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ひとりぼっちの世界、たった二人だけの星  作者: 鈴木りんご
三章「人類の樹」
40/51

40話

☆☆☆


 ……結局、ナリアとの再会は叶わなかった。


 だから幸せだった思い出はここまでだ。僕はこれ以上続きを思い出すのは止めにして、空を眺める。


 数日前……ほんの数日前に僕は幸せな未来を夢見ようと思った。どんなに悲しいことがあったって、明日は幸せかもしれない。そう考えて生きていこうと思った。


 それなのに、一人ぼっちになった途端、幸せな未来なんて想像できなくなってしまった。幸せだった過去なら思い出すことができる。それでもこれからのこと、未来のことを考えるとどんどんと思考は悪いほうへと進んでいってしまう。


 だから無理やりに、頭の中で言葉を並べてみる。「ナリアが 人類の樹(ユグドラシル)の中から 僕を迎えにくる」この言葉の羅列はとても幸せな未来だ。


 それなのに、想像することができない。言葉として並べることはできても、頭の中でビジョンとして浮かび上がらない。


 そしていつのまにか望まぬ未来を綴る言葉たちが次々と押し寄せて、望む未来を綴る言葉を思考の外へと追いやってしまう。


 だから僕は空を眺めた。


 空のことだけを一生懸命考えて、未来のことが思考の隙に割り込まないように集中する。


 仰ぐ空は青い。その青の上を走る薄く細長い雲。


 青の上を走る……自分の思考の中の言葉に違和感を覚える。


 だって、雲より上に空はあるのだ。


 僕は今、空の下から空を眺めている。見上げる視界の頂上に空がある。


 だから雲の位置を青の上とか空の上と表現するのはおかしい気がした。


 そもそもよく考えてみれば、僕の見上げる先に空と呼ばれる物体は存在しない。


 雲は上空にある水分だ。確かに存在している。しかしそれより先にあるのは空ではなく、大気や宇宙空間だ。


 それにその青い色だって太陽光の波長の長短が生み出したもので、空と呼ばれる物体の色なんかじゃない。


 じゃあ、空とは一体何なのだろうか?


 考えてみる。


 空……そら、くう、から。空という漢字の他の読み方がそれを表していることに気がついた。


 空……それは大地や木々、建物より上にある空気しかないからっぽの空間に名前をつけたもの。


 それが空だ。


 そう意識してもう一度、空を見上げる。


 僕の視界に映るのはわずかな雲と、眩しい太陽。そして空っぽの空。


 右手を空に向かって伸ばす。その手のひらで太陽を隠してみる。


 黒い手が輝いて見えた。


 太陽を掴むみたいにして手を握る。


 もちろん太陽は掴めない。空も雲も何も掴めない。


 この手では太陽にも雲にも届かない。そして確かな形の存在しない空を掴むことだってできない。


 結局、そういうことなのかもしれない。


 僕には何も掴めなかった。


 夢や希望、愛、友情……そんな形の存在しないものは掴めるわけがなかった。


 そして二人のナリアやナナ、両親たち僕以外の人間。そのどれにも僕の手は届かなかったんだ。


「うあぁぁーーー!」


 空に向かって叫ぶ。


 それから頭を両手で抱えて強く振った。


 駄目だ……またネガティブな方へと思考が進んでしまった。


 すごく嫌な感じだ。心の奥がぞわっとする。孤独と悲しみで体がだるい。特に腕に力が入らない。


 地面の上に丸く小さくなって座り、ゆっくりと深呼吸をする。


 ぎゅっと瞑った真っ暗な視界の中で考える。


 どうしよう……どうすればいい……何をしよう……何をすればいい……


 目を開いて荷物を漁る。


 僕は荷物の中から宝箱を取り出した。人類が滅びた日、手紙と一緒に置いてあった、あの宝箱だ。


 今からこれを空けてやろうと思う。


 手紙に書いてあったことを思い出す。この宝箱は人類のみんなから僕へのプレゼントで全てが入っている、そんなふうなことが書いてあったように思う。


「よし!」


 両手で頬をぺしぺしと叩いて気合をいれる。


 絶対に何が何でも今日中にこの宝箱を開けてやろうと決めた。

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