第十九話 怪物現る
俺はさらに密林の奥へと進む。
探索スキルに注意しながら歩いていると、突如としてピロン、という間の抜けた音が聞こえた。
ステータスウインドウを開くと、メールの欄に新規メールが来ていることがわかった。
差出人はメイさんで、文面は以下の通り。
『素材 白羊王の上毛皮、鋼蜘蛛の外骨格、白閃鉱石
量 できるだけ多く
よろしく』
わー、簡潔。これが防具の素材か。
何がどこで採れるのかもわからないし、一つずつ確認していくか。
まずは『白羊王の上毛皮』。
これ名前からして多分アリエスから採れる素材だよな?
だとしたら、インベントリにあるかもな。
試しにインベントリを開いてみると、ちゃんと『白羊王の上毛皮』と明記された素材があった。
これで一つは完了だな。
メイさんに持ってって足りなかったら、その時に集めればどうにかなるだろ。
二つ目は『鋼蜘蛛の外骨格』。
多分これは第二層にいるモンスター、“スティールスパイダー”の素材だろう。
確かこの密林にもいるはずだ。
最後の『白閃鉱石』だが、これはまったくわからない。
おそらくは何処かに鉱山があって、そこに採りに行くっていう手順なんだろうな。
調べなきゃいけないし、これは後回しにするか。
というわけで、これからは『鋼蜘蛛の外骨格』を求めて、スティールスパイダーを探すことにした。
しばらく歩いていると、探索スキルのいくつかが反応を示す。
反応しているのは【空間感知】【魔力感知】【敵影感知】の三つ。
まず間違いなくモンスターの類だろう。
俺は踏み出そうとした足を止め、目の前の空間に短剣を振るった。
剣越しに何かにぶつかり、プツリと切れた感触が伝わる。
俺はよく目を凝らす。
すると、木と木の間にキラリと光る何かが張り巡らされていることに気付いた。
━━糸か。
蜘蛛型のモンスターと聞いた時から予想はしていたが、少々面倒なパターンだ。
よーく目を凝らさないと、細すぎて肉眼で捉えることはできない。
その上探索スキルが【魔力感知】くらいしか反応しないし、その反応も微弱。
これを掻い潜りながら機動戦に持ち込むのはかなり面倒だな。
次の瞬間、【魔力感知】が強く反応し、反応を示したそれが俺へ急激に迫る。
俺は飛び退いてそれを回避した。
元々居た場所を見ると、槍のような形をした土塊が地面に突き刺さっていた。
土魔法……おまけに刺さっている角度からして、放たれたのは木の上からか。
視線を木の上へ向けるが、モンスターの姿は見えなかった。
コソコソ隠れて安全圏から狙い撃ちとはなかなかに性格が悪いな。
俺は隠れてるけど、最終的には姿見せて近接で殴り合うからセーフだ。
まあ、そんなことは置いておくとして、これからどうするかな……。
魔法で撃ち落とせるか?
探索スキルで位置はわかってるから、できなくはなさそうだな。
ただ相手の固さによっては悪手になり得る。
まずは探りを入れるとするか。
「〈ウィンドカッター〉」
俺は探索スキルの反応へ向けて空気の刃を放つ。
だが、何かに当たった様な感触は無く、ただ数枚の木の葉を落としただけで終わった。
どうやら避けられたようだ。
逃げ足も速いとは、陰キャここに極まれりだな。
ここまで来たら、直接殴ったほうが早いな。
俺は地を蹴って跳び上がり、木を蹴ってさらに上へと向かう。
真上に向かうだけなら大した数も無いし、あっても短剣で斬り払えばどうにでもなる。
木の頂点近くまで来ると、多数の鈍色に輝く蜘蛛が巣を張っているのが見えた。
コイツらがスティールスパイダーか。
「キシャア!」
近くにいた蜘蛛が俺目掛けて糸を吐き出した。
俺は【飛翔走】で空気を蹴り上空へ逃れ、その勢いを利用して空中で前転し、蜘蛛に踵落としを打ち込んだ。
お前、蜘蛛だったら糸は尻から出せや。口から吐き出してんじゃねえ。
俺は蜘蛛の巣に着地する。
蜘蛛の巣は横糸のみが粘着性をもっており、縦糸にその性質は無い。
つまり、縦糸だけを踏めば糸に足を取られることなく進めるのである。
俺は蜘蛛の巣の縦糸に沿うように走る。
張り巡らされている糸は【魔力感知】と【遠視】をフル活用して斬り刻む。
この糸は細く見えづらいが、強度自体は大したことは無い。
隠蔽能力を優先したと言えば聞こえは良いが、目が慣れてしまえば何の役にも立たない。
すれ違いざまにスティールスパイダーを斬りつける。
辺りに赤いダメージエフェクトが散るが、まだ死んでない。
さっきの蜂どもよりは固いって感じだな。
スティールスパイダーの土の槍を回避し、拳の連撃を叩き込む。
手負いだったスティールスパイダーではそれに耐えきれず、光の粒となり消えた。
攻撃速度は遅いし、防御力も突破できないほどじゃない。
撃ち合いは止めて近接ゴリ押しで殴り切ったほうが早そうだ。
[経験値が一定に達しました。アレンはLv28からLv29にレベルアップしました]
ん? レベルアップ通知?
確かこれ俺に敵対してるモンスターがいなくならないと出ないんだよな?
じゃあ、今見えてるスティールスパイダーはまだ敵対してないのか。
感知能力はザルの可能性があるな。
まあ、それは置いといて、レベルアップしたのは嬉しい。
蜂八匹と蜘蛛二匹が同じくらいなら、相当経験値が高い。
蜂で超過してた分があっただろうから、簡単に比較はできないが、それでも蜂よりは高そうだ。
俺は次の獲物に向けて照準を合わせ、顔を上げる。
その時だった。
俺は見た。いや、見てしまった。
俺が第二層の下調べをしていた時に見た情報だ。
第二層には『四大怪虫』と呼ばれるエリアボスが四体存在する。
そして、それらは東西南北の四方を守るように位置している。
俺が来ているのは東の森。
その東の森に君臨する王が俺の目の前にいる。
全長二十メートルはあるであろう、今まで見てきたモンスターが馬鹿らしくなるほどの圧倒的な巨体。
明らかにスティールスパイダーと比べものにならないと一目でわかる全身を覆う銀色の甲殻。
血走ったようにギラギラと真っ赤に光る八つの目。
東の森の覇者、『銀殻』グレートマザー。
俺はこれから、この怪物との戦闘に身を投じることになる。




