第百二十八話 終幕
再び三週間空いて本当に申し訳ありません。最近本当に忙しくて……
◇NoSide◇
アレンが空を翔け、リヒトが地を走り、球状の異形となったミューデッドに迫る。
それに対し、ミューデッドは機械的に触手を優先的に差し向けるのみ。
先程まではそれで封殺できていたゆえにただそれだけを行い、その後は見向きもしない。
それゆえに、ミューデッドは見誤った。
アレンとリヒトは攻め込めなかったのではなく……攻め込む機を伺っていただけだったということを。
「んなトロい攻撃が当たるかよ」
刺突は関節を曲げるだけで回避。
薙ぎ払いは手足を動かす反動などを利用して空中で体勢を変えて回避。
大量の触手による制圧は【飛翔走】で空を翔けて回避する。
襲い掛かる触手の全てを曲芸じみた挙動で全てを回避し、空を翔けるアレンがミューデッドに迫る。
「どうしたどうしたー!? 密度が足りてねーぞ!!」
刺突は盾で受け流す。
薙ぎ払いは【聖剣】で斬り飛ばす。
大量の触手による制圧は魔法で消し飛ばした後に狩り残しを斬り刻む。
襲い掛かる触手の全てを力技によるゴリ押しで粉砕しながら、地を歩むリヒトがミューデッドへ突き進む。
回避と迎撃、やることは両極だが、どちらも自身の力の全てを振り絞りながらミューデッドへ自らの刃を突き立てんとその剣を振るう。
「OaaBAbOa」
ミューデッドはその様子を見ても平静を崩すことはなく、ただ差し向ける触手の数を増やす。
先程までと同じようにそれだけで十分だろうと判断し━━
「この程度ならどうとでもなるな」
「うおお、ゾンビのミンチだコラァ!!」
さも当然のようにそれをさばき切るアレンとリヒトを見て、ミューデッドはかすかに動揺した。
しかし、ミューデッドはすぐさま平静を取り戻し、その体表からさらに触手を生やし、迫る両者を阻まんと動く。
だが、ミューデッドはそのわずかな動揺により、とあることを見落としていた。
ここにいる者は二人ではなく━━六人であることを。
「対処できるだけで、効きはするだろ?」
最初に動いたのはセレン。
アイテムボックスから取り出した聖水の小瓶をミューデッドへ投擲し、籠手から放った矢で砕く。
撒き散らされた聖水はミューデッドの体表に降り注ぎ、聖水を纏った矢が突き刺さる。
形こそ大きく変貌したが、その本質は変わらぬまま。
神聖なる魔力の籠もった水は、悪しき者を等しく灼き尽くす。
ミューデッドはそれに関しても特に反応を示さない。
最初こそ再生できないことに困惑したが、既に対処法を見出している。
その対処法に基づいて灼かれた表面を自切して射出しようとして……
「〈崩山豪斧〉!!」
その前に、自切した部位を肉薄したリラによって叩き込まれた。
ミューデッドの部位射出の原理は再生能力による押し出しである。
規格外の再生能力を誇るミューデッドだが、射出の速度は大したことはなく、ミューデッド自身も部位を切り離したときのついで程度にしか考えていない。
ゆえにこそ、押し込める。
「おおおぉぉん……どりゃぁぁぁあああああ!!!」
裂帛の気迫を込めた大斧の一振りは射出されたミューデッドの体表を叩き返し、その余波でミューデッドの全身を揺らす。
STRの一点に全てを注ぎ込んだ特化型であるリラのSTRはリヒトやアレンすらも上回る。
その火力はステータス自体は平凡であるミューデッドに耐えられるものではない。
大斧の一撃によって触手の一部は千切れ飛び、ミューデッドの体表に亀裂が走り、中心にある核すらも揺らす。
「━━AOBabAoBO!!」
それに対し、ミューデッドは明確に怒りを覚えた。
ミューデッドは死霊と悪魔の複合体に近いモンスター……負の感情の集合体である悪魔の性質ゆえに感情を持つことはあるが、感情も意思も持たぬ死霊でもあるためにそれが強くなることは多くない。
規格外の二者に対して、恐れを感じた。
蹂躙してきた弱者に対して、愉悦を感じた。
足掻き続ける敵対者に対して、煩わしさを感じた。
そして今、取るに足らぬ思っていた者に想定外の被害を負わされ、明確な怒りを感じている。
ミューデッドはその怒りに突き動かされ、プログラムのような防衛行動を無視してリラに攻撃を開始する。
「━━どこか皮肉なものを感じますね」
だが、しかし。
「━━感情を出さない、生き物らしからぬ行動のほうが強いとは」
やはりというべきか、当然ながらというべきか、ミューデッドは敵対者の数を見誤る。
敵対者はリラだけではない。
アレンとリヒトの二人を加えてもまだ足りない。
敵対者は一パーティの六人、それを見誤った隙を見逃さぬ者は、当然いる。
リラに次いで肉薄したのは抜き身の大太刀を構えるカエデ。
柄を握る右手に対し、左手には何もなく、大太刀を鞘のように包み込む水流が渦を巻いている。
「〈清流の拵え〉……断ち斬ります!」
水流が加速し、渦の勢いが増す。
それによって大太刀が押し出されようとするが、カエデはそれを無理矢理抑え込む。
そうして、渦からの力が最高潮に達した時━━彼は大太刀を抜き放つ。
「〈蒼海の太刀・大波濤〉!!!」
それはカエデの持つ最高のアーツ。
刃の長さこそそれのみに全てを注いだ〈一発大波〉に譲るが、それ以外はその他の全てを優に凌駕する。
研ぎ澄まされた激流の太刀は、球状となったミューデッドを両断した。
「うはっ、すっげえ、真っ二つだ!」
「やったか!?」
「いや、まだッス!! ほらなんか生えてる!!」
「おいアレン!! 古典的すぎてカビ生えてるみてーなフラグ言ってんじゃねーよ!!」
「仕方ねえだろ、言いたくなるだろあんな状況!!」
言い争う二人をよそに、ミューデッドは断ち斬られた断面から触手を生やし、二つに分かれた身体を癒合させようとする。
それを見た瞬間……否、それよりも早く駆け寄ってきた者たちが再生を阻止しようと動く。
「触手だけならぶった斬ってやるよ!! 〈クレセント・シャイン〉!!」
「吹っ飛ばしてやる……〈エア・プレッシャー〉!!」
リヒトの【聖剣】がまばゆく輝き、三日月型の閃光が放たれる。
それは二つに断たれたミューデッドを繋ぐ無数の触手の尽くを斬り飛ばす。
再び分かたれたミューデッドの上半分を、接合できないようにアレンが吹き飛ばす。
「二つになった!! 核どっちだ!?」
「触手は下側から生えていた! 核は下側だ!」
「おっしゃ、刻んだらぁ!!」
半分となったミューデッドにリヒトが斬りかかる。
右手での振り下ろし、左手での横薙ぎ、右手での斬り上げ。
左手の盾を投げ捨て、【聖剣】を両手で持ち替えながら連撃を繰り出す。
ミューデッドは再生能力を行使して核へのダメージこそ防いでいるが、再生に集中するあまり、触手での反撃がまばらになっていた。
今こそ勝機、そう考えた者たちがミューデッドに追撃する。
「さあ、聖なる力を喰らいやがれ!! 俺の力じゃねえけどな!!」
セレンは渡された聖水の小瓶を全て砕き、ミューデッドの肉体を灼く。
「少しでも、削ぎ落とします!」
「私もやるッス!!」
カエデとリラは大太刀と大斧を力の限り振るい、ミューデッドの肉体を砕く。
「攻撃自体は不得手だが、少しでも手数を削ってやる。【黒枳棘】、からの〈ヘビィ・ウィップ〉!」
リズは棘の生えた鞭を振り下ろし、ミューデッドの触手を千切り飛ばす。
「いい加減倒れろボケ!! 〈狂風連刃〉!!」
アレンは逆巻く風を纏う両手の短剣を振るい、ミューデッドの身体を片端から斬り刻む。
六人全員が己の武器を持って、ミューデッドの肉体を破壊していく。
ミューデッドは再生能力と触手による反撃で抵抗していたが、それでも少しずつダメージは蓄積していく。
そして━━再生と反撃が止まった。
なぜそうなったのか、それがわかる者は敵対者の六人の中にはいなかった。
しかし、理由などどうでもいいと言わんばかりに、アレンたちは攻撃をさらに加速させる。
『勝利』。言葉はなくとも、全員がその言葉を脳裏に過ぎらせる。
そうしてアレンたちがトドメを刺さんと己の武器を振り上げ、
━━ミューデッドの肉体が大爆発を起こした。
暴発剥離。
それこそがミューデッドが辿り着いた攻性防御にして防性攻撃。
魔法で作り上げた肉体を魔力で暴発させ、周囲の全てを無差別に破壊すると同時に肉体のリセットを行う。
核とそれを保護するための最低限の肉体を除いた全てを爆発させることによる大爆発の威力は推して知るべし。
当然欠点と呼べるものもある。
一つはほんのわずかな時間ではあるが、核がむき出しになるということ。
もう一つは形成した全ての感覚器官を吹き飛ばすゆえに周囲の知覚ができなくなるということ。
しかし、どちらも自身の再生能力ならば大した問題ではないと考えている。
ミューデッドは当然のように核から人間に近い頭部を形成し━━形成した目を大きく見開いた。
そこにいたのは━━暗く淀んだ魔力を纏ったリズだった。
その魔力の正体は〈暗澹の澱〉というリズの改造アーツ。
対魔法防御結界である〈暗夜の帷〉というアーツをもとに、身体に沿うように不定形化させ、一度では消えないよう持続性を持たせている。
レイスや精霊のような魔法生物を相手取るためのアーツ。
対魔法生物に特化した改造アーツの真価は━━ミューデッド相手でも変わらない。
「BOAaBO!!!」
ミューデッドは口から槍のような触手を射出する。
だがしかし、その程度ではリズは落とせない。
「これで━━」
リズは突き出された触手を掴んで引き千切り、
「━━詰みだ」
振り下ろした返しの手刀が、ミューデッドの核を両断した。
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