星見る夜の再会
母が王都に来てから3日ほど経った。
アレク様はサラが言っていた通り、この期間は屋敷に戻ってきていない。
怪我をしていないだろうか、食事や睡眠はきちんととれているだろうかなど色々と心配事は尽きないが、サラたちが「旦那様は結構頑丈なので大丈夫ですよ」と言うので、その言葉を信じて待つしかなかった。
ちなみに。
あれから母は少し話をした後、父に手紙を出すと言って王都にあるシュヴァリエ侯爵家の屋敷へと帰って行き、次の日から毎日私に会いに来てくれている。
私も少しずつ食事量を増やし、今では倒れる前と変わらないぐらいにまで回復した。
もちろんアレク様に会えない寂しさはあったが、母が毎日遊びに来てくれるので、なんとかその寂しさも紛らわす事ができている。
「……それではマリアンヌ様、おやすみなさいませ」
「ええ、サラ。おやすみなさい」
夜。
食事も湯浴みも済ませ、後はゆっくり部屋で過ごそうと思い、いつもより少し早い時間ではあったがサラには下がってもらった。
最初は本を読んでいたのだが、途中でなんとなく星を見たくなり、部屋の照明を落としてから厚手のガウンを羽織ってカーテンと窓を開ける。
(オルレアンは星が綺麗に見えるわね……)
窓から空を見上げるとあの日と同じように綺麗な三日月が出ていて、月の光が弱い分、星がよく見えた。
(日本の星もこんなに綺麗だったかしら? ……いえ、日本は夜も空が明るくて、こんなにたくさんの星は見られなかった気がするわ。
……それに、そもそも両親が死んでからは空を見上げる余裕もなかったものね)
目を覚ましてから数日が経って私の心も落ち着いたようで、ある程度は穏やかな気持ちで記憶を思い出せるようになってきていた。
それもおそらく、こちらの世界でたくさんの支えてくれる人たちがいて、マリアンヌという存在が確立されているからだろう。
(みんなに感謝して、これからもマリアンヌとして頑張っていかなくては……)
そう思って空を見上げながら1つ深呼吸をした。
その吸い込んだ空気の冷たさに、何故か心がキュッとして。
今声に出したら泣いてしまうかもしれないと思いつつも、どうしてもその名前を呼びたくなってしまった。
「…………アレク様……」
そう発せられた自分の声が思っていた以上に震えていて、慌てて唇を閉じて涙を堪えた。
……その時。
背後で、静かに扉の開く気配がした。
*
【 Side アレクサンドル 】
ようやく、ひと段落ついて帰ってこられた。
第二からの要請があって隊舎から駆け出した夜は忙しかった。
今回捕まえたヤツらは以前から悪さをしていて追いかけていたヤツらで、逃げ足だけは早くて手をこまねいていたのだが。
アナトールの影響で数が増えたのが仇となったか、下っ端までは指示がうまく通っていなかったのだろう、最近は動きが雑になっていた。
それに、こちらも何も対策をとっていなかった訳でもないのだ。過去の資料などを参考に人員を配置していたり、隠れ家に目星をつけていたりしたのが功を奏して、次の日の朝方までには賊の頭も含めたほとんどを捕まえる事ができたのだった。
しかしその後、捕まえたヤツらの対応で3日も費やしてしまった。
途中、着替えを取りに屋敷に戻った時はさすがに我慢ができなくなり、ジルとサラを説得してマリーが眠る部屋に少し入らせてもらった。
熱が下がり穏やかに眠る彼女を見て安堵の息を吐き、愛しさにキスをしたくなったが、なんとか堪えて頭を撫でただけで済ませた自分を今でも褒めてやりたい。
そしてその後は、早く屋敷に帰りたい一心で仕事をした。
シュヴァリエ侯爵夫人が屋敷に来られたとの手紙が届いた時には、何故夫人が王都にいるのかと不思議に思ったが、それでも夫人がマリーの側にいるなら心強いと、この3日間は食事も睡眠も軽くとる程度にして、集中して通常の仕事と賊の対応を片付けた。
(やっとマリーに会える。……いや待てよ、たしかにいつもよりも少し早い時間だが、体調の事を考えて早めに眠っているかもしれないな)
その時はこの前のように頼み込んで寝顔だけでも見させてもらおうと、逸る気持ちを落ち着けながら私は屋敷へと戻った。
*
「お帰りなさいませ、旦那様」
玄関ホールでジルが待っていた。
「ああ。……マリーは? 体調はどうだろうか? シュヴァリエ侯爵夫人も来られたそうだな」
「起きたばかりの頃は、体調が不安定なのか少し取り乱されたとサラから報告を受けましたが。それ以降は、侯爵夫人のおかげか落ち着かれたようでした」
「……夫人は何故王都に?」
「手紙を読まれた後にしてはあまりにも早かったので夫人に伺ったところ、結婚前の不安な時期に1人は辛いだろうからとシュヴァリエ侯爵が手配されたのだそうです。それがマリアンヌ様がお倒れになったタイミングと重なったのは偶然だったとのことでした」
「なるほど。……ところで、ジル、マリーはもう眠ってしまったか?」
「つい先程、部屋の灯りも消えたようだとサラからの報告がありました」
「……そうか。なあ、ジ……「ダメですよ」
ジルが瞬時に腕でバッテンを作りながら言った。
「まだ何も言ってはいないじゃないか」
「おっしゃられなくとも分かります。どうせ、マリアンヌ様のお部屋に入りたいとおっしゃるのでしょう?」
図星すぎて言葉に詰まる。
「ほら。……ダメですよ。この前はある意味非常事態でしたので許可しましたが、結婚前のレディの部屋に2度も忍び込むなんて、騎士道に反するのでは?」
「……マリーは私の婚約者だぞ」
「旦那様」
「……どうしても会いたいんだよ。仕方ないだろ? この前熱が下がった様子を少し見たが、それでもずっと心配だったんだ。……頼むよ、ジル。一目でいい。」
長い沈黙の後、ジルがこれまた長いタメ息をついた。
「……一目だけですよ。あと、眠っておられた場合、絶対に起こされませんように」
「わかってるさ」
私はそう言うと、ジト目で睨んでくるジルの肩を軽く叩いてからマリーの部屋へと続く階段を足早に駆け上った。
*
マリーの私室の前まで来た。
何故か緊張して心臓がドクドクと波打つのがわかる。
(落ち着け……)
そう自分に言い聞かせて深呼吸をした後、慎重に扉の取手に手をかける。
(ん? ……風……?)
扉が少し動いたその隙間からヒヤリとした風を感じ、不思議に思いながらもゆっくりと押し開けた扉のその先で、三日月のぼんやりとした月明かりに照らされたマリーが、ゆっくりとこちらを振り向いたのが見えた。
その、白いガウンを羽織り窓際に立つ彼女が、なんだかとても儚く、早く抱き締めなければ脆く崩れてしまいそうな存在に思えて。
起きていた驚きとか、忍び込もうとしていた後ろめたさとか、それら全てが吹き飛んで、私は慌てて彼女に駆け寄った。
「マリー……!」
衝動に任せて抱き締めれば、安堵感が胸に広がる。
「ア、レク……様……?」
私の存在を確かめるように、ゆっくりと私の背中に腕を回すマリーの声が少し震えていて。
体を離して顔を覗き込めば、涙を溜めた瞳と目が合った。
「……ただいま。すまなかった、辛い時に1人にして」
私がそう謝ると、マリーはゆるゆると首を横に振った。
「……いえ、私は。……アレク様こそ、大変だったのでしょう? お怪我はされていませんか?」
そう言う彼女の瞳からは今にも涙が零れ落ちそうなのに。
それでも平気なフリをして微笑むマリーが一瞬誰かとダブって見えて、私は息を飲んだ。
「……ィチカワ……?」
どこからその言葉が出てきたのかも分からない程、それは無意識に口から零れたものだったのだが。
その呟きを聞いたマリーがビクリと体を震えさせ、何かを探るように私の目を見つめてきたかと思えば、くしゃりと顔を歪めて涙を溢れさせた。
「……ッ、ア……レク様、アレク様、アレク様っ。ごめんなさい。好きです、お慕いしております。……っ、愛して、います。お側にいたいです。いさせて欲しいです」
「!?? マリー?! どうしたんだ?!」
「……いても、いいのでしょうか。私は貴方の側にいてもいいの? 私の、せいで……私のせいでっ! 貴方は……っ!!」
最初は堰を切ったように泣き出した彼女に困惑した。
しかし、途中で気が付いたのだ。
彼女の頬に両手を添えて目を合わせようとした時に、マリーが私の名を呼びながらも、私の奥に別の誰かを見ている事に気が付いてしまった。
(……誰を見ている? マリーは、私の中に誰を見て愛していると言っているんだ?)
そう思った瞬間、怒りにも似た感情が身体中を駆け巡り、私はその衝動のまま彼女の唇を塞いだ。
「ふっ……ん、っ!!」
親指で彼女の口を割り、舌をねじ込む。
「んあっ、ぅんッ……んんん……!」
無防備だった彼女の舌を絡めとり、唾液を吸い、舌を這い回らせて、息をつく暇も与えない程に彼女の口内を貪った。
「はっ……ッ、マリアンヌ。……君の目に映っているのは誰だ?」
唇を離してそう問い正せば、ようやく彼女の瞳と焦点が合った気がして。
「マリー、私の存在を前にして誰を見ている? 私の側以外にどこへ行くと言うんだ?」
私以外を見るなど許さない。そんな怒りをぶつけるように私はキスを重ねた。
「……い、いいえ、アレク様、貴方だけ、んっ。ふ、ぅ……ぁっ」
「本当に?」
「はいっ、んんっ」
「マリー。……私は絶対に君を逃がさないと決めていてね。……何があっても、君が何を言っても、もう離すつもりはないよ」
「でも、アレク様は……私で……本当にいいのですか?」
彼女がまだ少し戸惑った表情で、涙を零す。
「まだ言うの? ……私はもうマリーじゃないと駄目なんだよ」
私はそう言うと、彼女の瞼にキスを落として涙を吸った後、頬に添えていた手を腰に回して抱き締めた。
すると、サラサラとした髪を肌に感じ、鼻腔いっぱいに彼女の甘い香りを感じて。
誘われるように首筋のその白い柔肌に吸い付けば、彼女の体がピクリと震えた。
「あ……、ぁぁ、んっ」
舐めて、歯を立て、痕が残るまでまた吸って。
「……君は私のモノだ。他は許さない」
首筋に色付くソレを確認した後そう囁けば、彼女が小さく頷いた。
「……さぁ、もう休みなさい。病み上がりなのに、これ以上夜風にあたると今度は風邪をひいてしまう」
私はそう言うと、窓とカーテンを閉めてからマリーを抱き上げ、ベッドの端に座らせた。
目の前で跪いて彼女を見上げるとその瞳と目が合い、彼女の頬に手を伸ばせば、彼女自身もその手をとって頬を擦り寄せてきた。
「……申し訳ありません。……夢、を見まして、少し不安になってしまったのです。……もうアレク様の側にはいられないのだと、その資格が私にはないのかもしれないと……怖くなってしまって……」
「謝ることはない。君に寂しい思いをさせて、不安にさせたのは私の落ち度だ。
もう一度言うよ。……マリー、愛してる。……君でないと駄目なんだ。側にいてくれ」
そう言って頬を指で撫ぜれば、マリーが再び涙を溢れさせながら縋るように私に抱きついてきたので。
護るように彼女を腕の中に囲い。
宥めるように優しく背中を摩り。
言い聞かせるように「愛してる」と何度も囁いた。
しばらくして、すすり泣く声が寝息に変わった頃。
私は慎重に彼女をもう一度抱き上げベッドに寝かせると、額にキスを落としてから部屋を後にしたのだった。




