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ひとりぼっちの世界、たった二人だけの星  作者: 鈴木りんご
一章「美しい星と滅びた人類」
10/51

10話

☆☆☆


 僕たちは大地の上を行く。


 元々はアスファルトで舗装された大きな道路なのだが、今ではアスファルトを突き破って植物が茂っているため足下はボコボコしている。


 おかげでナリアは、さっきから何度も転びそうになっていた。


 それでもナリアは楽しそうだ。本当に楽しそうに笑っている。


 それなのに……隣でナリアが笑っているのに……僕は笑顔を浮かべることができなかった。


 僕たちは同じではないから……ナリアの幸せが必ずしも僕の幸せだとは限らない。


 その事実が僕をより憂鬱にさせる。


 やっぱり僕は何も克服なんてできていなかった。


 ただ……考えないようにして誤魔化してきただけだ。


 いまだ喪失を恐れていた。


 僕が今、恐れてやまないもの……それは出会い。新たな人間との出会いだった。


 ナリアと出会ってから僕らは、食料の補給以外はずっと高速道路の上を進んできた。


 記憶のないナリアが人類の樹(ユグドラシル )に行くことを望んだ。


 だから、少しでも近道になるようにと高速道路を進んできた。


 しかしそれは建前だ。本当の理由は違う。


 僕は怖いんだ。


 他の人間と出会うことが。


 人類は全て滅んだものだと思っていた。でも僕はナリアと出会った。それによって他にも人間が生き残っている可能性を否定できなくなった。


 だからもし他の人間と出会ってしまったら……ナリアはその人間と心を通わせることができるだろう。


 そうなれば僕はまた一人になってしまう。


 それが怖かった。


 一人が怖いのではない。一人になることが怖かった。


 人類が滅びた後、僕は一人だった。


 しかしそれを悲しいとは思わなかった。以前から僕は一人きりだったのだから。


 それは以前よりずっと自然な状態だった。多くの人々の笑顔に囲まれた中、一人だけが俯いていることより……一人だけの世界の中で、一人俯いていることのほうがずっと自然なことだった。


 だから僕は外に出ることができた。


 そこでナリアと出会った。


 でも、一対一だったから大丈夫だった。ナリアが記憶を失っていることも幸いしたのかもしれない。僕とナリアは心を通わすことのできない同士の対等な関係だった。


 しかし、ここにもう一人新しい誰かが加わったら……僕はまた一人になってしまうだろう。また友達を失うことになる。


 そう……恐れているのは一人であることではない。恐れているのは喪失。一人に戻ることだ。


 昔の、人が心をつなぐより以前の言葉にある。「最も不幸なことは、以前幸福だったことだ」


 その通りだと思う。


 それでも……それでもだ。ナリアがそれを望むのなら、僕がナリアの幸せを望むのなら……


 答えはわかっている。


 友達失格だ……こんな僕だから。


 以前、友達を失ってしまった。


 結局僕は自分の幸せしか考えていない。他の全ての人間が他人を心から思いやって生きていたのに、僕だけが自分のことを考えている。


 一人になって当然だと思う。


 こんな僕は一人ぼっちがお似合いだ。


「シン……大丈夫?」


 ナリアが心配そうにこちらを見ていた。


「いっぱい歩いたから、お腹空いたの? それとも足痛くなった?」


 ナリアが僕を心配してくれている。それに……ナリアは悲しそうだった。今にも泣き出しそうな顔をしている。


 僕たちの心はつながっていないのに、ナリアは僕の悲しみを自分の悲しみとして受け止めてくれている。


 それだけじゃない。ナリアは僕がうれしければ一緒に喜んでくれる。僕が笑っていれば一緒に笑ってくれる。


 だから……僕だってそうあらねばならない。


 ナリアの幸せを自分の幸せとして願わなければならない。


 僕たちは友達なんだから。


 人類が想いを共有する以前から、友達同士はそういう関係だったはずだ。


「大丈夫」


 僕は笑顔を作る。


 今はまだ怖いけど。


 それでもナリアとなら……


 ナリアが誰かと出会って、今までにないくらいの笑顔を浮かべてくれたのなら、僕はそれを喜ぶことができるかもしれない。


「ちょっと、疲れただけだよ。もう大丈夫」


 僕のその言葉を受けてナリアはうれしそうに笑顔を浮かべてくれる。


 だから……今度は作る必要もなく、自然に笑顔を浮かべることができた。


「じゃあ、カニ缶探しにいこうか」


「うん!」


 ナリアは満面の笑みを浮かべて元気に頷くと、僕の手をとって走り出した。


 僕の手とナリアの手……


 握り合ったその手から伝わる温かさ。心は伝わらなくても、この温かさだけで僕には充分だ。


 人類が滅びた世界。たった二人だけの地球。


 それでも僕はこの温かさのおかげで幸せだった。

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