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そう遠くない未来に

 再び一同が席に着いたことを確認し、アシクが口を開く。


「先程も言ったが、このリュウは、ワシらの仲間だ……おっと、何も言うなよ、カイネ。いいか、目的を達成するには、手段を選ばねばならん。より効果があり、より被害が少ない手段をな。それが、彼と手を組むことだ」

「そんなの、裏切られるに決まってるだろ!?」

 噛み付くように言ったカイネに、アシクが苦笑する。

「そうならないように、利害を一致させるんだ」

 その後を引き取ったのは、それまで黙っていたリュウだ。


「この土地は肥沃だ。食料に困ることはないんだろう。俺達のところは、岩ばかりでな。良い鉱物は採れるが、食うもんがない。今回のことで手を組む見返りに、食料をもらいたい。これまで神殿に送っていたものの届け先が、俺たちに変わるだけだ。何の見返りもくれん神とやらよりも、俺らと取引する方がいいだろう?」

「そんなことを言っていて、いざとなったら裏切るんじゃないのか?」

 ギラギラと燃えるような眼差しのカイネに対するリュウのそれは、涼やかだ。彼の憎悪など、どこ吹く風、と言わんばかりに。

「俺達は無駄な殺生はしない。それこそ、無意味なことだ。滅ぼすよりも取引する方が、遥かに実入りがいい」

 至極簡単な道理だという顔で、リュウは言う。カイネには、それを鵜呑みにすることなど、できそうもなかった。


 不服そうなカイネを封じるように、アシクが口を開く。

「いいか、東の部族と手を組むことは、決定事項だ。このことでお前たちの意見を聞く気はない。呼んだのは、別のことだ。――シィン」

 唐突に名前を呼ばれ、シィンがビクリと身体を震わせる。荒事など目にしたことがなかった彼女には、荒い声を交わし合う男たちの様子ですら、身をすくませるに充分なものだったのだろう。ましてや、抜き身の刃など、これまで見たことが無かったに違いない。改めて、カイネの胸がズキリと疼く。だが、彼がシィンにかける言葉を見つけ出すより先に、アシクが続けた。


「いいか、シィン。ワシらは、ただの村人ではない。神殿に反旗を翻そうとしているんだ」

「アシク!?」

 ぎょっとして、カイネが声を上げる。これまで黙っていたのに、何故、唐突にそんなことを暴露してしまうのか。案の定、事態が呑み込めていないシィンは、目を大きく見開いてアシクを凝視していた。


 アシクはカイネを無視して、真っ直ぐにシィンを見つめている。そして、シィンもまた、彼を見つめ返していた。

「これまで、神はワシらを支配していた。神ってのは、親と同じだ。未熟な間は、すがってもいい。だがな、もうそろそろ、ワシらは一人で立たねばならんのだ。神を心の中に持つのは、いい。しかし、そいつは、外敵から守ってくれるわけでもなく、災害を防いでくれるわけでもない。敵と戦うのも、災害の被害を軽くするのも、知恵を絞って、ワシら自身の力で何とかしていかなきゃならんのだ。それには、神殿に今のように力を振るわせておいてはうまくいかん。だから、ワシらは、神殿を倒す」

 シィンは凍りついたように背筋を真っ直ぐに伸ばしたまま、彼の言葉に聞き入っている。アシクの言葉を引き継いだのは、リュウだった。


「随分前から、この土地は虎視眈々と狙われていたんだよ。だが、神を恐れて、手が出せなかった。神殿の権威故ではない。民が信じるからこそ、我々もその存在を信じた。だがな、それでも、中には無謀なものもいる。神の怒りなど恐れずに手を出すものが現れ始めた。それが最初の一手だ。一度村を襲い、何事も起きなければ、神は抑止力としての役割を果たさなくなる。もう、この国の神は恐れるものではないということが判ってしまったのだ。そうなれば、後は時間の問題だな。一度ひび割れた堤防は、大きな流れをせき止めることはできない。実際、数年前から潰される村が増えているらしいぞ?」

 リュウは椅子の背もたれに寄りかかり、続ける。


「いずれヤツらはこぞって攻め入ってくるだろう。それこそ、全てを奪いつくして我が物にしようとするヤツらが。そう先のことじゃないだろうし、むしろ、ここまでよく無事でいた、という感じだがな」

 ヒョイと肩をすくめて。

「今のように、信仰心のみを支えにしているようじゃ、とうてい太刀打ちできないだろうな。国がただの大地に戻ったところを奪い合うか、あるいは、国はそのままで首を挿げ替えて手を組むか。俺は後者を選んだ」


 アシクが外からの者と手を組むつもりなのだということは、カイネにももう解かった。それが覆しようのない、決定事項であるということも。判らないのは、何故シィンがここに呼ばれたのか、だった。ずっと黙っていたことを今更暴露し、ここが平和なだけの里ではないことを教えたのは、何故なのか。


 カイネは、憤りと共に、思ったことを口にする。

「何で、シィンを呼んだんだよ? コイツに用はないだろ? 放っておけよ」

 アシクはそれには答えず、相変らずシィンに視線を据えたまま、口を開く。

「ワシらは、できれば戦いたくはない。同じ国に住む者同士で争うなんぞ、ゴメンだ。だから、シィン、お前に訊きたい」

 そこで、初めてシィンが大きく瞬きをした。目を見開いて、アシクを見つめている。


「シィン、お前に神殿を説得することは、可能か? 『神の娘』のお前の話なら、聴くと思うか?」


「ちょっと待てよ、アシク! 急に何を言い出すんだ!?」

「黙れ、カイネ。ワシはシィンに訊いている」

 そこに、人のいい親父の顔は無い。あるのは、反乱軍の長の顔だった。

 カイネは、グッと唇を引き結ぶ。

「わたし……」

 そう呟いて、シィンが視線を落とす。


「お前が神殿の者を説得し、国を動かす力を我々に委ねさせることができるなら、その方がいい。それが、最善だ。武力をもって蜂起するならば、それなりの被害も覚悟しなければならんのだ」

「わたし……」

 シィンは口ごもる。膝の上に置いた両手がキュッと握り締められるのが、隣にいたカイネには見て取れた。その手を取ってやりたい衝動に駆られる。今、彼女の頭の中は破裂しそうなほどに様々な事柄で一杯なのに違いなかった。


 身じろぎ一つできないシィンに、アシクが少し頬を緩める。

「今すぐ決めなくてもいい。数日くらいなら、考える時間はある。今日はもう下がって、ゆっくり考えてみてくれ」

 その言葉に、ようやくシィンは小さく頷いた。


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