第百四十話 魂を削る
「━━━━━グゥルルルァァァアアアアア!!!」
部屋中に響く人間とは思えない獣じみた唸り声に顔をしかめながら、俺はケダモノとなった白髪男に対峙して短剣を構える。
いきなり荒ぶり出しやがった……青白い炎を呑み込んで強化……いや狂化か? バーサーク系のスキル? いや、アイツのスキルはネクロマンス系統のはず、だとしたらどういう理屈で━━
「グルァ!!!」
「チッ、考える時間はくれねえってか!」
咆哮とともに白髪男は四肢のすべてをバネにして地を駆り、俺へと爪を立てるようにその手を振るう。
俺はその場から飛び退いて回避し、白髪男の手は一秒前まで俺の立っていた床へと突き刺さった。
「石造りだぞ、素手で破壊すんな!」
俺自身や一瞬脳裏によぎったアイツらを完全に棚に上げた俺の文句に、白髪男は聞く耳を持つことなく俺へ追撃する。
右手の刺突や左手の薙ぎ払い、後ろ回し蹴りに三日月蹴り、さらには噛みつきまで繰り出してくる。
野性的な動きの中に武術の動きが折り込まれており、それぞれに異なる対応が必要になるためにかなり対処が難しい。
炎を呑み込む前より動きも格段に速くなり、受けてないから正確ではないが膂力も相当上がってるだろう。
しかし、ステータスが上がるのは良いとして頭が狂ったみたいな挙動をし始めたのはどういうわけだ?
まるで何かに乗っ取られたみたいな……ッ!!
「そういうことか!!」
ネクロマンス系統、青白い炎、乗っ取り……いくつかの点が次々に繋がり、一つの像をなす。
ようやく得心がいった、コイツのスキルの正体は━━
「魂の憑依か!!」
◇NoSide◇
アレンと対峙する白髪の男……本名ギルベルト・アルトレインの持つスキルの名は【霊魂操術】。
アレンやセレンの推察する通りネクロマンス系統に類するスキルであるが、死体そのものではなく死者の魂に干渉する能力である。
そのスキルが有する能力は大きく分けて三つ。
一つ目は〈霊魂憑依〉。
【霊魂操術】の根幹となるスキルであり、その名の通り自身の使役下にある霊魂を死体に憑依させるスキル。
魂を操作することにより擬似的な死体操作を可能とし、オートで動かすことも可能である。
その際のステータスは霊魂の生前のものが基準となるものの、肉体強度がそのステータスに耐えられない場合は自壊する。
しかし、ギルベルトは死体には白い仮面をつけること、そしてその仮面が破壊されると憑依状態が解除されることを条件として課すことでその条件をある程度緩和している。
二つ目は〈混霊昇華〉
複数の霊魂を混ぜ合わせることでその霊魂の持つステータスを強化することができるスキル。
本来であれば霊魂を混ぜる、あるいは一つの身体に複数の霊魂を入れると拒絶反応を起こして対消滅する。
しかし、相性の良く拒絶反応の少ない霊魂では霊魂の持つ意思などは消滅するものの、霊魂自体は消えることなく混ざり合う。
当然このスキルによって混合された霊魂もギルベルトの使役下にあるため、〈霊魂憑依〉などで憑依させることが可能である。
これによって生まれたのがギルベルトによって生み出された仮想意思搭載混合霊魂こそが『ギルティア・ハイレイン』。
ギルティア連盟の大戦力であり、いくらでも替えがきく使い勝手の良いコマである。
そして、三つ目は〈災霊嚥下〉。
使役下の霊魂を自身に取り込み、自身の魂と霊魂を混ぜ合わせることで強化するスキル。
ステータスのみならず生前のスキルや技量をも取り込むことが可能であり、数値以上の強化を行うことができる。
また、本来人間の身体という器には人間の魂しか入れることができないが、ギルベルト・アルトレイン自身はネクロマンス系統スキルへの高い適性もあり、モンスターの魂も取り込むことが可能である。
今回ギルベルトが取り込んだのは超多重混合魔獣霊魂『ウルブズ・レギオン』。
かつて第一層で起きたスタンピードイベント『群狼の行軍』によって死した無数のフォレストウルフの霊魂を〈混霊昇華〉によって収束させた混合霊魂。
ギルベルトが用意した虎の子であり━━最も危険を孕むじゃじゃ馬である。
その所以は拒絶反応による魂の消耗。
〈混霊昇華〉と〈災霊嚥下〉では、その過程で魂同士の拒絶反応が起こり、霊魂同士や自身の魂が共食いを起こして摩耗する。
それは霊魂同士の相性次第で大きくなり、種族が違えばより大きくなる。
フォレストウルフの霊魂同士は大きくないが、それを取り込むギルベルトの魂はネクロマンス系統スキルへの高い適性を持ってしても拒絶反応は大きい。
一時的な意識の混濁や魂の消耗を考えれば連続使用は長くとも一〇分が精々。
それ以上は彼自身の魂が蝕まれ、肉体もろとも魂が崩壊して死に至る危険性もある。
だが、そうだとしてもギルベルトはこのスキルを躊躇いもなく使用する。
命の摩耗を受け入れたとしても━━守らねばならないものを守るために。
◇ ◇ ◇
(やっぱり、これキッツイなぁ……!!)
当のギルベルトは獣の本能で動く身体をなんとか制御しながら混濁する意識の中で思考する。
魂が摩耗する感覚というのは想像しにくいものであり、伝えるのも難儀するものである。
脳裏に電流が断続的に流され続けるような、常に脳が揺さぶられているような、形容し難い不快感。
幾度となくそれを使ってきたギルベルトであっても慣れることはない悍ましい感覚を、彼は気合で持ちこたえながら意識を保つ。
(しかし、これでも捉えられないか……数値上ならAGIは四桁近いんだけどな)
ギルベルトの思案は正確だが、ある種の間違いでもある。
今のギルベルトのAGIは憑依した『ウルブズ・レギオン』のものであり、魔獣であるがゆえに四足で動くことが前提のステータス。
人型のギルベルトではそれを十全に使いこなすことはできず、さらにステータスで劣る自身の肉体を破壊しないためにギルベルトの意識が無意識のセーブをかけている。
それでもアレンと比較しても倍近い速度はあるが、アレンは経験則と動体視力、スキルによるステータス補正で回避を続ける。
(いくつのスキルを持ってるのかは知らないけど、このまま続ければいずれスキルが使えないタイミングが来る。その隙をつければ殺すのは容易いだろう。だけど……)
ギルベルトの最大の懸念は制限時間。
『ウルブズ・レギオン』の限界持続時間は一〇分。
現在経過した時間はまだ二分程度だが、限界持続時間とはギルベルトが辛うじて行動できるだけの体力を残した場合の時間である。
それだけの体力では正面ホールへ向って構成員を救出することはおろか、この地下から逃走することもままならない。
(逃走のための余力を残すことも考えたらあと五分が限度かな。彼のスキルの感覚を掴むのには間違いなくそれ以上はかかる。放置しようにも『ギルティア・ハイレイン』では止められないし、速度的に振り切るのも難しい。となると……)
そこまで考えて、ギルベルトは片目を閉じる。
それは【霊魂操術】の副次的効果。
使役し憑依させた霊魂と感覚を共有という彼のスキルの鍛錬の賜物。
それにより同期した視界により、『ギルティア・ハイレイン』のうち近くにいた“ギア”と“スミス”の視界を覗く。
ギルベルトの脳裏に二体の『ギルティア・ハイレイン』の視界が映り、それを確認して、彼は内心で頷いた。
(これならあと三分もすれば完成する。それなら間に合う。間に合いさえすれば━━彼は殺せる)
そう確信したギルベルトは笑みに歪みそうになる口元を牙を剥くことで誤魔化し、アレンとの戦闘から意識を削り、その後の逃走に思考を巡らせる。
自身の勝利を確信した持久戦を、ただ時間を潰すように過ごすのだ。




