第百三十八話 ハッピーで埋め尽くして
◇NoSide◇
屋敷の正面ホールにて、無数の金属音が響く。
見かけだけ見れば多勢に無勢、数にしてみれば一〇倍かそれ以上の差があるというのに、少数が多数を圧倒していた。
顔を隠したたった三人の襲撃者を相手に、悪名高い犯罪組織であるギルティア連盟数十人が攻めあぐねるという事態は、見る者が見れば目を疑う光景だろう。
しかし、ギルティア連盟の者たちでは、その中で異常なのはたった一人だという認識が一致していた。
(((あの男が飛び抜けてヤベェ!!)))
それは狐面をつけた二刀流の剣士。
次々に襲いかかる数十人の戦闘員を容易く捌き、他の二人が捌き切れない攻撃すら対応してみせる異常とも言える技巧に、ギルティア連盟の者たちは戦慄する。
そうやって攻めあぐねる間にも、屋敷の火災は広がり、味方は次々に倒れていく。
どうにかして打ち倒さねば次は我が身だと思いながらも、踏み込むことができずにいた。
そんな様子を見て、その狐面の男……ディールはいくつかの疑問を浮かべて眉をひそめる。
(……この程度なのでしょうか?)
ディールは『アナザー』の対人戦闘経験においては『栄光への旗印』では頭一つ抜けている。
それも闘技場で行うような試合ではなく、負ければデスペナとなる野試合ばかり。
そんな膨大な戦闘経験から、ディールはギルティア連盟の実力不足に小さな疑念を覚えていた。
(彼らで第一層の裏社会を牛耳るのは流石に無理がある気も……複数のギルティア・ハイレインが主戦力でその他は数を揃えるため? だとしても、数も足りない。どうにも評判と戦闘力に乖離がある気が……)
ディールは迫りくる敵を捌きながらさらなる援軍の可能性を考えて敵群の奧に目をやり━━その奥から走り迫る影を見た。
「ッ!!」
その他の者たちと比較しても別格の速度で接近する影を前に、ディールは刀を水平に掲げて突撃からの刺突を受け止めた。
さらに受けた刀をかちあげて交差する剣を弾き、もう片手の刀で薙ぎ払う。
突撃してきた影はその場から飛び退き、その先で手に持った剣を構える。
「素晴らしい反応、強そうだとは聞いていましたがまさかここまでとは思いませんでしたわ」
ディールはその言葉を聞いて、ようやく自身に向かってきた者を認識する。
まるで絵物語に出てくる貴公子のような服を着こなし、顔の上半分を舞踏会で用いるような華美な仮面で隠した、長い金髪をなびかせる女。
手には装飾の施された細剣を握り、それを構える姿はそれこそ絵物語のようにさえ見えるほどに堂に入ったものだった。
「一応お聞きしますがどなたでしょうか? 噂に聞くギルティア・ハイレイン氏ですか?」
「申し訳ありません、諸事情で名乗ることはできませんの。ですが、二つ目の問いに関しては否定させていただきますわ」
でしょうね、とディールは内心で両方の問いに関して頷く。
(彼らから報告のあった白い仮面の者ではない。しかし、こんな目立つ見た目の者がいたら既に目撃情報があってもおかしくないはず。ということは……おそらく彼女がギルティア連盟の秘匿戦力)
ディールは思考を巡らせながら、後方で戦闘を行っているリラとカエデをチラリと見る。
普段ならば強者との邂逅に胸を躍らせるディールだが、今の二人をかばいながら多くの戦闘員を殺さないように捌くことが彼の役割。
だが、目の前に現れた女剣士により、それが困難になるであろうということが容易に想像され、その事実が彼の戦闘欲にブレーキをかける。
(彼女一人の相手ならば可能。殺さずに無力化するのも可能でしょうが、リラとカエデのカバーに回れなく……いえ、むしろ良い機会かもしれませんね)
ディールは自身の考えを撤回し、リラとカエデに視線を向けて問いかける。
「リラ、カエデ。私はこれから三分ほど彼女の相手に専念します。私のほうへ向かってくる者は対処しますが、貴方たちのカバーには回れません。どうにか持ち堪えてください」
「……! わかり、ました!」
「了解ッス!!」
それを聞いたディールは両手の刀を握り直し、女剣士から向き直る。
それを見て女剣士は仮面に隠れた顔を歪め、わかりやすく喜びの表情を浮かべる。
「もうお話は終わりましたの?」
「ええ、お待たせして申し訳ありません。そして、貴女に避ける時間もあまり無いことをお詫びします」
「おや、それは残念ですわね。それでは、無理矢理にでもその時間を引き伸ばして差し上げますわ」
その顔に浮かべた笑みを好戦的なものに変え、女剣士は細剣を刺突の型に構えたまま突撃する。
既にディールたちに殺到してるギルティア連盟の者たちの間をスルリと抜け、ディールの首元を目掛けて刺突を放つ。
だが、それを予期していたディールは首を傾けて刺突を回避し、片方の刀で細剣を抑え、もう片方の刀で女剣士の首を狙う。
しかし、女剣士もまたディールの行動を予期していたのか、バックステップで斬撃を回避。
さらに飛び退いた瞬間に強く踏み込み、そのままディールに肉薄して斬り結ぶ。
「中々ですね、これは手強い」
「お褒めいただき光栄ですわ。できることならば、いつまでもこうして踊っていたいものですわね」
「申し訳ありませんがダンスは不得手でしてね。早々に切り上げさせてもらいますよ」
「いえ、まだまだ付き合ってもらいますわ」
軽い口調の会話を交わしながら、ディールと女剣士は拳すら届きそうなほどの距離で二刀と細剣を交える。
剣を交える二人は、まるで舞踏でもこなすように楽しげに斬り合っていた。
◇ ◇ ◇
一方その頃、地下では既に勝敗の決しかけた戦いがあった。
「いやあ、頑張ってみたんだがなあ……」
セレンは両手の篭手を破壊された後予備の武器である短弓を取り出し、回避しながら時間を稼ぐことに専念していた。
しかし、それでも目の前のギルティア・ハイレインの機動力はセレンより上であり、本来のスタイルを封じられた彼にとって相手するのは至難のもの。
結果として、およそ数分を稼ぐのが限度であり、こうして既に戦いの結果は決まりそうになっていた。
(主武器使えない状態にしては頑張ったほうだろ。情報もそれなりに流したし、アレンも多分他と合流してる頃。一矢報いたい思いはあるが、俺の役目は終わりだな)
わずかばかりの悔しさもあるものの、セレンは既に自身の仕事は終わりだと判断したような笑みを浮かべ、膝をついた状態で自身の敗北の時を待つ。
そうして、武器と防具が一体化したような武装をつけた脚を振り上げるギルティア・ハイレインを見上げ━━
「━━ちょぉぉぉおおおおおと待てぇぇぇえええええ!!!」
━━ギルティア・ハイレインが『く』の字に折れ曲がって吹き飛んだ。
そして、その代わりに目の前にいるのは最早見慣れた全身黒い装備の少年。
「セレンさん! 無事ですか!?」
顔半分が隠れた状態でも安堵した様子が伝わる表情の少年……アレンを見上げる。
作戦はどうしたのか、どうやってここまで来たのか、なんの躊躇もなく人を蹴り飛ばすとは倫理観をどこに置いてきたのか……セレンの頭には聞きたいことがいくつも浮かぶが、セレンの口から出たのは全く別の一言。
「お前そのムーブをやる相手は俺じゃねえだろ……」
◇Side:アレン◇
セレンさんから通信が入った後、まず俺はセキと一緒に全力で周囲を大火事にしてギルティア・ハイレインを撒いた。
まあ、一本道だから別に撒けてはいないんだろうが、それはそれとして全速力を出すための時間を稼ぐくらいには役に立ったので良しとする。
その後、全力で通路の奧に走り込み、見取り図では修練場だった場所の扉を開けてみれば、セレンさんが今にも蹴り殺されそうになっていたのでとりあえず吹き飛ばすことにした。
そしたらなぜかよくわからんセリフを言われて微妙な表情をされている。なぜ?
「えっと……もう一度聞きますけど無事ですか?」
「あ、そこは無事……ではねえけど生きてはいる。だが、篭手がブチ壊されたせいでろくに戦えねえから戦力としては数えられねえと思ってくれ」
「えっ、マジすか」
セレンさんの戦闘スタイルは依存してると言っていいレベルで篭手頼みだ。
もちろんそれ以外でも戦えないことはないんだが、どうやらあの篭手を主軸に今のスタイルを……正確に言うなら『射程持ちの武器を使うことを前提にした近接戦闘』という特殊なスタイルを作り上げたらしい。
単なる格闘戦で他のギルティア・ハイレインと渡り合えるかと言われれば微妙だし、セレンさんこそ一階組と合流してもらうべきか……?
「つうか、アレンも大丈夫かよ? さっき戦ってた仮面の奴も強そうだったけど倒したのか? それとも撒いてきた?」
「あー、なんと言えばいいのか……倒しはしたんですけど、今の状態は撒いてきたわけで……」
「何言ってんだお前」
うん、俺も何言ってんだとは思う。
とはいえ、多分そろそろ……と思っていたところで、俺が入ってきた入口から足音が響く。
そちらを向いてみれば、やはりそこにはさっき俺と斬り合ってた白い仮面の男が燃えながら立っていた。
やっぱりゾンビ系は生命力が高いな。
燃える死体になってるのはいいとして、そもそも仮面を割ること以外で殺せるのか?
「なんだ別の奴か? それなら普通に撒いてきたって言えばいいんじゃ……」
「いや、アレもギルティア・ハイレインなんすよ」
「は? ……あー、そういうことね、完璧に理解したわ。つまり、地下で見た仮面の奴らは操作された死体で、それが全部『ギルティア・ハイレイン』で、さっきアレンが戦ってた奴は倒したけど、他の奴が出てきてソイツは撒いてきたってことね」
そのセリフで本当に完璧に理解してる人っているんだ。
その言葉を聞いた前例がリヒトとユカだったから理解してない奴の常套句だと思ってた。
……それはそれとして、さっきの奴はそこで止まってるのに、なんで足音が止まってないんだ?
俺の疑問に答えるようにその足音はさらに大きくなり、大剣を持つギルティア・ハイレインの奥から複数の仮面を被る者が現れた。
数は三人、片手斧と小盾を持つ甲冑に大槍を持つ男に鎖鎌を持つ女。
おまけに、後ろから聞こえた何かが崩れるような音からさっき蹴り飛ばしたはずの男も復活したであろうことがわかった。
仮面を砕けてなかったか、正確に狙う暇もなかったから仕方ない。
「おいおい、全部で五人かよ……どうにかなるかコレ? 俺は頭数に入れるなよ?」
「いや、本調子じゃなくても援護くらいはしてもらいますよ」
だが、セレンさんの援護を組み込んだとしても正直かなりキツイ。
さっき俺とセキでわりと簡単に無力化できたが、アレは初見殺しも込みで手数でゴリ押ししただけだ。
今はセキを含めても数的不利、おまけに既にセキという札が見えている以上そう簡単には通らないだろう。
せめてセレンさんが戦えるようになれば話は別なんだが、両手をすぐに開けられるような射程持ちの武器なんて俺は持ってな……いや待て、あるぞ?
「セレンさん、武器のことなんですけど……」
「言っとくけど短弓は予備武器だからな? 熟練度に関しちゃ期待すんなよ?」
「いや、それじゃなくて……これ使えたりしません?」
そう言って俺がインベントリから取り出すはメイさんから渡された試作品の銃。
最近メイさんから改造を施してもらい、射程と弾速と装弾数を下げて威力を上げた俺好みの火力偏重カスタムだ。
ついでにその時に予備という理由でもう一丁も強引に強請っ……譲り受けたので二丁拳銃が可能である。
近接戦闘ができる射程持ち武器ということで、もしかしたらセレンさんも使えるのではないかと思ったのだが……
「いや、俺のスタイル特殊だし合うような武器なんて流石にここにはなぁぁぁあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!???」
「うおっ!?」
俺の差し出した銃を見るやいなや、無理だと言っていたセレンさんは目をひん剥いてその銃を俺の手ごと握りしめた。
なんかいきなり豹変した。怖い。
「おま、お前、おまおまおまぁ!? こここれ、どこでぇ!?」
「え? メイさんからの提供品ですけど……」
「メイさん!? こんなものがあってなんで俺に渡さな……いや、俺だったらテスターとして向いていないのはわかるが……!! だとしてもこれはあんまりな所業では……!!」
なんか血走った目でまたよくわからないことを言いながら天を仰いだり俯いたりしてる。怖い。
なんなら天を仰ぐのと俯くのを高速で繰り返してるせいでヘドバンみたいになってる。
目の前で起こる現実から目を逸らしたくてセレンさんから視線を外すと、鎖鎌のギルティア・ハイレインが手に持つ武器を旋回させて唸りを上げているのが見えた。
そうだった、俺たちわりと危機的な状況にあったんだった。
「セレンさん、興奮する気持ちは正直わかんないですけど、今は」
「これ使っていいんだよな!? ダメって言わないよな!? ダメって言っても使うからな!?」
「話を聞けえ!!! 使いたきゃ使っていいですよ!!!」
「うぇーい、言質取ったぁあああ!!!」
様子のおかしいセレンさんが俺の手から二丁の銃を奪い取る勢いで受け取り、恍惚とした表情で銃を眺めている。
その顔には瞬きもなく、顔と銃の距離はだんだん近くなり、そのまま銃を舐めだしそうな勢いである。怖い。
そして、ギルティア・ハイレインの一人はそんな様子を隙と判断したのか、鎖鎌の先端を離して攻撃する。
その鎌が迫る先にはセレンさん。
立ち位置的にちょうど背中を向ける体勢になっており、気づいても本調子ではないセレンさんではそう簡単に対処はできないだろう。
ここは無理矢理にでもセレンさんを攻撃の軌道からズラして━━
「━━さあ、性能チェックだ」
俺がそう思っていたとき、セレンさんが何かを呟いたかと思えば━━鎖鎌を持つギルティア・ハイレインの仮面が砕けていた。
「……はあ?」
俺が呆けた声を上げてしまったのは何が起こったのかわからなかったからではなく、何が起こったかハッキリと見えたから。
セレンさんが渡されたばかりの銃を使って迫る鎖鎌を撃ち抜き、さらにはそれを操るギルティア・ハイレインの仮面を撃ち砕いたこと。
そして、それがたった一発の弾丸で為されたことが、俺の目に映った。
「火力は満点、射程と弾速……あとは装弾数もか。あらゆるものを削ぎ落として火力に注いだ銃か、なかなかのじゃじゃ馬だな。だが、それでいい!! それがいい!! 無難な器用貧乏よりもイカれた特化型!! それでこそロマンだ!!」
しかし、そんなことよりもどんどんテンションが悪化していくセレンさんのほうが俺はインパクトが強い。そして怖い。
「アレン!! ここは俺に任せてお前はさっきいなくなった男を追え!! 出たのはあの扉からだ!!」
「え、大丈夫なんですか?」
「ああ、安心しろ!! テンションの上がった俺は強いぞ!! 具体的に言うといつもの七倍くらいは強い!!」
有無を言わせぬ語気を感じさせながらセレンさんは二丁の銃を構えながら五人……いや、既に四人となったギルティア・ハイレインと相対する。
中途半端な数字なのが妙なリアリティと自負を感じさせている。
心配な気持ちはあるが、怖かったので離れられるのは正直嬉しかったりする。
「とりあえず弾は渡しておきます」
「ヒォーウ、追加だやったー!!」
俺はメイさんから渡されていた弾倉を全て投げ渡しながら本当にこのトリガーハッピーを一人にしていいのだろうかと思っていたが、面倒くさくなってきたので考えるのをやめることにする。
俺は俺で役割がある、この場はセレンさんに任せよう。
目標はあの扉の奥、セレンさん曰く死体を操るスキルを持つと思われる謎の男。
立ちはだかるギルティア・ハイレインたちを止めるためにも最優先で潰さなければならない奴だ。
「じゃあここは任せますよ!」
「おう任せろ!! めちゃくちゃ時間かけてもいいぞ!!」
それはアンタが銃を使いたいだけだろ。




