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ひとりぼっちの世界、たった二人だけの星  作者: 鈴木りんご
三章「人類の樹」
28/51

28話

☆☆☆


 ナリアが消えて三日目の朝、僕は人類の樹(ユグドラシル)の下で芋虫と睨み合っていた。


 芋虫は僕の目の前で頭とお尻をくっつけて丸くなっている。焦げ茶色の頭とクリーム色の体。大きさは今の丸くなった状態で4センチくらい。


 以前、何かで見たカブトムシの幼虫に似ている。もしかしたら本当にカブトムシの幼虫かもしれない。


 なんでこんな芋虫と睨み合っているかというと、話は昨日へと遡る。


 昨日も僕はこの人類の樹(ユグドラシル)の下でいろいろ考えたり、試したりしながらナリアの帰りを待っていた。


 そんな昨日の夕方、かーくんが遊びに来たのだ。一緒に過ごした時間は三十分くらい。僕は帰りにかーくんにマヨネーズを持たせてあげた。


 そのときかーくんがお土産に持ってきたのがこの芋虫なのだ。


 まさか観賞用じゃないだろうし、食用だと思う。かーくんたちは食べるのだろうから毒はないのだろうが、やっぱり食べるのには抵抗がある。


 しかし、かーくんが僕のために持ってきてくれたのだ。その好意をむげにはできない。


 でも昨日は食べる気にはならなくて、今日の朝になってしまった。


 人差し指でつっついてみる。芋虫はよりぎゅっと丸くなった。


 考える。食べることを前提とすると、問題は食べ方だ。


 僕は人工的に知性を高められた天才ではあるが、芋虫の食べ方に関する知識は残念ながら持ち合わせてはいない。


 まさか生で食べる気にはならないので、僕に可能な調理方法は二択に限定される。焼くか茹でるかだ。


 茹でるだけではなんだか心配なので、焼くことにした。


 火をおこして、小さなフライパンをその上に置く。簡単には焦げないように加工の施されているものだが、念のためマヨネーズを少し垂らす。油は持っていないのでその代用だ。


 そしてその上に芋虫を置く。


 やっぱり熱いのだろう。芋虫は少し暴れた。


 かわいそうではあるが、食料にするのだからしかたのないことだ。


 動かなくなると、箸を使って全体が焼けるように芋虫を転がす。


 そして遂に焼き芋虫が完成した。


 焼け具合を確認するために全体を確認するが、やっぱりグロテスク。


 それでもこれはかーくんからの贈り物なのだ。


 僕は意を決した。


 流石に頭を食べることには抵抗があるので、お尻のほうからかぶりつく。


 かなり弾力があって噛み千切るとぐちゅっと中から何かが出てくる……


 感触はとても気持ち悪かったが、味は意外とおいしい。クリーミーな感じだ。


 隣を見る。そこにナリアはいない。


 今の僕の想いを、この意外な発見を言葉に変えてナリアに伝えたかった。一緒に分かち合って笑い合いたかった。


 しかし僕は一人だった。


 空虚だ。


 僕の想いはただ感じるだけでなく、言葉に変換される。


 それなのにそれを伝えるべき相手はいない。


 意味がない……


 語るべき相手のいない僕には、どんな出来事も意味がない。


 想いを共有する相手のない僕には、その想いすらも意味がない。


 僕は芋虫を見る。実はもう一匹芋虫はいる。ナリアのぶんだ。


 人類の樹(ユグドラシル)を見上げた。


 ナリアはいつ戻ってくるのだろう。そもそも戻ってくるのだろうか……


 今、ナリアは何をしているのだろう。幸せにしているだろうか。


 知りたかった。何がどうなっているのかを。


 ナリアとはもう会えないのなら、それも仕方がない。悲しいし寂しいが、ナリアがそれで幸せになれるのならそれでいい。


 でも……せめて何がどうなっているかぐらいは知りたかった。教えてほしかった。


 そうすれば諦めもつく。


 しかし人類の樹(ユグドラシル)はナリアが消えて以来、何の変化もない。


 僕一体どうすればいいのだろう。いつまでここで待てばいいのだろう。


 僕は荷物の中から二冊の本を取り出すと立ち上がり、ナリアが消えたところまで歩いていく。


 そしてその壁に寄りかかって本を開く。でも文字が頭の中に入ってこない。文字を目で追っても、文字を頭の中で声にして反芻してみてもその意味が感じられない。


 諦めて本を地面の上に置く。


 そして思い出すことにした。


 幸せだったときのこと。こんな僕だけど、今思うとたくさんの幸せな時間を過ごしてきた。


 思い出す。その中でも一番幸せを感じた日々。僕の人間の始めての友達、ナリアと出会い、過ごした日々のことを――

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