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第十三話:失踪

「一体どういうこと!?」


 伊作や乙名達と手分けして、村中を駆け回った祇音は何処にも姿が見えない松の行方に焦燥に駆られた。

 村の人間に聞いても誰一人姿を見ていないという。

 昨晩、松は一人あの部屋で床についていたというのだから、恐らくは夜中に抜け出したと思われるが――一体、何故。

 疑問ばかりが積もり、空回って、正常な思考が構築できない。

 その上何も食べずに走り回っていたせいか、頭がくらくらして足下が覚束おぼつかない。

 最後に向かった神社の石段を登る足取りは重く、松の名を連呼してからからになった喉が乾いた空気にヒリヒリと痛んだ。

 石段の途中を踏み外しかけて、体が後ろにぐらりと倒れかける。

 まずい、と思った時には既に遅く、転げ落ちると覚悟を決めて目を強く瞑ったが、体を叩きつけられる衝撃は何故か何時まで経っても訪れなかった。


「…………何処までも阿呆だな、お前は。」


 おそるおそる見開いた目は、まず最初に萌葱色を映した。 続いて、赤銅とその向こうに空の青。

 背中に感じる温度と硬さに、寸前で男に支えられたことを察する。

 ぐいっと体を後ろから押されれば、不安定に斜めった体が真っ直ぐに地面と交わった。


「あ、ありが……。」

「階段もろくに上れないとは餓鬼以下だな。 全く余計な手間をかけさせるな。面倒な山猿め。」


 思わぬ手助けに向けた感謝は、その瞬間に吹っ飛んだ。


「うるさい! 仕方ないでしょ、一刻は走り回ってるんだから、お腹空いたのよ!」

「知るか。だったら干しほしいいなり喰えばいいだろうが。 懐にずっと入れているだろう。 倒れるまで我慢するやつがあるか、阿呆。」

「阿呆阿呆いうな! 食べるわよ、そのつもりよ! この神社探し終わったら、一息入れるつもりだったわよ!」

「叫ぶ元気はあるらしいな。 体力の使い道を間違っているのがそもそもの問題だろう。 もういい。 そこでさっさと喰え。俺が探してくる。」


 鬱陶しそうに肩を押されて、祇音は反射的に石段の上に座ってしまう。

 じっとしていろよ、とまるで幼子にでも言うような口調で念を押されては、男はさっさと階段を上り、神社の方へと消えてしまった。

(……なんなのあいつ。)

 呆気にとられて、ただ茫然ぼうぜんと男を見送ってしまった祇音は、男が時折見せる妙な優しさにむず痒さを感じた。

 ――否、あれは優しさじゃない。


「お前は邪魔だから引っ込んでろってだけだ、あれ。」


 そう考えれば苛立ちは募るも、しかし正直有り難い。

 祇音は大人しく干し飯を包んだ懐紙を取り出して、腰に下げた竹筒の水でふやかしながらむしゃむしゃとそれらを咀嚼していった。

 本日初めての食事。

 松が居なくなったと聞いて、暢気に朝餉を食べている余裕などなかったとはいえ、昔から人よりも燃費の悪い祇音にとっては、大層な痛手だ。

 癪に触るが男の言葉は正解で、こうなる前に何かを口にするべきだったのかもしれない。

 一つ目の干し飯を食べ終え、二つ目に手を伸ばしながら、祇音は空を仰いだ。


 松は何処へ行ってしまったのか。


 望み薄に、この神社に最後の希望をかけてみたが果たして彼女が見つかるかは定かではない。

 結局、干し飯を三つ消費したところで、男が祇音の元へと戻ってきたが、松はやはり居なかったようだった。


「この村の人間が言うように、――逃げたのかもしれん。」


 何処かに腰を下ろすわけでもなく、祇音の横で腕を組み、立っている男は思案げにそう言った。

 松の行方を捜している間、幾人かの村人に松の所在を知らないか訊ねたが、彼らは彼女が消えたと知るがいなや、案の定といった具合にしたり顔で頷き合っていた。

 彼女はやはり、一連の事件の下手人で、それを隠し通せなくなったと思って逃げたのだ。

 言葉に多少の差異はあれど、結局は皆、同じような見解を祇音達に告げたのだ。

 そして同じくよそ者である祇音達にも早くこの村を去るようにとも。


「それはあり得ない。」


 その時の村人達の冷ややかな視線を思い出しながら、祇音は力強い口調でそう言った。


「何故そう思う。 お前の感傷か? あの女は逃げ隠れするような人間でないと言いたいのか?」

「違う……わけじゃないけど。 勿論、そう思っているのもある。 けど、それだけじゃない。」


 笠の奥から先を促す視線を受けて、祇音は自らの考えをゆっくりとした口調で出来るだけ論理的に語ろうと試みた。

 干し飯を食べて、脳がずっと潤滑に動き始めた。 空回っていた思考がようやっと、一つの線で結ばれ始めたのだ。


「松さんが下手人扱いされていたのはもうずっと前からでしょ? 隠し切れなくなったと思って逃げるならとうの昔に逃げていたはず。」

「……それで?」

「そもそも、一連の盗難騒動――盗難って言っていいのかはわからないけど――はおかしいわ。 返すつもりならなんで盗むの?」

「自分を邪険に扱う村人への嫌がらせのつもりかもしれない。 現に乙名の家は被害を受けていない。」

「嫌がらせにしては不自然だし、もっと別の方法があると思う。 もし仮にそうだとしても、結局は持ち主に返している理由の説明にはなってない。もし嫌がらせなら、返さずに何処かに隠しちゃえばいいじゃない。」


 喋っている内に不可解な点が次々に浮かび上がってくる。 祇音は次第に男に聞かせる、というよりも自分自身の思考を整理するために話を続けていった。


「乙名さんの家が被害を受けていない理由は分からないけど、もし松さんが下手人なら、逆に盗むと思う。自分が疑われているのが分かっているなら、敢えて自分の家が被害を被れば、多少の嫌疑はやわらぐかもしれない。

 それに松さんは否定してたけど、確かに最初に会ったときあの人は『断罪』という言葉を口にした。 それに自分を捨て置けとも言った。そんな人が罪を追求されたからといって、逃げるとは思えない。」

「――山猿の割には一理あることを言う。 だが、」

「分かってる。 後半だけを考えれば、盗難騒動は松さんが起こしたものなのかもしれない。 でもそれと彼女の逃亡が繋がるわけじゃない。

 それに、神社の稲穂が盗まれたと思われる頃には、松さんは外を出歩けるような状態じゃなかった。人面瘡に長いこと体力を奪われて、普通の人間なら立ち上がることだって出来なかったはず。」

「……どうだかな――どちらにしても真偽を追求するには、本人を見つけなければならないということか。」


 嘆息混じりの言葉は、確かにまとを得ていた。

 どんなに憶測を巡らせたところで、結局は松が見つからなければ、憶測の域を出ることはない。

 しかしこれだけ探し回って、見つからないとは一体何処に消えてしまったのか。


 仕方なしに駄目元で、もう一回り村を見てこようと祇音が立ち上がった瞬間だった。


 ザワッ と厭な気配が、祇音の首筋を撫でた。

 反射的に振り返ると、神社の裏手にそびえる山から鳥が一斉に飛び立つ姿が視界を覆う。

 男の方を見やると、彼も又、何かを警戒するように腰の笛袋に手をかけていた。


「――彼処に、何か居るな。」


 鳥の騒ぐ音に気がついたのか、或いはもっと前からか。

 油断無く前方を見据える男の横で、祇音も幾つかの札と懐剣の存在を確認した。


「行くわよ。」


 遠くからでも肌に突き刺さるように感じる邪悪な何かと失踪した松が頭の隅で結びつく。

 どうか彼女と関係していないように、と虚しい祈りを捧げながら、祇音は山へ向けて一歩を踏み出した。

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