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ひとりぼっちの世界、たった二人だけの星  作者: 鈴木りんご
三章「人類の樹」
47/51

47話


 私は夢に名を呼ばれたそのときから、ずっと夢をみつめていた。言葉を知り、私を理解した後も、私は変わらずに夢だけを見ていた。


 夢の住んでいる地域に大きな地震が起きそうになれば私はそれを我慢した。


 でもそれは私にとって生理現象のようなもので我慢し続けることはできなかった。


 だから夢に被害が及ばないようにと少し位置をずらして地震を起こした。


 夢が無事だったから私は安心した。


 でも夢は悲しんだ。


 多くの人が被害を受けたことを、夢は自分のことのように悲しんだ。


 だからその後、私はできるだけ地震を我慢するようにした。


 たくさん、たくさん我慢した。


 でもやっぱり限界はくる。


 私は人の住んでいない海で地震を起こした。


 でもそれは失敗だった。


 津波が起きて多くの被害が出た。


 私はいろんな失敗を重ねて、多くを学んでいった。


 夢はとても優しい人間だった。


 いつも人の幸せを優先して、自分のことは二の次だった。


 夢は死ぬそのときまで人のために生きていた。


 それは大きな戦争だった。


 夢は見ず知らずの少年を守って死んだ。


 私は何もできなかった。


 大好きな夢が死んでいくのを見ていることしかできなかった。


 だから私はせめて夢の意志を継ごうと決意した。


 それが夢を失った後、夢のためにしてあげられる唯一のことだと思った。


 夢は戦争を嫌っていた。


 武器を嫌っていた。


 犯罪を嫌っていた。


 人から笑顔と幸せを奪うものを嫌っていた。


 だから私はそれらをどうにかたしたかった。


 でも戦争を止めればいいわけではなかった。


 武器をなくせばいいだけではなかった。


 犯罪を止めればいいわけではなかった。


 この世界には不幸な人たちがいた。


 不幸になった者だけでなく、生まれながらに不幸を運命付けられた者までいた。


 彼らが幸せな者を妬むことは仕方がなかった。


 世界は平等ではない。持たざる者が富める者から奪うことは正しくはないが、仕方のないことではあった。


 だからこの世界から暴力をなくすには暴力を止めるのではなく、暴力の必要をなくすことが重要だった。


 それには世界を平等しなければならない。でもそれは私にもできないことだった。


 それにもし全てが平等な世界を作れたとしても、そこで誰もが幸せを感じられるという保証はない。


 でも私は知っていた。


 どんなときだって笑顔を浮かべ、幸せそうに笑っている夢を知っていた。


 彼女は凶弾に倒れたそのときまで笑顔を絶やさなかった。彼女の死に顔はとても満足そうに笑っていた。きっと少年を救えたことがうれしかったのだろう。


 そう……彼女は人の幸せから、自分の幸せを得ることができた。


 何かを求める必要なんてなかった。彼女はただ与えるだけで幸せになることができた。


 だから彼女はいつだって幸せだったのだ。


 誰かの幸せは、誰かの不幸であることもある。


 どんなときでも椅子は限られていた。人間は常にその椅子を奪い合っている。


 誰か一人がその椅子に座れたということは、その一人ぶん座れない人が存在することを意味した。


 だから椅子の取り合いをしている限り、全ての人が幸せになることはできない。


 でも全ての人々が夢のように他人の幸せを心から願うことができれば、一番その椅子を必要としている者が座り、その椅子を譲った人たちもまた、そのことを喜べるのだ。


 そう、全ての人たちが他人の幸せを自分の幸せと感じることができればいいのだ。そうすれば夢の望んだ世界が作れる。夢の見ていた世界が作れる。


 そしてみんなが夢のように笑うことができるのだ。


 私が私を意識して数十年、私は私の体である地球をずいぶんうまく扱えるようになっていた。


 そして私は人間の前に、人間として姿を現した。


 実際は本当に人間の体を得たわけではない。


 私は万能の神ではなかった。


 だから私はどれだけ望んでも人間の体を得ることはできない。人間として、世界に降り立つことは叶わない。


 そこで私は別の方法で人間になることにした。


 人間は脳を介して世界を認識する。


 だから私は人間の前に姿を現すために、大地に降り立つ必要はない。


 私は人間の脳の中に現れればいいのだ。


 磁場や、光の屈折を利用すればそれは不可能ではなかった。


 そうして私は人間たちの前に姿を現し、星野心と名乗って人類の樹(ユグドラシル)を完成させた。


 そして人類は皆、夢のように人の幸せを自らの幸せとして生きられるようになった。


 しかし私の望んだ世界は長くは続かなかった。


 人が自分の体の中を完全に把握できないように、私も地球を完全には理解してはいない。


 人が体内にある臓器や、血液の循環を思い通りにコントロールできないように、私もまた地球上で起こる現象を完全にコントロールすることはできない。


 そう……私は神ではなく、心なのだ。


 地球上に命が溢れ、異変が始まっとき、人間たちと同様に私にもその理由がわからなかった。


 人間の少年がその原因を突き止めるそのときまで、私は自分の中にエーテルなんていうエネルギーが存在しているなんて考えもしなかった。


 そしてその原因がわかった後も、私にはそれを止める術を見出せはしなかった。


 それでも一つだけ解決策があった。


 私は近年、地震の扱いがだいぶうまくなっていた。


 以前のように無理に我慢することはなく、できるだけ小さく小分けにして起こすようにしていた。


 そうすることで人命を脅かすような大地震が起きることはなくなっていた。


 だからそれを止めて大きな地震を起こしてしまえばいい。


 私が定期的に命を間引き、エーテルの量をコントロールすればいいのだ。


 しかし私にはできなかった。


 大好きな人間を自らの意思で殺すことなんてできなかった。


 そして滅びの日がやってきた。


 私が手をこまねいている間に、人類は自ら死を選んだ。


 悲しかった。


 夢が死んだときと同じくらいに悲しかった。


 そして今回は口惜しくもあった。


 夢が死んだときの私は未熟で、成す術がなかった。でも今回は違った。やりようはあったのだ。


 私が自らの手を汚すことに臆病だったから……私の手のひらに持ちきれないぶんを処分することができなかったから……私は全てを失った。


 私は本当に悲しくて、たまらなく口惜しかった。


 それでも……全てを失ったと思っていた私の中、わずかに希望が残されていた。


 それは私の愛した人類が生み出した新たなる子、シン。そして私が生み出した人類の心、ナリア。

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