第百四十七話 鉄の主
「えーと、部屋は……あ、あったここだ」
吹き飛ばされてボロボロになった外壁を横目に俺たちはさっきの男から案内を受け、『オール・クリエイション』本拠地の中へと足を踏み入れた。
配管のパイプや壁材なんかが剥き出しになったままの廊下を右に曲がり、左に曲がり、上に上がったかと思えば下に降り……立体迷路みたいな室内を歩くこと多分一〇分くらい。
俺たちを先導する男が無数に並んだ重そうな鉄の扉を開け、その中の一室に俺たちは招かれた。
「ここで待っててくれってあの人が。今茶とか持ってくるんで」
「お構いなくー。茶ならこっちで用意するよ。アンタも研究に戻りたいでしょ」
「それはそうっすね。じゃあ、ギルマスに来たことだけ伝えとくんで」
「はいはーい」
案内してくれた男はそれだけ言ってその場から去り、メイさんはそこら辺の棚を漁る。
勝手知ったるとは言うが、それにしてもあまりにも動きに遠慮がない。
ここでしばらく過ごしてたってのは間違いないんだな。
「おっ、あったあった。……模様のセンスは悪くないけど、少し歪んでる。基礎が足りてないね。アイツに報告かな」
少し漁ればポットと幾つかのティーカップを見つけたらしいメイさんがそれを品定めしていた。
その裏で何やら一人の創作者がぶった切られたが、そんなことは俺の知ったことではないので無視だ。
そうしてメイさんが淹れた紅茶を飲みながら待つことおよそ五分。
閉め切られた鉄の扉が、ガンガンと叩かれた。
……あっ、これノックの音か。バカほど重いからカチコミかと思った。
「みんないるから入ってきなー」
メイさんがそう返すと、ギギッと軋むような音を立てながら鉄の扉が開かれ、一人の人物が入室した。
初見の印象は……なんというか、あまりにも予想外な人だった。
普通ならこんなギルドのギルドマスターなんて、不摂生そうな機械オタクか、完全にイった目をしてるマッドサイエンティストを予想するだろう。
だが、扉から入ってきたのは美しい金髪をシニョンにまとめ、スリットの入ったパーティードレスを着た人物だった。
「お久しぶりメイ。そして、初めまして。話は聞いてるかもしれないけど、改めて自己紹介させてもらうわね。私は『オール・クリエイション』ギルドマスターのギエモンと言います。以後お見知りおきを」
その人……ギエモンさんと名乗る人が丁寧に礼をしてこちらに手を差し出す。
「ご丁寧にどうも。私は『栄光への旗印』構成員が一人、リズと言います。個人的な事情による訪問ゆえに、こちらのギルドマスターの不在はご容赦ください」
俺たちがあまりの衝撃に放心していると、いち早くそれから復帰したリズさんがその手を取った。
流石はリズさん、イレギュラーの擬人化みたいな存在なだけあってイレギュラーには強い。
……ほんの少しだけ笑顔が引きつってるのは見なかったことにしよう。
「ふふっ、構わないわ。それと、敬語は必要ないわよ」
「……それはありがたいね。お言葉に甘えさせていただくよ」
普段通りに話し出すリズさんを見て、ギエモンさんは穏やかに笑う。
しかし、本当に驚いたな。
メイさんからここのギルドマスターは男だと聞いていたんだが……
「ていうか、また化けの皮が厚くなったね。初見で男だって見抜けるやつまだいる?」
「ここ二ヶ月は見てないわね。というか、化けの皮っていうのやめてくれない? こうなった原因の一端はアナタたちでしょうに」
「いや、『喋り方が平坦すぎて怖い』って言っただけなのに『じゃあ女言葉で喋るわ』とか言い出してメイクとファッションの勉強しだすのは流石に私のせいじゃないでしょ」
「だって、どうせなら可愛いほうがいいじゃない?」
「随分とキャラ変したねえ……」
おっと、装いはともかく穏やかで真面目な人なのかと思っていたが、どうやら普通に狂人の類ではあるようだ。
事実外見は普通の女性にしか見えないし、なんなら声だった女性そのものだ。
自分の趣味ならともかく、他人に言われての変容としてはスゴいというか、最早怖い。
「ま、昔話はこれくらいにしよっか」
「そうね、それじゃあ早速本題に入りましょうか」
ひとしきりの談笑を終えたらしいメイさんとギエモンさんは本命である話題を切り出そうとする。
それに反応してセレンさんがガバッと顔を上げる。
どうやら何の話かを察したらしい。
その様子を見て、ギエモンさんは楽しげな笑みを浮かべた。
「待ち切れない人もいるみたいだし、まずは案内を━━」
ギエモンさんが扉を開けようと手を伸ばし━━その手が触れる前に、バンッ! という音を立てて扉が開かれた。
「━━めーちゃぁぁぁあああああん!!!」
「うぶぅっ!?」
そして、メイさんが吹き飛ばされた。
いや、少々言葉が足りなかったな。
勢いよく開け放たれた扉から飛び込んできた何者かに突撃されたメイさんが吹き飛ばされた……ダメだ、大した情報が増えなかった。
ひとまず現状の確認だが……メイさんはその場に仰向けで倒れ伏し、その上に先ほど突撃してきた何某……つなぎのような作業服らしきものを着た少女が馬乗りになっている。
「やっぱりめーちゃんだ!! さっき案内してるとき見てたんだよー!! その時は調整待ちだったから行けなかったけど、終わったから居ても立ってもいられなくなって来ちゃった!! ねー、めーちゃん、なんで来たの!? ここに戻ってくる気になったの!?」
「ううぅ……降りろ、離せ……だ、誰か……」
楽しそうな笑みを浮かべながら早口でまくし立てる少女と、苦しそうに呻きながら助けを求めるメイさん。
傍目から見てると中々愉快ではあるが、流石にこのまま放置するのはマズイ。
とりあえずメイさんを助けようと動き……その前にギエモンさんがメイさんの上に乗る少女を持ち上げた。
「コラコラ、ダメよザミー。メイさんはモヤシより貧弱な闇に生きる人間よ。アナタの元気さに当てられて消滅してしまうわ」
「そっか!! ごめんめーちゃん!!」
「……アンタらあとでまとめて殴る……」
助け舟というかただの悪口を言いながらギエモンさんは持ち上げた少女……ザミーをメイさんの横へと降ろす。
当のメイさんは未だ悶絶し、立ち上がるのも厳しいようだが、文句を言う元気はあるらしい。
まあ、殴られるのも致し方ない言い草ではあった。
「あ、そういえば紹介しておくわね。この子はザミエル。うちの機械操作部門のトップで、超一流のパイロット兼ガンナーよ」
「初めまして!! めーちゃんの友達のザミエルです!! ザミーって呼んでください!!」
ああ、ザミーってのはあだ名だったのか。
しかし、この子が機械操作部門のトップ……見た目は本当にただの少女。
おそらくはうちのリラよりも年下、俺が見た中で一番近いのは『乙女の花園』のガーベラだろうか。
年齢が実力や立場なんかとは無縁なのがこの世界である。
「さて、と……メイは大丈夫?」
「なんとか……色んな意味で疲れたけど」
「なら大丈夫そうね。それじゃあ改めて行きましょうか」
「あ、あの……一応お伺いしますが、これから行くのは……」
「あら、聞いてなかったかしら?」
妙にかしこまったせいで怪しげになったセレンさんに対し、ギエモンさんはそれを気にすることもなく笑いかける。
「我らがギルドの心臓部、始原文明兵器類の復元及び開発を専門とする工房よ。貴方のご所望の銃器もそこで開発してるわ」
「━━おお……!!! 我らが神よ……!!!」
セレンさんは膝をついて両手を組み、静かに涙を流した。
俺たちは最早その反応には慣れたが、ギエモンさんとザミーもそのままスルーしていた。
中々の剛の者と見受けられる。
「さあ、向かいましょう。めくるめく鋼の世界へ」
書き上がったら、明日も投稿するかも




