第二十話 挑戦
俺と『銀殻』の睨み合いが続く。
周りのスティールスパイダーは自分達の親玉が来たからか、動く気配が無い。
俺は目を離した瞬間に攻撃されるのではないか、というか緊張感から動けない。
そんな奇妙な拮抗状態を破ったのは、他でもない『銀殻』自身だった。
『銀殻』が脚の一本を無造作に振り下ろす。
糸を伝っての移動では間に合わない。
俺は【飛翔走】を発動させて無理矢理回避する。
スティールスパイダーとは比べものにならない異次元の速度。
AGI特化型の俺でも、気を抜いたら即死だ。
元いた場所へ目を向けると、立っていた足場の糸が引き千切られていた。
何体ものスティールスパイダーを支え、俺が暴れてもびくともしなかったあの糸を難なく破壊すんのかよ。
攻撃力どうなってんだ。
『銀殻』が追撃を加えてくる様子は無い。
多分このまま逃げ出したって、アイツが追ってくることは無いだろう。
それほどまでに俺と『銀殻』の実力差はデカい。
今俺は『銀殻』に敵視すらされていないエサに過ぎない。
なら、その余裕引っ剥がしてやる。
「『風よ、荒れ狂う風よ。槍となりて我が眼前の敵を穿て』〈ゲイルランス〉!」
俺は『銀殻』に向けて魔法を放ちながら、走って距離を詰める。
槍となった風の塊は張り巡らされた糸や周りのスティールスパイダーを、一切の抵抗無く破壊しながら、『銀殻』の甲殻に衝突する。
しかし、『銀殻』のHPゲージは一切変化していなかった。
俺は大きく目を見開く。
〈ゲイルランス〉は俺の攻撃魔法の中で最大の威力を誇る。
それを詠唱して放っているため、威力はさらに増強されているはずだ。
それこそ、今射線上にいたスティールスパイダーを難なく破壊する程度には。
だというのに、コイツはそれを意にも介さなかった。
防御力まで桁外れだってのかよ、このバケモンは。
俺が内心で悪態をついていると、不意に『銀殻』の目が赤く輝いた。
すると、周囲に無数の魔法陣が現れ、そこから土の槍が生成された。
スティールスパイダーが撃っていた土の槍と同じ魔法だろうが、数が桁違いだ。
見える範囲だけでも五〇以上、【魔力感知】が俺の後ろに反応していることから、総数は一〇〇はくだらないだろう。
土の槍が俺目掛けて一斉に放たれた。
大半は的外れな方向に飛んでいくし、特段速いわけでもないから回避も難しくない。
だが、この数が非常に問題だ。
一発を避けると、他の射線に入るため、常に回避行動を要求される。
斬り払っても第二、第三波が次々と襲いかかる。
おまけに『銀殻』が常時魔法陣を展開しているせいで、どんどん追加の魔法が放たれる。
質の悪い弾幕シューティングゲームを延々とやらされてる気分だ。
なお、相手の攻撃は弾数無制限・一撃即死、こっちの攻撃は完全防御。
あってたまるか、こんなクソゲー。
唯一の救いは足場が破壊されないことか。
【飛翔走】で足場は生み出せるが、アレはMPを消費する。
コイツみたいにMP無限じゃない限り、必ず限界を迎える。
だが、これを続けたって結局ジリ貧になる。
━━多分俺がコイツに勝つのは不可能だ。
HPやMPは当然として、STR・AGI・INTその他諸々、優っている要素が存在しない。
もうまもなく俺は死ぬだろう。
そんなら、絶対に一矢報いてやる。
まごついてたって死ぬだけだ。
覚悟を決めろ、俺!
俺は【飛翔走】を使って駆け出した。
頭上から降り注ぐ魔法の雨は短剣と拳で無理矢理破壊して突破する。
張り巡らされていた糸はアイツ自身の魔法で千切れている。
安全圏が目と鼻の先に迫った瞬間に、今まで音沙汰無かった二匹のスティールスパイダーが立ち塞がった。
スティールスパイダーの目を見ると、『銀殻』と同様に紅々と輝いている。
アイツまさか配下の使役まで出来るってのか?
どんだけハイスペックだよ、ふざけんじゃねえ。
俺は二匹の内、糸を吐き出したほうを短剣で、突撃してきたほうを拳で捻じ伏せる。
それでは致命傷にはならなかったらしく、【一撃必殺】を発動させ、二匹まとめて斬り裂いた。
こうして、俺は魔法の暴風域を強引に抜け出した。
すると、唐突に魔法の雨が降り止んだ。
もう意味が無いと考えたのか、別の一手を打つためか……どっちにしろ、弾幕が無くなったのは有り難い。
こんな好機逃してたまるか。
【飛翔走】で階段モドキを作り出し、『銀殻』の頭上に駆け上がる。
もうMPの出し惜しみはなしだ。
この一撃に俺の全部を出し尽くしてやる。
周りのスティールスパイダーが魔法を放ったり、糸を射出したりしているが、あんな奴らの攻撃なんか当たるわけが無い。
『銀殻』の頭上を超えても、なお上昇し続ける。
攻撃上昇系のスキルとアーツの分のMPのみを残して、全部を【飛翔走】に回す。
あの化け物に一矢報いるために、俺が出来るすべてを集約させる。
やがて、俺は森の木々の頂点を超え、『銀殻』の真上に辿り着く。
そこで俺は【飛翔走】を解除した。
足場を無くしたことにより、俺の身体は重力に従って落下し、加速度的にその速度を増していく。
それと同時に俺の持つ攻撃力上昇スキルをすべて発動させる。
「【一撃必殺】ッ!」
落下による慣性での速度上昇、スキルによる攻撃力上昇。
間違いなく俺が出せる最大火力だ。
これが効かないなら、俺が打てる手はもう無い。
大人しく死にやがれ、『銀殻』!
「ギジャアアアアア!!」
初めてまともに攻撃が当たった感触がする。
辺りに金属が擦れ合う音と『銀殻』の絶叫が響く。
『銀殻』のHPゲージがガリガリと削れていく。
そして、スキル発動のエフェクトが消える。
俺の決死の攻撃は、『銀殻』のHPの三割を削った程度で終了した。
『銀殻』は大きく身震いして俺を弾き、前脚の大振りを俺に叩き込んだ。
俺は吹き飛ばされ、足場の蜘蛛糸を突き破って地面に背中を強く打ち付けた。
鈍い衝撃が全身を駆け巡り、頭が上手く回らなくなる。
それでも生き残ってるのは、【不屈の精神】が発動したからだろう。
重い身体に鞭を打って無理矢理起き上がる。
そうした俺の目に映ったのは、口を大きく開き、その奥に魔法らしき光を収束させている『銀殻』の姿だった。
ゲームでドラゴンとかがよく使うブレス攻撃か?
ホントになんでもありかよ、化け物め。
俺は小さく息を吐いた。
全力を出して戦った。持てるものは全部使った。でも、勝てなかった。
言ってしまえばそれだけのこと。
俺はまだ手に持っていた【黒月】の切っ先を『銀殻』に向けた。
「次は勝つ。それまで消えんじゃねえぞ」
『銀殻』の八つの目が一際強く輝き、溜めていたブレス攻撃を放った。
その光が身を包んだ瞬間、俺の視界は暗転した。




