第百六話 討つべきモノ
少し前に言ってた突発更新でございます
それは突然だった。
「待って……何か来る!!」
俺達『栄光への旗印』とPK……いや、MPK集団『エンド・キャリアー』の闘争の最中、ユカが叫んだ。
ユカにその意図を聞く前に━━渓谷全てを揺らす衝撃と突き抜ける破壊音を伴って、それは現れた。
おおよその外見はクソデカいミミズ。
しかし、五メートルはあろうかという直径や見えているだけでも一〇メートルを優に超える長さ、そして、目も耳も鼻もない頭部にビッシリと生える鋭く尖った牙が生える口があるばかりで、とてもミミズみたいなか弱い生き物には見えない。
その異様な風体から放たれる、周囲のものを押しつぶすような存在感。
俺はそれからコイツが何かを察して……いや、確信していた。
「ひょっとして……レイドボスか?」
誰かが漏らしたその一言。
だが、それはこの場にいる誰もが予想していたことであり、その全員が信じたくなかったこと。
そして、その中の数人は確信していた、純然たる事実だった。
「名前見えた! “岩呑膨虫”ガルプドープ! レイドボスだよ!」
ユカがなんからのスキルを使ったのか、ミミズ……ガルプドープの名を告げ、俺達の確信を肯定する。
これがレイダーが隠していた奥の手かよ……とんでもない化け物をつれてきたもんだな。
「おいおい、なんでレイドボスなんていんだよ!?」
「やべえだろこれは……! 誰か誘導班に連絡とれ!」
「既にやってるが、誰も出ねえ! クッソ、何が起こってんだよ!?」
……あれ? なんでコイツらこんなに焦ってんだ?
まさかコイツらもこんなの想定外なんじゃ……
そんなことを考えながら、ガルプドープから目は逸らさない。
ガルプドープは渓谷の壁から突き出した頭部をキョロキョロと振り回している。
何をしているのか……何かを探してる?
ミミズは視覚器という器官によって光の強弱を感知して周囲を見ることができるというが、一体何を……!?
「全員避けろ!!」
咄嗟に俺はそう叫んだ。
ガルプドープが不意に頭部を俺達のほうへ向けてピタリと止め、その瞬間に突撃してきたのだ。
俺はそれを感じ取った瞬間、近くにいたユカを掴んで放り投げ、タイガとカエデを突き飛ばして回避させたが、それが精一杯。
それだけを成した一瞬の後に、二度目の轟音とともに砂塵と土埃が吹き荒れた。
「……っ!! 全員無事か!?」
距離と音のせいでまともに会話ができないため、インベントリから【思念のイヤリング】を取り出して呼びかける。
相手が着けてなくてもスマホのバイブモードみたいに振動するから気づけるはずだ。
ディールさん達とは繋げるように設定できてないから通話できないのが困りものだが……
『こちらリヒト! 俺は無事! セレンさんとリラも見える範囲にいるぜ!』
『リズだ。私とハキルは無事生きているよ。現在モンスターと交戦中だ』
無事に通話が繋がり、この場にいない五人の無事が確認できた。
あとはディールさんだけだが……あの人がそんな簡単に死ぬとは思えないし大丈夫だろう。
だが、何が起こったのかと思って辺りを見回した俺の目に飛び込んできたのは、ほんの数秒前まで存在しなかったはずの白い壁。
つるりとしていてどことなく柔らかそうな、まるで昆虫の幼虫の体皮のような見た目。
俺は、瞬時にそれが何かを理解した。
「まさか……ガルプドープか?」
渓谷の壁から向こう側の壁までのおよそ五〇メートルを横断するように続く白い壁。
それが……高速で突撃してきたガルプドープの身体そのものだと気づいてしまったのだ。
「おい、アレン! 何が起こってんだ!?」
俺が愕然としていると、タイガが積み上がったガレキを砕きながらやってきた。
対応がちょっと雑になったが無事に生きていたようでなによりだ。
まあ、コイツもそう簡単に死ぬとは思えんが。
「見ての通りだよ。あのクソデカいミミズが突っ込んできた。以上だ」
「なるほどな。つまり、コイツをぶん殴ればいいんだな」
理解が早くて何よりだ。
バカと脳筋は扱いが簡単で助かる。
「それじゃ殴ってくるわ」
「待て待て、気が早すぎるわ。やることは間違ってないが、ひとまずリヒト達と合流して━━」
「今だ、やれぇ!!」
俺とタイガがその後の対策を考えていた時、数人のプレイヤーが襲い掛かってきた。
俺は数発の魔法を斬り払い、その隙間を縫うように突撃してきた剣士風の奴らと斬り結ぶ。
タイガも同じように向かってきた奴らを迎撃していた。
クッソ、こんなタイミングで攻撃してきやがって……!
「邪魔すんな! こんな場面で襲ってくるんじゃねえ!」
「バカが! 俺らとお前らは敵同士! それはこの化け物がいたって変わんねえだろ!」
「タイミングを考えろって言ってんだよ!」
「だからこのタイミングなんだよ! お前らが分断されてるこの状況でな!」
なるほどな、間違いなく合理的な判断だと言えるだろう。
勝つために手を尽くすのは当然だし、少数を多数で襲うのは良い判断だ。
だが、それに対してムカつかないかと言えば否だ。
「そんならさっさと潰して━━」
俺がPK連中を斬り潰そうとした瞬間━━俺と対峙していた二人の首が同時に飛んだ。
「……ええ?」
何が起こったのかわからず一瞬思考が止まったが、こんなことができてこの状況でする人は一人しかいない。
「ご無事ですか、アレン」
「ええ、無事ですよ……ディールさん」
パチンと刀を鞘に納めるディールさん。
生きてるとは思ってたし、どこから出てきてもおかしくはなかったんだが……いや、別にいいんだ、これで間違ってないんだけど……俺が入れた気合いを返して欲しい。
すぐそこにいたタイガも拳を振り上げた状態で止まっている。
多分アイツも寸前で取られたんだろうな。
「それはなにより。しかし、このモンスターは中々厄介ですよ」
ディールさんはいつもの優しい微笑を消し、表情を引き締めてクソデカミミズ……ガルプドープを見つめる。
「このサイズと先ほど見せた速度ももちろんですが、固さも相当なものです。スキルも何もないものですが、私の刀が傷をつける程度しか効いていません」
不甲斐ない、とでも言いたげな表情で小さく溜め息を吐くディールさん。
PK集団を容易く斬り刻むディールさんの斬撃をその程度で抑えるとは。
俺が昨日戦った、複数のスキルによって作られる特殊性を強みとするフェイタリアとは違う。
デカく、速く、固く。圧倒的な力を振るう純粋ステータス特化。
こんなレイドボスもいるのか。
「特殊性特化よりやりづらいな……タイガ?」
「攻撃が通らないかは、やってみなきゃわかんねえだろ!!」
タイガはディールさんの話を聞いて闘志を燃やしたのか、ガルプドープに接近して拳を叩き込んだ。
柔らかそうな見た目の身体とは裏腹に、ゴスンッ!! という固いものと衝突するような音が響き、ガルプドープはわずかに揺らいだ程度で止まった。
反応はわかりづらいが、目立ったダメージはなさそうだ。
「ダメだ、クソかてぇ。俺の最高火力なら通るかもしれんが、正直望み薄だな」
「ええ、おそらくこのミミズは伸縮性の皮膚を縮ませて硬度を上げています。素のVITもそれなりに高いでしょうが、その身体を使うすべに長けているのでしょうね」
人間で例えるなら高いステータスと技術を持ち合わせているようなものだろう。
単純なステータスを振るってくるほうが対応しやすいんだが、これはどうしたものか……
「しかし、対応はともかく話しておくことがありますね。アレン、【思念のイヤリング】の設定で私達のものと繋げてもらえますか?」
「え? あ、わかりました」
ディールさんに言われたので俺とディールさんの【思念のイヤリング】の設定をいじって……いじって……い、いじ……
「ごめんタイガ、やってくんない?」
「できないなら最初から言え」
いや、振られたから……もしかしたらどうにかなるかなって……
言い訳がましいことを考えていると、その間にタイガが設定の変更を終えたらしく、ディールさんが全員との通話を繋げていた。
「あー、あー。こちらはディールです。皆さん聞こえますか? 戦闘中の方は返事は不要です。現在こちらで把握した情報を共有します」
ディールさんは自身が掴んだという情報を語る。
ガルプドープのスペック、残存するモンスターとエンド・キャリアーの数、そして━━討つべき敵の話。
「我々が倒すべきはここにいるガルプドープというレイドボスと多数のモンスターと『エンド・キャリアー』の残党。しかし、後者二つは問題ではありません。一人を除けば、ですが」
有象無象のモンスターはほとんど残っておらず、MPK集団の残党も既に一〇人を割っている。
掃討するまでに時間は掛からないだろう。
しかし、その例外が俺の脳裏に過ぎる。
『レイダー、ですね』
それは俺だけではなかったようで、リヒトが脳裏に浮かんだ男の名を呼んだ。
「ええ。どうやら『エンド・キャリアー』の面々はこの状況そのものが予想外の様子。下に降りている者は私達への攻撃を継続していますが、その首魁であるレイダーは逃走を決め込んでいるようです」
レイダーが腰掛けていた岩場に目を向けると、崩れた外壁の残骸が積み重なっているのみでそこにレイダーの姿はなかった。
ギルドメンバーは完全に見捨てる方針か……死んだとしてもすぐに復活するとはいえなんとも気分の悪い。
「さて、これからやるべきはガルプドープを討ち倒すこと、そして━━この落とし前をつけさせることです」
落とし前。その言葉を発した瞬間、ディールさんの纏う雰囲気が冷たく重いものになる。
通話越しでは感じないだろうが、その場にいる俺とタイガにははっきりと感じられた。
『てことは、レイダーを潰す役が必要ってことっすね……しっかし、このミミズ明らか強そうだしなぁ……どうすっか……』
リヒトは通話越しでも頭を抱えているのがわかるほどに、悩ましそうな声を上げている。
だが、そこで口を出したのはディールさんだった。
「リヒト、私にやらせていただけませんか?」
『ディールさんが?』
「ええ、私ならば一人でも十分に勝算があります。ガルプドープに多くの人員を割かねばならない以上、レイダーには一人で対応できる者を動かすべきかと」
『うーん……確かにそうっすね。じゃあ、お願いしてもいいっすか?』
「構いませんが……言うべき言葉はそうではないでしょう?」
『ほへ?』
通話の向こうでリヒトが呆けた声を出す。
それを聞いていた俺も困惑する。
リヒトがディールさんに言う事としては何も間違ってはないと思うんだが……
「リヒト、君はギルドマスターで私はそのメンバーです。年齢や経歴は関係ない。君は私に命じる立場だ。ならば、言う言葉はそうではないでしょう?」
『あー……なるほど、そういうことか……』
リヒトがそう言って、俺もやっと理解できた。
簡単に言うならば……立場上の義務を果たせということだ。
『そういうことならわかりました。そんじゃ、改めてディールさん』
リヒトは通話越しでもわかるほど声の調子を変え、
『━━ぜってー勝って、戻って来てください』
「━━承知しました」
ディールさんはそれだけ言って通話を切り、そのまま渓谷の外壁へ……先程までレイダーがいたほうへ走って行った。
その口元に、いつもの優しげなものとは違う、獰猛な笑みが浮かべて。
これ間に合うかなぁ……? 間に合うよなぁ……?




