第十五話 日常っていいね
現実世界日常回です。
息抜きとか今まで名前出て来たけど触れてないキャラを登場させるとか色々言い訳はありますが、簡単に言うなら書きたかったからです。
こういう現実世界回って需要あるんですかね?
とある日の昼休み、俺は学校の屋上にいた。
屋上にいるのは特に意味は無く、ただ屋上にいれば、そのうち全員集まってくるからだ。
別に約束しているわけではないが、日常の一部となっているため、特段気にしてない。
ぼんやりと空を眺めながら、購買で買ったパンに齧りついていると、屋上の扉が雑に開かれた。
来たのは両腕に大量のパンを抱えた茶色に近い黒髪の少年。
俺の待ち人の一人である緑川晃生だ。
「あっ、いた。待たせちゃった?」
「いや、今来たばっかだ」
人懐っこい笑みを浮かべて問いかける晃生に、俺は気軽に返す。
晃生は安心したように笑うと、俺の右隣に座った。
「春香と優希は?」
「わかんね。多分もうすぐ来るだろ」
「そうか」
晃生の適当な返答に俺も適当に返事しておく。
まあ、元々晃生が知ってるなんて期待してない。
もしかしたらわかるかなと思ったくらいだ。
二人でくだらない話に花を咲かせていると、再び屋上の扉が開かれる。
入ってきたのは長い茶髪をポニーテールにまとめた少女と黒髪を肩あたりで切り揃えた少女。
先程話に出た人物であり、俺たちが待っていた月城春香と中条優希である。
「あっ、やっぱりいた。やっほー!」
「アンタら相変わらず早いわね。私たちも結構すぐ来たんだけど」
最初に優希が呼びかけ、春香が半ば呆れたように言う。
「珍しく遅かったな」
「四限目が長引いてね。現社の斎藤先生ホント話長いわよね」
「あー、斎藤かー。俺あの人の授業大体寝てっからわかんねぇんだよなー」
「お前はちゃんと授業を受けろ。またゲーム禁止されんぞ」
晃生がそれだけは勘弁と言わんばかりに渋面をつくる。
晃生からゲームを取り上げるというのは、酸素を奪うのと同義である。
中三の頃に一週間ゲーム禁止を言い渡された晃生はその一週間、まるで屍のように反応が無かった。
「てかアンタ、今日お弁当忘れてたでしょ。オバさんに渡されたわよ」
春香が右手に持っていた弁当箱を晃生に渡す。
この二人は家が隣で、幼稚園からの幼馴染というラブコメのような関係である。
ちなみにこの二人は付き合ってるわけではない。
「え、もう俺パン買っちゃったんだけど」
「ちゃんと確認しなさいって何度も言われてるでしょうが」
「皆で食えばどうにかなるさ。最悪全部まとめて優希に押し付ければいい」
「確かに食べられるけど、その言い方は無いでしょ」
俺の言葉に優希が頬を膨らませ不満を表した。
優希は身長一五〇センチ程度と小柄だが、かなりの大食いだ。
中学時代総重量五キロのラーメンを制限時間の半分で完食し、さらに向かいの店のアイスクリームを笑顔で食べたという逸話は最早伝説となっている。
自身の弁当プラス惣菜パン五、六個くらいなら簡単に平らげられる。
一通り挨拶代わりのじゃれ合いが終わると、春香は晃生の右隣に、優希は俺の左隣に座る。
こいつらと行動するようになってからいつの間にか当たり前になっていた座り場所。
俺たちは春香と優希を混じえて、再び馬鹿話に興じ始めた。
「そういや、今日『アナザー』メンテナンスだよな?」
昼食の最中に晃生が思い出したように声を上げた。
「そういえばそうだったわね。アレ何時まであるの?」
「えーと……確か今日一日はプレイできなかったはず」
俺がそう言うと、晃生だけでなく春香や優希も残念そうな表情を浮かべる。
晃生はともかく、春香と優希もこうなるとは、珍しく本気でハマってるんだな。
だが、ゲームのメンテナンスならば仕方が無い。
『アナザー』のような大規模マルチサーバーは、どうしても膨大な情報量を扱うことになる。
そのため定期的なメンテナンスは、プレイヤーにとっても欠かせないものだ。
ましてや、今回はアップデートも含まれている。
今日一日できないくらいは許容しなければならないのだ。
「だったら、今日皆で遊ぼうぜ! どうせ皆暇だろ?」
さっき落胆していたとは思えないほどキラキラした表情で晃生が提案する。
それはいいが、勝手に人を暇人扱いするんじゃない。暇なのは間違いないけども。
「俺はいいぞ」
「私も賛成」
「私もいいよー」
「よっしゃ、全員参加な! 放課後すぐに校門前集合!」
ノリノリの晃生に俺たちが頷くと同時にチャイムがなり、解散となった。
なかなか楽しい放課後になりそうだ。
◇ ◇ ◇
その日の放課後、ちょうど玄関から出ようとしていた晃生と合流し、校門へ向かった。
そこには既に着いて楽しそうに会話をしている春香と優希の姿があった。
「わりー、今度は俺たちが待たせちまった」
「別にいいわよ、このくらい。ほら行くわよ。どうせ七時くらいには帰らないといけないんだから」
春香の言葉で俺たちは全員揃って校門から足を踏み出した。
「そう言えば、どこ行くかとか決めてるの?」
「まっさかー。なんの当ても話題もねえよ」
「まあ、そんなことだろうとは思ってたわ」
「とりあえず街に出てみる? 何か新しく出来てるかもしれないし」
「それが良さそうだな」
俺が優希に同意すると、二人も頷いた。
俺たちの学校は中心街から少々外れにあるが、道を何本か横切ればすぐに着く。
七時くらいに帰ることを考えれば、ちょうど良い距離だろう。
一〇分ほど歩くと、中心街に辿り着く。
現在は夕方ということもあり、多くの人が往来を行き来している。
俺たちも街をぶらぶらと歩くが、これといった目新しいものは見当たらない。
「やっぱり何も無いわね」
「俺らも結構来てるしな。そんなすぐには見つからんだろ」
「ねえ、あれ何?」
春香が呟くと、優希が何かを指差す。
そこには多くの女性で出来た行列があり、その先頭には看板を掲げたキッチンカーがあった。
目を凝らして見ると、看板にはタピオカ専門店と書かれている。
「タピオカの屋台みたいだな」
「「タピオカ!?」」
俺がそう伝えると、女子二人が揃って目を輝かせた。
「並ぶわよ、晃生!」
「行くよ、蓮也くん!」
「あれに並ぶのかよ!? つーか、タピオカもうだいぶ下火だろうがよ!」
「そんなの関係ないでしょ! いいからさっさと行くわよ!」
「俺甘いもんあんま得意じゃないんだが……」
「甘さ控えめのやつもあるから! 飲めるから!」
春香が晃生、優希が俺の腕を掴み、屋台のほうへと引っ張る。
結局俺たちの必死の抵抗も虚しく、女子二人のタピオカ気分に巻き込まれた。
なんかこういう時の女子ってかなり押し強いよな。
◇ ◇ ◇
「ひ〜ま〜だ〜」
俺たちが並び始めて三〇分が経過した頃、長い待ち時間に痺れを切らした晃生がぼやく。
「な〜、暇だよ春香〜」
「うるさいわね。大人しく並びなさい」
「だってもう二時間くらい待ってるだろ」
「まだ三〇分くらいよ。あと三組ぐらいで買えるからもう少し待ちなさい。あと、私の肩に顎を載せるな」
春香が晃生の顎を掴み持ち上げる。
その動作に特に動揺や憤りなどは無く、いつものこととしてあしらっているのが見て分かる。
念の為もう一度言うが、この二人は付き合っていない。
「いらっしゃいませ。ご注文をどうぞ」
そこから数分で俺たちの番が回ってきた。
俺と晃生は注文の仕方など一ミリも理解できないため、春香と優希に任せた。
とりあえず甘くないやつとは言っておいたが、どうなることやら。
あと、タピオカは地味に高かった。
「やっと買えたねー」
「美味いかは知らねえけどな」
「余計なこと言ってんじゃないわよ。いいから飲んでみなさい」
春香に言われるがままに、人生初のタピオカを口に運ぶ。
皆が持ってるミルクティー仕立てではなく、ほうじ茶ラテになってるため甘みは許容範囲内。
タピオカはモチモチとした食感で、こっちも何かしているのかなかなかに甘い。
うん、全然飲める、飲めるけど……
「なあ、晃生よ」
「どうしたんだい蓮也」
「これそんな美味いか?」
「俺もそれは思った」
確かに飲めるし、不味いとは思わない。
だが、正直に言うなら美味いとも思わない。
話題になるほどの味には感じなかった。
春香と優希を見てみると、実に楽しそうにタピオカを飲んでいた。
これは女子特有の感性由来のものなのか、はたまた雰囲気的なものなのか……。
「なあ、春香のそれ何味?」
タピオカに飽きたのか、晃生がフラフラと春香のもとへ向かい問いかける。
「これ? いちごミルク味だけど」
「それくれ。こっち飽きた」
「アンタねぇ……じゃあ私もそっちの飲むから頂戴」
「いいよー」
晃生と春香は持っていたカップを交換し、なんの躊躇なくそれを飲んだ。
「あ、俺こっちのほうが好きだわ。交換して」
「ちょっとそれ私のなんだけど。返してよ」
「やなこった。取ってみろや」
「ちょっ、アンタふざけんじゃないわよ!」
晃生が飲んでいたカップを春香が届かないように高く掲げる。
春香はどうにかして取ろうとしているが、二人の身長差故に届きそうにない。
そんな二人を俺と優希だけでなく、周りの通行人も微笑ましく眺めていた。
「わー、末永く幸せに爆ぜろー」
晃生と春香のやり取りを見て、優希が聞こえないように呟く。
何度でも言おう、この二人付き合っていない。
「相変わらずだよねー、あの二人」
「どうやっても変わんないし、変わる気も無いんだろうよ。実際あの二人はアレが似合ってる」
「それもそうだねー」
結局この騒動はキレた春香が晃生にボディブローを食らわせて幕を閉じた。
やっぱり皆といるのは楽しいものだな。




