぬんだ」
バカがバカなこと言ってやがる。
女神? たとえそうだとしても間違いなくろくなもの司ってないよ?
大方欺瞞とか詭弁とか裏切りとか背徳とかそんな類いのやつだよ?
「しかし、このメンバーは一体…………………………ああ、今わかった」
「え?」
今の声は俺のものだったが、親衛隊連中の心象も言葉にすれば同じようなものだっただろう。
藤野が隊長を務めているからか内訳は俺のいる一年四組が一番多いが、他のクラスの奴もそれなりにいる。
さっき罪状を読み上げた金……原? だったかは履いてるスリッパの色からすると二年生のようだ。
こんなバラバラな面子を前にして何の集まりか理解することができるのか?
猜疑的な俺の視線と周りの狂信者共の熱狂を平然と受け流しながら、先輩は俺のほうへ━━正確には俺の胸ぐらを掴んだままの藤野に歩み寄った。
「ヘイ藤野さん、ちょっとスマホ貸してくれないかい?」
「……へ? あ、ああ、どうぞ! こんなもので良ければいくらでも!!」
「うん、ありがとう」
俺の胸ぐらから手を離し、ポケットに入れていたスマホを取り出し、暗証番号を打ち込んでロックを解除し、先輩に手渡して思いっきり飛び退く。
この間なんと二秒少々。
驚くべき速度……あの速さはゲーム内の俺に匹敵するやも……
「おおすごい、最新機種だ。このタイプならカメラは……ああ、やっぱりここだね。藤野さん、ちょっとこっちおいで」
「は、はい! 迅速に!」
そうして、藤野を手招き、自分も歩み寄って━━
「はいチーズ」
━━いきなり肩を抱き寄せ、ツーショットを撮影し始めた。
「!?!??!!?」
「うーん、光の角度がイマイチかなー、もう一枚」
顔を真っ赤にしてバグりまくる藤野を知ったこっちゃないと言わんばかりにスルーし、実に楽しげに撮影を続ける先輩。
突然始まった謎の撮影会を俺と藤野を除いた親衛隊は呆然と眺めることしかできず、ひたすらに時間がすぎるのを待つ。
「うん、これなら良いね。スマホありがとう。写真は自由に使ってくれて構わないよ。邪魔をしてしまった迷惑料だと思ってくれ」
「は、はひ……」
「さあ、行こうか蓮くん。早く戻らないと私が大河に怒られてしまう」
「このまま帰るという選択肢は」
「あるわけないだろう」
デスヨネー。
まあ、ようやくこの場から離脱……というより生還できるのはこの人のおかげなので大人しく従おう。
「それじゃあね。機会があればまた会おう」
にこやかに手を振りながら退室する先輩に続いて俺も空き教室をあとにする。
こうして俺は軍事裁判からの脱出に成功した。
なお、出てから数秒後に響いた歓喜と驚愕の入り混じった悲鳴は聞かなかったことにする。
「やめろぉぉぉおおおおお!!! 見ようとするな!!! これは現像して家宝にするんだぁぁぁあああああ!!!」
聞かなかったことにするっつってんの声量のせいで聞かざるをえない状況にすんのやめて?
○立花姫乃親衛隊
元は姫乃が居た中学から始まった非公認ファンクラブ。姫乃のクラスメイトがノリで作ったのがドンドン膨れ上がった結果今に至る(創設者達大爆笑)。主な活動は週に二回ほど空き教室に集まって姫乃の動向について語り合うというもの。怪しさ満点の組織ではあるが、『立花姫乃の生活に支障をきたしてはいけない』という不文律により、無害な組織となっている。現在『遠くから見守るのが至高派』と『できるならお近づきになりたい派』の論争が勃発している。なお二年前にできた『後ろからついていって残り香を嗅ぎたい派』は一瞬で撲滅された。
○藤野麗美
蓮也と同じ一年四組の学級委員。普段は学年でも上位の成績で話しやすく穏やかな性格だが、姫乃が絡むと急激に攻撃的になる狂信者。一年なのに親衛隊隊長を務めているのは、中学の時に集会所に乗り込み、『立花姫乃という神が生み出した奇跡について』という原稿用紙二〇枚以上に及ぶ論文を当時の親衛隊隊長(創設者達の一人)に叩きつけたから。今回偶然手に入れたツーショット写真は、他の親衛隊から守り抜き、ロック・データ移行・現像を済ませた上で額縁に入れて机の上に飾っている。




