第十四話 ボスバトル『アリエス』
「メェエエエエエエ!」
アリエスは再び咆哮し、俺に向けて突進した。
俺はそれを横っ跳びで突進を回避する。
しかし、アリエスは通り過ぎたかと思うと、四本の足をバネのように使い、俺が跳んだ先へと追いかけてきた。
「【飛翔走】」
俺はスキルで足場を生み出し、アリエスの頭上を通過して回避した。
威力はわからないが、速さに関しては黒鬼よりは劣るか。
このくらいなら余裕を持って回避できるな。
「〈ウィンドニードル〉」
俺がそう唱えると、風の棘がアリエスの身体へと放たれる。
だが、風の棘はアリエスの身体の体表を多少削る程度で留まった。
表示されたゲージを見ても、あまり効果は無さそうだ。
どうやらアリエスの防御力は黒鬼よりは高そうだ。
「メェエエエエエエエエエエ!」
三度アリエスが吼える。
今までより長く、猛々しい咆哮。
それが何を意味しているのかは、すぐに判明した。
突如として地面が揺れ、隆起する。
そして、大地を喰い破るように現れたのは木の根。
あの大樹の根を操っているのか、魔法で木の根を生み出しているのかはわからないが、その威力は大地を突き破ったことからも明らかだろう。
俺は【黒月】を抜き、木の根を斬り払う。
幸い大した強度は無いらしく、特に抵抗を感じることなく、斬り落とすことができた。
「メェエ! メェエ! メェエエエ!」
それを見たアリエスは何度も短く鳴く。
その度に新たに木の根が生み出され、俺へと迫る。
ここまで多いと流石に厄介だな。
俺は武器を【紅炎の短剣】と【蒼氷の短剣】に切り替え、手数重視にシフトする。
STRは多少下がるが、それでも木の根を斬り裂くには十分だ。
二本の短剣で木の根を切り払い、アリエスまでの道を強引に切り開く。
近づくほどに木の根の数は増えるが、この程度ならばなんとかなる。
「【炎刃】【氷刃】」
俺は一気に加速し、木の根の間を潜り抜ける。
そして、アリエスの両足の間をスライディングするように滑り、スキルを発動させた短剣で腹と足を斬りつけた。
アリエスは尻尾を凪ぐように振るい、その勢いで反転する。
だが、俺は既に【飛翔走】で上空を駆け抜け、尻尾の射程圏内から逃れていた。
やっぱり、この調子でヒットアンドアウェイを狙うのが良さそうだな。
「メェエエエエエエエエエエエエ!」
アリエスが咆哮したかと思うと、今まで俺を狙っていた木の根が、俺とアリエスを囲むように蠢いた。
俺は閉じ込められるのを避けるため、木の根を飛び越え、アリエスから距離を取る。
木の根は見る間に壁を形成し、頑強な要塞を生み出した。
完成と同時に新たに木の根が地面を割り、俺の顔目掛けて槍のように放たれた。
俺はそれを仰け反って回避。
続けざまに横から突き出した木の根をバックステップで回避する。
「チッ、面倒くせえことしやがって」
俺はほぼ無意識にぼやく。
自分は防御ガチガチに固めて、遠距離攻撃集中砲火とは、本当に要塞の籠城戦みたいだ。
この固定砲台型スタイルがアリエスの真価か。
さて、どうやって攻略するかな。
一、壁の穴を探して中に侵入する。
壁に穴があるとは考えにくいし、万が一あったとしても何らかの罠だろう。
それに飛び込むのは流石に無理がある。
二、アリエスのMP切れを待つ。
ボスにMP切れがあるのかわからない上に、あのスタイルを取っている以上、生半可な量ではないのは間違いない。
時間も掛かりすぎるし、これも却下だ。
三、壁を破壊してアリエス本体を叩き潰す。
これが一番手っ取り早いな。
ついでに新しく手に入れたアーツのお披露目と行こう。
「【飛刃】、【飛刃】、【飛刃】!」
短剣と自前のスキルを使った【飛刃】三連発で迫りくる木の根を切り払う。
恐らく次の木の根の攻撃が来るまで、あと数秒といったところだろう。
たかが数秒、されど数秒。
その僅かな時間が欲しかった。
「『風よ、荒れ狂う風よ。槍となり我が眼前の敵を穿て』」
詠唱。
一段階以上進化させた魔法スキルのアーツは、それぞれ詠唱と呼ばれる効果上昇パッチがある。
詠唱無しでも使えるアーツが大半だが、詠唱無しと有りでは効果に明らかな差が生まれる。
時間は掛かるが、あの木の壁を破壊するには必要不可欠だ。
「〈ゲイルランス〉!」
最後にアーツの名を告げ、魔法が完成する。
現れたのは風を収束させた大槍。
俺の手の動きに呼応して放たれたそれは、樹木の要塞を喰い破り、勢いそのままにアリエスをも穿った。
「メゲェ!?」
苦悶に満ちた鳴き声を上げるアリエス。
俺はその隙に壁の穴を潜り抜け、アリエスに接近する。
アリエスが動く気配は無い。
木の根の壁はちょうどアリエスを覆うくらいの大きさしかない。
すぐさま消せるような代物でもない限り、アリエスは動けない。
「【炎刃】【氷刃】」
再びの短剣連撃でアリエスのHPを削る。
中に入り込んだ以上、壁は俺の足場にしかならない。
アリエスはそれに気付いており、壁の木の根を操作しているが、まだまだ時間が掛かるはずだ。
その間に一気に削り切る。
やがて、木の根の壁が取り払われ、アリエスが俺の短剣連撃から逃れる。
それと同時に、俺は武器を【黒月】に変え、【隠蔽】と【隠密】を多重発動させた。
さらに、【飛翔走】でアリエスの頭上に滞空する。
これで終わりだ。
「【一撃必殺】、【天賦の暗殺者】、【ハイドアタック】、【王命刃】」
俺の持つ攻撃力上昇スキルの全てを集約し、アリエスの脳天目掛けて短剣を突き立てた。
残り半分程度あったはずのアリエスのHPが全て消し飛ばされる。
そして、アリエスは声一つ上げることなく、光の粒となり消えた。
[経験値が一定に達しました。アレンはLv25からLv27にレベルアップしました]
[熟練度が一定に達しました。【短剣技Ⅱ】が【短剣技Ⅲ】にレベルアップしました]
[熟練度が一定に達しました。【暴風魔法Ⅱ】が【暴風魔法Ⅲ】にレベルアップしました]
[【暴風魔法Ⅲ】に到達したことにより、アーツ〈ウィンドリカバー〉が開放されました]
[熟練度が一定に達しました。【格闘術Ⅰ】が【格闘術Ⅱ】にレベルアップしました]
[【格闘術Ⅱ】に到達したことにより、アーツ〈正拳突き〉が開放されました]
[ボスバトル“白羊王アリエス”をクリアしたことにより、第二層が解放されます]
頭の中でアナウンスが鳴り響く。
俺は小さく溜め息をついた。
倒せて良かったが、ここまで長引くと疲れるな。
少し経つと、大樹の根本に二つの魔法陣と大きな宝箱が現れた。
詳細を確認すると、片方は第二層に直接繋がる魔法陣、もう片方は第一層の街に繋がる魔法陣と表示された。
普通なら第二層に向かうんだろうが、ここに来るまでに七時間くらい掛かってるし、今日はもうやめておこう。
俺はそう考え、宝箱の中身もろくに確かめず、そのままインベントリに入れると、第一層へ転移し、すぐさまログアウトした。
本来一時間あれば着く道を、俺が“大樹の森”への行き方を間違えていたということに気付くのは、少々後の話である。




