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欠けゆくもの、満ちゆくもの  作者: トウリン


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蛮族、あるいは東からの同盟者

 カイネはシィンとローグの姿を求めて、里の中をうろついていた。

 とは言え、その居場所はすぐに知れる。

 シィンがいるところからは、たいてい、歌が聞こえてくるからだ。


 耳を澄ませて、カイネは声を捜す。


 ――いた。


 風に乗って聞こえてくるのは、新しく覚えたらしい、恋歌だ。神殿では詞のある歌は歌ったことがなかった彼女だったが、この里に来てから、色々な人から色々な歌を次々と仕入れていた。

 方向を定めて足を進めると、歌声はどんどん近付いてくる。

 それは、明るく、朗らかで、柔らかい。

 かつて大神殿で聴いたものと同じ声のはずだというのに、全く違うものに聴こえる。あの時の彼女の歌は、どこか落ち着かない気分を湧き上がらせた。だが、今の彼女の歌は聴く者を安らがせ、温かい気持ちにさせてくるのだ。


 いよいよ声が近づき、カイネが青々と茂った目の前の木の枝を除けた拍子に、それがガサリと音を立てる。

 と、歌がピタリと止んだ。

 振り返ったシィンが、カイネの姿を認めて、満面の笑みを浮かべる。


「カイネ!」

 柔らかな下生の上にじかに座った彼女は、両手を突いて身を乗り出すと、嬉しそうに彼の名を呼んだ。

 その場にいたのは、シィンとローグだけではなかった。他に、五、六人の子ども達が、グルリとシィンを取り巻いている。その子ども達からは、「邪魔をしないで!」と言わんばかりの眼差しが、カイネに向けられていた。


「……ごめん」

 カイネは、つい、謝ってしまう。そんな彼に、シィンは更に笑顔になった。

「何で『ごめん』なの? 変なカイネ!」

 そう言って、またコロコロと笑う。


 時折、里の人々の生活を眺め、物思いに沈んでいる彼女の姿を見ることはある。

 だが、すっかりこの里に馴染んだシィンは、屈託のない、天真爛漫な少女になっていた。

 一人で立つことままならなかった姿は面影もなく、今ではむしろ家の中にいるほうが珍しいくらいだ。長い神殿暮らしで衰えた脚も随分強くなったようで、子ども達と駆けっこをしているところも良く見かける。

 髪の色も瞳の色も以前と同じのはずなのに、シィンは初めて神殿で見た時よりも、遥かに輝いて見えた。豪奢な衣装でゴテゴテと飾り付けられていた時とは比べ物にならないくらい、今の方がずっと綺麗だと、カイネは思う。

 そんなことを考えていたカイネの袖が、下から引かれた。見下ろすと、ローグがジッと彼を見上げている。


「ん、ああ、そうだ。アシクがシィンに話があるってさ」

 そもそも彼女を探していた理由を、思い出した。

「アシクが?」

 キョトンと、シィンが問い返してくる。それは、カイネ自身も知りたいことだった。

『神の娘』シィンに特殊な力など無いことは、もう、アシクも知っている。ただ、変わった色を持つ、歌う人形に過ぎなかったということは。

 カイネは、シィンに、この里で穏やかに暮らして欲しいと思っていた。彼女に、義務も波乱も苦痛も、もう必要ない。


 ここの者は皆神を信じていないのだということはシィンに伝えてあるが、神殿打倒を企てている者の集団だということまでは、教えていない。すっかり元気になった彼女から、神殿に戻りたいという言葉が聞かれたことは無いが、赤子の時から生まれ育った場所のことを倒そうとしている者たちがいることなど、教えたくなかった。どうせ、この村で暮らす限り、大神殿がどうなろうと、彼女が知ることはないのだ。

 知る必要の無いことは、教える必要もない。

 そんなふうに決め込んだカイネと同様、アシクも、敢えて何か言うつもりはなさそうだった――これまでは。それなのに、この呼び出しだ。彼が何を考えて今更シィンと話をしようとしているのかは判らないが、何となく、イヤな感じがする。連れて行きたくなかったが、アシクはこの里の長だ。その彼の命を無視するわけにもいかない。


 溜息を一つこぼし、カイネはシィンの手を取って引き上げる。ふわりと立ち上がったその肢体は、出会った頃よりも、随分と丸みを増していた。

「どんなご用なのかな」

「オレもよくわからないけど、とにかく連れて来いってさ」

「ふうん?」

 首をかしげながら、シィンはカイネに付いてくる。そして、当然のように、ローグも。


「よう、相変らずお前達は仲がいいな!」

「ちょっと、ローグ、たまには二人きりにしてやれば?」

 アシクの家は、里のほぼ中心に位置していた。道すがら、カイネたちの姿を見かけた住人から、次々と声がかけられる。シィンも、すっかり里の一員として受け入れられていた。


 アシクの家に着くと、カイネは軽く扉を叩いてから押し開けた。

「アシク、連れて来たぜ」

 気の抜けた声でそう言い、部屋の中へ足を踏み入れて、固まった。

「おう、入れや」

 気安くそう言ったのは、アシク。その隣にはムールがいて、もう一人、見知らぬ男がいた。大柄で、荒々しい顔付きのその男は、どこかアシクと似た空気を漂わせている。


「どうした? さっさとしろ」

 重ねて促すアシクに、カイネは気を取り直してシィンと共に足を進めた。物怖じをしないシィンは、初対面の男がいても、それほど気にはならないようだ。続いて入ってきたローグが、扉を閉める。

 それを待っていたかのように、アシクがヒラヒラと手招きをした。

「ほら、こっちに来い」

 何となく第三の男を警戒しながら、アシクは円卓に着く。シィンをその見慣れぬ男から一番離れた位置に座らせたのは、無意識のことだった。彼女を挟む形で、ローグが座る。


「さて。おまけはいるが、まあ、いいか。シィンも一人じゃイヤだろう。リュウ、これがシィン、元『神の娘』だ。そして、こっちはリュウ、東からのお客さんだ」

「へえ、確かに、ここらじゃ珍しい色だな」

 リュウと呼ばれた男は、臆面もなくマジマジとシィンを見つめている。その視線を不快に思いながらも、カイネはアシクに顔を向けた。

「東からって、東の方の村?」

「いいや、もっと東。この国の外から来たんだ」

「は……?」

「まあ、言ってみれば、『蛮族』あるいは『侵略者』だな、ワシらからすれば」

 あっけらかんと言うアシクに、一気にカイネの頭に血が昇る。椅子が倒れる勢いで立ち上がった。


「ちょ、アシク! 何暢気な事言ってんだよ!?」

 声高に叫びながら、カイネは腰に佩いた剣を抜き放つ。

「そいつらなんだぜ!? オレの村を壊したのは!」

「落ち着け、カイネ」

「うるせぇ!」

 言うなり、卓に跳び乗り、男めがけて剣を振り下ろす。が、それは甲高い金属音と共に阻まれた。間一髪で、ムールの剣が受け止めている。目の前に死が迫っていた筈の男は、泰然として微動だにしない。


「邪魔すんな!」

 ムールの剣を力任せに払いのけ、返す刃を再び男に叩き付けようとした。その瞬間、腰の辺りがグイ、と引かれ、一気に床に落とされる。飛ばされる瞬間、アシクの顔がチラリと視界をかすめていった。

「ぐぅ……!」

 背中を強打し、息が止まる。悶絶するカイネに、引き止めていたローグの腕を解いたシィンが駆け寄った。


「カイネ!」

 覗き込んでくるその目に浮かぶのは、カイネを案じる気持ちと……怯えだ。その怯えは自分がもたらしたものだと気付き、彼はヒュッと息を呑む。

 もがきながら身を起こそうとしたカイネの胸に、ドカッと何かが落ちた。アシクの足だ。踏み付けられて、起き上がろうにも起き上がれずにいるカイネに、彼が腰を曲げて顔を寄せる。

「落ち着けよ……と、ちょっとは落ち着いたか」

 足を載せたまま、アシクは説明を始める。


「いいか? 彼はお前の村を襲ったモンとは、全く関係が無い。外から来た者にも、色々いるんだ。リュウは、ワシらの協力者なんだよ。仲間だ、仲間」

「だけど、蛮族なんだろ!?」

「同じ言葉でも、一括りにはできんのだ」

 カイネには、何が違うのかが解らなかった。だが、それでも、一時の激情が通り過ぎ、少しは冷静さが戻ってくる。それを察したのか、ゆっくりと、アシクが彼の胸から足をどける。


「カイネ、大丈夫?」

「何でもない」

 左右から覗き込んでくるシィンとローグに応えつつ、カイネは咳き込みながら立ち上がる。この騒動の中、終始落ち着いていたリュウを睨みつけながら、椅子を引いて腰を下ろした。


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