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第十二話:或る夜

 その日の夜はやけに静かで、灯りを落とした闇の中、外から差し込む月明かりだけが全てのしるべのようだった。

 どうにも寝付けないまま、何度も寝返りを繰り返す。

 しん、とした静けさを時折掻き乱すように吹く風の音が、どうにも気になってしまうのだ。

 男は部屋の隅で、壁に身を預けたまま顔を俯かせているようだが、本当に寝ているのか確かめようもなく、ただ身じろぎ一つせず、呼吸すらも止まっているかのように全く動きを見せない姿はまるで作り物のようだった。

 脇に置かれた深網み笠の編み目が、まるで幾つもの瞳のように祇音を見つめる。


 (松さんの手にあったあの、目……。)


 あの時、人面瘡の歪なまなこがジロリと祇音を射貫いた。

 あれが松の身の内にある歪さの露出だとするならば、歪んでしまったのはこの村に来たせいなのだろうか。

 周囲の悪意が彼女の中に伝染し、彼女もまた周囲への悪意を隠しきれなくなってしまったのだろうか。

 ――どうすれば、いいのだろう。

 大方の予想はついても確証はない。 ましてや、松を問いただすことも彼女の頑なさからいって不可能に近い。

 彼女は自分自身が罰せられればいいと思っていて、もしそれが悪意への罪悪感だとするならば最早――救う手立てなどないのかもしれない。


「――なし、今のなし。 絶対にそんなわけない。 私が救えないわけない。 助けられる……絶対、助ける。」


 そうでなければ、生き残った意味がない。

 呪文のようにそんな言葉を繰り返しながら、何時の間にか祇音の意識は暗転する。


***

 

「……やっと寝たのか。」


 規則正しい寝息が "男" の耳に届く。

 むくりと体を起こして、中途半端にはね除けられた布団をしっかりと祇音の肩まで持ち上げると、男は再び部屋の隅へ戻っていった。

 まるで言い聞かせるように繰り返し呟いていた "助ける" はこの家の女主人に対してだろう。

 数日しか共に行動をしてはいないものの、この数日で大方の性格は掴めてきた。

 頑固者で人に甘い。

 よく言えば人情味溢れると言った具合だが、悪く言えばただのお人好しだ。

 己の身からでた錆で苦しむ他人を助ける必要が何処にある。

 一度祓ったのだ。 それで十分恩義は果たしたはずであろうに。


 尤もこんなことを言ったところで、あの娘が聞き届けるはずもないと分かっているからこそ男も敢えて言葉にすることはない。

 それ以上に其処まで踏み込む義理もない。

 男の役目はあの娘と真珠を無事に守り届けること。それ以上でもそれ以下でもなく、如何なる状況においても降りかかる火の粉を払ってやればそれでいいのだ。

 ――しかし、火そのものに飛び込もうとするのを、どうやって守り抜けというのだろうか。

 男は深い溜息を零しながら、此方の気も知らず健やかに眠る娘を見やる。


「お前にあの女は救えない」

 

 冷たい空気を震わせる残酷な真実は、けれど彼女の耳に届くことはなかった。


***


 男はその後、浅い眠りにつき、その日の夜は静かに更けていった。


 ――そして起床後、祇音達は早々に乙名の家を飛び出すことになる。

 というのも、翌朝、松の失踪が発覚したからである。

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