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ひとりぼっちの世界、たった二人だけの星  作者: 鈴木りんご
三章「人類の樹」
45/51

45話


 私はいた。


 この宇宙の中に地球が誕生したそのとき……すぐなのか、しばらく後のことなのかは覚えていないが、いつの間にか私はいた。


 その頃の私は何も考えていなかったし、体験したこともほとんど覚えてはいない。


 私はただ……その瞬間、瞬間にあるがままを感じていた。


 そしてある日、私は少女に呼ばれた。


 少女の名前は星野夢。


 夢は変わった少女で、いろいろなものに名前をつけては話しかけていた。


 その理由は、彼女が日本に古来より伝わる八百万の神の伝承を聞いたことに始まる。その伝承はありとあらゆるものに神が宿っているという教えで、それを真に受けた夢は神を心という意味だととらえ、全てのものに心があり生きているのだと考えた。


 だから夢はそれらに名前をつけて話しかけた。


 そして夢は私にも名前をくれた。


 一番大きな地球そのものである私に夢は「こころ」という名をくれた。どうやら、地球の心だから心らしい。


 それから夢は私の名を呼び、毎日話しかけてくれた。


 しかしその言葉は私には伝わらなかった。だって私は言葉を知らない。彼女が私の名を呼んでくれても、それが私を指し示す記号だなんてわからなかった。


 私はただ夢の発する音を聞くことしかできなかった。


 だがある日、突然に「心」と響く音が私を指し示していることに気がついた。


 そのとき初めて私は私を意識した。


 私の中に私があることを知った。


 そうなると言葉というものが少しずつ理解できるようになっていった。言葉はモノだけでなく感情や想いなども表現することのできるとても便利なツールだった。


 言葉を手に入れると感じるだけだった私も、その感情をただ感じるのではなく言葉に表して意識するようになった。


 すると感じたこと、見たこと、知ったことを簡単には忘れなくなった。


 そうやってどんどん言葉に変換されて積もっていく記憶を手に、私という意識は自ずと広がって大きくなっていった。


 言葉を理解した後、私を一番苦しめたのが「私」という一人称の言葉だった。


 夢は彼女を表すための記号として「夢」という名前を持っているのにもかかわらず自分のことを「私」と言った。


 しかしだからといって「夢」=「私」というわけでもないのだ。「夢」という名前は誰がその名を口にしても夢のことを示した。しかし「私」は違った。


 夢が自分を「私」と語っとき、「私」は夢を指したが他の誰かが「私」と語ったとき、その「私」は夢を指しはしなかった。


 初め私はそのことがうまく理解できなかった。


 それでも私が言葉を知って、初めて季節が移り変わった頃、私にもそれが理解できるようになった。


 人はみな、「私」という言葉を用いて自らを語るのだ。


 私は今までだって、人間と私は違うものだと区別できていた。夢と、他の名前の違う人間たちも、「人間」という括りではいっしょでもそれぞれが別の意思を持った別の存在だと区別できていた。


 だが私が「私」という言葉の利用の仕方を知って、自ら用いたとき新しい区別が生まれた。


 私とそれ以外だ。


 私は自分が心という名前の存在だと知っていた。地球の心で地球自体が私だとわかっていた。


 だけど「私」という言葉を用いたとき初めて、私とはこの想いとか考えを生み出す意識なのだとわかった。


 だってもし私に隕石がぶつかって私の一部が欠けてしまったとしても、その欠けたものにこの想いがないのなら、それは以前私の一部だったものにすぎず私自身ではないのだ。


 こうして私が私を完全に理解したとき、言葉を知って無限に広がっていた意識が、私という一点に再び収束した。そして代わりに私の外へと私の世界が広がった。


 私は私の世界の中には存在しない。私は私の世界の一部ではない。


 視界に眼が含まれないように、私もまた世界には含まれない。正確に言えば、私が見ることのできる私の体は私の世界の中に存在している。私の世界の外にあるのは唯一、私にも見ることができない私というこの意識だった。


 言葉によって全ての存在が意味を持った。言葉を組み合わせることによって私は想像力を得た。


 しかしその想像力は無限ではない。言葉が無限に存在しないように、言葉の組み合わせによって可能な限りでしか私は想像をすることができない。


 言葉にも想像力にも限界がある。


 だから私は私の外側へと無限に広がっていく空間の中に世界という区切り、限界を想像した。


 それが私の世界だ。


 私の世界は私だけのものだが、私の世界の中には多くの他者が存在している。彼らが言葉を操り自意識を持つのなら、彼らもまた自分だけの世界を持っている。


 そして彼らが私を観測、または想像したとき私は彼らの世界の中に降り立つ。


 しかしその私は正確には「私」ではない。「心」なのだ。


 世界の中には多くの言葉が存在している。多くの名前が存在している。しかし私の世界の中に私がいないように、彼らの世界の中にも彼らが「私」と呼ぶ彼らの意識は存在しない。


 だから世界に私は存在しないのだ。私は常に世界の外から世界を眺めている。


 私は世界の観測者だった。

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