ラストシーンは秋風に揺れて
昔好きだった相手と出会った。
彼女はホームで時刻表を確認しているところだった。
その子は微笑んでいた。
自分は微笑みの先へと視線を動かした。
その駅は、いくつかの電車にとって始発と終点の駅。
偶然会えたのは、そんな場所だからかもしれない。
気づいたら自分は彼女に話しかけていた。
「や、やあ」
彼女はつぶらな瞳に驚きの色を映して、
数秒後やっと声をだした。
「……びっくりした」
彼女は本当に驚いたようだ。
何度も瞬きを繰り返している。
「彼氏?」
出来るだけ気軽に尋ねた。
ショックを受けたくない自分の防衛本能だったかもしれない。
彼氏らしき人物が居る事には気付いていた。
さっき時刻表を見ていた彼女が車内に向かって微笑んだのを見たからだった。
永遠にも思える一秒が過ぎて彼女は言った。
「……うん」そして、彼女は頷く。
「そっか」
自分もなんとなく頷き、じゃあ、と言ってその場をあとにした。
これ以上語る言葉を持ち合わせていなかった。
会えただけで良かった。
彼女が幸せなら、それで。
彼女に対する未練は感じていない。
なんて、絶対やせ我慢だ。
そうでなければ座って帰りたいのに、
先発の電車に立ったまま帰ろうなんて思わない。
昔好きだった相手。
『もう電話もメールもしないで』
そう言われ、別れた相手だった。
自分が悪い。
今、思うことが何かあるとすれば、
きちんと謝れなかった後悔の念だろう。
フラれた彼女を励まし続け、
いつしか彼女に思いを寄せた。
彼女を知ったつもりになっていた。
ある日、言った言葉は彼女の地雷を踏んだのだ。
言い訳をすれば予想や予測など出来なかった。
『もう電話もメールもしないで』
怒りっぽくて、頑固な彼女。
だから好きだった。
圏外。
携帯電話に電波が届かない。
それと同じく、会話不可能だった。
ふとしたはずみで怒り、電話越しに泣き出す彼女。
慎重に選んだ言葉は届かなかった。
会って、無言で時を過ごし、そして終わった。
言われた時は、腹立たしさなんかより、
自分の行いが彼女の為になったのか、
ということを悩んだ。
結果、それらが一人よがりだったことに気づくと、
やるせなかった。
こうして、彼女からの連絡も、
もちろん、こちらからの連絡も途絶えた。
一つ心残りだったのは、
彼女のこれからの表情が、
別れ際に見せた無表情になってしまうのでは、
ということだった。
でも、今の彼女は笑顔だった。
昔、好きではないと言っていたスカートをはき、
束ねていた髪を下げて、微笑む相手が居る。
心の中で凍っていたものが解けていくのを感じた。
この安心も、自分一人だけなのかもしれない。
けれど、心の中で思い出すラストシーンに、
終わりとエピローグがついたのは確かだ。
ハッピーエンドではなかったが、綺麗な後日談。
それでいいじゃないか、そう思った。
自分の乗った先発の電車はゆっくりと動き出した。
気持ちの良い秋風が車内にそっと流れ込み、
セピア色にくすませるしかなかった情景が、
今は、すがすがしく色鮮やかに心に浮かんでいた。